“ゾンビ音楽”を奏でるエキセントリックなサウンド・システム〜“フェスティバル/トーキョー15”のオペラで大活躍!

東京都豊島区を中心として毎年開催されている舞台芸術の祭典“フェスティバル/トーキョー”(F/T)。今年のフェスティバル/トーキョー15(F/T15)は8回目の開催で、10月31日(土)〜12月6日(日)までの約5週間にわたり行われる。プログラムは国内外の舞台作品の上演がメインとなっており、その数は全30。F/T15が主催するものと、近郊で上演される連携プログラムの大きく2つに分かれ、前者については東京芸術劇場やあうるすぽっと、にしすがも創造舎、池袋西口公園などの会場で同時多発的に展開予定だ。本稿ではそれらの中から、にしすがも創造舎で11月12日(木)〜11月15日(日)に上演される「ゾンビオペラ『死の舞踏』」をピックアップ。劇中で使用される独自のサウンド・システムに迫りたい。



冒頭の写真に面食らった方も多いのではないだろうか? 何を隠そう、そこに写っているのは「ゾンビオペラ『死の舞踏』」(以下、「死の舞踏」)のサウンド・システムのプロトタイプである。編集部は今回、このシステムの製作者であり作曲家の安野太郎氏を訪ね日本大学藝術学部にうかがった。「もともとはクラシックを勉強していたんですが、音大時代にコンピューターでの音楽制作を始めたんです。CYCLING '74 Max/MSPなどから入門したので、サンレコの佐近田展康さんの連載を楽しみにしていましたね」と微笑む安野氏。インタビューではさまざまな話を聞けたが、本題へ入る前に、まずは「死の舞踏」がどんなオペラなのかを紹介しておきたい。本作を手掛けたのは、安野氏と音楽ドラマトゥルクの渡邊未帆氏、演出家で“悪魔のしるし”主宰の危口統之氏の3人。安野氏がコンセプト立てと作曲、渡邊氏がドラマトゥルク、危口氏が美術を担当している。作品のモチーフとなったのは、タイトルにもある“死の舞踏”。これは、伝染病や戦争で多くの人々が命を落とした中世ヨーロッパを表すイメージで、時代を問わずさまざまな芸術作品のモチーフとなってきた。それにしても、なぜ安野氏は2015年の日本でこのイメージを用いたのだろう?
「いろいろな理由がありますが、大きいのは、死をイメージする機会が世の中的に増えていると思うことです。東日本大震災はその一因でしょうし、先日可決された安保法案も戦争が身近になりつつある点で同様です。だからこそ、今の日本で死の舞踏のイメージを持ち出すことに意味を感じたわけですね」「死の舞踏」には労働者や司祭、擬人化された機械などが登場し、音楽を通して寓話的なストーリーが展開される。つまり構造そのものは古典的なオペラを踏襲しているわけだが、本誌としては“ゾンビ音楽”と呼ばれるユニークな音楽に注目したい。
ゾンビ音楽とは、リコーダーやクラリネット、サックスなどの楽器にエア・コンプレッサーで空気を送りつつ、コンピューター制御された“指”によって自動演奏するというもの。そのサウンド・システムが、楽器としての機能を有しながらも意志を持たない演奏を続けることから、音楽の生けるしかばねとして“ゾンビ音楽”と名付けられた。安野氏は2012年にシステムの製作とゾンビ音楽の作曲を開始。2013年にゾンビ音楽を8曲収めたアルバム『DUET OF THE LIVING DEAD』、2014年には10曲入りの『QUARTET OF THE LIVING DEAD』を発表し、今回「死の舞踏」のために新たなシステムと曲を手掛けた。
「当初は完全に自主制作で、たまにコンサートを開いたりもしていたんですよ。それで2014年に横浜のゲーテ座ホールでレコ発ライブをやったとき、F/Tディレクターズコミッティ代表の市村作知雄さんから声をかけてもらい、今年のF/T15へ参加することになったんです」 

ゾンビオペラ『死の舞踏とは?』


“フェスティバル/トーキョー15”にて上演されるオペラ作品。労働者、司祭、機械でできた労働者たちのリーダー(ゾンビ・クイーン)などが登場し、“ゾンビ村”を舞台に寓話的なストーリーを繰り広げる。独自のシステムで自動演奏される“ゾンビ音楽”にも注目だ。この写真は、作品をイメージ化したもの。
PH2


