東京を中心に活動する4ピース・バンド、ミツメ。今年の2月26日に、“レコーディングを観客にライブとして披露する”というコンセプトのイベント、mitsume Live "Recording"を開催した。本来はスタジオで使用するコンソールを大手町三井ホールに持ち込み、まずはベーシック・トラックを一発録りした後、そのほかの楽器をダビングするという構成で行われたという。この特殊なイベントでレコーディングされたアルバムがついに発売されたので、メンバー4名と、レコーディング、ミックスを手掛けたエンジニア、田中章義氏に詳しい話を聞いた。
Text:Yuki Komukai
レコーディングをしつつ客席にも音を送る
ーmitsume Live "Recording"を開催したきっかけを教えてください。
川辺 もともとワンマン・ライブをやることは決まっていたんです。前作をリリースした際にもワンマン・ライブをやったので、内容が変わらないねという話をしていて。過去曲のリアレンジを進めようという話も出ていたのですが、マネージャーの中原くんから“ライブの会場でお客さんに見てもらいながらレコーディングしたら面白いかも”という提案があり、開催に至りました。
ー“レコーディングをライブ会場で行う”というアイディアを聞いて、すぐにイメージが浮かびましたか?
川辺 僕はあまり具体的なイメージを持てていませんでしたけど、皆さんはどうでした?
nakayaan みんなそれぞれ違う解釈をしていたと思います(笑)。普通にライブを録音するぐらいの認識の人もいれば、時間をかけて1曲を完成させるイメージの人もいたり、バラバラでした。見ていて退屈しないライブにするためにみんなで話し合って、最初の4曲は、曲のベーシックな部分を一発録りした後、ほかのパートをダビングして計2回で録り切る方式で、後半の4曲は一発録りを2回ずつ行う方式にしました。
ー2回以上はやらないと決めていたのですか?
川辺 ライブは90分しかなかったので、2回以上やる時間はなかったんです。工程を全部決めて、その通りに進めていきました。時間に少し余裕を持たせていたので、間違えたら途中で止めてやり直すことはありましたね。
nakayaan 自分は「恋はかけあし」で一度ミスってしまって。どこを演奏しているのかを頭の中で補完しながら演奏するのが難しくて、ボーカルに口パクで歌ってもらったりもしていました。
ー普段のライブに比べると緊張感がありそうです。
須田 お客さんも何をやるのかよく分かっていない方が多かったと思いますし、僕らも普段のライブとは全く違う形でやっているので、お互いに緊張感はあったと思います。
ー機材は普段スタジオでレコーディングするときと同じものを持って行ったのですか?
田中 ほぼそうですね。セッティングは思っていた以上に大変でした。レコーディングをするだけならまだしも、お客さんに対しても音を送らないといけないので、回線をどう分岐するのかなどを考えるのに苦労しました。
川辺 “レコーディングをライブでやる”ということを考えてみると、“いつも通りプレイバックをするとその分時間を食うな”とか、“ダビングをしているときはお客さんにベーシック・トラックの音は聴こえないよな”といった疑問点が出てきましたね。
田中 ベーシック・トラックを録っているときは、お客さんに対して通常のライブと同じ方式で音が出ているんですけど、ダビングのときは僕の2ミックスを客席に流していました。
ーレコーディング用の機材を使ったことで、通常よりも良い音でライブできましたか?
川辺 PAエンジニアの方々は“こんな音でPAすることない”って驚いていました。僕も外に出て聴いてみたら本当に音が良くて、結構びっくりしました。
田中 PAチームはかなり沸いていましたね(笑)。本来持ち運びしないものを仕込んでいたおかげで、セッティングが2時間くらい押して、リハーサルをする時間がほとんどなくなってしまいましたが。
作品にならない可能性もあると思っていた
ーかなり特殊なライブだったと思うのですが、練習などはされましたか?
