hideの曲作りをサポートしてきた共同プロデューサーのI.N.A.が明かすライブ制作の裏側
X JAPANのギタリスト、そしてソロ・アーティストとしても活躍し、1998年に永眠してもなお国内の音楽シーンに大きな影響を与え続けるhide。そんな彼が率いる7人組のバンドhide with Spread Beaverが、X JAPANのPATAをスペシャル・ゲストに迎え、25年ぶりとなるワンマン・ライブ=hide Memorial Day 2023 “hide with Spread Beaver appear!!”を行っている。去る4/29の大阪公演、5/2の横浜公演、そして来たる7/27の東京公演のチケットは、すべてソールド・アウトという人気ぶりだ。ここでは今回新たに再現されたというhideのボーカルやバンドとの同期演奏などについて、hide楽曲の共同プロデューサーであり、ライブ・プロジェクトの中心人物でもあるI.N.A.へインタビューを敢行した。
きっかけは映画『TELL ME ~hideと見た景色~』
hide with Spread Beaverは、hideが1998年に始動した7人組のロック・バンドだ。同年にシングル「ROCKET DIVE」を発表してオリコン4位を獲得する活躍を見せたが、さらに同じ年に発売予定だった「ピンク スパイダー」および「ever free」のリリース直前にhideが急逝。残されたメンバーや関係者はhideの遺志を受け継いでこれら2曲を予定通り発売し、制作途中だったhideの3rdアルバム『Ja,Zoo』の製作も成し遂げた。そして本人不在の中、全国ツアー『hide with Spread Beaver appear!!"1998 TRIBAL Ja,Zoo"』を実施し、約5万人を動員するという業績を残している。
hide Memorial Day 2023 “hide with Spread Beaver appear!!”は、そんな経歴を持つ彼らが決意した25年ぶりのワンマン・ライブ。以前からhideと楽曲制作を共にし、同ライブの中心人物であるI.N.A.へ、事の始まりを聞いてみた。
「一番大きなきっかけは、昨年の夏に全国公開された映画『TELL ME ~hideと見た景色~』でした。hideの実弟である松本裕士さん(現hideマネジメント事務所の代表取締役)の著書『兄弟 追憶のhide』を土台にしたヒューマン・ドラマで、hideが遺した音楽を世の中へ届けるために奮闘する裕士さんや、残されたhide with Spread Beaverたちの姿を描いた作品なんです。この映画の後半に『hide with Spread Beaver appear!!"1998 TRIBAL Ja,Zoo"』のライブを再現したシーンが登場するのですが、それを見た方たちから“ライブをやってほしい”という声がSNSなどを通してたくさん届いたんですよ」
この反響をきっかけに、I.N.A.は松本氏からワンマン・ライブをやりたいと相談されたという。
「hide with Spread Beaverは、これまでhideのメモリアル・イベントなどに出演することはありましたが、ワンマン・ライブ自体は1998年を最後に一度もやったことがなかったんです。裕士さんから声をかけられたときは、“見たいと言ってくれるお客さんが大勢いるのならやってみようかな”というワクワクした気持ちしかありませんでしたね」
I.N.A.は、今回のライブ内容に関してこう話す。
「お客さんの中には、大阪/横浜/東京の3公演すべてを見に来る方もいらっしゃいます。そういった方々にも毎回新鮮な感動を提供したい。だから毎回違うステージを見せられるように、セットリストを工夫しています。これは生前のhideの考え方(=hideイズム)を受け継いでいるんです。自分は共同プロデューサーとしてhideとともに曲を作っていたので、まずセットリストや演出の下書きを作成しました。そしてメンバーたちと過去のさまざまなセットリストを見返し、“hideがなぜこの曲をここに持ってきたのか”を考察して、今回の演奏曲や順番を決めていったんです」
hideとバンドが同期演奏する“雲の上との二元中継”
今回のトピックとして欠かせないのが、“雲の上との二元中継”についてだ。これは生前のhideのボーカルに合わせてバンドが同期演奏を披露するというもの。25年前の全国ツアーでは演奏曲のうち「TELL ME」「ROCKET DIVE」「ピンク スパイダー」「ever free」の4曲のみだったが、今回のワンマン・ライブでは、全楽曲において同期演奏するのだそう。
