Lone Star Soundで粗悪なアルバムを作るのは難しいね。機材も雰囲気も素晴らしいんだ
6月2日にリリースされたノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズの4作目となるオリジナル・アルバム『カウンシル・スカイズ』の制作は、新型コロナウィルスによるパンデミックのさなかに行われた。前作『フー・ビルト・ザ・ムーン?』のエレクトロニックで実験的な作風とは対照的に、彼の原点でもある“アコースティック・ギターと歌”を軸としたロック・ソングを収録。曲作りやレコーディング、ミキシングには、彼が新設したプライベート・スタジオ=Lone Star Sound(ローン・スター・サウンド)が使用されている。この度、ノエル本人に直接インタビューをする機会を得ることができたので、音楽制作の手法や、新しいスタジオへ込めたこだわりなどを詳しく聞いた。日本で彼のスタジオの全貌が公開されるのは、この記事が初となるとのこと。制作の様子を想像しながら、じっくりと読み進めていただければ幸いだ。
トラディショナルなロック・ソングにしようと思った
——アルバムを始めから終わりまで聴いて、ライブで観客がシンガロングしている姿が目に浮かびました。これは、あなたの真骨頂的な作品になるのではないでしょうか?
ノエル 同感だね。ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズにとって最高のアルバムだと思う。これまでに聴いた人はみんな感動してくれているよ。どの曲がファンのお気に入りになるのかが興味深いところだね。
——制作はいつ頃から始められたのですか?
ノエル 曲作りは2020年の春に始めた。翌年にデモを作り、レコーディングをしたのは去年だね。
——原点回帰がテーマと聞いています。当初からそのテーマは定まっていたのでしょうか?
ノエル アルバムのテーマは、制作の最後の方になって初めてその姿を現すんだ。曲作りをしているときは、単に曲をたくさん書いているだけで、それぞれにどんなつながりがあるかなんて考えない。アルバムの曲作りが終わりに近づいてくると、すべてがつながってくる気がしてくるんだよ。あとは、前作はかなりエレクトロニックで、ファンにとってもチャレンジングだったから、今回はもうちょっとトラディショナルなロック・ソングをレコーディングすることにしたんだ。意識したことはそれくらいだったね。
——すべての曲作りが終わってから、それらの中に共通点を見いだそうとするわけですね。
ノエル そうそう、共通点があるとするならね。俺にとって『カウンシル・スカイズ』は昔を振り返ったようなアルバムだと思う。パンデミックやロックダウンの時期で、俺たちは自己を振り返らざるを得ない状況に追い込まれていたんだからね。
すべての曲をアコースティック・ギターで制作した
——曲作りはアコースティック・ギターで?
ノエル 全曲そうだ。前作に収録されている曲はエレクトロニック・サイケ・ポップも多いけど、今作はそういうアルバムじゃないからね。かなり和気藹々とした内省的なアルバムになったと思う。
——「イージー・ナウ」は初めて聴いたときから美しいメロディに感動しました。過去に制作された数々の曲にも共通しますが、“多くの人の心に刺さるメロディ・メイク”の秘訣は……?
ノエル 曲がどこから来るのかなんて俺には分からないし、知りたくもない。俺が興味を持っているのは、人々が曲を自分の中に取り込むことで、その曲が彼らにとって大切なものになるということだけさ。そんなことができるなんて、すごく名誉なことだ。でも俺はそういう曲を書こうと思って書いているわけじゃない。これはマジックなんだ。
——だからこそ、素晴らしい曲が生まれるのかもしれませんね。
ノエル そうだと思う。俺がオアシスっぽい曲を書こうと思ったとしてもうまくいかないだろう。でも自然と生まれるものであれば、おのずとそうなるんだ。
——曲作りやアレンジにコンピューターは使いましたか?
ノエル AVID Pro Toolsをエディットに使ったけど、曲作りのときは使わなかったね。単にAPPLE iPhoneに向かって歌っただけだ。俺がプレイした簡単なデモの状態でもすでに良かったから、これは確実に良いものになるということが分かっていたよ。
——歌詞を付けるのは曲ができてからでしょうか?
ノエル いつもそうだね。まずはコードとメロディを同時に作って、歌詞は最後。音楽のムードから歌詞のインスピレーションを得るんだ。曲を何千回と流すと、俺の曲に対する感覚が変わってくるんだよ。アップリフティングな曲だなと思う日もあれば、メランコリックだと思う日もある。そして最終的に、その曲が何についてであるべきかを感じ取ることができるようになって、歌詞が浮かぶんだ。
——共同プロデューサーのポール“ストレンジボーイ”ステイシーとは、どんなやり取りがありましたか?
