
独特なスロー・アタックのコンプは健在
サイド・チェインにも対応
堅牢なフロント・パネルは高級感があり、物欲がそそられますね。まずフロント・パネルを見てみましょう。L/R各チャンネルにOUTPUT、THRESHOLD、ATTACK、RECOVERY(リリース)のツマミがあります。RECOVERYのみ5段階のステップ切り替えで、あとの3つは連続可変。各ツマミとも重く、細かい調整が可能な作りになっていました。そしてCOMPRESS/LIMITモードの切り替えスイッチ、バイパス、ステレオ・リンクなど……はい、Vari-Muと同じです。パッと見の違いは、L/R共通のインプットが連続可変だったVari-Muに対し、Nu Muは左右独立の±3dBのスイッチ切り替えだということしか分かりません。これでは誰でも比べてみたくなりますよね。
音を聴く前にメーカーWebサイトを見てみると、“Vari-Muで培った真空管技術に新設計の高電圧/オール・ディスクリートのソリッドステート回路をプラス”とのこと。真空管も変わっているようです。やはり兄弟機という位置付けのようです。
さあ肝心の音を聴いてみましょう。まずはNu Muをマスター・バスにインサートして“COMPRESSモード”をチェック。ファースト・インプレッションは“MANLEYだ!”と感じました。かなりあいまいな表現ですが、それでも伝わってしまうんじゃないかと思うほどのポピュラリティを得た同社のカラーを継承しています。ゲイン・リダクションのメーターは振れていなくても、わずかにコンプレッションされて聴こえ、金物などのピーキーなトランジェントをうまくまとめてくれる。これがウォームなサウンドと形容されるポイントだと思いますが、こもることなくヒリッと高級感ある高域を再現してくれました。Vari-Muと比べて(Vari-Muも製造時期により内部回路、真空管など変更がありますので一概には言えませんが)ねちっこく、よりつやっぽく聴こえました。わずかですが“現代的になった”という表現がイメージしやすいと思います。ただ、あの独特なスロー・アタックの“ヌルい”コンプは健在で、音源の勢いを損ねることなく“ヌっムっ”と押し出し感をプラス、ミックスに上質な一体感を得ることができました。−3dBくらいまでは音色の変化を感じません。さすがにそれ以上かけると、FAST RECOVERYでもコンプが戻り切らない状態になり、違和感を覚えますね。音色の変化というよりも、演奏のダイナミクスに違和感を覚える程度ですが。比較的ソフト・ニーな印象で、レシオは約3:1ですが、プラグインとは違い、かける度合いによってわずかに深くなると感じました。多少ゲイン・リダクション・メーターを振らせる程度であれば、コンプ臭さは微塵もありません。好みが分かれるポイントだと思いますが、ここからも基本的なポテンシャルが高い製品だということが伺えます。
“LIMITモード”はレシオが約10:1ということで、よりハード・ニーな印象。“かかっている感じ”が味わえます。アコギやパーカッションなどで活躍してくれそうです。
また、最近ではポピュラーなコンプ・テクニックとなったサイド・チェインにも対応。背面にもキー・ソースを接続する端子を備えていますが、本体にも100Hzのローカット・フィルターを搭載。バスドラによるポンピングを防いでくれます。こちらも良いあんばいでした。

パラレル・コンプを応用した
HIPコントロールを装備
さて、前置きが長くなりましたがここからが本機のウリ(筆者が勝手に思ってるだけですが)“HIPコントロール”について見ていきましょう。マスター・バスにインサートし、コンプを薄くかけている状態でHIPをオンにすると、クッと音が前に来ました。何がどう動作してこの変化なのかな?と一聴しただけでは分かりませんでしたが、その変化は上品。コンプ感が増すというよりつやが出て肉厚になる印象です。サチュレーション系のプラグインを挟んだ感覚に近いかもしれません。ですがそれ以上に自然で音楽的、“使える”機能です。音を聴いた後で説明書を読んで納得、パラレル・コンプレッションのテクニックを応用したもののようです。これにより大きな入力があった場合でもコンプ感が過剰になることなく、小さな入力レベルの楽器が持ち上がるという効果が得られます。
実際活躍したシチュエーションを挙げますと、クリーン・トーンのエレキギター・ソロではピッキングのニュアンスをつぶすことなく弱音部を持ち上げてくれ、左手のニュアンスをうまくチャプチャーすることができました。HIPがオンになっているとコンプがきつくなるのではなく、グググっと音圧が増す感覚です。アコギのアルペジオなどでも同様で、6弦でコンプがかかってしまい音が詰まってしまうこともなく安心して聴ける音量感にそろえることができました。コンプによるデメリットをうまく回避し、メリットを生かす“セーフティ・モード”“イージー・モード”とマニュアルにはありましたが、うまい表現だと思います。
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本機はマスター・バスに挟み、MANLEYの肌触りをプラスするツールなのか、攻めには向かないのか、とイメージしていましたが、録音にも活躍するユニークな機材です。特にボタン一つですが、HIPセクションは強力で使える機能ですね。説明書にも詳しく記述がありませんが、いろんな工夫が施されていることと思います。最後に、目玉焼きが焼けるんじゃないかと熱くなるVari-Muに対し、Nu Muはそこまで熱くなりません。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2016年11月号より)