制作環境を向上させるDIGIGRIDのイノベーション〜第2回:大島 su-keiの愛用するI/O製品

WAVESとDIGICOのコラボレーションにより生まれた“DIGIGRID”。同ブランドは、イーサーネットを使ったレコーディング向けのオーディオ・プロセッシング・システムを手掛けており、先月号でお伝えした通りソフトウェアやオーディオI/O、プラグイン処理用のDSPサーバーなど、さまざまな製品をリリースしている。今回は、DigiGrid DLSとDigiGrid IOSの2つのオーディオI/Oを使っているサウンド・クリエイター、大島 su-keiのもとを訪問。彼は音楽制作用コンピューターのメーカー、OM FACTORYの主宰でもあるだけに、どのような視点で使いこなしているのか気になるところだ。

MIN_web

DIGIGRIDのオーディオI/Oはサウンドや操作性
そして開発の視点から見ても大きな可能性を持っている


 

ネットワーク内のパソコンは
OSのバージョンがまちまちでもよい


大島 su-keiは東京と大阪の2カ所にプライベート・スタジオを構えており、東京の方にDIGIGRIDのオーディオI/Oを導入している。そのうち、INTEL Core i5ベースのプラグイン・サーバーを備えるDigiGrid DLSは、シンガー・ソングライターの奧華子が3月18日にリリースするシングル『君がくれた夏』の制作に使用された。まずは、本機を導入した理由について聞いてみよう。
「僕は自分の会社で音楽制作用コンピューターを作っているので、その専門家としてあらゆるオーディオI/Oを試してきたんです。接続形式にしてもFireWireやUSB、Thunderboltなど、さまざまなものを使ってきました。それで2013年にDIGIGRIDというブランドが誕生し、イーサーネット接続のオーディオI/Oが発表されると聞いて興味を持ったわけですね。また、かねてからイーサーネット・メインのスタジオ作りを構想していたので、選択肢としてピッタリだなと。DigiGrid DLSを導入してみたところ、まずは動作の安定性に驚きました。“イーサーネット”という接続形式への半信半疑が吹き飛びましたね」
大島のスタジオには、STEINBERG CubaseをインストールしたWindowsマシン、CubaseとAVID Pro Toolsの入ったAPPLE Mac Mini、Pro ToolsをインストールしたMacBook Proの3台のコンピューターが用意されている。同作の制作時は、WindowsとMac MiniをDigiGrid DLSとイーサーネットで接続。またDigiGrid DLSにはDigiLink端子が装備されており、そこにはAPOGEEのAD/DAコンバーターと組み合わせたAVIDのオーディオI/Oを接続。大島は、各機の役割についてこう説明する。
「アレンジからミキシングまで制作の大半をWindows内のCubaseで行い、WAVESプラグインの処理にはDigiGrid DLSのサーバーを使いました。Mac Miniは、Pro Toolsのユーザーがスタジオを訪れたときのために置いている“来客用コンピューター”で、今回はサポート・ギタリストの方がエレキギターの録音に使いましたね。AVIDのオーディオI/Oに関しては、そのエレキギターやアコースティック・ギター、奥華子さんのボーカル、ハードウェア・シンセなどアナログ・ソースの取り込みに使いました」
DigiGrid DLSは“I/Oモード”と“SGPモード”の2つを切り替えて使え、前者ではDigiGrid DLSがPro ToolsのオーディオI/O、後者ではネイティブI/Oとして認識される。「僕はSGPモードに設定しているので、Pro ToolsのDSPカードには頼っていないわけです。まさにハイパワーなネイティブ環境だと思いますよ!」と大島は語る。
「DIGIGRIDのオーディオI/Oを使用すると、同一のネットワーク内に最大8台のWindowsとMacが共存できる上、各機のOSのバージョンがまちまちでも問題なく動作するんです。もちろんDIGIGRIDのI/Oが対応しているバージョンに限られますが、OSの垣根を越えて1つのレコーディング・システムを構築できるのは魅力ですよね。複数の人が任意のコンピューターを持ち寄っても同じ環境下で作業できるし、1台のI/Oの共有も可能ですから」 