川辺 リハスタで一度演奏したものをAPPLE iPhoneのボイスメモで録って、それをスタジオのスピーカーで流しながら別の楽器を演奏するという形でダビングの練習はしましたね。でも、基本的にはほぼぶっつけ本番に近いような感じになってしまいました。
nakayaan 須田さんは「まずうまくいかないだろう」って言っていましたね(笑)。
須田 そうですね(笑)。初めての試みだったので、作品にならない可能性は十分あるだろうなと思っていました。
田中 僕は、パンチ・インなどを見せるのもレコーディングらしいと思うのでやり直してもいいと言っていたんです。でもプレイヤーからしたらミスっているのをお客さんに見せるのは抵抗があった?
川辺 単純に時間がとれなかったんですよ。
須田 あと、プレイバックする時間がないから直したいところが分からないんだよね。だからライブ当日は大きなトラブルがなくて良かったんですけど、録音したものを聴くのが怖い……っていう(笑)。
ー実際に録音したものを聴いて、直したい部分は出てきましたか?
川辺 それはあるにはありますね。ボツになっている曲もありますし。僕は、歌詞を間違ったところを違うテイクに差し替えたりはしましたね。
田中 今回はレコーディング後の編集も含めて形になるということで良いんじゃないと考えて進めました。でも実際に差し替えたのは1、2カ所程度ですね。
須田 最初の8小節だけクリックを聴いて録音するという方式だったので、差し替えようと思っても難しいんです。当日の事故を減らすためにそうしたのですが、結果として早い段階で腹をくくれたのが良かったですね。差し替えをやり始めちゃうとどんどん作り込まれたものになってしまいますし、“ライブとレコーディングの間のもの”という意味でも、これで良かったんじゃないかと思います。
新曲はDAW上で同時に録音してデモを制作
ー今回は過去曲のリアレンジが中心ですが、1つだけ新曲「Shadow」が収録されています。融通が利かない状況で新曲を録ることに抵抗はありませんでしたか?
川辺 このアルバムに収録するって割り切っていたので、最初から4人の一発録りで完成するアレンジにしていました。
大竹 新曲といってもライブのレパートリーに加えてからしばらくたっていたので、割とやり慣れてはいたんです。
川辺 前作を出したときにはツアーができなくて不完全燃焼だったので、いつも通り新曲だけで新しいアルバムを作るっていう気持ちではないねという話をしていました。かつ、「Shadow」はシングルとして1曲だけでリリースするようなタイプの曲でもなかったので、この企画で録ろうかということになったんだと思います。
ー「Shadow」を含め、普段どのように曲を制作しているのですか?
川辺 メンバー4人ともAPPLE Logic Proを使っています。僕がまず簡単なコードやメロディをプロジェクト・ファイルで送って、それにメンバーが順番に自分のパートを入れていってデモを作ることが多いです。デモができたら、みんなでスタジオに入ってブラッシュアップしていきます。
須田 「Shadow」は、事務所兼機材置き場にしている“ミツメの倉庫”で作りました。チャンネル数の多いオーディオ・インターフェースをつないだコンピューターがあって、そこに電子ドラムやギター、ベースなどをつないで、みんなで同時に録音するんです。そこで第一案を作った後、それぞれで持ち帰って自分のパートを差し替えたりします。そのオーディオ・インターフェースはもう壊れてしまったので、最近は同じ空間で曲を作ることは少なくなりました。
ー「Shadow」は後半のドラム、ギター、ベースが絡み合う部分に即興演奏のような印象を受けました。
大竹 あの部分はみんなで楽器をパソコンにつないでジャムっている中で生まれました。最近は分業スタイルで曲を作るので、それぞれがよりフレーズを練って曲を作るんですけど、集まって作るとやはりそういった即興演奏っぽいアレンジになることはあるかなと思います。
ー今回収録された「Shadow」や「Fly me to the mars」などは和声が不思議な感じがしましたが、リアレンジのテーマがあったのですか?