「現在、同期演奏は目新しいものではなくなりましたが、当時はそういったことをやっているバンドはあまりいなくて、クロックも安定しなかったので本当に大変だった記憶があります。今はほとんどズレがないので安心ですね。今回は主にhideのボーカルとクリックを聴きながら演奏するわけですが、テクノロジー的に目新しいことは特にありません。自分たちは新しいテクノロジーを導入することで何か面白いことをやりたいわけではなく、どうすればhideの音楽や魂をオーディエンスに届けられるのか、それを重要視しているんです。その結果、今回はすべての楽曲をhideのボーカルに合わせてバンド演奏することになったんですよ」
hide with Spread BeaverにおけるI.N.A.の担当パートは“コンピューター/パーカッション”となっており、公演中はパフォーマンスを行っている。hideのボーカルをはじめ、マニピュレーション面についてはどうなっているのだろうか。
「自分はステージ上でパフォーマンスに集中するので、もう一人、マニピュレーターの匠(読み:たくみ)君というサポート・メンバーを用意しているんです。自分が作ったFXなどのライブ・アレンジとhideのボーカルを一度ステム・データに書き出し、公演中に匠君がMOTU Digital Performerでそれらを再生します。Digital Performerは楽曲のプロジェクトを1つのチャンクとして管理できるので、曲の入れ替えやスキップなどが簡単に行えて便利なんです」
続けてI.N.A.は、マニピュレーションのシステムについて解説してくれた。
「まず、アナログの出力数を増やすためオーディオ・インターフェースのMOTU 828Xに、8イン/8アウトのADATオーディオ・インターフェースBEHRINGER ADA8200 Ultragain Digitalをつないでいます。これらを2セット用意し(もう一方のオーディオ・インターフェースはMOTU 828MK3 Hybridを使用)、最終的にはオート・スイッチャーのRADIAL SW8 MK2に送っているんです。hideのボーカルがライブで一番のメイン。絶対に止めてはいけませんからね(笑)。SW8 MK2は、いつ切り替えたのかがまったく分からないくらい精度が高いです。あとは公演中に匠君がDigital Performer上でステムを触ってバランスを取ってくれるので、その辺りをPAさんたちと細かく打ち合わせしてもらっています。やはりhide with Spread Beaverの曲のことを熟知している人が間に入ってくれることで、よりライブ・サウンドが確実なものになると思うんです」
集めたボーカル・データをライブ用にエディット
関心を引かれたのは、I.N.A.が今回のワンマン・ライブのために作り上げたというhideのボーカル・データについて。一体どのように作られたのだろう。I.N.A.はこう答える。
「基本的には、生前に収録されたライブ音源のボーカル・データを優先して使っています。生前のライブ音源が無い曲に関しては、CDに収録した音源のボーカル・データを引っ張ってきています。これらは一度すべてのエフェクトを外した素の状態に戻し、今回のライブ用にまた音を作り込んでいるんです。ちなみにどうしても必要なところには、未発表のテイクを混ぜている曲もありますね。オーディエンスには、本当にhideが目の前でライブしているかのように感じてもらいたいんです」
複数のソースから成るhideのボーカル・データだが、I.N.A.はどんな手法でライブ用にエディットしているのだろうか。
「まず全体リハーサルまでに、AVID Pro Tools上でボーカルのリズムやピッチを補正しておきます。ピッチ補正プラグインは、長年使っているWAVES Waves Tuneが好みです。そして全体リハーサルに入ってからは、hideのボーカルとバンド演奏のグルーブがかみ合うように、曲単位でクリックのタイミングを微調整していきます。hideのボーカル処理は特に凝ったことをせず、オーソドックスなAVID EQ IIIや、コンプのWAVES CLA-3Aで聴きやすさを整える程度にとどめています。また、ここではあえてディレイやリバーブといった空間系エフェクトは外していますね。その理由は、のちのちライブ会場でPAやライブ配信のエンジニアが最終調整するからです」