安野太郎(Taro Yasuno)
PH3
▲本作のコンセプト立てと音楽制作を担当した作曲家。DTMとは違う視点でテクノロジーと向き合い作品を制作してきた。日本大学藝術学部で教鞭を執っている渡邊未帆(Miho Watanabe)
PH4
▲音楽ドラマトゥルクの担当者。普段はラジオ番組の制作や雑誌/書籍の編集、執筆などを行っている。現在、早稲田大学にて非常勤講師を務めている危口統之(Noriyuki Kiguchi)
PH5
▲美術を担当した演出家。大学卒業後、建設業界に従事するも2008年に“悪魔のしるし”を結成し、舞台作品や祝祭的なパフォーマンスを企画/上演している 

ソレノイドできた“人工の指”を
MIDIで動かし楽器を演奏


それではゾンビ音楽のサウンド・システムについて見ていこう。取材時に見せていただいたプロトタイプは、以下のようなコンポーネントから構成されている。
●APPLE Logic Pro Xの入ったMacBook Pro
●EDIROL UM-880(MIDIインターフェース)
●ソプラノ・リコーダー
●アルト・リコーダー
●テナー・リコーダー
●バス・リコーダー
●ATMEL ATMega328P(マイコン)やMIDI IN/OUT/THRUを備えたユニット
●タカハ機工のソレノイド(可動鉄芯)を用いた人工指
●ソレノイド・バルブ(比例電磁弁)が付いたホース
●エア・コンプレッサー
※マイコン・ユニット、ソレノイドの指、弁付きホースは各楽器に個別のものを装着これらをどのように接続して音を鳴らすのだろうか? 安野氏が解説してくれた。
「まずLogicでは、ピアノロールを立ち上げてノートを打ち込んだり、コントロール・チェンジのオートメーションを描くなどしています。こうしたMIDIデータをインターフェース経由でソプラノ・リコーダーのマイコン・ユニットへ入力し、そのMIDI THRUをアルトのユニット、そのMIDI THRUをテナーのユニットへ……といった流れで最後のバスまで送っています。各ユニットにはリコーダーの穴を押さえるためのソレノイドがつながっていて、MIDIノートによりソレノイドを動かしています。その動きは穴を押さえるか/押さえないか、つまりONかOFFの2種類で、ノートを入力した部分はON、そうでないところはOFFになるんです。どのノートでどのソレノイドを動かすかはArduinoのソフトウェアで設定でき、そのプログラムをUSB経由であらかじめマイコンに書き込んでいます。例えばバス・リコーダーの一番上の穴を押さえたいときはC4、テナーの上から2番目の穴ならC5みたいな感じで、各ソレノイドが固有のノートでONになる形です」リコーダーの押さえ方のバリエーションをMIDIノートで作り出せる仕組みだ。「だから入力するノートは鳴らしたい音の高さでなくてもよく、“指のプラン”に過ぎないんですよ」と安野氏。しかしどれだけ穴を押さえても、リコーダーに空気を吹き込まない限りは音が出ない。そこで活躍するのがエア・コンプレッサーだ。
「エア・コンプレッサーは常に稼働していて、ホースを介し各楽器に空気を送っています。そのホースには弁が付いていて、リコーダーに送り込む空気の量を調整できるようになっている。これにより音の強さを変えられるわけですね。弁の開き具合は、ノートのベロシティやコントロール・チェンジの値で調整しています。それらをマイコンが受けて電圧へと変換し、PWM出力して弁を動かす仕組みですね。突発的に強い音を出す場合などはベロシティを使い、徐々に大きくしたり小さくしたいときはコントロール・チェンジのオートメーションで制御しています」 

Movie


安野氏にシステムを用いた演奏を行っていただいた。この動画は、その様子である。https://youtu.be/-DCD4hrnfEA 

Sound System


下の絵は、取材したサウンド・システムの模式図。APPLE Logicから出たMIDIデータ(ノートとコントロール・チェンジ)はMIDIインターフェースを介し、まずはソプラノ・リコーダーのマイコン・ユニッ トへと入力される。そのMIDIデータはマイコンで解析された後、空気弁とソレノイドの人工指へと分岐。前者はリコーダーに送られる空気量を調整し、後者 はリコーダーの穴を押さえるためのものだ。これでさまざまな音階を鳴らせるようになる。ソプラノのユニットのMIDI THRUはアルトのMIDI INにつながっており、以降も同様のルーティングで最後のバスまでMIDIデータが送られる。


