「STEINBERG Cubase Pro 8.5」製品レビュー:Retrologue 2やプロジェクト共有機能を備えた老舗DAWの最新版

STEINBERGCubase Pro 8.5
Mac/Windows対応の老舗DAWであるCubaseがPro 8になってから1年、さらなるバージョン・アップとしてCubase Pro 8.5が登場しました(既存ユーザーはhttp://japan.steinberg.netで有償バージョン・アップ可能)。0.5の増加分が示す通り、バグ・フィックスはもとより、UIの見直し、機能の追加/改善など便利だった機能をより洗練させるためのバージョン・アップと言えるでしょう。Cubaseのバージョン8はここで完成形になる、という感じでしょうか。

アルペジエイター搭載のRetrologue 2
コントロール・シーケンスも3系統用意

早速、バージョン・アップの詳細を見てみましょう。目玉と言えるのがRetrologueのバージョン・アップ版=Retrologue 2の搭載です。RetrologueはCubase 6.5から搭載されたVSTインストゥルメント。軽快な動作と素晴らしい出音を備えたシンセサイザーです。1基でも複雑な波形を生成するオシレーター、多様なモードだけでなく複数のポール数とディストーションを備えるフィルター、複雑なモジュレーションなど、先進的な機能をこれでもか!と搭載し人気を博しました。個人的にも“シンセ選びに迷ったらとりあえずRetrologue!”と思うくらい重宝していました。本バージョンから搭載されたRetrologue 2も、実際に触ってみると本当に力の入った進化がうかがえます。

今回のアップデートでは各モジュールにさまざまな追加要素があります。まずはオシレーターが1基増え、計3オシレーター構造になっています。さらにリング・モジュレーターもどのオシレーターを掛け合わせるのか設定できるようになっていて、シンセサイズの幅が格段に広がっています(画面①)。

▲画面① 進化したバーチャル・アナログ・シンセ、Retrologue 2。3オシレーター+サブオシレーター、24種類のフィルター、エンベロープ×3、LFO×4に加え、最大32ステップのアルペジエイターおよび7種類のエフェクトを内蔵。モジュレーションのルーティングはマトリクスで設定できるほか、パネル上の操作子へドロップすることでも行える。最新のダンス・ミュージックまで対応した700以上のプリセットも用意 ▲画面① 進化したバーチャル・アナログ・シンセ、Retrologue 2。3オシレーター+サブオシレーター、24種類のフィルター、エンベロープ×3、LFO×4に加え、最大32ステップのアルペジエイターおよび7種類のエフェクトを内蔵。モジュレーションのルーティングはマトリクスで設定できるほか、パネル上の操作子へドロップすることでも行える。最新のダンス・ミュージックまで対応した700以上のプリセットも用意

オシレーター・モードは、今までのバージョンでも4つのタイプがありましたが、本バージョンではそれらすべての方式を受け継ぎつつ、さらにXORタイプが追加されました。XORは排他的論理和とも言いますが、2つの矩形波の比較によって波形のリセット・タイミングを決めるものです。音の傾向としてはピッチ感がありながらも、これまでのオシレーター・シンクやクロス・モジュレーションに比べて、より攻撃的な方向に変調させることができます。また、各オシレーター・モードにリトリガーが付いたことで、発音時のフェイズを設定できるようになりました。変調ソースにする場合なども設定が生きますので、複雑な音作りが可能になりそうです。

ついでフィルター部。前バージョンでは12種類ものフィルターを選択可能でしたが、本バージョンからはさらに倍増! ポール数の違うHPFとLPFとの組み合わせやオールパス・フィルターなども含め、なんと24種類のモードを選択可能です。もちろんフィルターのクオリティは前バージョンを踏襲した素晴らしいものです。オシレーターとこのフィルターだけでだいぶ深いところまで音色を作れるのですが、さらに個人的にも大好きなフィルター・セクションのディストーションも今までの2種から5種へ増加しています。開発チームは倍以上にしないと気が済まないのでしょうか、最高です! 中でも気に入ったのがRateKF。これはエイリアス・ノイズを使用したデジタル・ディストーションで、キー・フォローが設定できます。高音部で出過ぎないようにできるので、攻撃的でありながら、より音楽的な演奏が可能です。オシレーター部で紹介したXORを少し攻撃的な音色に設定し、フィルター部ではバンド・リジェクションとローパス・フィルターで削った上で、進化したディストーションを足す……これだけで、従来のRetrologueでは不可能だったようなサウンドを構築可能です。前バージョンの素晴らしい出音そのままにシンセサイズの可能性を大幅に広げています。

