レーベルや演奏者をデータベースへ登録? 著作権法改正による放送同時配信等と原盤権/実演権の話

 昨年、著作権法が改正された。特に音楽にかかわるのは、レコード製作者の権利とそこに収録された実演家の権利に関することだ。詳しくは後述するが、この改正に伴って”音楽権利情報検索ナビ”に連携する“音楽権利情報登録システム”というデータベースが開設された。権利情報集約化等協議会で座長を務めた弁護士の末吉亙氏を訪ね、詳しく話を聞いた。

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末吉亙弁護士。第二東京弁護士会所属。2014年より文化審議会著作権分科会委員を務める。千代田区神田須田町にKTS法律事務所を構える

集中管理か、データベースへの登録か?

 改正前の著作権法においては、レコードやレコード実演について、放送で利用する場合は事前の許諾は不要だが(許諾権はなく報酬請求権にとどまる)、配信を行う場合には事前の許諾が必要とされていた(許諾権)。条文を見ると、レコード製作者(原盤権者)の権利として、放送二次使用料を受ける権利(97条)が定められ、実演家の権利についても同様に(95条)定められているのに対し(いずれも報酬請求権)、ネット配信にかかわる権利として送信可能化権(92条の2、96条の2。これらは許諾権)が定められている。なお、これらは著作権(作詞/作曲の権利)ではなく、レコード製作者や実演家の権利であることに留意してほしい。つまり、レーベルや演奏者の持つ権利だ。

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レコード製作者の権利=原盤権。文化庁Webサイトより。https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/seidokaisetsu/gaiyo/chosaku_rinsetsuken.html

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実演家の権利=実演権。同じく文化庁Webサイトより。https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/seidokaisetsu/gaiyo/chosaku_rinsetsuken.html

 

 今回の著作権法改正で音楽にかかわるのは、“放送同時配信等”におけるレコード/レコード実演の利用についてだ。端的に言えば、TVerなどのサービス(同時配信)においてテレビ番組を配信するときに、放送だけでは必要の無かった原盤使用の許諾が、加わった配信での使用の方で必要となった。許諾が得られない場合、その部分を使用しないことになるので(フタかぶせ)、放送との同時配信での原盤の使用は難しい。そうなると番組制作にも影響する問題となる。

 

 そこで、放送と放送同時配信等の権利処理のワンストップ化を図るのが、今回の著作権法改正が試みていることだ。放送事業者は、商業用レコードに録音されている実演又は商業用レコードについて、著作権等管理事業者による管理(集中管理)が行われているものや文化庁長官が定める方法による権利者に関する情報を公表(今回新設された窓口での登録=意思表示)している場合を除き、通常の使用料の額に相当する補償金を支払って、放送同時配信等を行うことができる旨の規定を設けた(94条の3、96条の3)。

 

 ……と書くと複雑だが、意思表示(登録)が無いと、放送で使われた楽曲は、そのまま同時配信にも使われるようになったわけだ。その許諾や報酬請求に関する流れは、大まかにまとめると、下記のようになる。

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●集中管理団体を通じ許諾
 集中管理団体(レコード製作者の権利は日本レコード協会に加盟もしくはIRMA、ILCJ、JNCA、MPAなどに委託。実演家の権利については音事協、音制連、MPN、PREなどに所属)を通じて同時配信においても原盤の使用が許諾され、報酬請求権的な扱いとなる。また、各団体を通じて一般社団法人音楽情報プラットフォーム協議会(MINC)データベースへ登録される。

●集中管理外での登録窓口へ登録 NEW!
 登録窓口になっている”音楽権利情報登録システム”に登録することで、使用者と連絡を取ってもらい、許諾の可否や利用条件などを話し合ってもらう。

●集中管理団体にも加入せず、登録システムにも登録しない
 連絡が取れない結果、無許諾で使用されることになるが、法改正によって権利者の権利が制限され、罰則の対象とはならない。設立される補償金制度から、集中管理相当の使用料が払われる。

 

集中管理と個別許諾の“真ん中”としての”意思表示あり”(登録)

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著作権分科会がまとめた権利処理の構想図。今回の著作権法改正では、原盤権/実演家権に関してこうしたフローを目指している。文化審議会著作権分科会「中間まとめ(案) DX時代に対応した『簡素で一元的な権利処理方策と対価還元』及び『著作権制度・政策の普及啓発・教育』について」(令和3(2021)年12月22日)より。https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/bunkakai/62/pdf/93601701_07.pdf

 こうした制度が設立された背景を、末吉氏はこう説明する。

 

 「かなり乱暴にまとめますが、レコード製作者や実演家の権利については、海外では同時再送信は個別の許諾が不要になっている一方で、日本ではこれまで許諾権としてとらえられてきた。“フタかぶせ”をしないで、同時配信をするためには、それを(使用にあたり許諾を取らなくてもお金を払えば使用できる)報酬請求権に変えないと難しい……しかしこれは従来の”許諾権”という強い権利が剥奪されてしまうわけです。ですが、既に同時配信は始まっている。待った無しの状態の中、文化庁が提案したのは、集中管理と個別許諾の“真ん中”として意思表示の仕組みを作ること。権利データベース構築の観点では、集中管理に参加してほしいわけですが、(団体による集中管理ではなく)自分で管理したい方はこの窓口から登録してください、と。“集中管理もしくは意思表示あり型”というのがポイントなんです」

 