ノエル 彼は俺の全ソロ・アルバムを手掛けてきた。俺が曲を書き、デモを作ると、彼がやって来てアルバムを作る。俺たちはただ曲にとって必要なものに狙いを定めるだけ。彼は、ギターのサウンド作りやアレンジが得意でね。俺が呼んだセッション・ミュージシャンのプレイもアレンジしている。そういう仕事のやり方でうまくいっているんだ。
「デッド・トゥ・ザ・ワールド」は毎日でも聴ける
——ご自身が一番こだわったと感じている曲を教えてください。
ノエル 「プリティー・ボーイ」や「デッド・トゥ・ザ・ワールド」にはかなりの時間をかけた。「デッド・トゥ・ザ・ワールド」は、俺がこれまで書いたすべての曲の中で一番のお気に入りだと思うよ。
——ドリーミーで美しい曲ですね。
ノエル コード・シーケンスが、ファンにとってあまりなじみのあるものではないと思う。とてもシネマティックで素晴らしいフィーリングがある。あの曲だったら毎日だって聴けるね。エモーショナルな重みがあると思うんだ。
——「プリティー・ボーイ」はジョニー・マーがギターで参加していて、さらにはザ・キュアーのロバート・スミスによるリミックスも公開されました。それぞれ異なる雰囲気に仕上がっていて、とにかく最高です。2人のレジェンド・ギタリストがこの曲に関わることになったのはなぜなのでしょうか?
ノエル 最初のデモにベースとドラムを入れてみたら、ザ・キュアーみたいな感じになってきて、これはジョニーにうってつけだなと思ったんだ。彼なら素晴らしいことをやってくれると思ったけど、実際そうなった。するとある晩、ロバート・スミスにリミックスしてもらうというクレイジーなアイディアを思いついた。彼が俺のことを知っているかどうかさえ分からなかったけど、すぐに乗り気になってくれたよ。
——ほかの曲よりもエレクトロニックな要素を多く感じますが、こちらもギターのアイディアが最初だったのですか?
ノエル そうそう。これは夜遅くにアコースティック・ギターで作った曲なんだ! この曲を今君にギターで弾いたとしても、同じように聴こえると思うよ。ただ、パンクっぽさがあまりないだけでね。すべては俺が弾くアコースティック・ギターから始まるんだ。
——「シンク・オブ・ア・ナンバー」のギター・ソロは、オケと一体になりながらエモーショナルに歌い上げるのが最高にかっこいいです。
ノエル それは俺がGIBSON ES-355で演奏したものだ。アンプは分からないけど、HIWATT Custom 50っぽい音だな。エフェクターはコンプレッサーORIGIN EFFECTS Cali76からクリーン・ブースターに送って……あとは何らかのファズと、PETE CORNISH のSoft Sustainを使ったかな。俺もあのブレイクが気に入っているよ。とてもエモーショナルだし、同時にアップリフティングだからね。「カウンシル・スカイズ」のファズ・ギターのブレイクも俺が弾いている。
——自分で弾くパートとほかのミュージシャンが弾くパートは、どのように分けているのでしょうか?
ノエル すべては、俺が素晴らしいことをやれることにどれだけ自信を持っているかによるね。「プリティー・ボーイ」でジョニーが弾いたところは、俺には弾けないということが直感で分かっていたんだよ。あれは俺のスタイルではなく、ジョニー・マーっぽいものが必要だった。「シンク・オブ・ア・ナンバー」については、なぜだか分からないけどあのパートは俺が弾いてやろうと思ったんだ。
VCS3は良い風のシミュレーションができるんだ
——「トライイング・トゥ・ファインド・ア・ワールド・ザッツ・ビーン・アンド・ゴーン」の前半とアウトロで、さわやかな風のような音が鳴っています。あれはどのように音作りを?
ノエル あれは俺が演奏したEMS VCS3だね。1960〜70年代の古いシンセで、ピンク・フロイドも使っていた。風のとってもいいシミュレーションができるんだよ。「シンク・オブ・ア・ナンバー」や「プリティー・ボーイ」、「イージー・ナウ」、「デッド・トゥー・ザ・ワールド」でも使っている。
——こういったアレンジは曲作りの最初の段階から頭に浮かんでいるものなのでしょうか?