モジュレーション部もとんでもなく進化。LFOもリトリガー設定などを新たに加え、さらに2つのポリフォニックLFOを追加。EGではバイポーラー・エンベロープ(両極に振れるカーブ)を追加搭載。マトリクス・スロットも大幅に追加され、モジュレーション先も増えています。またエンベロープやLFOなどのメインとなるモジュレーターはドラッグ&ドロップでモジュレーション先を設定可能です。メニューから細かく選択していく必要が無いので、直感的にモジュレーション設定を行えます。

もはや“別のシンセか!?”と思えるほどですが、シンセサイズ以外の部分も大変なことになっています。同社ソフト・サンプラーHalionのFlexPhraserエンジンを搭載したアルペジエイター画面では、さまざまなアルペジエイト・モードを選択可能です。さらにピッチ、ベロシティとは別に各パラメーターにアサイン可能な3系統のコントロール・シーケンスも用意されています(画面②)。

▲画面② Retrologue 2のアルペジエイター画面。最大32ステップで、ゲートやベロシティのほか、3基のコントロール・シーケンス(CTRL 1〜3)も用意されており、任意のパラメーターにアサイン可能。ステップごとに複雑に変化するサウンド作りが行える ▲画面② Retrologue 2のアルペジエイター画面。最大32ステップで、ゲートやベロシティのほか、3基のコントロール・シーケンス(CTRL 1〜3)も用意されており、任意のパラメーターにアサイン可能。ステップごとに複雑に変化するサウンド作りが行える

ピッチとベロシティに合わせてXORオシレーターのフェイズが変わりつつ、それと呼応するようにフィルターが動き、盛り上がりにかけて段々とエンベロープのディケイが伸びていく、なんてこともこの画面だけで簡単に設定可能です。このセクションでウネウネさせているだけでかなり遊べるだけでなく、ここまで細かく設定可能だと予期せぬ新たなフレーズを生み出す幅も相当広いので、今まで以上に頼りにしてしまうことでしょう。

もちろんエフェクト・セクションも新機能てんこ盛りです。そもそも前身のRetrologueではモジュレーションとディレイの2種類だけでしたが、今回はレゾネーター、フェイザー、モジュレーション、ディレイ、リバーブ、イコライザーと6種類に拡張(画面③)。

▲画面③ Retrologue 2には3バンド・レゾネーター/4バンドEQ/フェイザー/モジュレーション/ディレイ/リバーブの計6種類のエフェクトがスタンバイ。画面上のようにシリアル接続となるが、ドラッグしてエフェクトの順番入れ替えも直感的に行える ▲画面③ Retrologue 2には3バンド・レゾネーター/4バンドEQ/フェイザー/モジュレーション/ディレイ/リバーブの計6種類のエフェクトがスタンバイ。画面上のようにシリアル接続となるが、ドラッグしてエフェクトの順番入れ替えも直感的に行える

ついに3倍です。しかもエフェクトは順番を自由に変更可能。もはや別物とも言える進化を遂げたRetrologue 2ですが、前身のRetrologueで作成したサウンドもそのまま再生可能ですからご心配なく。Retrologue 2は新たなスタンダード・シンセと言っても過言ではないでしょう。

他プロジェクトのトラック読み込みが楽に
パンチ・イン専用ロケーターも新装備

Retrologue 2以外にももちろん8.5のトピックはあります。一つ一つの機能がより洗練され作業がしやすくなっており、UIの改善はその最たるものでしょう。MixConsole画面ではインサート・エフェクトなどのバイパスやプラグイン画面の呼び出し、プラグインの変更ボタンなどを常時表示させることができるようになりました(画面④)。またトランスポート・パネルもデザインが見直され、アイコンが大きくなって視認性が向上しました。

▲画面④ MixConsoleのチャンネル・ストリップ。インサート・エフェクト欄に使用プラグインのON/OFF、画面呼び出し、プラグイン変更ボタンが常時表示できる ▲画面④ MixConsoleのチャンネル・ストリップ。インサート・エフェクト欄に使用プラグインのON/OFF、画面呼び出し、プラグイン変更ボタンが常時表示できる

