「RETRO Powerstrip」製品レビュー:PULTECスタイルのEQを備えた真空管チャンネル・ストリップ

RETROPowerstrip
伝統的なスタイルを保ちつつ、現代の制作環境にマッチしたクオリティの高い製品を送り出し、信頼度を増しているRETRO。今回は同社のチャンネル・ストリップPowerstripを試させていただきました。実は本機を使うのは初めてではなく、昨年ヨーロッパ・ツアーで滞在していたベルリンでプロデューサー/DJのフェリックス・Kと共作した際にたびたび使用しており、音の質感、存在感のコントロールにおいてかなり印象が良く、“いつか自分のスタジオでも試してみたい”と思っていました。価格帯的には自宅での制作というより、スタジオでのレコーディングやミキシングで使われる機会が多い機材だとは思いますが、今回はあえて“クリエイター目線”でレビューしていきたいと思います。

マイク/ライン入力に加え楽器入力を装備
便利に使えるINST OUTとHI-Z OUT

まずはチャンネル・ストリップとしての仕様ですが、MIC/LINE INはもちろん、フロント・パネルにはINSTRUMENT入力も装備しており、ギタリストでも全機能の恩恵にあずかれます。リア・パネルにはINSTRUMENT入力からの信号をそのまま出力するINST THRUと、本体でプロセスした信号をギター・アンプに出力できるHI-Z OUTも装備。リアンプ時に役立つのはもちろん、コンパクト・エフェクターを使用した音作りにも対応します。これは個人的にかなりうれしいポイントです。

フロント・パネルの構成は、左にファンタム電源と位相反転スイッチ、INSTRUMENT入力(フォーン)、INPUTセレクター。中央がEQ BYPASSスイッチ、40/90HzのSUBSONIC FILTERを装備したPULTECスタイルのEQセクションとなっており、その右が入出力のレベルを調整するノブ、その下にSIDECHAIN HPF、アタック/リリース・タイムを決定するTIME CONSTANTのスイッチがレイアウトされています。INPUTノブを引っ張ると入力音の質感が変わり、特に突っ込み気味に入力した際のキャラクターの違いは興味深いです。

まず、ベルリンでの制作時と同様にドラム音色の出力をリア・パネルのLINE INに接続してフラットなセッティングから試してみました。すると当時の印象と同じく、“しん”を感じさせる存在感のある音になります。今回レビューした個体には英語のマニュアルとパンフレットが同封されていたのですが、“突っ込み気味に入力したときのひずみ感は素晴らしく、常に音楽的で嫌な音にはならない”との記述があります。確かにひずんでも音のしんが無くならず、非常に音楽的です。

EQセクションは定番のPULTECスタイルに、同社の2ch EQ=2A3と同様の高域ポイントを追加してあり、シンプルさを保ちつつ幅広い音作りが可能です。さらに先述したSUBSONIC FILTERを使えば、これまで本家PULTEC EQP-1などでは不可能だったピンポイントでの低音イコライジングも可能。各ゲインには100ポイント刻みで目盛りが刻まれているので、高い精度でリコールできます。この辺りは単なるビンテージ・スタイルの復刻ではないモダンな使い勝手で、本当に便利です。

極端な設定でも“使える音”が得られる
楽器のような使い心地

Powerstripは操作性だけでなく音質も素晴らしいです。極端なセッティングにしても破たんせず、音楽性を保ったまま攻撃的な音作りがしやすいので、アレンジ時の音色作りには本当に便利。特にSUBSONIC FILTERを使った際の低音コントロールが秀逸で、30〜50Hz辺りのモダンなローエンドをアナログEQで制御する操作感は素晴らしく、まるでアナログ・シンセを触っているかのようなアタック感のある低域を作れました。

コンプレッサー部はUREI 1176と同様、入力レベルでかかりをコントロールするタイプ。アタック/リリース・タイムは6種類のプリセットから選択します。こちらもEQ同様シンプルな仕様ですが、サイド・チェインのハイパス・フィルターを90/250Hzから選択可能なので、より幅広い音作りに対応できると思います(写真①)。

▲写真① コンプレッサー部はインプットでかかり具合を調整し、右のTIME CONSTANTスイッチでアタック/リリース・タイムのプリセットを6種類から選択。左のSIDECHAIN HPFは周波数を90/250Hzから選択できる ▲写真① コンプレッサー部はインプットでかかり具合を調整し、右のTIME CONSTANTスイッチでアタック/リリース・タイムのプリセットを6種類から選択。左のSIDECHAIN HPFは周波数を90/250Hzから選択できる

本機のマニュアルには“マイクをLINE INに接続してレベルがミスマッチしたまま使っても、音楽的なサウンドが得られる”との記述がありました。それと似た手法ですが、フロント・パネルのINSTRUMENT入力にリズム・マシンやシンセサイザーを入力して思い切った音作りをするのも面白く、倍音豊かなサウンドや原音から大きく離れたひずみが得られます。本機はそれが安っぽい音にならず、十分に“使える音”が得られるところが素晴らしい。MIC INも同じ音傾向で、パーカッションやアコースティック・ギターで試してみましたが、フォーカスの合ったサウンドで録れました。

先月号のCross TalkでBunさんが語っていたように、質の高いアナログ機材はハード・サンプラーやカセット・テープなどを使用したローファイ・サウンドとは一線を画した“リッチな質感”が得られます。個人的には“良い質感さえ作れれば、ある程度音楽として成立する”と考えているので、本機の音楽性を保ったままひずむニュアンスと、消えることの無い音の存在感は、音楽の制作段階においても力強い味方になってくれると思います。特にDAWで作ったサウンドの中に本機を通した音色が混ざることで、音像にコントラストを作ることができ、音楽的に成立し難い音の鳴り方も多少強引にまとめられるような気がします。これは多くの“名機”と言われるハードウェアと似た使い心地で、もはや道具と言うよりは“楽器”という印象すらあります。

本機は、ハードウェアならではの音の質感の良さはもちろん、音が音楽的にまとまることにより大幅な制作時間の短縮にも貢献してくれると思います。エンジニアだけでなくプロデューサー/アレンジャーなどの制作側の方にこそ所有してもらいたい“楽器”です。

▲リア・パネル。右に見える入出力端子は、左上からMIC IN(XLR)、INST THRU(フォーン)、HI-Z OUT(フォーン)、左下がステレオで使用する際のCOUPLE(フォーン)、LINE IN(XLR)、LINE OUT(XLR) ▲リア・パネル。右に見える入出力端子は、左上からMIC IN(XLR)、INST THRU(フォーン)、HI-Z OUT(フォーン)、左下がステレオで使用する際のCOUPLE(フォーン)、LINE IN(XLR)、LINE OUT(XLR)

サウンド&レコーディング・マガジン 2016年4月号より)

RETRO
Powerstrip
オープン・プライス(市場予想価格:384,000円前後)
▪LFブースト/カット・フリケンシー:20/ 30/60/100Hz ▪HFブースト/フリケンシー:1.5/3/4/5/ 6/8/10/12/14/16kHz ▪HFカット・フリケンシー:5/10/20kHz ▪外形寸法:483(W)×88(H)×226(D)mm(実測値) ▪重量:約7.2kg