ノエル レコーディングしているときにアイディアが浮かぶんじゃないかな。それに飛びついて、うまくいくかどうかやってみる。これがインスピレーションの瞬間だ。こっちが思いつくというより、向こうがこっちを見つけてくれるんだよ。
——VCS3だけでなく、MELLOTRONも多くの曲で演奏されていますね。アルバム全体の音像に大きな影響を与えていると思ったのですが、この楽器の魅力は?
ノエル 俺はデジタルのM4000を持っているけど、これにはサウンド・カードがあって、魅惑的な楽器の音が無限に入っているんだ。あのサイケデリックな感じは別世界的なもので、何なのかはっきりと分からない。そこがとても気に入っているんだ。MELLOTRONが大好きなんだよ。
——ほかにはどんなシンセをお持ちですか?
ノエル オリジナルのROLAND Jupiter-4を持っていて、これは史上最高のシンセサイザーだと俺は思っている。それからMOOG Moog Oneはすべての曲に入っているね。あとはHAMMONDのオルガンやFENDER Rhodes、WURLITZERのエレピもある。俺は機材を山ほど持っているけど、それが素晴らしく役に立つ場合もあれば、邪魔になることもあるんだ。選択肢があまりにもたくさんあって、どれを使ったらいいか分からなくなるからね。でも、今挙げたのはどれも素晴らしい機材だよ。
——ソフト・シンセなども使用されたのでしょうか?
ノエル 「プリティー・ボーイ」でARTURIAのJup-8 Vを使った。このアルバムではほかにもARTURIAのソフト・シンセをしこたま使ったよ。ハードとソフトのどちらを使うかは、そのパートを曲のどこに入れるかによって決めるんだ。アナログだとチューニングが狂うけどそれが素晴らしいし、デジタルはデジタルっぽい音がするけど、そっちの方が合う曲もあるからね。でも、シンセは使いすぎないように、ちょっとした味わいのために使っているんだ。アコースティック・ギターで弾いたデモが曲として成立していればそれでいいんだよ。ほかのパートは飾り付けのためにあるんだ。
Lone Star Sound|ノエルのプライベート・スタジオを本邦初公開!
ノエル・ギャラガーのプライベート・スタジオ。コントロール・ルーム(上)とライブ・ルーム(下)で構成される。『カウンシル・スカイズ』の曲作りやレコーディング、ミックスは主にここで行われた。見開きで大きく見たい方は、2023年7月号のバックナンバーをチェック!
Control Room
Live Room
まさに“Lone Star Soundらしい音”に仕上がった
——音の輪郭をはっきりと感じるきらびやかなサウンドでありながら、温かみも感じるミックスが印象的でした。
ノエル アルバムのサウンドは、おのずと発展していったんだ。ミックスを担当したカラム(カラム・マリーニョ)は俺のスタジオを運営しているけど、これまでアルバムのミックスなんてやったことがなかったんだよ! 彼のラフ・ミックスがあまりにも良かったんで、俺は“これだ!これをアルバム・バージョンにしよう!”と思ったんだ。彼は“マジで?”と驚いていたけどね。そういうわけで、『カウンシル・スカイズ』は彼がミックスを手掛けた初のアルバムになったんだ。
——それはすごいですね! 新しいプライベート・スタジオ=ローン・スター・サウンドの影響もあったのでは?
ノエル もちろん。あそこで粗悪なアルバムを作るのはとても難しいね。機材も雰囲気も素晴らしいんだ。
——いつ頃建てたのですか?
ノエル 2019年に建てはじめたけど、パンデミックのせいで中断したこともあった。俺が最初にこのスタジオを使ったのは2020年11月だったと思う。そして、アルバムの本格的なデモ作りを始めたのは確か2021年1月だった。スタジオを造り始めた最初の数日間はナーバスになったよ。本当に何もない大きな部屋から造り上げたんだからね。でも、このスタジオで録った音を聴いた瞬間は素晴らしかった。“こいつぁすごいものになるぞ!”って思えたんだ。曲作り、レコーディング、ミキシングを同じ部屋で行なうことができたというのも、とてもスペシャルなことだったな。
——以前からスタジオを持ちたいと思っていたのですか?
ノエル そうでもなかったね。良いスタジオであれば、自分のだろうがそうでなかろうが、気にしなかった。俺がいつも使っていたスタジオがあってね、特に有名でも何でもないインディペンデント・スタジオだったけど、そこが閉鎖されてしまったんだ。それで俺は、自分のスタジオを建てざるを得なくなった。必要に駆られてやったことなんだよ。
——スタジオの構造へ込めたこだわりは?
