
音質劣化の少ない分離アルゴリズム
EVENTIDEらしいエフェクト・サウンド
弦楽器を例にすると、弦に触れた瞬間からごく短い時間に発生するアタック成分を、FissionではTRANSIENTとします。短時間にさまざまな周波数を複雑に含み、それぞれ楽器の固有の特徴があります。多くの場合、その数ms後に発生する、規則的な波形を繰り返す音程感のある成分をTONALとします。
カフェラテからコーヒーのみを分離するのが難しいように、複数の音声が混ざっている場合、TRANSIENT成分だけを検出することは困難です。ですがFissionのSTRUCTURAL SPLITと呼ばれるアルゴリズムは、時間軸上で複雑に混ざり合った音声から、その2つの要素を分離することができ、その分離した要素にそれぞれエフェクトをかけることが可能となっています。
まず、画面中央のSTRUCTURAL SPLITから分離の設定を行います。入力ソースによってSOURCE TYPEを切り替えて分離アルゴリズムを選択。FOCUSスライダーでTRANSIENTとTONALの配分を決めます。ここでの分離処理は優秀で、音質劣化などはほとんど感じられません。注意深く聴くと原音にはない成分が多少ある気もしますが、TRANSIENTとTONALをサミングすると、聴感上では原音とほぼ同じ音質に感じられます。
続いて画面上部のTRANSIENT部を見ていきましょう。エフェクトはDelay/Tap Delay/Dynamics/Phaser/Reverb/Gate+EQの6種。TRANSIENT成分に最適化された分かりやすいパラメーターはシンプルで、試聴しながら直感的に設定できます。Delayで感じたのはローカット/ハイカットの効きの良さと滑らかさで、フィードバックの量も設定しやすく、イメージ通りのディレイが得られました。さすがEVENTIDEという感じがします。また、Gate+EQは、例えばボーカルの子音を強調したい場合、TRANSIENT成分のみにEQ処理できるので、音に躍動感が出てきます。
アタックを維持したままのエフェクト処理が
今までに聴いたことの無い音像をもたらす
画面下部のTONALに対するエフェクトの設定を見ていきましょう。Delay/Compressor/Reverb/EQのほか、Pitch/Chorus/TremoloというTONALに特化したエフェクトがあります。Pitchは従来のピッチ・シフトよりもアタック感が失われず、元の音源の音色イメージを保ったままピッチ変化ができます。設定次第ではやはり今まで聴いたことのないような不思議な音色を作成することが可能です。Chorusもアタック部分にはかからないので、音像がボケることなく、深いモジュレーションが可能。同様にReverbも、深く長い設定にしてパッドのような幻想的で長いディケイを付加しても、原音の特徴やパンチをあまり失いません。また、TRANSIENTのレベルを思い切り下げ、TONAL側にはリバーブをかけると、元がどんな音源であろうとシンセ・パッドのような幻想的なドローンが生成できました。
従来のDry/Wet調整だけでは不可能な原音イメージを保持することができますし、TONAL部分にディレイやモジュレーションをかけて空間を広げる効果は絶大で、今までのエフェクトではあまり聴いたことがない音像を作成することが可能でした。
Fissionのプリセットはミックス済みの素材向けのものや、単一トラック向け、あるいは著名クリエイターやエンジニアによるものが多数付属しています。これらを次々ロードするだけでも非常に面白く、作品へのインスピレーションが湧きます。プリセットの量が多いので、メニューのプルダウンではなくブラウザー形式で選べるようにしてほしいと思いました。プリセット・ファイル自体は階層化されているのですが、メニューの中では今どの階層にいるのか分からなくなるためです。
さらに応用として、エフェクト・オフでSTRUCTURAL SPLITのみ利用することもできます。ミックス済みの音源に対してTRANSIENT成分の比率を微妙に上げると、写真にシャープネスをかけたようなディテール感とパンチが得られました。ややアグレッシブな音になりますが、マスタリングなどにも使っても良さそうです。
Fissionは今までに無い強烈な音像が得られるエフェクトですが、実用性が高く、新たな音楽制作の秘密兵器になる予感がします。

(サウンド&レコーディング・マガジン 2017年7月号より)