一発録りのライブ・レコーディングを公開し、DSDで収録した音源をDSDのまま配信する本誌主催のイベントPremium Studio Live。2月24日に行われたVol.9では、RHODESの名手として自身のinnocent recordより5枚のソロ・アルバムを発表しているINO hidefumiと、美しいボーカルワークがにわかに注目を集めるアシッド・フォーク・デュオjan and naomiが登場。ともにメロウながら一筋縄ではいかない音楽性の2組によるスモーキーなセッションが繰り広げられた。本稿では、シンプルながらさまざまなアイディアが盛り込まれた機材セッティングやレコーディングの模様をレポートしていく。
[この記事はサウンド&レコーディング・マガジン2015年4月号の記事をWeb用に編集したものです]
シンセもアンプから出力しマイクで収音
Vol.9の会場となったのは、東京・世田谷にあるクレッセント・スタジオ。コントロール・ルームには名匠ルパート・ニーヴが手掛けたアナログ・コンソールFOCUSRITE Forte(72in/48out GML 72ch Automation Fader System)が鎮座し、多くのミュージシャン/エンジニアに愛されてきたスタジオだ。



「ですが、演奏者と同じ空間に観客も入りますし、そこにラインで録ったエレピを混ぜると逆に浮いてしまいそうだったので、マイクのみで収音することにしました。RHODESのアンプにはAKG C414を2本立てています。INOさんのエレピが音像全体を支えるイメージなので、低域まで過不足なく拾えるマイクをチョイスしました」
リバーブを多用してスモーキーな音場を演出
これらのマイクで収められた音は、コントロール・ルームのFOCUSRITEコンソールや各種アウトボードで処理が施される。
「FOCUSRITEの卓のヘッド・アンプに加えて、普段から使い慣れているNEVEのマイクプリやUREI 1176LNなどを持ち込みました。トータルEQはGML 9500で、最終段のトータル・コンプNEVE 33609を通った2ミックスがDA-3000に入っています」

「2trの一発録りなので当然ですが、後から特定のパートの音量を下げたりすることはできません。あまりコンプレッションされた音にはしたくないのですが、音量的に行き過ぎたパートは止めないと聴きづらくなってしまいますから、ボーカルとベースを中心にコンプを多用しています。とは言え、リダクションの量はほんのわずかですが」
FOCUSRITEの卓について米津氏は「同社のモジュールを使ったときに感じていた通りの、奇麗な音がします」とその音質を評価する。
「汚した音を入れても大丈夫と言うか、卓で変化しないので、音作りしやすかったです。今回はリバーブをふんだんに使いたくて、スタジオにあるEMT 140に加えてBRICASTI DESIGN M7を持ち込みました。3人が奏でる煙った感じの音像にはM7が合っていましたね」

DSDの解像度の高さで3人が演奏する空気感をキャプチャー
ではレコーディングの模様を伝えていこう。演奏される10曲の内訳は、カバーが5曲、INOの持ち曲が2曲、jan and naomiが3曲。観客を前にした3人はやや緊張した面持ちだったが、1曲目の「A Portrait of the Artist as a Young Man」でINOの奏でるRHODESがスタジオ内に静かに響き、jan and naomiが一声を発した瞬間に、観客が息を飲む様子が伝わってきた。RHODESには要所でリバース・エフェクトがかけられ、アコースティックでありながらエレクトロニックな質感をたたえた音世界に観客を引き込んでいく。4曲目の「Smooth Operator」はご存じシャーデーのカバー。naomiのファルセットが生むメロウな雰囲気が場内を満たし、INOの甘美なインスト曲「思えば世界はあまりにも美しい」へとつないだ。

終演後、コントロール・ルームに入った3人は早速DA-3000のプレイバックを試聴。INOが「ここまでRHODESが奇麗に録れているとは思っていませんでした。シンセをアンプから出すセッティングも成功でしたね」と語れば、janも「歌っているときに聴こえている自分の声より良かったです。こうした経験はなかなか無いんですけど」とDA-3000の録り音に感心した様子だった。
米津氏は「ボーカルに関してはマイクのチョイスがハマりましたね。イメージ通りの音で録れていました」と今回のセッションを振り返る。
「僕の中ではPCMは線画で、DSDは筆。音がただ単に“パン”と鳴るのではなく、アタックから減衰まですべてが濃密なんです。今回は録っていて楽しかったですし、PCMだったら全体をもっとひずませないと、ここまで安定した音像にはならなかったでしょう。3人が同じ空間で演奏している空気感を、すごく魅力的に残せたと思います」

INO hidefumi+jan and naomi
『Crescente Shades』

配信サイト:e-onkyo
OTOTOY
配信ファイル形式:DSDおよびFLAC(e-onkyo)、DSDおよびALAC(OTOTOY)
価格:2,000円