個人的に大助かりな新機能は、“プロジェクト・ファイル内のトラック読み込み”。Cubaseではこれまで、あるプロジェクト“A”で使っているトラックの設定を別のプロジェクト“B”で読み込もうとする場合、XMLファイルなどにエクスポートしてからインポートする必要がありました。しかし、今回搭載された機能では、他のプロジェクト・ファイルから直接トラックをインポートすることができるようになっています。使い方はこれまでのトラック・ファイルの読み込みと同様で、XMLファイルからインポートするように、プロジェクトのセッション情報やファイル・コピーの選択などを行えるダイアログが用意されています。これがあればプロジェクトの立ち上げ直しが必要なくなるため、作業時間を大幅に短縮できます。レコーディングからライブまですごく使う機能ですもんね。

またプロジェクト・ウィンドウでは、トラックを追加する際、追加トラックのアウトプット先を指定できるようになりました。しかもアウトプット先のセレクトはインクリメント・サーチができますので、複雑なバスを持つプロジェクトであっても簡単に探し出すことができます。またグループ、FX、VCAバスの各トラックを追加する際にはアウトプット先だけでなく、フォルダー・トラックの内部に追加するかどうかまで設定できます。これは常に使用する機能になりそうですね。

ほかにも白眉の出来なのが、パンチ・イン/アウト・ロケーター(画面⑤)。

▲画面⑤ 従来のL/Rロケーター(青帯)に加え、パンチ・イン/アウト・ロケーター(赤帯)が設定可能になった ▲画面⑤ 従来のL/Rロケーター(青帯)に加え、パンチ・イン/アウト・ロケーター(赤帯)が設定可能になった

これまでパンチ・イン/アウトの設定はL/Rロケーターの場所のみでしか指定できませんでしたが、L/Rロケーターとは別にパンチ・イン/アウトのポイントを設定できるようになりました。例えばL/Rロケーターで囲んだ部分をサイクル再生しながら、そのサイクルの一部だけパンチ・イン/アウトを繰り返す、といった作業も可能になります。このパンチ・イン/アウト・ポイントは前述のトランスポート・パネルに表示可能。L/Rロケーターのように数値入力も可能です。

さらに、今回のレビューでの試用はかないませんでしたが、Cubaseユーザー同士で共同作業が行えるVST Transitという機能/サービスも追加されました(画面⑥)。

▲画面⑥ ほかのCubase Pro 8.5ユーザーとプロジェクトのオンライン共有ができるVST Transit画面。共有メンバーはプロジェクト全体あるいは任意トラックを選んでダウンロードができる。1カ月あたり1GBの通信量および500MBのストレージ容量は無償で使えるが、さらに大きな容量を使う場合にはプレミアム・アカウントが必要になる ▲画面⑥ ほかのCubase Pro 8.5ユーザーとプロジェクトのオンライン共有ができるVST Transit画面。共有メンバーはプロジェクト全体あるいは任意トラックを選んでダウンロードができる。1カ月あたり1GBの通信量および500MBのストレージ容量は無償で使えるが、さらに大きな容量を使う場合にはプレミアム・アカウントが必要になる

これはサーバー上にプロジェクトや各トラック・データをアップロードし、共有することを可能にしてくれます。ローカルでエディットしたプロジェクトの内容が自動的にサーバーに反映されるようになるとのことで、遠隔地での共同作業などで役に立ってくれそうです。

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ここまで紹介した新機能だけでなく、MIDIノートの直感的なエディットやコード・パッドのバージョン・アップ、タイム・ストレッチ・エンジンのアップデートなど、洗練された機能は枚挙にいとまがありません。もちろん、細かなバグ・フィックスも含まれますので、全Cubaseユーザーはマストなバージョン・アップと言えるでしょう。

サウンド&レコーディング・マガジン 2016年2月号より)

STEINBERG
Cubase Pro 8.5
オープン・プライス(市場予想価格:55,000円前後)
REQUIREMENTS ▪Mac:OS X 10.10/10.11(64ビット推奨)、INTE Lデュアル・コア・プロセッサー ▪Windows:Windows 7/8/8.1/10(64ビット推奨)、INTEL/AMDデュアル・コア・プロセッサー、Di rect X 10/WDDM 1.1に対応したグラフィック・ボード ▪共通項目:4GB以上のRAM(8GB推奨)、15GB以上のディスク空き容量、1,366×768以上のディスプレイ解像度(1,920×1,080推奨)、USB-eLic enser接続用USB端子、OS対応オーディオ・デバイス(ASIO対応デバイス推奨)、インターネット環境(アクティベートなど)