6種類のサンプリング・レートを選択
−10〜0dBFSのみをズーム表示可能
フロント・パネルに搭載されている各機能を左から順番に見ていきましょう。一番左側にはサンプリング・レート・セクションがあり、セレクト・ボタンで44.1/48/88.2/96/176.4/192kHzの6種類からサンプリング・レートを選ぶことができます。
その右隣にはキャリブレーション・セクションがあり、こちらもセレクト・ボタンで−14/−16/−18dBFSの3種類から基準レベルを選択することが可能です。さらにその右隣にはアナログ・インプット・セクションがあり、2系統のステレオ入力を音が途切れることなく瞬時に切り替えることができます。例えばアナログEQやコンプレッサーなどのアウトボードを通す前と後の聴き比べがボタン一つで可能に。最近は少なくなりましたが、アナログ・テープとDA変換したWAV音源の比較など、シビアな比較試聴の際には重宝する機能でしょう。
フロント・パネルの中央にはクリップ・ガード・ボタン、ピーク・ホールド/リセット・ボタン、メーター・スケール・ボタンを装備。一般的なレベル・メーターではクリッピングすると赤色で表示しますが、Convert-AD+ではオーバー領域の表示は黄色に点灯。クリップ・ガード・ボタンを押すと、DAWなどのAD変換信号の受信先でクリップ警告を防止することができます。アーティストによっては、表現の一つとしてあえてクリップさせている音源がありますが、この機能を使えばプレス工場の規定などで弾かれてしまうといったことが防げます。この機能はリミッターではないので、クリッピングしても聴感上は原音通りクリップして再生されるので注意が必要です。
メーター・スケール・ボタンではスタンダードとズームを選択でき、ズームにすると右側にあるデジタル・メーターに信号レベルの−10〜0dBFSだけが拡大表示され、レベルを確認することができるようになります。最近のマスタリングで扱う音量レベルはジャズやクラッシックを除き−10〜0dBFSの中に多く存在しますが、ちょうどこの領域を精密に表示してくれるので大変便利です。マスタリング作業では、ADコンバーターへ入力するレベルの“微妙なさじ加減”がサウンド・キャラクターを決める重要なポイントですが、このズーム機能を使えば±0.1dBのシビアさでレベルを調節することが可能。レベルを下げ気味にしてナチュラルに、逆にレベルをギリギリまで上げてパワフルに……など、これまで自分の耳と経験を頼りに行っていた作業がメーターで確認できるので心強いです。
クロックにはジッター除去技術を搭載
豊かな低域と躍動感ある中高域
デジタル・メーターの左側にはワード・クロック・ボタンとX-FORMERインサート・ボタン、エンファシス・ノブが並びます。ワード・クロック・ボタンではインターナル/エクスターナル/マスターの3種類から選択可能。インターナルではすべてのデジタル音声出力を介してクロックを送ることができ、エクスターナルでは外部クロックを受け取ることができます。さらにジッター除去技術として有名なJetPLLを採用しているため、マスターでは外部機器をワード・クロックで接続し、マスター・クロックとしても使用可能です。
このConvert-AD+にはHAMMOND MANUFACTURINGのトランスが搭載され、X-FORMERインサート・ボタンを押すだけでそのトランスを通した豊かで厚みのあるアナログ・サウンドを得ることができます。音楽ジャンルによって使い分けたり、好みのサウンドを探求したり、デジタル・データへ変換する前の最終的な色付けが可能。クリス・ムス氏のこだわりのサウンド・キャラクターを簡単に体験できます。
また、X-FORMERインサート・ボタンをオンにするとエンファシス・エフェクトも同時にアクティブになります。DANGEROUS MUSICが特許を持つこのエンファシス・エフェクトは、サウンドにEQとコンプレッションが複合的に影響を与える機能。エンファシス・ノブを徐々に上げていくにつれて、ハイハットやエレキギターのエッジ感が増し、ボーカルの輪郭は鮮明に、またローエンドも強調されるのでキックは存在感のある音になります。
実際にこのエンファシス・ノブを上げ下げしながらスイート・スポットを探してみました。“ちょっと派手かな?”と思った位置からほんの少し手前がスウィート・スポットです。いつも使用しているADコンバーターのキャラクターに近い質感で、広がりのある豊かな低域と生き生きとした躍動感ある中高域のサウンドを得ることができました。このようなキャラクター付けは普段のマスタリングではアナログEQやコンプレッサーを駆使して行っていますが、ボタンを押してノブを回すだけでこんなに魅力的なキャラクター付けができてしまうとは本当に驚きです。
Convert-AD+は、そのサウンド・クオリティがとても高いコンバーター。一聴してアナログ・テープ・レコーダーに録ったような滑らかさや厚み、高域の抜けを感じました。また、輪郭がはっきりしていてスピード感があり、それでいて突出したピークがありません。X-FORMERインサート・ボタンを押せば簡単にキャラクター付けができるので、ジャンルにふさわしいサウンド・アプローチが可能なコンバーターだと言えるでしょう。中でもJポップ/R&B/ヒップホップとの相性は抜群。音抜けが良く立ち上がりが速いので、ローエンドが膨らまずタイトに仕上げることができます。Convert-AD+があれば“豊かな低域”と“芯のあるボーカル”という魅力的なサウンドを誰でも簡単に体感することができます。このサウンドを作るのはなかなか簡単なことではありません。プロのエンジニアはもちろんのこと、プライベート・スタジオなどでアナログ・コンプレッサーやEQは導入できないけれど、サウンドにアナログ感のあるキャラクターをプラスしたいと考えている方にはまさに最高のADコンバーターだと思います。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2018年6月号より)