「SPL Iron」製品レビュー:120Vオペアンプを搭載した2chのマスタリング・コンプレッサー

SPLIron
SPL Ironは、バリアブル・バイアスの真空管回路を基本的なオペレーティング原理としたマスタリング・コンプレッサーです。自社で開発した“120Vテクノロジー”と称するハンドメイドのディスクリート・オペアンプを使うことで、単体でのダイナミック・レンジは150dBを超え、34dBのヘッドルームと200kHzまでの周波数特性を実現させました。現行のCDフォーマットはもちろん、ハイレゾやDSD、将来のフォーマットにも対応できる機種となっています。

6種の電圧回路を用意したRECTIFIER
4つのプリセットEQを持つサイド・チェイン

では順を追って見ていきましょう。フロント・パネル中央下にあるオレンジ色の2つのスイッチがChannel Switchで、コンプレッサーのオン/オフを切り替えます。その左斜め上にあるトグル・スイッチはTUBE BIASで、Low/Mid/Highの3段切り替えにより、真空管にかかる電圧を調整。電圧を高くすればグリッドに送られる電圧も上がり、結果コンプレッションが深くなる仕組みです。

インプット/アウトプットのゲイン調整は各チャンネルの下側にあり、クリック・ノブで2dBごとに6段階の調節が可能。各ノブの横にあるトグル・スイッチを0にすると増減無し、+や−に倒すとゲインを変えることができます。

パネル中央の大きなノブが41ステップから成るTHRESHOLDです。Ironの特徴として、ほかのコンプレッサーにある◯:1といったレシオ設定がありません。スレッショルドを低くした状態で入力信号が大きいと、コンプレッサーがガッツリかかるという分かりやすさ。コンプレッサーの効き始めるレベルをスレッショルドで決めたら、そのほかのパラメーターで効き具合を調整する仕組みです。スレッショルドをあえてdB値表記にしないことで、より音楽的でさまざまなジャンルやテンポの楽曲に細かく対応できるというわけです。

パネル左上にあるATTACKとRELEASEはfastからslowまでの6ステップで、スレッショルドと同様に固定値(ms)表記がありません。それはアタック/リリース・タイムに影響する独自の機能として、RECTIFIERという6種類の回路があるからで、 パネル右上のクリック・ノブにより設定が切り替わります。ゲルマニウム、LED、シリコンの組み合わせでタイム・レスポンスが変わる仕様です。

Channel Switchの上にある2つのトグル・スイッチのうち右側がLinkです。これを上に倒すと、イン/アウトのゲインを除くすべての動作はCH2(R)側だけで操作できます。左側のAuto BypassはIronの面白い特徴の一つで、Channel Switchをオンにした状態で上に倒せば、オン/オフ(バイパス)切り替えを自動で行います。切り替えのタイミングもすぐ上にあるノブで調整可能。これは機材の設置場所に左右されることなく、常時モニターのセンター・ポジションでエフェクトの効果を確認することができるエンジニアに優しい機能なのです。

2つ目の特徴点は、THRESHOLD右横にあるSIDE CHAIN EQsで、4種類のプリセット・カーブでフィルタリングされた帯域にのみコンプレッサーをかける機能です。例えば低域にかかって中高域にかからないカーブなど、4種類から音源に合ったものを選ぶことができます。

3つ目の特徴点はAirBass/Tape Roll-Offで、パネル中央にあるトグル・スイッチで動作します。これはSPL独自の120Vパッシブ・イコライザーを用いたフィルターで、アウトプット・ゲイン前の最終段にかかります。マスタリングではあくまで補正的な処理から、音楽の躍動感を増すためのアグレッシブな処理まで、幅広い対応が求められるのですが、AirBassでは、原音に干渉しにくい帯域の高域と低域が足されます。もちろんその変化量は音源に左右されますが、いわゆるドンシャリのような感じではなく、トラックの音域を少し上下に伸ばしたいときなど、補正方向の処理として良く考えられたフィルターであると思いました。一方Tape Roll-Offは、アナログ・テープ・マシンの周波数特性に基づき、高域と重低音をなだらかに落とすフィルターです。ギラつき過ぎた高域や不必要な重低音を自然なカーブで減衰させたい音源には向いていますし、多様な使い方ができるようにも感じました。

元ミックスへの影響が少ない素直な音
幅広いジャンルに向けて細かく調整可能

実際のマスタリングのように、ミックス音源をDA変換した後Ironに入力。その後AD変換して聴いてみたところ、機材を通すことによって音質が変わることはなく、素直な感じがありとても好印象です。設定の仕方としては調整ポイントが多くあるので、まず、TUBE BIASは強くせずにLowにしておきます。SIDE CHAIN EQsのフィルターはオフにした状態から、ATTACK/RELEASEは中間くらいの3、RECTIFIERも中間のLEDにして、音源と合う設定を探っていくのがベストかと思いました。また細かい調整が可能なため、生楽器が多いロックから、打ち込み系のR&Bやエレクトリックまで、守備範囲が広いのも大きなポイントです。A/DとD/Aのサンプリング周波数を16ビット/44.1kHzからハイレゾ仕様に切り替えて試聴しても、しっかりハイレゾの器にマッチできていて、奥行きが残る度合いが多いのも良い点でした。自由度が大変高く、あらゆる工程を想定して考え抜かれた機能が付いたIron。元ミックスを大切にするマスタリングには強い味方になる機材です。

▲リア・パネル。下段左からグラウンド・リフト・スイッチ、サイド・チェイン・インプット(フォーン)、アウトプット(XLR)、インプット(XLR)が並ぶ ▲リア・パネル。下段左からグラウンド・リフト・スイッチ、サイド・チェイン・インプット(フォーン)、アウトプット(XLR)、インプット(XLR)が並ぶ

製品サイト:https://www.electori.co.jp/spl/iron.html

サウンド&レコーディング・マガジン 2016年4月号より)

SPL
Iron
645,000円
▪周波数特性:10Hz〜40kHz ▪全高調波ひずみ率:0.01%(@1kHz/0dBu) ▪SN比:−98dBu(A-weighted) ▪入力インピーダンス:20kΩ ▪出力インピーダンス:500Ω未満 ▪最大出力レベル:32.5dBu ▪消費電力:最大45W ▪外形寸法:482(W)×177(H)×311.5(D)mm ▪重量:11kg