天井高3mのレコーディングルームは多種多様な楽器の録音実験場
弱冠17歳で『ギター・マガジン』誌の「第1回 誌上ギター・コンテスト」グランプリに輝いたギター少年が、20年の時を経てアニメ『呪術廻戦』や『東京リベンジャーズ』などの劇伴を手掛ける作曲家として大活躍している。そんな堤博明のプライベートスタジオは、まるでレコーディングの実験場だった。
ギターさえあればいいと思っていた
中学生時代に所属していた野球部での流行をきっかけにギターに目覚めた堤。それから4年もたたずにグランプリを獲り、その後は国立音楽大学音楽文化デザイン学科へと進学。中学生の頃から曲作りも行っていたが、当時は“ギターソロがない曲なんて曲じゃねえ”というマインドだったそう。
「中学/高校生のときの作曲方法は、ギターを弾きながら全体像を作り、その後BOSS BR-8で多重録音して仕上げていくというものでした。ドラムはZOOM RT-123、あとはベースを入れて、ギターは基本ツイン以上でひたすら分厚くするみたいな(笑) “歌に負けないくらいギターも目立ちたい”という考え方で作曲していました。当時、ギタリストの鈴木禎久さんにギターや作曲を教わっていたのですが、“早めにDTMをやっておくと将来いいことあるよ”とアドバイスをいただいたんです。その言葉もあり、音大に入ってからはApple Logic Proで曲作りをするようになりました。DTMを始めたことがきっかけで、それまでよりギター以外の楽器の音を取り入れることが増えましたね。“ギターさえあればいいんだよ”みたいなノリで押し通していた制作スタイルが、その頃から少しずつ柔軟になっていったのかなと思います」
大学入学してまもなく、同じ学科の先輩である横山克の作品でギターを弾くようになり、現在は堤も所属する音楽制作会社のミラクル・バスに横山が入ったことがきっかけで、同社からアレンジや演奏の依頼を受けるようになったという。
「恥ずかしながら、劇伴という言葉はミラクル・バスに入って初めて知りました。もともとはGLAYが大好きで歌ものをたくさん作っていましたし、インスト曲を作るにしてもギターゴリゴリの作品がほとんどだったので、劇伴の仕事内容を知ったとき、それを全うできる自分は正直イメージできなかったです。ただ、誌上ギター・コンテストに提出した楽曲はインストで、多重録音のアンサンブルを追求するスタイルでしたし、そこで賞をいただけたということは、劇伴制作でも自分の力を発揮できるのではないか、とも考えていました」
劇伴作家としては、2012年公開の映画『リアル鬼ごっこ3』並びにシリーズの4と5が実質的なデビューで、2013年には『超次元ゲイム ネプテューヌ』『勇者になれなかった俺はしぶしぶ就職を決意しました。』『メガネブ!』と次々にアニメ作品を担当。めきめきと頭角を現していく。同時に、作曲への向き合い方にも変化が生じたという。
「劇伴制作を始めた当初はギタリスト脳が働いて、楽曲を必要以上にテクニカルにする傾向が強かったのですが、少しずつ変わっていき、今は必要な要素を選択するように心がけています。作曲方法も昔はギター中心にアイディアを出していましたが、今はピアノやリズムからスタートするということも多くなってきました。演奏表現については、あえてミストーンを残したり、リズムがよれていても味があったら採用したり、“狙っているものが表現できたらOK”と考えられるようになりました。いまや完全に作曲脳です(笑)」
続けて、近年の劇伴のトピックを伺ってみると、「最近はフィルムスコアリングを求められることが多い」と語る。
「音響監督に選曲していただく方法とフィルムスコアリングのそれぞれに良さがありますが、重要なシーンでフィルムスコアリングができると、より自分のイメージや情熱をピンポイントで注ぎ込むことができます。スケジュールは通常の制作よりもタイトな場合がありますが、“作曲家の腕の見せ所だ”と、楽しく取り組んでいます」
録りをパワーアップしていきたい
2020年に完成したというプライベートスタジオは、1階にレコーディングルームと楽器ストレージ、2階に作曲部屋兼コントロールルームという構成で、設計/施工はアコースティックエンジニアリングが担当。DAWは現在、Avid Pro Toolsで、打ち込みから波形編集まで行っているという。
「横山さんからの薦めもあって、Logic Proに加えPro Toolsも使うようになり、そのままメインのDAWになりました。外のスタジオで録音したデータは、持ち帰って自分でトリートメントします。そういう作業も好きなんです」
天井高が最高で3mもあるというレコーディングルームは、床をコンクリートと乾式のエリアに分けているほか、壁も場所によってレンガやそれと対照的な柔らかいシダーの木材を使うなど、さまざまなレコーディングに対応できるように工夫されている。実際、ギターはもちろんウード、サズ、ハープ、鍵盤ハーモニカ、バスリコーダー、チェロ、バイオリン、マンドリン、ピアノなど、さまざまな楽器を自分で録音し、素材として劇伴に生かしているそうだ。
「今後はミュージシャンの方にも来てもらって、録音や配信ができたらとても楽しいなと考えています。また、さまざまな種類の楽器、マイクや機材に触れながら、録音や音そのものに対する勉強もして、作品制作に生かしていきたいです」
天才ギター少年は、成長して劇伴作家となり、今は録音にも夢中で、その才能の枝を伸ばし続けている。このスタジオが、そのための豊かな土壌となっていることは間違いない。
仕事の息抜き、何してます?
ゲームとワンちゃんのお散歩、健康維持も兼ねて、筋トレを始めました。自宅で体を動かすくらいなんですけどね。ゲームは『FINAL FANTASY』と『BIOHAZARD』シリーズが特に大好きです。あとは最近、ミュージシャン仲間の間で野球がはやっているんですけど、いつかそれに参加してホームランを打ちたいという目標があります。
Profile
堤 博明:国立音楽大学音楽文化デザイン学科卒業。高校時代に月刊誌ギター・マガジンの主催による「第1回誌上ギター・コンテスト」にてグランプリを受賞。多くの楽器演奏やコーラスを自身で手掛け、生演奏とトラックメイキングそれぞれを生かした色彩豊かな楽曲作りを得意とする。
Recent Work
『ドラマイズム「マイホームヒーロー」オリジナル・サウンドトラック』
堤 博明
(Anchor Records)