 つまり、集中管理団体に加盟ないし委託していない録音作品は、個別にデータベースへ登録して、自分で(使用希望者と)交渉・管理をしてほしい、というのが“意思表示あり”だ。

 

 「権利者にその登録をお願いするのは無責任と言われるとそうなのかもしれませんが、何にもしない方が制度として無責任です。同時配信においても魅力的な音楽原盤の使用がぜひとも必要となり、欧米に準じた同時配信ができないと国際競争力が付かない。既に民放で同時配信がスタートしている中で、ギリギリの土俵際で打った投げ技のようなものがこの制度でした。アーティストは集中管理に流れるのか、意思表示に流れるのかは、制度を考えた私らも、法律も決めていないんです。そこからはアーティストの選択にかかっていて、どういう方向に流れるのかは、これからなんですよ」

 

 確かに、一見するとこの制度は「レコード利用者」、つまり同時配信をする(=楽曲を使用する)側の都合で作られた制度だという印象を受ける。しかし、制度ができ、これから運用されていく中で、その形がどうあるべきなのかは、権利者(原盤権者&実演家権者)からもより使いやすい制度の実現に向けて、アプローチしていくタームに入ったと末吉氏は語る。

 

 「海外では使用を促進して使用料を得る意識が強いのに対し、日本では権利は守るべきという考え方が強いのかもしれません。でも極論すれば、データベースへの登録や団体への加盟が手間だと思っても、そこから入ってくる収入が増えるのであれば、状況は変わってくるでしょう。そうした権利のための闘争は、権利者の側でやるべきことで、制度と運用の両輪で、どうプラスの方向に持っていけるのか、それが今問われているのだと思います。データベースがあるだけではダメで、最終的には分配していく仕組みとセットになるべきだと私は考えます。そうすれば、アーティストやレーベルにとってもっと成果が上がり、やりがいのあるものにしていけるんじゃないかなと思うんです」

 

データベースはDX化の中でサービサーに対抗し得る手段

 今回の法改正から少し話は飛躍するが、こうして楽曲データベースの構築を提唱した末吉氏。こうしたデータベース整備は、今後のDX化社会にとって、重要だと指摘する。

 

 「世の著作物は音楽以外にもたくさんあるわけですが、もっともデータベース化しやすいのが音楽。そこがDX時代に適応できないと、著作物全体の権利処理においてDX化が進まないでしょう。世界全体がDX化に向かう中で、それが我が国としてできないと、ネットのサービサーというかグローバル・プラットフォーマーがやり始めることになりかねません。例えば、音楽配信をするときに、AppleやAmazon、Googleなどへ、データベースに登録するものと同じデータを渡しているかもしれない。でもデータベースの原本は別にあるべきなんです。そうしないと、権利の利用のあり方を、プラットフォーマーに決められてしまう可能性だってあります」

 

 例えば、実際には問題が無かったとしても、サービサー側から問題のあるユーザーや投稿だと認定されてしまうことは、既によくある。そうしたジャッジメントの基準を、自分たちがかかわることのできない一企業の判断に委ねてしまうことの危険性を、末吉氏は指摘する。

 

 「あるときメールが送られてきて、取引条件はこう変更しますという通達だけが来る。現にEコマースではそういうことが起こっていますよね。データを持っているところはやはり強くて、もちろん独禁法や著作権法に反することはできませんが、ビジネスモデルの決定権はサービス提供側にある。そのような状況下だからこそ、少なくともデータベースはやはり自分たちで構築する必要があると、私は考えています」

 

 まず、楽曲に関する権利情報という形でデータベースはスタートしているが、将来的にはコンテンツ(音楽の場合は楽曲のオーディオ・ファイル)そのものと紐づくことを、末吉氏は予測している。

 

 「最近、ブロックチェーンやNFTも話題となっていますが、最大の課題は、その著作物の真正性の担保です。それらは、複数者による監視で実現しようというのが現状ですが、本当に真正な著作物であるかどうか、担保できるためにはコンテンツを含めてデータベース登録するしかないのではないかと思っています。もちろんそのデータベースの運用で、最善を図る必要がありますが」


 ネットを介して自ら作品発表をするアーティストが増えた現在、自分の曲が自分の預かりしらぬところで使われる可能性も増えてきた。現実としては、集中管理外の楽曲の場合、放送局や番組制作会社から「放送と同時配信で使わせてもらいたい」という問い合わせが来ることもあるだろう。活動を続けるにつれ、そうした問い合わせが増え、処理を円滑にしたい、あるいは使用された分の対価はきちんと得たいと考えるクリエイターは、データベースへの登録や、諸団体への加盟も視野に入れるべきではないだろうか。

 

音楽権利情報検索ナビ

 一般社団法人音楽情報プラットフォーム協議会(MINC)が運営する、音楽権利情報データベース。

音楽権利登録者データベースへの登録については下記まで。

集中管理団体(原盤権)

一般社団法人 日本レコード協会(RIAJ)

特定非営利活動法人インディペンデント・レコード協会(IRMA)

一般社団法人インディペンデント・レーベル協議会(ILCJ)

一般社団法人 日本音楽出版社協会(MPA)

集中管理団体(実演権)

一般社団法人 日本音楽事業者協会(音事協)

一般社団法人 日本音楽制作者連盟(音制連)

一般社団法人演奏家権利処理合同機構MPN

一般社団法人 映像実演権利者合同機構

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