新次元の音作りができるマイク TOWNSEND LABS Sphere L22

新進のブランドとして注目を集めるTOWNSEND LABS。同社が生み出したSphere L22は、独立した出力が得られる2枚のダイアフラムを備えたコンデンサー・マイクで、マイクの種類だけでなく、指向性や空間内のマイク位置、方向などを録音後にプラグインで調整できるという画期的なシステムだ。プロのエンジニアの目にはどう映るのか、今回はprime sound studio formのチーフ・エンジニア、森元浩二.氏に試していただき、話を伺った。

森元浩二.
2002年よりprime sound studio formのチーフ・エンジニアとして活躍。これまでに浜崎あゆみ、甲斐バンド、E-girls、チャラン・ポ・ランタンなどジャンルを問わず数多くのアーティストの作品に携わる

マイクの種類に加え設置状況も後から調整

─森元さんはこのSphere L22のことはご存じだったそうですが、実際に手にされて、まずこのマイクそのものの印象はいかがでしたか?

森元  メーカーは付属プラグイン(Sphere DSP)無しで使うことは想定していないとは思いますが、素の音も良いと思いました。近代的なソリッド・ステートの音。ふくよかさを求めるタイプではなく、バキッと前に出てくるシャープな音です。プラグインで加工する前提として、丸い音をシャープにしていくよりも、シャープな音に丸さを加えていく方が、方法としては正しいと思います。

─まずはボーカルでテストされたそうですね。

森元  比較用にモデリング元になっているマイクも何本か立てて、UNIVERSAL AUDIO Apollo 16で録ってみました。リボン・マイクやダイナミック・マイク、スモール・ダイアフラムのモデリングは大きく音色が変わります。一方、ラージ・ダイアフラムについては、本物と比べてしまうとマイクごとの音色変化はそれほど大きくありませんでした。それでも“確かにそんな感じかな”という印象はありましたね。もちろんビンテージ・マイクは個体差もありますし。ただ、マイクのキャラクターばかりに目が行ってしまうんですが、実際はマイクの軸外特性などのコントロールが面白いんですよ。

─どんなことができるのですか?

森元  Sphere L22はステレオ収録もできるので、ドラムの正面にセットして、マイク・モデリング元となったマイクもスタジオにあるものは2本ずつ立ててみたんです。この方法だと、Sphere L22のダイアフラムは完全に横を向いているせいか、マイク・モデリングがあまり生きてこなかったので、モノラルにして正面に向けて立ててみました。その方がマイク・モデルも似てくるし、指向性の変更や軸外特性のコントロールで音作りがやりやすい。例えば後ろの壁を近付けて低域を出したりすると、EQで低域を持ち上げたときとは違う感じになります。

─つまり録られた空間までコントロールできるということですね。だとしたら、Sphere L22をステレオで使いたいときは、2本用意した方がいいのでしょうか?

森元  いや、そうでもないんですよ。ステレオでドラムのトップに立ててみたんですが、2つのダイアフラムが至近距離にあるので、ステレオ・イメージがすごく奇麗。スネアが少しでもずれていると左右どちらかに寄って聴こえてしまうんですが、それだけ定位がいいとも言えます。

─聴かせていただくと、輪郭がはっきりしているのに、広く聴こえる感じがします。逆に考えると、狭いスタジオで録音せざるを得ない人にもいいのでは?

森元  そうですね。ステレオ・イメージが奇麗な分、広さの影響は少なくなるように思います。普通のマイクだったら、ダイアフラムを横に向けたらあんなにはっきりした音では録れない。だからそれくらい原音が奇麗に録れるフラットな特性なんだと思います。音像が近いのに広いという、自分でたたいているときみたいな感覚の音です。狭い空間に限らず、後からコントロールできるという利点を考えると、スタジオで使ってもいいと思います。

TOWNSEND LABS Sphere L22。2枚のダイアフラムからの出力を個別に得ることができるラージ・カプセル・コンデンサー・マイク。付属のSphere DSPプラグイン(AAX/AU/VSTならびにUAD-2対応)によって、録音後にさまざまなマイクの名機を再現した特性へと変更することができる。また、指向性やその設定による周波数特性の違い、マイクに対するソースの音軸の角度や近接効果を含む距離、空間におけるマイク位置までも録音後にコントロール可能。ダイアフラムが2つあることを生かして、ステレオ使用にも対応できる TOWNSEND LABS Sphere L22。2枚のダイアフラムからの出力を個別に得ることができるラージ・カプセル・コンデンサー・マイク。付属のSphere DSPプラグイン(AAX/AU/VSTならびにUAD-2対応)によって、録音後にさまざまなマイクの名機を再現した特性へと変更することができる。また、指向性やその設定による周波数特性の違い、マイクに対するソースの音軸の角度や近接効果を含む距離、空間におけるマイク位置までも録音後にコントロール可能。ダイアフラムが2つあることを生かして、ステレオ使用にも対応できる

Test Report

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森元氏のホーム・グラウンドであるprime sound studio formのroom1で行ったテストの模様を、セッティングの写真と併せてお届けしていく。多数の名機に囲まれたSphere L22の実力はいかに!?

