折坂悠太 〜レコーディングからマスタリングまでドイツで行った『あけぼの(2023)』の制作背景

折坂悠太

私の音楽はリスナーの心情と環境が重なったときに完成するもの。『あけぼの(2023)』は、そのすき間をうまく残せた作品となりました

今年6月、音楽活動を開始してから10周年を迎えるシンガー・ソングライターの折坂悠太。2018年に発表した2ndアルバム『平成』は、ジャズ/ブルース/フォーク/民族音楽/歌謡曲/童謡/唱歌などを独自に昇華した音楽性と独創的な歌詞の世界観で注目を集めた。そんな彼が、自身初の公式音源である「あけぼの」をセルフ・カバーし、『あけぼの(2023)』として6月30日に発表。レコーディング/ミックス/マスタリングはドイツ在住のエンジニア、大城真氏が手掛けているという。制作の裏側を明らかにするべく、編集部は折坂と大城氏にインタビューを行った。

このプロセスは過去の自分と現在の自分との対話

——まずは音楽活動、10周年おめでとうございます!

折坂悠太(以下、折坂) ありがとうございます。あまり実感が湧きませんが、この10年間で音楽制作に対する考え方やアプローチは大きく変化しましたね。10年前は一人でアコギや鍵盤ハーモニカ、ドラムといった楽器を演奏/宅録し、ミックス/マスタリングまで自分自身で行っていましたが、その後はさまざまなミュージシャンやエンジニアの方たちと協力して作品作りを行うようになりました。特に2018年に発表したアルバム『平成』からは、そういったスタイルが中心になったように思います。

——現在も、宅録環境は残してあるのでしょうか?

折坂 はい。今でもデモを作るときに使用しています。DAWはAVID Pro Toolsで、マイクはAKG C 414 XLII、オーディオ・インターフェースはRME Fireface UC、モニターはYAMAHA MSP3です。Fireface UCは音質がいいですね。

——この10周年という大きな節目に、自身初の公式音源であり、1st EP『あけぼの』のタイトル曲にもなった「あけぼの」をセルフ・カバーした理由は何ですか?

折坂 定点観測みたいなものでしょうかね。同一曲ですが、10年たった今あえてカバーすることで、自分自身の音楽性の変化や成長を確認できるのかなと思って……。このプロセスは、過去の自分と現在の自分との対話でもあります。

——今回の『あけぼの(2023)』には、ギタリストやベーシスト、ドラマーといったミュージシャンの方々が参加されています。

折坂 皆さん京都出身の方なんですけど、2019年くらいから一緒にやっているメンバーです。

——原曲と比べるとアレンジが大きく変化していますが、どのようにして出来上がったのでしょうか?

折坂 一応コード表みたいなものは作ったんですけど、デモとかは全くなくて……(笑)。ほとんどはメンバーと一緒にスタジオでセッションして考えました。

——曲の冒頭や間奏部分にはドローンのような音が入りますが、これは誰のアイディアですか?

折坂 自然な成り行きでしたね。ギタリストの山内(弘太)さんが弾きはじめたのを、それで!という感じで。全体的なアレンジは、割とメンバーに任せている部分が多いと思います。私はアコースティック楽器を中心とした音楽をやっていますが、決して“オーガニックなサウンドにしたい”っていう考えではないんです。レディオヘッドが大好きで、今述べたようなサウンドの嗜好(しこう)は、トム・ヨークが作るサウンドに影響を受けているんでしょう。彼が生み出す電子音と生楽器の組み合わせは、すごく美しいと思います。

ちょっとしたドキュメンタリー作品みたいにしたかった

——今回の録音/ミックスは、エンジニアの大城真氏が担当されています。これは、折坂さんの強い希望だったそうですね。

折坂 NRQ 『RETRONYM』や池間由布子『My Landscapes』など、“いいな!”と感じた作品のクレジットを見ると大体大城さんが載っているんです。私は大城さんが録る生音がとても好きですね。また、彼自身が電子音を用いた実験的な音楽を作るアーティストでもあるので、私の作品のやりたいイメージを“よく理解してもらえるかな”と思いました。

——折坂さんが考える、大城さんのサウンドの魅力とは?

