STAX SR-X9000 レビュー:新開発の固定電極を備える国産コンデンサー型ヘッドフォンの最上位機

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 国産のコンデンサー型オープン・エア・ヘッドフォン“イヤースピーカー”を手掛けるブランドSTAX。旧・昭和光音工業から数えて80年以上の歴史を有し、オーディオ・ファンのあこがれとして君臨してきました。その実力をもって、昨今は音楽クリエイターや制作現場での使用も視野に入れているようで、筆者は製品レビューの執筆を機にフラッグシップのイヤースピーカーSR-009Sとドライバー(専用アンプ)のSRM-T8000を購入。今では欠かせない機材のひとつとなっています。そしてこのたび、イヤースピーカーのフラッグシップ・モデルがSR-X9000に更新されました。製品を借りることができたので、早速レビューしていきます。

再生周波数帯域は5Hz〜42kHz。イア・パッドには本革羊皮を使用

 SR-X9000は、1970年に発売されたSR-Xというモデルを源流としています。SR-Xは、ダイアフラムに高電圧をかける“金属メッシュ電極”を採用し、その設計は1990年代のSR-Ωに継承されました。しかし金属メッシュ電極は、高音質を実現する一方で製造が難しく、量産できなかったそうです。近年は金属メッシュ製造の精度を上げつつ、SR-009などの機種で多層固定電極の製造ノウハウを蓄積。その結果、ハイブリッドな構造の電極“MLER-3”が完成し、これを初めて採用したモデルが今回のSR-X9000となりました。

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新開発の固定電極MLER-3。金属メッシュ電極とエッチング電極を熱拡散結合で圧着した4層構造で、従来の多層固定電極より音の透過特性を向上させている。また共振にも強いという

 再生周波数帯域は5Hz〜42kHzと、数字だけを見ても驚異的。本体重量は432gで、サイズの割に軽いです。さすがフラッグシップ機とあって装着感が良く、イア・パッドが本革羊皮となっているため高級感あふれる仕上がり。モノとしての存在感もたまりません。

周波数レンジが広く音の動きがリアルに見える秀逸なマスタリング・ルームのようなサウンド

 では、試聴です。AVID HD I/Oからポール・マッカートニーのジャズ・アルバム『キス・オン・ザ・ボトム』のハイレゾ音源を鳴らして、愛用のSR-009Sと比べてみました。使用したドライバーはSRM-T8000です。『キス・オン・ザ・ボトム』は、素晴らしいスタジオに優れたミュージシャンが集まり、優秀なエンジニアが一級の機材を使って、現場で起こったことを無理なくキャプチャーしたお手本のような作品。冒頭曲「手紙でも書こう」をSR-009Sで聴くと、ブラッシング・スネアの繊細さ、ピアノのたっぷりとした量感、ボーカルの柔らかさなどに毎回うっとりしてしまいます。

 

 SR-X9000の第一印象は“おぉ、予想していたのと違う”というもの。SR-009Sの正統進化という感じではない、新しい体感です。中低域が幾分タイトに聴こえるため、音量を上げて試聴を続けました。またSR-009Sに比べて音が近くなった気がしますが、圧迫感は無く、よりキャンバスが広くなった印象です。低〜高域のレンジ感が増し、“枠”を感じさせません。個々の楽器の輪郭がさらにリアルに見え、特にスネアの表現の繊細さが際立って聴こえますね。

 

 ダイアフラムがSR-009Sから20%大きくなったそうで、レコーディング時のマイク選定の経験から“よりたっぷりとリッチな空間再現ができるのかな?”とイメージしていましたが、シャープでスタイリッシュな音像です。空間表現にあいまいさが無くなり、各楽器の分離感が増したと言えます。この変化、何かに似ている……と感じ、思い出してみると、昨今の音場補正プロセッサーを使ったときの効果です。周波数特性がフラットへ近付くことによる“音の面積感の広がり”に両者通じるものがあると思います。

 

 次にAVID Pro Toolsセッションを開き、ミックスに使用してみました。本当に素晴らしい。まさに“すべて”が分かります。リバーブの種類や余韻の長さはもちろん、個人的にはコンプのアタック・タイムによる音の変化など、ダイナミクスの再現に感嘆しました。キックのアタック、うねり、余韻などが的確にコントロールできるのです。

 

 あえて抽象的な表現をすると、前フラッグシップのSR-009Sは素晴らしいオーディオ・ルームで音楽を聴く感じ。色気があり、酔える音場です。一方、SR-X9000は秀逸なマスタリング・ルームで聴く感じ。録音作品にキャプチャーされていることがすべて把握できると思います。その反面、自分のミックスの粗探しをし出すと、分析耳のスイッチがオンになり、若干神経質になってしまうかもしれません。何も強調されず、どこにも不足が無い自然な音。無慈悲と思えるほどにソースの持つ情報をあらわにしてくれるので、究極のスタジオ・ヘッドフォンと言えるのではないでしょうか。

 

 ちなみに筆者のSR-009SとSRM-T8000は、2年以上いろいろなスタジオに持ち運んで使っているものの、一度も故障していません。ヘッドフォン探しの旅は終えたつもりでいましたが、まだ先がありました。高価な製品ですが、皆さんにもぜひ一度、体感していただきたいです。筆者、期待は裏切られませんでした。買います。あとは己のセンスだけ。

 

星野誠
【Profile】ビクタースタジオを経てフリーランスで活動するエンジニア。クラムボンの楽曲を多数手掛けたことで知られ、近年もsumika、FLYING KIDS、竹内アンナなど一線のアーティストに携わる。

 

STAX SR-X9000

693,000円

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SPECIFICATIONS
▪形式:オープン・エア・コンデンサー型 ▪ユニット形状:大型円形 ▪固定電極:MLER-3 ▪再生周波数帯域:5Hz〜42kHz ▪インピーダンス:145kΩ@10kHz(付属の2.5mケーブルを含む) ▪感度:100dB/100Vrms入力/1kHz ▪イア・パッド:本革羊皮(肌に触れる部分)、人工皮革(取り付け部) ▪付属ケーブル導体:6N(99.9999%)OFC+銀メッキ軟銅線 ▪重量:432g(本体のみ)

製品情報