大竹 特に和声感としてのテーマはありませんでした。原曲のアレンジが完成されているので、それとは違う良いものにするためにはリズム感やコードも変えていく必要があって。模索していくうちにそうなったんだと思います。
nakayaan 「Fly me to the mars」はベースでコードを弾いているんですけど、Bメロはあえて着地しないようにコードを変更したりしていました。
ー個人的には「number」がシンセの和音で華やかにアレンジされているのが好きです。
大竹 「number」は過去に何回もリアレンジを繰り返しているのですが、なかなか納得のいく形にならなくて、今回もまた挑戦しました。何回もリアレンジする中で、原曲の中でループしているシーケンスの音が肝らしいということに気づいて。そこで、少しアレンジした打ち込み感のあるシーケンスを入れつつ、さらにアナログ・シンセKORG Minilogueで和音のフレーズを入れたら結構合いました。
ーnakayaanさんは、普段は演奏しないウッド・ベースを「Fly me to the mars」で、トランペットを「モーメント」で演奏されています。
nakayaan 今回は“ダビング”をするという構成だったのですが、ベースって2回も録る必要がないじゃないですか。それで何をしようかって考えていたんですけど、「Fly me to the mars」のアレンジが完成しかけていたときにウッド・ベースを手に入れたので、一部分をこれにしてみようって差し替えました。エレキ・ベースよりも力が必要なので演奏感は全く違ったのですが、なんとか録音することができました。
ートランペットも難しい楽器の一つですよね。
nakayaan 父から古いトランペットを譲ってもらって、ちょうど練習していたんです。つたない演奏なので、はじめは田中さんにめちゃくちゃリバーブを深くして、奥に引っ込めてくれってお願いしたんですけど、蓋を開けたら一番でかくミックスされていました(笑)。
田中 変に隠そうとすると逆に目立つなって(笑)。それなら前面に押し出した方が味があって良いと思いました。
ドラムの残響がコードの浮遊感にマッチ
ー今回はレコーディングをお客さんに見せるというライブであったわけですが、ミックスの方向性は?
田中 普段のレコーディングと同じ作り方にしようというのは決めていたので、会場感みたいなものは要らないかなと思っていました。ライブが終わった後メンバーに、“あの会場でレコーディングしたらこうなります”っていうものにするのか、もっと手を加えるのかを確認したところ、手を加えても良いんじゃないかっていう話になったので、じゃあやろうかと。
川辺 でも実際のところボーカルのマイクにも会場の残響が付いてしまっていたりしたので、スタジオ・アルバムと同じ音像にはならないという話も出ていました。
田中 結構良い響きのホールだと思ってはいたんですけど、想像以上に響いていましたね。生楽器だけだったらいいのですが、スピーカーも鳴っていたのでそのかぶりも結構あって。やっぱりドラムに音がかぶっているのが一番大変でした。ドラムに残響が0.8秒くらいずっと付いているので、もわっとした音になってしまうんです。ただ、これがコードの浮遊感とマッチしていたのかなとは思います。
須田 マッチしていたと思います! ライブの当日ドラムをたたいていて、響き的にミックスが難しそうだなと思っていたのですが、その特有の響き方をすごく良いふうに落とし込んでくれていたので、うれしかったです。
ー「恋はかけあし」は、生ドラムを左に、打ち込み音を右に振り切るという思い切ったアレンジになっていました。
田中 はじめはうまくグルーブが出なかったんです。ドラムの音像をタイトにすることもできないのでどうしようかと悩んで、試しに振ってみたら良い感じのグルーブになりました。生ドラムはトップ・マイクに響きがかなり付くので、この曲ではキック、スネア、ハイハットの3本のマイクの音しか使わないようにしています。
ー最後に今後ミツメとしてチャレンジしたいことを教えてください。
須田 僕はこれの第2回ができたらいいなと思っていますよ。
田中 今回を経てまた違うものが作れるんじゃない?
川辺 そうだね。あと、無茶な目標を一つ決めて、それに向かってみんなで頑張るのはすごくいいなと思いました。だから、面白そうだなって思ったアイディアはどんどん形にしていきたいですね。
Release
『mitsume Live "Recording"』
ミツメ
(mitsume)
Musician:川辺素(vo、g)、大竹雅生(g、k)、nakayaan(b、tp)、須田洋次郎(ds)
Producer:ミツメ
Engineer:田中章義
Live:大手町三井ホール