折坂 音像がすごく立体的なんです。音源を再生すると、音だけじゃなくて“空間そのもの”が再現される感じ。レコーディングしたときの音はもちろん、空気感までそのまま呼び起こされるんです。なので『あけぼの(2023)』でも、それをやってほしいと伝えました。

——今作はバンド全員の演奏による“一発録り”と伺いました。

折坂 もともと原曲の「あけぼの」は一発録りだったんです。近年はエディットすることが当たり前になっていたので、今回は原点復帰の意味も込め、編集を一切行わない一発録りにまた挑戦しました。一発録りは、歌に込める感情の起伏がリアルタイムに変化するところをうまく収録できます。『あけぼの(2023)』は音源でありながら、ちょっとしたドキュメンタリー作品みたいなものにしたいと考えていたので。

——収録スタジオはベルリンの地でしたが、折坂さんの音楽制作や活動に影響を与えるようなことはありましたか?

折坂 ベルリンの街が好きになったので、また行きたいですね。そして、そのときはライブもやってみたいです。音楽制作においては今までもそうでしたが、そのときの気持ちを素直に表現するということ。これはずっと変わりません。私の音楽はリスナーの心情と聴く環境が重なったときに完成するものだと思うんです。『あけぼの(2023)』は、そのすき間をうまく残せた作品になったと感じていますね。

Engineer Interview|大城真

Engineer Interview|大城真(写真中央)

ベルリンまで来てレコーディングするという折坂君の思い入れの強さに感銘を受けました
——大城真氏(写真中央)

 角銅真実やNRQ、テニスコーツなどを手掛けるエンジニアの大城真氏。2021年10月からベルリンを拠点に活動している。ここではベルリンにある音楽スタジオ、ボネロ ・トンシュトゥディオで行われた『あけぼの(2023)』のレコーディングやミックスについて、大城氏に詳しい話を聞いてみよう。

DIY精神にあふれるベルリンの音楽スタジオ

——折坂さんからのオファー・メールが届くまでは、お互い接点がなかったと伺いました。

大城真氏(以下、大城氏) はい。ただ以前に角(角銅真実)ちゃんから『平成』をお薦めされて聴いたことがあるんです。それで折坂くんのSNSをときどきチェックしていたので、折坂君からメールが来たときは驚きましたね(笑)。彼は、自分がこれまで手掛けた作品を幾つか聴いてくれていたようで、メールには『あけぼの(2023)』のレコーディングとミックス、マスタリングをやってほしいということも書かれていました。

——大城さんとボネロ ・トンシュトゥディオの関係は?

大城氏 今回、折坂くんの作品を作るためのスタジオを探した結果、このスタジオにたどり着いたんです。普段はプライベート・スタジオで作業していて、そこには自分の作品を作るための機材しか置いていないんですよ。

——今回このスタジオを使用してみて、いかがでしたか?

大城氏 めっちゃ最高です(笑)。もともと教会の集会場だったところを改装してスタジオにしているんですが、屋根の補修から空調の設備工事、吸音材の制作まで全部オーナーのトビー(上部の写真左側)たちがDIYでやっているんですよ。しかもクオリティが高いので、とても感動しました。

ボネロ・トンシュトゥディオのコントロール・ルームには、アナログ・コンソールのNEUMANN N 20が鎮座。マイクプリのNEUMANN V 4 76とEQのNEUMANN W 491を、それぞれ40台ずつ格納している。モニター・スピーカーはKII AUDIO Kii Threeを装備する

ボネロ・トンシュトゥディオのコントロール・ルームには、アナログ・コンソールのNEUMANN N 20が鎮座。マイクプリのNEUMANN V 4 76とEQのNEUMANN W 491を、それぞれ40台ずつ格納している。モニター・スピーカーはKII AUDIO Kii Threeを装備する