SYSTEM PH7_MIDInote
▲Logicのピアノロールには、各楽器のソレノイドを動かすためのノートが入力されている。取材時のシステムは本番のものと比べて楽器の数が少ないため、1つのトラックのピアノロールに全楽器のためのノートが打ち込まれていたPH8_Automation
▲コントロール・チェンジのオートメーション・データ。主に空気弁へと送られるもので、空気の量をゆっくりと変えたい場合に使うというPH9_Sop
▲ソプラノ・リコーダーのセクション。中央の白いパネルがマイコンやMIDI端子を備えたユニットで、ピンク/黒のケーブルが空気弁、白いケーブル群がリコーダーの穴を押さえるソレノイドにつながっているPH10_Alto
▲アルト・リコーダーのセクション。仕組みはソプラノと同じだPH11_Tenor
▲こちらはテナー・リコーダーのセクション。ソレノイドのメーカー、タカハ機工のステッカーが張ってあるPH12_Bass
▲MIDIデータが行き着く最後のバス・リコーダー・セクション。背後にはエア・コンプレッサーが見えるPH13_Chip
▲ユニットのディテール。写真上方に見えるのがATMELのマイコンATMega328Pで、右手前にあるMIDI IN(上)へ入った信号を処理する。MIDI INの下はMIDI OUTだが、スイッチでMIDI THRUに切り替えることが可能。MIDI端子の上奥に見えるのは電源端子で、手前下の白いケーブル群はソレノイドにつながっているものPH14_Finger
▲ソレノイドの人工指。それぞれが固有のMIDIノートで動くようになっており、ノートが入力されているタイミングでは穴をふさぎ、入力の無いときには穴から離れる仕組み⭐︎⭐︎⭐︎以上が取材時に見せてもらったプロトタイプの全容だが、本番ではリコーダーのほか、サックスやクラリネット、フルートなどの楽器を使用するそうでバリエーション豊かだ。また空気の送り込みに関しては、エア・コンプレッサーではなく、足踏みポンプなどを用いる予定。安野氏は「実はまだ、踏んでくれる人を集めている段階なんですよ(笑)。劇の間ずっと踏みっぱなしなので、かなり大変だと思います。でもゾンビの世界……つまり多くの人間が無力になった世界では、機械に空気を送れる人こそが優れたアーティストだと思っていて。そんな風に、機械と人間の立場が逆転したような世界を描きたいんですね」最後に、来場者へのメッセージをお願いしたところ、こんな答えが返ってきた。
「お前はもう、死んでいる……ですかね。あ、コレ前々から考えていたネタなんですよ(笑)」
インタビュー中は真剣な眼差しで語っていた安野氏だが、締めにお茶目な一面も見せてくれた。11月13日(金)の公演後は、渡邊未帆氏や危口統之氏とのトーク・コーナーも用意されているので、劇とセットで楽しんでみてはいかがだろうか。また冒頭で触れた通り、F/T15では「死の舞踏」以外にもさまざまなプログラムが展開される。興味のある人は足を運んでみよう。 

「ゾンビオペラ『死の舞踏』」のSchedule


11/12㊍ 19:30開演
11/13㊎ 19:30開演
11/14㊏ 19:30開演
11/15㊐ 14:30開演
※11/13は安野太郎氏、渡邊未帆氏、危口統之氏によるポストパフォーマンス・トークあり
※受け付けは開演1時間前、開場は30分前


○一般:3,500円(当日+500円)○学生:2,300円(当日券共通、要学生証提示)
○高校生以下:1,000円(当日券共通、要学生証提示または年齢確認可能な証明書提示)
※全席自由(整理番号付き)
※F/Tチケットセンター、東京芸術劇場ボックスオフィス、チケットぴあ、カンフェティにて発売中
※F/Tのほかのプログラムとセットで購入できるお得なプランもあり。詳しくはF/TのWebサイト


