
1965年にマレーシアから独立し、いまや世界有数の観光大国として知られるシンガポール共和国(以下、シンガポール)。巨大なショッピング街、充実したマリン・スポーツ施設、そしてご当地グルメなど魅力満載のこの国に、アミューズ関連会社によるライブ・ハウスMILLIANがオープンした。ナイト・クラビングの文化はあるシンガポールだが、収容人数1,000人規模の“本格的”なライブ・ハウスとしてはほぼ初というMILLIAN。その出店意図や導入機材を探るべく、現地に赴いた。
ライブに対する“本気度”の高いベニュー
まずはシンガポールの基本データをおさらいしておこう。外務省のWebサイトによると、面積は約716㎡(東京23区と同程度)、人口は547万人(うち中華系74%、マレー系13%)、公用語は英語/中国語/マレー語(2015年10月時)で、ご存じ東南アジア屈指の観光国だ。今回訪れたMILLIANは、総合エンターテインメント企業として知られるアミューズの事業展開の一環として設立された。正確に言うならば、アミューズの連結子会社Amuse Entertainment Singaporeが、このMILLIANのためにA-Live Entertainmentを設立し運営を行っている。
MILLIANのあるセント・ジェームスは、中心地から地下鉄で10~15分ほどの臨海地にあり、日本で言うならば東京の新木場スタジオコーストのような雰囲気。MILLIANはもともと発電所だったという歴史的建造物の中にあり、このエリアは多くの大型クラブがひしめくナイト・クラビング・スポットでもある。MILLIANも深夜のクラブ営業を行っているが、本格的なライブ用の設備を整えているのが最大の特徴。A-Live Entertainmentの社長、堺良平氏はこう話す。
「シンガポールでもライブができる場所はあるのですが、片隅にステージがあるバーだったり、座席が固定の劇場だったり、大型クラブでも音響設備がしっかり整っていなかったりと、ライブに対する本気度は日本に比べて低いと思うんです。そこで、1,000人規模のスペースに音響機材を常設し、アーティストが楽器だけ持ってくればライブができるベニューを作ろうと思ったんです」
MILLIANがソフト・オープンしたのは2月中旬で、その際には日本のバンドがライブ出演したそう。やはり日本人アーティストの世界進出のために作られた場所なのだろうか? 堺氏からこんな答えが。
「7月にはflumpoolの出演も決まっていて、当然“J”のブランドを盛り上げたい気持ちは大きいですし、欧米進出を見据えた最初のステップとしては最適だと思います。ただし出演者を日本に限定するつもりはなく、幅広い国のアーティストに出てもらいたい。お客さんの大半はローカルの人なので、彼らに人気のあるアーティストを考えると、ここ数年は韓流も強くなっていますね」



機材性能&信頼性を重視した機材セレクト
フロアは600人ほどのキャパシティで、そのほかにもバー・スペースやVIPルームなどを配置。ステージが幅12m×奥行き5mほどと大きいのも魅力だ。ここからは舞台技術関係全般のコーディネートおよびPAオペレートを担当する山内明氏にうかがおう。シンガポールに来て27年になるベテランPAエンジニアだ。
「僕が一緒に仕事をしているこっちのPAチームがありまして、彼らと同じ機材ならオペレートも速いですし、何かトラブルがあったときにも対処しやすい。そういう意味でYAMAHA CL5とNEXOのスピーカーを選びました」
と山内氏。別会場だが、以前ONE OK ROCKやPerfumeがシンガポールでライブを行った際も、山内氏はYAMAHAの卓+NEXOのスピーカーというシステムで対応したそうだ。また山内氏はこう付け加える。
「ヤマハのサポートがしっかりしているのも理由の一つです。今度、PM10(YAMAHAのデジタル・コンソールのフラッグシップ)のお披露目もこのMILLIANで行うんですが、それ以外にもシンガポールのヤマハさんは自社でスタジオも持っていて、そこで新製品のレクチャーもしてくれるんです。そういう意味で、すごく良いと思います」
さらに、今回導入したCL5の印象についてこう語る。
「同社のM7CLからかなり進化して音が太くなった感じがありますね。僕は日本から来たアーティストのライブにたくさんかかわっていますが、たまに“~の卓は避けてほしい”というリクエストがあったりするんです。でもCL5に関してはリジェクトされたことが無い。日本から来るアーティストはしっかりした音を出すので、それに応えられる卓だと思います。エフェクトも内蔵のものが十分なクオリティなので、基本的にハードウェアのアウトボードは使っていません。オールマイティで信頼性が高い印象です。それから他社製品にも似た機能はありますが、複数のバンドが出るケースでは、CL5のシーン設定は特に使いやすいですよね」
メイン・スピーカーはライン・アレイのNEXO GEO S12 Systemで、片側に4発ずつモジュールをリギングし、フロアの背面にもL/Rに2発ずつセットしている。
「クラブ営業時に“音に包み込まれる感じにしてほしい”というリクエストがあったので、背面にもスピーカーをセットして臨場感を出しています。ライブ時は前面の片側4発でも十分な音量は出ますが、さらに増強したいときはリアの2発を持ってきて片側6発にする使い方もできます」
と山内氏。なお、ステージ側のI/OボックスであるYAMAHA Rio3224-D/Rio1608-DとCL5、そしてパワー・アンプのNEXO NXAMPシリーズはDante接続されているため「アナログ・ケーブルのような劣化が無い」とも語る。さらにSHUREのワイアレス・マイク/イアモニ・システムも備えるなど、シンプルかつスマートなセッティングが組まれている点も見逃せない。



東南アジアのエンタメ発信地を目指す
このように充実した設備を備えるMILLIANだが、この“本気度”はシンガポール国内ではかなり異色で、そこには根本的な文化の違いもあるようだ。山内氏が語る。
「こっちは“とりあえず音が大きくなればいい”という感覚でスピーチ用のスピーカーを入れるところも多いですし、オープン当初は良かったのにメインテナンスを怠っているとか、割と音に無頓着なんですよね。ミキシング一つとっても、日本人は精密ですが、こっちの人は大ざっぱですし(笑)。そもそも、ここでは音楽シーン自体が未成熟というか、CDを出して食べていける土壌が無いので、アーティストが育ちにくく、当然それに付随するスタッフも育たないんです」
さらに堺氏がこう続ける。
「この国では花形の職業がミュージシャンでも俳優でもなく、金融マンなんです。楽器を練習するなら勉強して国立大学を目指した方がいい……音楽の才能がある人たちは台湾や香港に移住していきますからね」
とはいえ、堺氏はそんな状況を逆にビジネス・チャンスととらえている。既にナイト・クラブの需要はあるだけに、音楽を生で体感できるライブ・カルチャーの広がりもきっと期待できるはずだ。最後に堺氏が語る。
「何よりもシンガポールの音楽シーンを盛り上げていくというのが大きな目標ですね。東南アジアに大きな影響力を持つ国なので、MILLIANがエンタメの発信地となって、その大本を調べたら日本の企業だったというのが理想のストーリーです」