大島 su-keiの使用するDIGIGRIDオーディオI/O


DigiGrid DLS オープン・プライス:市場予想価格360,000円前後


DLS
INTEL Core i5ベースのサーバーを備える2Uのモデル。背面にはネットワーク端子×2のほかDigiLink端子×2などを装備し、AVIDのオーディオI/Oをつなぐことができる。“I/Oモード”に設定するとPro ToolsのオーディオI/Oとして認識され、“SGPモード”に切り替えればネイティブのI/Oとして機能。MacではOS X 10.8.5〜10.10.2、OS X 10.7.5(Pro Tools 10 TDM)、WindowsではWindows 7 SP1以降に対応

 DigiGrid IOS オープン・プライス:市場予想価格370,185円前後


IOS
INTEL Core i3ベースのサーバーを搭載した2U機。背面にはネットワーク端子×4のほか、マイク/ライン・イン×8やS/P DIFイン/アウト、AES/EBUイン/アウト、ライン・アウト×8などが配置され、単体で歌や楽器の録音が行える。最大入出力数は、アナログ+デジタルで10イン/10アウトだ。MacではOS X 10.8.5〜10.10.2、OS X 10.7.5(Pro Tools 10 TDM)、WindowsではWindows 7 SP1以降に対応 

DIGIGRID製品を導入した大島のスタジオ


STUDIO
大島が東京に構えるプライベート・スタジオの全景。デスクの左側にDigiGrid IOSが置かれ、右下のラックの最下段にDigiGrid DLSがマウントされている。『君がくれた夏』制作時のシステム構成については本文にある通りだが、この写真を撮影した取材時はDigiGrid DLSのネットワーク端子にDigiGrid IOSを接続し、そこに2台のMacをつないでいた 

同梱のソフトウェア・ミキサーで
ネットワーク内の全入出力を接続可


DIGIGRIDの製品には、Mac/Windows対応のマネージメント・ソフト“SoundGrid Studio”が同梱されている。このソフトは“EMotion ST”というミキサーを備えており、DIGIGRIDのI/OとDAWの間で信号をルーティングさせることが可能だ。
「ミキサー画面は一見すると8ステレオ・インプットですが、各インプット・チャンネルに独立した2つの入力があり、それらをA/Bボタンで切り替えて使用できます。なので、合計すると最大16のステレオ・インプットを扱えるわけですね。インプットの選択欄では、コンピューターのオーディオ・ドライバーの出力(=DAWの出力)やオーディオI/Oの入力を選ぶことができ、それらを任意の出力へと送り出せます。1台のI/Oの入力を複数のコンピューターへ送ることもできるので、先ほど話した“I/Oの共有”が実現するわけですね」
ミキサーの各チャンネルには、WAVESのプラグインをインサートすることができる。
「I/Oの入力を立ち上げたチャンネルに挿せばDAWへのかけ録り、AUXチャンネルにインサートすればモニターの音作りなどが行えるので、使い道が広いですね。歌録りではAUXチャンネルにWAVES Renaissance Voxなどを挿した上で、リバーブのかかった音を返していました。このほかミキサーの設定を“.emo”ファイルとして保存できるので、ファイルを持ち運べば、いつでも呼び出しが可能です」
ネットワーク内の機器が持つ、全入出力を閲覧/接続できるというSoundGrid Studioの特徴を生かし、大島はあるテストを行ったという。
「今回のセッションでは試さなかったんですが、実験としてPro Toolsの音をCubaseへとダイレクトに録ってみたんです。その方法は、SoundGrid StudioのミキサーへPro Toolsの出力をインプットし、それをCubaseに出力するというもの。ミキサー画面ではなく、“PATCH”という画面を使うと、Pro Toolsの全出力をそのままCubaseでマルチチャンネル受けするような、大規模なルーティングも可能です。これはプロジェクト内のトラックを、パラの状態でほかのDAWへ移したい場合などに便利ですね。全トラックを曲の実時間でエクスポートできるので、バウンスするより速い場合もあるでしょう。とりわけ、ライブ・マニピュレーターの方などにうれしい機能だと思います。CD用に作ったプロジェクトから各トラックをパラ・アウトし、マニピュレート用のDAWへと録音すれば、ステムを作ったり、ストレージに保存したものを取り込む時間が省略できますからね」 

