クラウド経由で自動分離
残った成分は手動で摘出できる
Demix Proは、分離処理の解析作業をクラウド・サーバー上で行っている。高スペックのコンピューターを所有していなくても、最新の分離アルゴリズムを利用できるというわけだ。そのため、クラウド・サーバーとインターネットを介してのデータ送受信のために、光回線やブロードバンド回線への常時接続が必要とされる。
用意された分離タイプは“モジュール”と名付けられており、Vocals、Drums、Panの3種類に分けられる。
Vocalsモジュールではボーカルとコーラスのほか、リード楽器の抽出を行える。分離精度を向上させるために、定位や登場する頻度などを設定項目から指定する。歌のリバーブ成分だけを分離することも可能だ。
Drumsモジュールはドラムの分離はもちろん、パーカッションの分離にも対応している。
本製品最大のセールス・ポイントは、Panモジュールであろう。これがギター・トラックの分割までを可能にする、優れた機能となっている。トラック数を3~7のいずれかで指定することで、L/Rと中央、そしてその中間点の楽器をセパレート。定位がはっきりと分かれている素材にぴったりの方法と言える。ベースもこのPanモジュールによって分離できる。
自動で分離し切れなかった成分はスペクトラル・ビュー、もしくはメロディ・ビューを用いて手動で分離できる。スペクトラル・ビューはスペクトラル・アナライザー上にマウス・ポインターを当てると、倍音やトランジェント成分の強いエリアがハイライトで表示されるので、それをガイドに自分で分離していく。メイン・ボーカルと同じトラックで抽出されたコーラスなどの分離は、メロディ・ビューが得意とする。
分離結果はプロジェクトごとに保存でき、もちろんトラックの個別書き出しに対応。フォーマットはWAV、AIFF、MP3、FLACで、24ビット/192kHzまでサポートしている。
音数の少ないロック・サウンドや
ライブ・ミックスのかぶりに有効
実際にギターが左右に定位するバンドの2ミックスを分離してみた。まずVocalsモジュールで歌と歌のリバーブを分離し、残ったトラックからDrumsモジュールでドラムを摘出。最後にPanモジュールで5分割を指定して、残ったトラックから左右のギターと中央のベースを自動で分離した。クラウドへのアップロードとダウンロードにそれなりの時間がかかるが、処理で待たされる感じは少なかったように思う。
もちろん100%正確に分離できるわけではないので、各トラックを単独で使用できるかは素材次第となるだろう。しかし、今回試したようなギターが左右に定位し中央の楽器が少ないロック・バンドでは、非常にうまく分離できた。分離した後でもフェーダーの位置を0dBに戻せば、分離前とほぼ同じ音質で再生されたのには驚いた。
自動分離では、Panモジュールの精度の高さが印象的であった。ボーカルとコーラスの分離はメロディ・ビューでも賄えるが、定位に30°程度の開きがあれば先にPanモジュールを試すべきだろう。
自動分離後にスペクトラル・ビューを用いて手動での分離を試みた。このときにCtrlキー(Macでは⌘)を押しながら選択ポイントをドラッグするとその部分が再生できるのは、非常に使いやすく感じた。取り除く成分も別のトラックとして残るので、必要になったら統合できる点も使い勝手が良い。
次は作業中のライブ・ミックス素材のケアにも使ってみた。用意したのは、モニター・スピーカーからの返しを多く拾っているコーラス・パート。処理してみた結果、見事に大半のかぶりをカットできた。そのおかげで、その後のピッチ補正の検出漏れが皆無であった。特筆すべきはオケに混ぜた段階の位相の良さ。通常のようにEQで大幅に低域をカットするより、Demix Proで処理する方がずっと良い結果が得られた。ただ少々欠けてしまう部分が出てくるのは避けられないので、そのまま使うのではなく部分的に適用していくとよいだろう。
なお、処理後に書き出したファイルにもタイム・スタンプが残る仕様になっているので、ライブ音源のような長尺でもいちいち波形で位置を確認する必要が無い。元のファイルと位相関係を比べてみたが、ジャストであった。
使用した音源では分離パラメーターがほぼデフォルトのままでも良い結果が得られたが、定位の指定は音源に応じて的確に行うべきだろう。Demix Proの自動分離機能だけを取り出したDemix Essentialsもラインナップされているが、Pro版にしかないPanモジュールと手動編集機能が大きな魅力なので、まずはPro版の試用をお薦めしたい。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2019年4月号より)