ここで一つの問いが生じた。hideのボーカル・データは曲によってソースが異なるため、当然その質感も異なるはずだ。演奏曲同士においては、ボーカルの質感をどのように統一しているのだろうか? I.N.A.はこう説明する。
「hideは曲ごとに声質やキャラクターを変えて歌っていることが多く、それらを生かすためにも全曲のボーカルの質感を合わせるということはあえてしていません。ただし、“聴きやすさを整える”という意味では、コンプを使って調整しています」
未収録のボーカルを手作業で再現
今回のワンマン・ライブでは、前述した“雲の上との二元中継”のほかにもう一つトピックがあるという。それは「ピンク スパイダー」の続編と呼ばれる楽曲「PINK CLOUD ASSEMBLY」だ。当時は歌詞とメロディ、オケのみが存在しており、肝心のボーカルは未収録のままだった。1998年に発売された『Ja,Zoo』には、弟の松本氏がhideの代わりに歌詞を朗読するという形で収録されている。しかし今回は、I.N.A.が新たにhideのボーカル・データを作り上げたと話す。
「どうすればhideのボーカルを再現できるか考えた結果、膨大なボーカル・データの中から、歌詞とメロディに一番ピッタリはまるオーディオ・ファイルを見つけて、一文字ずつ切り貼りしていくという方法を思いついたんです。具体的なやり方としては、まずさまざまな曲のボーカル・データを1つのセッション・ファイル上に並べていきます。次に「PINK CLOUD ASSEMBLY」の歌詞と、セッション・ファイルに並べたボーカル・データの曲の歌詞を、すべて文書作成アプリのWordに書き写せば準備完了です」
続けてI.N.A.は、こう解説する。
「例えば「PINK CLOUD ASSEMBLY」の歌詞で“や”が使われている場合、Wordで“や”を検索します。それにより、どの曲のどの部分で“や”が使用されているかが特定できるわけです。この検索結果を元に、セッション・ファイル内のボーカル・データで該当する“や”を1つずつ聴き、ピッチや歌い回しなどを総合的に考慮して、「PINK CLOUD ASSEMBLY」の歌詞の“や”に最も近いものを選び出していきます。もともと自分はhideのボーカル・ディレクションから、Pro Tools上でのボーカル・エディットまで全部やっていたんです。だから、“hideだったら、ここはこういうふうに歌うだろう”というのがほとんど分かるんですよ」
とは言え、すべて一筋縄では行かなかったという。
「例えば“雨”という単語では、“あ”から“め”に口の動きが変化しますが、ただ単純に“あ”と“め”の音をつぎはぎしてもうまくつながらないんです。この場合、さらに他の曲から“あ”と“め”の音を探してきます。“こっちがダメならこっち”という風に、ひたすらトライ・アンド・エラーの繰り返しです。中にはどうしてもうまくいかない部分がありましたが、そこはタイム・ストレッチやクロスフェードといったPro Toolsの機能を駆使して作り上げました」
このようにしてI.N.A.は、約1カ月をかけて「PINK CLOUD ASSEMBLY」のボーカルを再現したという。まるでジグソー・パズルのような、気の遠くなる作業をやってのけている。ここで、一文字ごとに音の質感が異なることが予想されるが、この点に関してはどうしているのだろうか。
「音を抜き出したソースごとにトラックを分け、それぞれEQとコンプで音質を調整しました。最終的には1つのオーディオ・ファイルに書き出し、全体的な音質を整えるためにまたEQとコンプで処理してピッチ補正も行っています。ピッチ補正はやり過ぎるとhideっぽくならないので、Waves Tuneの補正スピードにオートメーションを書いてピッチ補正のあんばいを微調整しているんです。そして、必要な部分にはリバーブ・プラグインのRELAB DEVELOPMENT LX480 Dual-Engine Reverbでルーム感を足しています。hideのレコーディングでは、録り音で音作りすることが多かったので、1曲のボーカルとして音をまとめるのが大変でした。最初は自分でも本当にできるかどうか分からなくて(笑)。2週間くらいやったら、だんだんゴールが見えてきたんです」
hideの音楽を楽しみに待っているファンのために
最後にI.N.A.は、このようなメッセージを残してくれた。