ノエル どんなサウンドにしたいかに関するアイディアはあったよ。俺は長年にわたってビンテージの録音機材を集めてきたんで、昔のアナログ・スタジオのようになるだろうとずっと思っていた。そしてライブ・ルームは、反響のないドライでブライトなサウンドにしたかった。このアルバムのサウンドがブライトなのはそれが原因だろう。まさにこのスタジオらしい音に仕上がっているんだ。
——機材はどのように選ばれたのでしょうか?
ノエル 俺のアイディアでNEVEのコンソールをレコーディングに使用している。これは世界一で、俺は数台持っているよ。それから、EMI TG12345はクレイジーな昔のコンソールで、ワイルドだ。音作りに使っているのはこの2つだね。SOLID STATE LOGIC Matrix2もあるけど、あれはモニタリングのみに使っているんだ。アウトボードに関してはあまりよく知らない。あれはほかの人のアイディアだったからね。
——ボーカルやアコースティック・ギターのレコーディングはどのように?
ノエル ボーカル・マイクはNEUMANN U 87だ。アコースティック・ギターを録るときもこのマイクを上の方に立てておくけど、それに向かって歌いはしない。それから、COLES 4038を膝の辺りに立てておいて、この2本のマイクで音を拾うんだ。どっちもギターに向けられていないんだけどね(笑)。スタジオのスウィート・スポットが部屋のど真ん中だから、そこで録音するんだ。
——アコースティック・ギターだけを録音する場合も、ボーカル・マイクを立てているのですね。
ノエル そうそう。以前レコーディングしていたときにたまたまそれが同時にオンになっていて、それ以来このやり方で録音している。レコーディングのときに偶然素晴らしい音を見つけたら、それをそのまま使うのが好きなんだよ。
——ボーカルとアコギは全曲同じマイクを使ったのですか?
ノエル そう。一度音を決めたらそれをずっと使うのが好きでね。俺はアコースティック・ギターと歌からアレンジを築き上げていくから、それらはいたってスタンダードなものにしておきたいんだ。そうすると曲に余裕ができて、周りにファンキーなものを加えられるのさ。
——今作は原点回帰がテーマとなりご自身のスタジオで制作された、特別なアルバムになったのではないでしょうか。完成したものをあらためて聴いて、いかがですか?
ノエル もちろん満足しているさ! 俺が作ってきたアルバムはどれも、出たときはそれが今までの作品の中で最高傑作だと思っている。ライブでファンがどの曲を聴きたいかが分かった頃にはまた意見が変わっているかもしれないけど、今のところは少なくとも週2で聴いているね。だから早くファンの反応を知りたい。きっと気に入ってくれると思うけどね。
Release
『カウンシル・スカイズ』
ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズ
ソニー:SICX-30167~30169(完全生産限定盤A:2CD+ブラックTシャツ)、SICX-30170~30172(完全生産限定盤B:2CD+ホワイトTシャツ)、SICX-30173~30175(完全生産限定盤C:2CD+アーミーグリーンTシャツ)、SICX-30176~30177(初回仕様限定盤)
Musician:ノエル・ギャラガー(vo、cho、g、b、k、p)、ポール“ストレンジボーイ”ステイシー(g、k、p、b)、ジョニー・マー(g)、マイキー・ロウ(k)、カラム・マリーニョ(k、perc)、ゲム・アーチャー(g)、ラッセル・プリチャード(b)、クリス・シャーロック(ds)、ジェレミー・ステイシー(ds、perc)、ロキシーズ(cho)、ジェシカ・グリーンフィールド(cho)、ルイーズ・クレア・マーシャル(cho)、アンドレア・グラント(cho)、ルシータ・ジュール(cho)、ル・ヴォリューム・クールブ(perc)、クレメント・セント・レオナルド(k、perc)、ジョディ・リンスコット(perc)、ピーター・エックフォード(perc)、ゲイリー・ハモンド(perc)、アリスター・ホワイト(trb)、ダニエル・ハイアム(trb)、トーマス・ダネット(trb)、ピート・ノース(trb)、マーク・フロスト(trb)、グレアム・ブレヴィンス(sax)、スティーヴ・ハミルトン(sax)、トム・ウォルシュ(tp)、ジョー・オークランド(tp)、ワイヤード・ストリングス(Strings)、ジェラント・ワトキンス(accord)、フィリップ・ウッズ(horn)、ルース・オライリー(horn)、フランシソ・ゴメス(horn)、デリック・ナシブ(horn)
Producer:ノエル・ギャラガー、ポール“ストレンジボーイ”ステイシー
Engineer:カラム・マリーニョ、ボー・ブレーズ
Studio:ローン・スター・サウンド、アビイ・ロード