マネージメント・ソフトのSoundGrid Studio


SOFTWARE
SoundGrid Studioのミキサー・セクション=EMotion ST。基本的に8ステレオ・インプットとなっているが、各チャンネルのインプットA/B(緑枠)を切り替えることで、最大16ステレオとなる。ネットワーク内のあらゆる入出力を扱うことができ、インプット欄(赤枠)でチャンネルに立ち上げる信号を選び、アウトプット欄(青枠)で出力先を選択すれば、柔軟な接続が可能だ 

SoundGrid Studioの“PATCH”画面


画面2
SoundGrid Studioの“PATCH”画面では、グリッド状のGUIでネットワーク内の全機器の入出力を閲覧/接続することができる。ミキサーの画面よりも、多くの入出力ルーティングを行えるのが特徴だ。上の画面では、グリッドGUIの左辺にインプット・ソースが表示され、上辺にDigiGrid IOSと大島のWindowsマシンの各種入力が映っている  

プラグインのかかった演奏を
低レイテンシーでモニター可


大島は奥からボーカル+ピアノのデモを受け取り、それをCubaseに取り込んでからアレンジを開始したという。セッションは24ビット/48kHz。作業の中で感じた“DigiGrid DLSの基本性能の高さ”について、こう語る。
「DigiGrid DLSは、バッファー・サイズを下げたときのレイテンシーがこれまで試してきたオーディオI/Oに比べてずっと小さいんですよ。編曲の作業時はバッファー・サイズを32サンプルに設定しましたが、プラグインの少ないときなどはレイテンシーを1ms強に抑えられましたね。ほぼリアルタイムと言えるレスポンスで、ソフト・シンセをハード感覚で演奏できるんです」
ソフト・シンセと言えば、「最後までオーディオ化せずMIDIの状態で残していた」と振り返る。
「これができたのは、ローカルCPUパワーの大半をソフト・シンセに費やせたからですね。もちろんコンピューター側にもスペックが求められますが、僕の環境ではバッファー・サイズ32サンプルのままでも、20台ほど立ち上げられる。DigiGrid DLSのサーバーはタフで、高負荷のプラグインをたくさん使うことができます。今回は、マスターにL3やL2といった重めのマキシマイザーを幾つか挿し、比較試聴を行ったりしましたね。ハイパワーなコンピューターと外部DSPの組み合わせというのは、クリエイターにとって理想的な環境ではないでしょうか」
先ほどミキサー画面でのプラグイン使用法を語ってもらったが、DAW上で使う場合は“StudioRack”というソフトが必要になる。これは、WAVESのWebサイトから無償ダウンロードできるMac/Windows対応のラック型プラグインで、エフェクトをかけたいトラックにインサートして使用。最大8つのプラグインをロードでき、エフェクト・チェインとして使うことも可能だ。録音時に用いれば、エフェクトのかかった音をモニタリングしつつ演奏することができる。
「StudioRackは、生音の録音に重宝しますね。特に“INPUT”“PLAYBACK”の切り替えボタンが便利で、プラグインをモニターしながら録りたいときはINPUT、録った音を再生するときはPLAYBACKに設定します。例えばDSPエフェクトを備えたオーディオI/Oでは、エフェクトのかかったインプットとプレイバックを切り替えようとすると、普通はDAWとミキサー・ソフトを行き来しなければなりません。しかしDIGIGRIDのI/Oでは、INPUT/PLAYBACKの切り替えボタンにより、操作がDAW上で完結するのが良いですね。プラグインの処理はサーバーとローカルCPUを選ぶことができ、INPUTモード時にサーバーを選択すると、エフェクトのかかった音をニア・ゼロ・レイテンシーでモニタリングできるんです。ほかの多くのオーディオI/Oで同じことをやると極端なレイテンシーが発生するので、大きな特徴の一つだと思いますね。コンプやEQのかかった声を聴きつつ歌いたい!”という人などにはピッタリだし、ギター録りなどにも有用。今回は実際に、アレンジの際のギター録りでアンプ・シミュレーターGTRなどを活用しました」 

