
高域から低域まで伸びる広いレンジ感
ゲイン値にとらわれない安定したサウンド
メーカーの説明によると、805はレコーディング時の恒久的な音決めに腐心(ふしん)することなく、すばやくセッティングしてすぐに録音を始めることができるようデザインされており、その電気回路はヘビー・ヒッティング・ドラムのような大きなトランジェントを、入力PADや内部クリッピング無しに扱うことを念頭に設計されているということです。
フロント・パネルには電源スイッチのほか、4つのチャンネルにはそれぞれに、大きくスムーズに回る無段階ゲイン・ノブ、位相反転スイッチ、48Vファンタム電源スイッチ、入力切り替えスイッチ(フロント・パネルのHi-Zフォーン端子とリア・パネルのXLR端子を切り替え可能)が備え付けられています。先述した通りPADスイッチは備わっていませんが、ゲイン・レンジは13.5〜66dBという仕様になっているので、よほどのことが無い限りはしっかりと受け止めることができると考えてよいでしょう。
それでは、実際に805をレコーディングで試してみます。まずは女性ボーカルでの使用です。比較対象として、普段からスタジオでよく使用しているマイク・プリアンプのNEVE 1073でワンテイク歌ってもらい、その後805につなぎ替えて、再度歌ってもらいました。805の第一印象は、とてもオープンでレンジが広く明るいサウンド。高域から低域までスムーズに音が伸びながらも、非常にトランジェントが立っており、言葉の子音が気持ち良く飛び込んできます。とは言え、ただクリアなサウンドというわけではなく、しっかりとした“パンチ”を感じるところが好印象。“API 3124+とクリーン・プリアンプの間に位置するマイクプリ”とこの805の設計者が言う通り、まさにそのままの印象です。試聴後にこの文章を見つけて、一人で“うんうん”とうなずいてしまいました。
また、ゲイン値に伴う音色の変化がとても少なく、どの値でも同じ“オープンなサウンド”を聴くことができます。ビンテージのマイク・プリアンプの場合“おいしいポイント”と呼ばれる部分は、音がひずみ始めるギリギリ手前付近にあることが多く、筆者はいつもドキドキしながらそこを狙ってゲイン値を上げています。しかし、今回の805の場合はどのゲイン値であっても、その音質はほとんど変化が無く安定したサウンドでした。実際レコーディングの現場においては、狙った音やイメージする音をできるだけスピーディにキャプチャーするかが重要になってくるのですが、そういった意味でもこの805は非常に扱いやすいマイク・プリアンプだと思います。
トランジェントを保持したままキャプチャー
パンチがあり明るくクリアな音質
次に、この805をドラム・レコーディングにおけるタムのマイクに使用してみました。タムのレコーディングでは、ヒットしたときのアタック部分と胴鳴りのリリース部分の両方をきちんと収録することが重要なのですが、805はその両方のサウンドをしっかりととらえてくれました。この805の持つ、明るくてパンチのある個性と、高域から低域まで奇麗に伸びる広いレンジ感がぴったりとハマってくれたのだろうと思います。805を3台ほどそろえて、ドラムの全パーツをこのマイク・プリアンプでレコーディング……というのもぜひ試してみたくなりました。
今回の総評としては、この805はとてもクリアなサウンドで音抜けも良く、ミキシングの際に扱いやすい“トランジェントが保持されたサウンド”をキャプチャーできるマイク・プリアンプだと思いました。設計者の言う“APIとクリーン・プリアンプのおいしいところ取り”という言葉がぴったりと当てはまる製品です。また、このAPIのような明るいパンチ感は、ボーカルはもちろんエレキギターなどにも間違いなくハマることでしょう。ただの優等生だけではとどまらない、良い意味で“ほんのひと癖”も持ち併せたサウンド・キャラクターが、さまざまな音楽ジャンルや楽器のレコーディングに対応できると思います。
1Uというコンパクト・サイズながら、4ch分の機能を搭載しているので、複数のマイクで同時にレコーディングする際も、マイク・プリアンプを統一して収録することができるという利点もあります。そして、先述したゲイン値による音色変化の少なさは、レベルがオーバーしないゲイン設定にさえすれば、“常に安定した音質の録音が可能”という点からも、ミュージシャンにもとてもお薦めできるマイク・プリアンプです。


(サウンド&レコーディング・マガジン 2018年2月号より)