「hideが永眠してからの25年間、hide with Spread Beaverは彼の音楽という遺産を伝えていくために、未発表音源の制作からライブ・イベントの開催など、活動を続けてきました。“hideのファンに楽しんでもらいたい”……これがすべての根底にあり、hideのマネジメントを担当するHEADWAX ORGANIZATIONも、このことをとても大切にしてくれています。hideにかかわるスタッフ全員が“ファンを喜ばせたい”という強い気持ちを持っているんです」
I.N.A.いわく「自分らと同世代のファンが、彼らの子供たちにhideの音楽を聴かせ、その子供たちがまたさらに彼らの子供たちへと伝えていく……今、まさにちょうどその時期なんです」という。
「孫の世代にまで伝えられている音楽に関われるなんて、hideと一緒に曲を作っていた身としてはうれしい限りです。7/27には東京での追加公演が待っていますが、自分はプロデューサーとして、そして演奏者として、hide with Spread Beaverのワンマン・ライブを雲の上にいるhideとともに楽しみたいと思います。大阪&横浜公演とはまた違った演出を考えているので、ぜひ楽しみにしていてください!」
編集部は、hideの命日でもある5/2に開催された横浜公演を観覧させていただいた。スクリーンに上映されるhideの映像、復活を遂げたhideのボーカル、そしてhide with Spread Beaverによる迫力満点の演奏が重なったとき、hideが本当に同じ空間にいるかのような錯覚を覚えた。長い時間が経過したにもかかわらず、hideの音楽には色あせない魅力がある。彼の音楽に影響を受けた次世代ミュージシャンの活躍も、今後ますます楽しみだ。
ライブ情報:hide Memorial Day 2023
hide Memorial Day 2023
“hide with Spread Beaver appear!! in TOKYO” ※チケットSOLD OUT!!
【日時】2023年7月27日(木)OPEN 17:30 / START 18:30
【会場】豊洲PIT
最新情報はhideオフィシャル・ウェブサイトまで
映画情報:『TELL ME 〜hideと見た景色〜』
『TELL ME 〜hideと見た景色〜』
Blu-ray / DVD発売中、各社動画配信サービスにて配信中!
【公式サイト】『TELL ME 〜hideと見た景色〜』
【原作】「兄弟 追憶のhide」著:松本裕士
【原案協⼒】「君のいない世界 〜hideと過ごした2486 ⽇間の軌跡〜」著:I.N.A.
hideは俺たちに何を遺したのか?
彼の音楽を世に伝えるため奮闘する弟と仲間たちの感動の軌跡
hideの実弟・松本裕士による著書「兄弟 追憶のhide」(講談社文庫刊)をもとに、『今日も嫌がらせ弁当』(2019年)の塚本連平監督が、遺されたhideの音楽を弟と仲間たちが世に送り出す希望の物語を描く。
主人公hideの弟・松本裕士役を演じるのは、俳優、歌手、タレントとして多方面で活躍、『終わった人』(2018年)、『彼女が好きなものは』(2021年)に続く本作で、映画初主演を果たす今井翼。hideの共同プロデューサーI.N.A.役には、hideのドキュメンタリー映画『JUNK STORY』(2015年)でナレーションを務めた塚本高史。さらに、hide役をギター&ヴォーカルとして活動するロックギタリストのJUON、レコード会社重役・鹿島役を声優としても活躍する津田健次郎が演じる。
本物のhideの愛車「ダイムラー ダブルシックス」が登場するほか、1998年に開催された「hide with Spread Beaver appear!!“1998 TRIBAL Ja,zoo”」ライブを再現し、hide本人のヴォーカルが入った実際のライブ音源を使用。
≪hideと見た景色≫を胸に、hideと共に歩んだ男たちが前に進む姿に心揺さぶられる。
出演:今井翼、塚本高史、JUON、津田健次郎、細田善彦、川野直輝、SHINGO☆、笠原織人、くぼゆうき、片岡麻沙斗、朝倉伸二、山下容莉枝、田島令子
監督:塚本連平
脚本:福⽥卓郎、塚本連平
原作:松本裕⼠「兄弟 追憶のhide」(講談社⽂庫刊)
原案協⼒:I.N.A.「君のいない世界〜hideと過ごした2486⽇間の軌跡〜」(ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス刊)
配給:KADOKAWA
製作:映画「TELLME」製作委員会 ©2022「TELLME」製作委員会