伊藤翼が使う「Pro Tools」第1回

他のDAWユーザーが享受できるメリット
そしてPro Tools|HDX導入の理由

 今月から連載を担当する、作曲家の伊藤翼と申します。短い連載ですが、どうぞよろしくお願いいたします。最近はアニソンやゲーム音楽の作曲が主な仕事です。
 実は僕、普段の作曲でメインに使っているのはほかのDAWなんです。え、なんでAVID Pro Toolsに出てきたんだ、お前!と言われそうですね。全くおっしゃる通りなのですが、制作の進捗50%を超えた辺りからはPro Toolsを使っています。併用するメリットについてはほかのDAWの人にもぜひ読んでいただきたいです。

エンジニアとの共通言語として
Pro Toolsを使う

 作曲を始めたとき思っていたのは、作曲からミックスまで全部自分でやってみたいということでした。しかし、クオリティやスケジュール、自分の実力などいろいろな面で最初からそれをやるには難易度が高かったわけで、まずは劇伴作家のスコアリングのアシスタントをしていました。アシスタントをする過程で、作家の方ごとに使用するDAWは違いましたので、そのデータのやり取りに対応するために皆さんが使われているDAWを一通り触れるようにしました。そのときに触ったのはLogic、Cubase、Pro Tools、DP、Studio One。いろいろと共通する点とそうでない点を見ることができました。

 特に歌モノでアレンジの作業はその現場によってまちまちですが、メロディを作る部分、作曲家的な側面もあるし、サウンド・メイキングもするというエンジニア的な側面もあります。いろんな視点を持っていた方が良く、ある意味バランサーとしての役割を持っているわけです。ほぼサウンド・プロデューサー的立場とも言えます。スタジオに入ると、歌の現場、弦を録る現場、ミックス・ダウン……ディレクションをしなくてはいけない現場だらけです。そういったとき現場で動いているソフトはPro Tools。使えた方がエンジニアとのコミュニケーションが抜群に取りやすくなります。

 歌のテイク選びはその場で自分でやらせてもらったり、ささっとエディットしたり。レコーディング用のステムだけを渡すよりも、Pro Toolsセッションにステムをインポートして譜面と小節番号も合わせ、メモリーロケーションも打ち込んでエンジニアに送った方が曲のイメージの伝達も早くなり、現場での間違いも少なくなるわけです。

▲レコーディング前に整理した状態のPro Tools編集ウィンドウ。ステムを読み込み、メモリーロケーションで楽曲の構成に合わせたマーカーを作成してある ▲レコーディング前に整理した状態のPro Tools編集ウィンドウ。ステムを読み込み、メモリーロケーションで楽曲の構成に合わせたマーカーを作成してある

セッションの書き出しと読み込みで
ファイルのやり取りを円滑に

 レコーディングした後、ボーカルやリズムのファイルを書き出してもらって、その後DAWに戻して、アレンジの調整をして、またパラを書き出して、エンジニアに送って……。こういったDAWの行ったり来たりはミスの元にもなります。データを送ったはずが書き出し時のチェック・ボタンの入れ忘れで1トラック足りなかったということもあります。なので僕は、レコーディング後はPro Toolsでそのままアレンジの調整を行います。ほかのDAWでアレンジした後、そのパラデータとMIDIをレコーディング前にインポートしておけば編集も簡単。MIDIならエディットしたいトラックをソフト・シンセにルーティングし、ノートを調整すればいいので簡単です。

 そして一番のメリットはアレンジが完成した後、エンジニアにそのままセッションごと送ってしまえるのです。これなら書き出しミスはありません。エンジニアがレコーディングのデータを持って帰っている場合は、送りたいトラックのみをセッション・コピーをします。

▲セッション・コピーのダイアログ。いわゆる“別名で保存...”に類するが、保存対象とするトラックやメディア(オーディオやプラグイン設定ファイルなど)を指定することができる ▲セッション・コピーのダイアログ。いわゆる“別名で保存...”に類するが、保存対象とするトラックやメディア(オーディオやプラグイン設定ファイルなど)を指定することができる

 そしてあちらでセッション・インポートで合体してもらえば、データがずれたりインポート漏れすることもありません。

▲セッション・インポートで任意のセッション・ファイルを選択すると、読み込みたいトラックやI/O設定、プラグインの有無、センド設定などを選択可能 ▲セッション・インポートで任意のセッション・ファイルを選択すると、読み込みたいトラックやI/O設定、プラグインの有無、センド設定などを選択可能

 そしてミックス・ダウン後はエンジニアの仕事を見て、自分で学習することもできます。“こんなルーティングでやっているんだ”“こんなプラグイン挿してる。すごく良いから買おう”とか“あ、ボリューム・オートメーションをこんなに描いている。ということは自分のトラックをもっとこうしておけば次からこんなに描いてもらわなくて済むな”などということも分かってきます。こういった情報はある種、ご褒美です(笑)。アレンジのフィードバックを作業の結果の形でもらえるので、どんどん次に生かせます。

 コンペなどのデモのミックスは、作家が自分で行っていると思いますが、少しでも自分のデモのサウンドがよく聴こえるように、いろいろな場所からフィードバックを得たいところです。

Pro Tools|HDX導入で
レイテンシーと処理負荷を軽減

 最近の仕事ではスタジオ・ミュージシャンを家に呼んで、宅録で楽器を載せていって仕上げることも増えてきました。中にはほぼ打ち込み無しで4リズムのみで仕上げる楽曲もあったりします。その場合はPro Toolsで最初から作っていく方が速いです。そういった仕事と、たくさんのトラックの打ち込みも併用しつつ4リズムはレコーディングする仕事が半々になり、ほぼすべての楽曲で、自宅でもPro Toolsでレコーディングする楽曲ばかりになりました。

▲ほとんど4リズムのみで打ち込みが少しだけのトラックの場合はPro Toolsで作り始めることもある ▲ほとんど4リズムのみで打ち込みが少しだけのトラックの場合はPro Toolsで作り始めることもある

 特にギタリストと一緒にレコーディングしながらソフト・シンセのフレーズの打ち込みもするプリプロ、というケースもあります。CPUネイティブ環境だと低レイテンシー・モニタリングにチェックを入れて、オーディオI/Oのダイレクト・モニタリングに頼るのが通常だと思いますが、その場合Pro ToolsのミキサーとI/Oのミキサーを行ったり来たりすることになり、バッファーを64サンプル以下に詰めなくてはレコーディングが快適に行えませんでした。そうなると処理負荷で再生が止まったりすることもあり、レコーディング・トラックにプラグインもあまり挿せず、レコーディングしていくうちにいろいろとCPUネイティブ環境でわずらわしさを覚えてきました。

 そこでPro Toolsの環境もHDXへグレード・アップしようと思いました。そういったCPUネイティブ特有の問題はすべて解決ができるのと、ソフト・シンセのトラックをオーディオ化せずそのままにレコーディングをすることも可能だからです(外のスタジオでは絶対やらないと思いますが)。

▲筆者の自宅スタジオに導入されたPro Tools|HDXシステムのオーディオ・インターフェース、AVID HD Omni ▲筆者の自宅スタジオに導入されたPro Tools|HDXシステムのオーディオ・インターフェース、AVID HD Omni

 さまざまなメリットに触れてきましたが、ほかのDAWのユーザーも興味を持てたのではないでしょうか? 次回は具体的な機能や使用方法にも触れてきたいと思います。

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*AVID Pro Toolsの詳細は→http://www.avid.com/ja

サウンド&レコーディング・マガジン 2018年3月号より転載