原音とエフェクト音のブレンドに対応
サイド・チェイン・フィルターも搭載
まずは基本的な仕様から見ていきましょう。スレッショルドが-20~+20dBで、レシオが1.5:1/2:1/4:1/10:1の4ポイント。レシオは前バージョンに搭載されていたHardモードが不採用となっています。アタック・タイムは0.1/0.3/0.6/1/3/6/10/30/60/120msの10ポイントで、リリース・タイムは50ms/100ms/300ms/600ms/1.2s/Autoの6ポイント。50msは使い勝手が良さそうです。すべてのつまみがステップ式なので、リコールが容易な点もいいですね。もちろんバイパス・スイッチも付いています。
ここからは特徴的な機能を紹介しましょう。新機能として倍音成分を付加するTHD機能と、ハード・ニー特性にするGrabモードが実装されています。前モデルからの機能として、外部入力あるいは内部のハイパス・フィルター(80/150/220Hz)で指定した周波数から下はコンプレッションを検知しないサイド・チェインと、原音とエフェクト音を混ぜるブレンドも完備。原音に関してはミュート・スイッチも備わっています。
制作の現場で求められることをほぼすべてカバーしていて、細かく調節できそうですね。“プラグイン以降”のよく考えられた製品だと、期待値が上がります。
音質変化の少ないクリーンなサウンド
上品に倍音を付加するTHDスイッチ
実際に音色と機能に触れていきましょう。まずは生バンドのマスター・バスにレシオ4:1、アタック・タイム10ms、リリース・タイム100msでチェック。第一印象は“変わらない”でした。超低域が聴こえるスピーカーやヘッドフォンで細部を確認すると低域に若干のにじみが見られたものの、おおむね質感の変化はありませんでした。とてもクリーンな音色です。ハードウェア・コンプレッサーで質感の変化が無いのは少しさびしいところではありますが、逆に言えば素直な音色でオールマイティなバス・コンプということ。基本設計のレベルの高さを物語っている、と言ったところでしょうか。
続いてスレッショルドを下げて、かかり具合をチェック。中域に張り出し感が生まれて、左右に振ったギターがワイドに聴こえます。そして全体にまとまりが生じて、聴いていて安心できる音像へ変化しました。まさに“あのコンプ”の音ですが、本機の方がわずかにクリーンでオープンなサウンド。深くかけたときにくぐもりにくいキャラクターは好印象です。ドラム・バスにかけたときの押し出し感やパンチ感は、多くのエンジニアに長年使われてきた王道のコンプ・サウンド。とても良くできていると思います。
それではTHDスイッチを押してみます。歌やエレキギターがわずかに前へ出てきました。エッジが強調されると言いましょうか。ひずみという感じではなく、あくまで上品に倍音を付加する機能です。マスター・バスにおける音色キャラクターのバリエーションとして用意された機能と言えるでしょう。
次にGrabモードも試してみましょう。低域がクッと締まってかたまり感が強まり、コンプレッションの具合が分かりやすくなりました。さらにスレッショルドを下げていくと張り付いたサウンドに変化。マスター・バスでは息苦しく聴こえてしまうかもしれませんので、その際にはBlendノブで原音を混ぜましょう。サチュレーターを使うイメージです。原音をミュートするボタンは、コンプ成分のかかり具合や分量をチェックするのにとても便利ですね。
アコースティックな楽曲でも、ほんの少しだけレベルをならす用途に使ってみます。レシオ2:1、アタック・タイム3ms、リリース・タイムAutoでチェック。クリーンなサウンドも相まってこちらも好印象。元になったと思われるモデルよりも、天井が高く感じました。
次は4つ打ちのエレクトロ。アタック・タイム60msと120ms、リリース・タイム50msという設定で試してみます。打ち込みの楽曲や積極的なコンプレッションに向いている設定です。遅いアタック・タイムでバスドラをコンプから逃し、スレッショルドを深く設定するようなアプローチでは、サイド・チェインとの組み合わせによって多様なグルーブを生み出せます。
BC1-THDは、マスター・バスでの使用だけではなく、楽器の音作りでも活躍することでしょう。ドラムのルーム・マイクをつぶす用途でアタック/リリース・タイムを速めにしてTHDはオン、そしてスレッショルドをグッと下げていけばアグレッシブなサウンドにできます。同じ設定でドラム・バスにも有効です。パンチ感やアタック感、キットの鳴りをブレンド機能でコントロールしましょう。ひずんだエレキギターやピアノではアタック・タイムをゆるやかに、リリース・タイムを速めに設定。そしてTHDとGrabを両方オンにすれば、グッと前にくるインパクトのあるサウンドが得られます。今回は試せませんでしたが、ボーカル録音時のレベラーとしても使用できそうです。シャウト系のボーカルならTHDとGrabをオンにすれば、エネルギーあふれるパフォーマンスをキャプチャーできるでしょう。
BC1-THDは癖の無い音色と豊富な機能で、対応できないジャンルは無いのではないかと思いました。基本的なスペックを備えながら現代のニーズにも応える機能を搭載し、かつリーズナブル。分かりやすい操作で細かい設定もできるので、今までハードウェアのバス・コンプを触ってこなかったミュージシャンの方や、いつも固定の設定で機材を使っているエンジニアの方(筆者も)にうってつけです。攻めも守りもいけるので、クリエイティビティを刺激してくれることでしょう。ハードウェアのバス・コンプに興味を持たれた方の“ファースト・バス・コンプレッサー”としてもお薦めの製品です。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2019年10月号より)