歌録りにもプラグインをしっかり使用


OKU
奧華子のボーカル録りのシーン。SoundGrid Studioミキサーのモニター出力には、SSL E-ChannelやRenaissance DeEsser、API 560、Renaissance Voxなどのプラグインがスタンバイ。エフェクトのかかった音を極めて低レイテンシーでモニタリングできるため、奥自身も「とても歌いやすい」と笑顔で話していた 

ローカルCPUをソフト・シンセにフル活用


SOFTSYN
大島が『君がくれた夏』のアレンジに用いたソフト・シンセの一部。前面にあるのがEASTWEST Symphonic Orchestraで、その後ろにSPECTRASONICS Stylus RMX、Omnisphere、XLN AUDIO Addictive Drumsが配置されている。WAVESプラグインの処理をDigiGrid DLSのサーバーで賄い、ローカルCPUのパワーをソフト・シンセ類に割いたことで、最後までオーディオ化せずに作業できたという 

高負荷のプラグインがたくさん使える


DSP
マスターにはL3やL2といった、負荷が高めのマキシマイザーを4つ挿し、それぞれの効果を比較試聴。プロセッシング・パワーはDigiGrid DLSのサーバーで賄っており、画面では1CPUコアあたり34%の消費率。まだまだ余裕のあることが分かるPULTEC
こちらはストリングスの音作りに使用されたプラグイン。PuigTec EQP-1AやAPI 560、Renaissance Compressorが立ち上がっている。プラグインの処理パワーをDIGIGRIDのサーバーかローカルCPUで賄うか、StudioRack(後述)上のボタンで切り替えられるのも特徴だ 

低レイテンシー・モニタリングの強い味方!


DSP2
プラグインの使用時に必要なStudioRack。最大8つのプラグインをロードできるラック型プラグインで、DAWのトラックにインサートして使用する。画面左上のボタン(赤枠)では“INPUT”(=プラグインのかかった音のモニタリング)と“PLAYBACK”(=録った音の再生)の2モードを切り替えることが可能。INPUTモード時も、ニア・ゼロ・レイテンシーでモニタリングできる。こうした操作をDAW上で完結できるのが魅力だ 

DigiGrid IOSのマイクプリは
クリアかつエッジーなサウンド


大島は奥のセッションを終えた後、DigiGrid IOSを使い始めた。取材時にはその姿を見ることができ、セッティングはDigiGrid DLSのネットワーク端子にWindowsとDigiGrid IOSをつなぎ、DigiGrid IOSにMac MiniとMacBook Proをぶら下げたものであった。DigiGrid IOSはINTEL Core i3ベースのサーバーを備えるが、DigiGrid DLSとの大きな違いとして内蔵のマイクプリが挙げられる。一体どのような音質なのか?
「マイク・インからアコギなどを録音したところ、ものすごくクリアな音という印象です。最近のオーディオI/Oのマイクプリはハイエンド・オーディオっぽい、つややかな音質のものが多いと思いますが、それに比べるとエッジの効いた感じですよね。背面にはフォーンのライン・アウトがありますが、スピーカーに直接つなげて試聴したところ、こちらもクリアでシャープな音でした」
大島は、DIGIGRIDのI/Oが秘める“可能性”についてこう言及する。
「サーバーを持つ機種は、すべてINTELベースです。なのでINTELから新しいCPUが出たら、それをフォローすることで次世代機をスムーズに開発できると思うんです。機能性や音質もさることながら、そういった開発の面を考えても非常に将来性があると思いますね」