——実際のレコーディングについて、詳しく教えてください。

大城氏 スタジオにはコントロール・ルームのほかに、天井の高いメイン・ブースと約6畳のサブブースがあります。前者にはボーカル/ギター/コントラバス/ドラム用のマイクを設置しました。後者にはギター・アンプを3台並べましたね。一発録りでしたが、皆さんは事前に曲を仕上げてきたので収録自体はスムーズに進行したと思います。何回か録って、その中から一番良いテイクを採用しました。

スネアの裏側に設置した単一指向性マイクLINE AUDIO CM3×2本。若干L/Rに振ったスナッピー音を混ぜることで、スネアに広がり感を追加できるという

スネアの裏側に設置した単一指向性マイクLINE AUDIO CM3×2本。若干L/Rに振ったスナッピー音を混ぜることで、スネアに広がり感を追加できるという

サブブースに置かれた3台のギター・アンプ。実際に使用したのはFENDER Concert(写真左)とHOHNER Orgaphon 18MH(同右)だそう

サブブースに置かれた3台のギター・アンプ。実際に使用したのはFENDER Concert(写真左)とHOHNER Orgaphon 18MH(同右)だそう

演奏者が自発的に音量調整するというメリット

——折坂さんは、大城さんが作るサウンドについて“空間そのものが再現される感じが好き”とおっしゃっています。

大城氏 自分はスタジオの音響特性をミックスに利用することが多いです。現場の特徴的な響きを捉えることができれば、後のミックス段階における空間演出が面白くなりますし、空気感の再現にも役立つと考えています。今回もアンビエンス・マイクを幾つか立てましたが、一発録りということもあり、カブリが多かったのであまり使いませんでした。ただし、メイン・ブース内にはEMT 140とEMT 240が設置されていたので一応録っておいて、後でボーカルに薄く足したんです。シミュレーション・プラグインよりもリバーブ成分の密度が濃いため、満足行く結果が得られました。

サブブースに立てられたルーム・マイク、MICROTECH GEFELL UMT 70×2本

サブブースに立てられたルーム・マイク、MICROTECH GEFELL UMT 70×2本

メイン・ブース内に設置されたプレート・リバーブのEMT 140。残響成分はボーカルに用いられた

メイン・ブース内に設置されたプレート・リバーブのEMT 140。残響成分はボーカルに用いられた

——ボーカルには、どのマイクを使用しましたか?

大城氏 トビーの自作によるNEUMANN U 47 Tubeクローンです。それをTAB V76、GATES Sta-Levelクローン(これもトビー氏の自作)、APOGEE Symphony I/O MKIIの順に通し、AVID Pro Toolsで録るという流れでした。

折坂悠太のブース。写真中央に見えるボーカル・マイクはNEUMANN U 47 Tubeのクローン。アコギを狙うステレオ・マイクは、筐体はNEUMANN TLM 67だが、中身はNEUMANN U 67。すべてトビー氏の自作だという。大城氏は「ステレオ・マイクにすることで、アコギを立体的な音像で再現できるんです。最近ハマっている手法ですね」と語る

折坂悠太のブース。写真中央に見えるボーカル・マイクはNEUMANN U 47 Tubeのクローン。アコギを狙うステレオ・マイクは、筐体はNEUMANN TLM 67だが、中身はNEUMANN U 67。すべてトビー氏の自作だという。大城氏は「ステレオ・マイクにすることで、アコギを立体的な音像で再現できるんです。最近ハマっている手法ですね」と語る

——ミックスはどのように?

大城氏 PRESONUS Studio One上でプラグインのみで処理しています。この方が慣れているので作業が早いんですよ。メンバーが同じ部屋に集まり、お互いの音を聴きながらバランスを調整できていれば、後はわずかな調整だけで素晴らしいミックスに仕上がるんです。もちろん、細部には手を加えていますが。今回、折坂君はわざわざベルリンまで来てレコーディングしている……その姿というか、作品に込める思い入れの強さに感銘を受けました。自分を指名していただいて、本当にありがたいですね。

Release

『あけぼの(2023)』
折坂悠太
(ORISAKAYUTA)

Musician:折坂悠太(vo、g)、山内弘太(g)、宮田あずみ(b)、senoo ricky(ds)
Producer:折坂悠太
Engineer:大城真
Studio:ボネロ・トンシュトゥディオ

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