ドラムを正面からステレオでとらえるテスト。一部に製造時期やバージョンの違いはあるが、Sphere L22のマイク・モデルとして採用されているマイクのオリジナルを並べてみた。上段外側からNEUMANN U87、SONY C-800Gとその下側にSHURE SM57。中段は外側からTELEFUNKEN/NEUMANN U47、NEUMANN M49、細身のAKG C451Bを挟んで中央にSphere L22。手前側にリボン・マイクのCOLES 4038もセット。この後、モノラルでのテスト収録も行った(撮影:森元浩二.) ドラムを正面からステレオでとらえるテスト。一部に製造時期やバージョンの違いはあるが、Sphere L22のマイク・モデルとして採用されているマイクのオリジナルを並べてみた。上段外側からNEUMANN U87、SONY C-800Gとその下側にSHURE SM57。中段は外側からTELEFUNKEN/NEUMANN U47、NEUMANN M49、細身のAKG C451Bを挟んで中央にSphere L22。手前側にリボン・マイクのCOLES 4038もセット。この後、モノラルでのテスト収録も行った(撮影:森元浩二.)
ボーカルでのテスト。なお同様のボーカル録音テストはある作曲家のプライベート・スタジオの簡易ブースでも行ったそうだ(撮影:森元浩二.) ボーカルでのテスト。なお同様のボーカル録音テストはある作曲家のプライベート・スタジオの簡易ブースでも行ったそうだ(撮影:森元浩二.)
ドラムのトップにSphere L22を立ててステレオで使用してみる例。センター位置の調整はシビアだが、ワイドかつ輪郭のはっきりした音で録れるという。もちろん録音後にさまざまな微調整が行える(撮影:森元浩二.) ドラムのトップにSphere L22を立ててステレオで使用してみる例。センター位置の調整はシビアだが、ワイドかつ輪郭のはっきりした音で録れるという。もちろん録音後にさまざまな微調整が行える(撮影:森元浩二.)

指向性切り替えを積極的な音作りに使う

─このSphere L22はどういうユーザーに向いているマイクだと思いますか?

森元  スタジオで使うのもいいんですが、プロのアレンジャーが自宅で楽器を録る場合に良さそうですね。通常、マイク1本では楽器の全体像がとらえきれないので、プロのエンジニアは距離を変えた2本で全体像を録るようなことが多いです。でもそうした録音は簡単ではないので、よくマイク1本で録ったトラックが送られてくるんですが、ミックスでどこか不足してしまったりして困ることもあります。でもSphere L22で録ってあったら、コンプやEQなどとは違ったことが、後から調整できるので安心ですね。もちろんボーカルに使えます。

─森元さんが試したソースをいろいろ聴かせていただいて、マイクの指向性の切り替えが、音質にも影響を与えていることを再確認しました。

森元  実際の指向性は帯域によって異なるので、“指向性”で音色のコントロールができますね。これは狭い部屋で録っても有効なので、便利です。

─マイク・モデルによってそうした効果の変化も異なってくるのでしょうか?

森元  そういう印象はありますね。あとマイクの向きを後から左右にずらしたりできますが、これを声のキャラクターに合わせたトーン・コントロールとして使うこともできます。裏面の音を含めるためにステレオ・トラックでの収録となるので、モノラル・ソースのモニターにはちょっと工夫が必要になります。表側となるLchの定位をセンターにして、裏面のRchをプラグインなどでミュートすればいいだけですけどね。僕も手にするまでは、マイク・モデリングのことばかり気になっていたんですが、使ってみると“後から特性が変えられる”という点が、これまでに無い感覚で、面白いと思いました。

付属プラグインのSphere VST(AAX Native/AU/VST/UAD-2対応)。これは2本のマイク特性をブレンドすることができるデュアル・モードでの使用時で、指向性、フィルター、ソースとマイクの音軸の角度のほか、音源とマイクの距離、背面の壁との距離、近接効果の増大が変わる。ステレオ使用時用のSphere 360というプラグインも付属している 付属プラグインのSphere VST(AAX Native/AU/VST/UAD-2対応)。これは2本のマイク特性をブレンドすることができるデュアル・モードでの使用時で、指向性、フィルター、ソースとマイクの音軸の角度のほか、音源とマイクの距離、背面の壁との距離、近接効果の増大が変わる。ステレオ使用時用のSphere 360というプラグインも付属している

初出:サウンド&レコーディング・マガジン2017年11月号