にしすがも創造舎〒170-0001 東京都豊島区西巣鴨4-9-1
TEL:03-5961-5200MAP 

フェスティバル/トーキョー15 主催プログラム


F/T15では「ゾンビオペラ『死の舞踏』」以外に、11の主催プログラムと3つの企画が展開される。ここに11演目の概要を記載するので、関心のあるプログラムの詳細をWebサイトで見てほしい。フェスティバルFUKUSHIMA!@池袋西口公園
10/31㊏、11/1㊐
総合ディレクション:プロジェクトFUKUSHIMA!+山岸清之進
○池袋西口公園/入場無料PH15
ⒸRyosuke KikuchiSPAC - 静岡県舞台芸術センター『真夏の夜の夢』
10/31㊏〜11/3㊋祝
演出:宮城聰、作:ウィリアム・シェイクスピア(小田島雄志訳『夏の夜の夢』より)、潤色:野田秀樹、音楽:棚川寛子
○にしすがも創造舎/自由席/一般前売:4,000円、当日:4,500円、学生:2,600円PH16
Photo:K.Miura地点×空間現代『ミステリヤ・ブッフ』
11/20㊎〜11/28㊏
作:ヴラジーミル・マヤコフスキー、演出:三浦基、音楽:空間現代
○にしすがも創造舎/自由席/一般前売:4,000円、当日:4,500円、学生:2,600円PH17
Photo:Hisaki Matsumotoブルーシート
11/14㊏~11/15㊐、12/4㊎~12/6㊐
作/演出:飴屋法水 ⃝豊島区 旧第十中学校 グラウンド/野外 自由席/一般前売:3,500円、立見席:2,500円、当日:4,000円、当日立見席:3,000円、学生:2,500円、学生立見席:2,000円PH18
Photo:Kei OkuakiGod Bless Baseball
11/19㊍~11/29㊐
作/演出:岡田利規
○あうるすぽっと/全席指定/一般前売:4,500円、当日:5,000円、学生:3,000円GBB
ⒸRuka Noguchi富士見市民文化会館 キラリふじみ『颱風(たいふう)奇譚 태풍기담』
11/26㊍~11/29㊐
作:ソウ・ギウン、演出:多田淳之介
○東京芸術劇場 シアターイースト/自由席/一般前売:4,000円、当日:4,500円、学生:2,600円7.27日本ver [更新済み]
Ⓒdesign:2×2地上に広がる大空(ウェンディ・シンドローム)
11/21㊏~11/23㊊
作/演出/美術/衣裳:アンジェリカ・リデル(アトラ・ビリス・テアトロ) ⃝東京芸術劇場 プレイハウス/全席指定/一般前売:5,500円、当日:6,000円、学生:3,000円PH21
ⒸRicardo Carrillo de Albornozパリ市立劇場『犀』
11/21㊏~11/23㊊祝
作:ウジェーヌ・イヨネスコ、演出:エマニュエル・ドゥマルシー=モタ ⃝彩の国さいたま芸術劇場 大ホール/全席指定/一般前売:6,000円(S席)、4,000円(A席)、当日:6,500円(S席)、4,500円(A席)、U25:4,000円(S席)、2,000円(A席)、当日U25:4,500円(S席)、2,500円(A席)PH22
ⒸJean-Louis FERNANDEZギンタースドルファー/クラーセン『LOGOBI 06』
11/26㊍~11/29㊐
出演:フランク・エドモンド・ヤオ、イスマエラ 石井丈雄
○アサヒ・アートスクエア/自由席/一般前売:3,500円、当日:4,000円、学生:2,300円PH23
Photo: Knut Klaßen Design:Shun Ishizukaゲーテ・インスティトゥート韓国 × NOLGONG 『Being Faust - Enter Mephisto』
11/19㊍〜11/22㊐
構成:ピーター・リー
○東京芸術劇場 シアターイースト/参加型/一般前売:2,000円、当日:2,500円、学生:1,300円PH24
ⒸGoethe-Institut Korea/Yunsik Limアジアシリーズ vol.2 ミャンマー特集『ラウンドアバウト・イン・ヤンゴン』 11/13㊎〜11/15㊐
Aプログラム:ティーモーナイン(パフォーマンス、インスタレーション、映像作品)、ニャンリンテッ(演劇作品)、Bプログラム:ターソー(音楽ライブ) ⃝アサヒ・アートスクエア/自由席/一般前売:2,000円(A)、2,500円(B)、4,000円(セット)、当日:2,500円(A)、3,000円(B)PH25
ⒸManami Inose (NORANEKO DESIGN)