三浦大知『OVER』の先行曲を手掛けたプロデューサー、トップライナーらに、楽曲制作の裏側やテクニックを明かしていただこう。ここでは、超先行配信曲としてリリースされた「能動」について解説。わずか2分40秒という尺でありながら、圧倒的な爆発力と存在感を誇る今作について、プロデューサーを務めたTOMOKO IDA(写真左)と、トップライナーのTSUGUMI(写真右)から話を聞いた。
“音ハメ”を意識して細かいメロディを入れる
——「能動」は挑戦的な作風で、お話を聞けるのを楽しみにしていました。制作はどのように進んだのでしょうか?
TOMOKO まずは三浦大知チームとミーティングをして、“自分たちのフェーズも変わってきたから、次に向かっていくような曲にしたい”という話になりました。驚いたのは“TOMOKO IDA名義で出しているインストにメロディがちょっと乗った感じにしたい”と言われたことです。
——TSUGUMIさんをトップライナーとして迎えた経緯は?
TOMOKO 歌詞も一緒に作れる方がいいと言われていたのもあり、もうTSUGUMIさんしか浮かびませんでした。
——一緒に曲を作るからには、お互いの音楽的な感覚の相性みたいなものが必要になってくるのでは?
TOMOKO 相性はめちゃめちゃ大事です! TSUGUMIさんは、これまで通ってきた音楽ジャンルが私と近いから共通言語が多くて話が早いんですよ。同じ方向を向いて制作できるので、すごくとがったものを極められるんです。
TSUGUMI ぶっ飛んだものを作るんだったら、TOMOKOちゃんしかいないですね!
——TSUGUMIさんにお声がけした時点で、TOMOKOさんのトラックは一通り出来上がっていたのでしょうか?
TOMOKO 最初の時点でトラックは3~5割ほどしかできていなくて、それを元にセッションしました。TSUGUMIさんは骨組みだけの状態でもアイディアを出してくれるのですごく助かっています。
——歌詞とメロディは同時に作るのでしょうか?
TSUGUMI メロディが決まってから歌詞を書きます。
——例えば「能動」では、“まだ”というワードが繰り返されることで、楽曲全体の力強さが増しているように感じます。やはり言葉の語感を考慮して歌詞を入れていくのでしょうか?
TSUGUMI メロディを考えている段階で、韻をどの母音で踏むかはイメージしています。“動け 動け ただ能動”“まだだ まだだ まだ能動”のところは、メロディを付けた時点では“NyaNyaNya NyaNyaNya NyaNya Ou Ou”というイメージでした。その状態で三浦さんからもらった“こんな歌詞にしたい”というリストを見て、“まだこれからももっと外に向いて仕掛けていきたいんだ”という気持ちをくみ取ったので、それって“受動”じゃなくて“能動”だよねと思って。そしたら“能動”で“Ou Ou”と韻を踏めることに気付いたんですよ。“まだ”っていう言葉も勢いがあって好きですね。語感がちょっと英語っぽく聴こえるのも面白いと思っています。
——小節の頭に合わせるフレーズ、1拍前から、もしくは1拍置いてから入るフレーズなどが組み合わさって、疾走感が生まれると思ったのですが、意識されたことはありますか?
TSUGUMI プリフックの“そのときまで~”の部分は彼が考えたから分からないけれど、そのほかの私が作った部分についてはあんまり気にしていないかも。
TOMOKO 私はもともとダンスをやっていたのですが、TSUGUMIさんはダンスをやっていないのに、どうしてトップラインのリズムが私の作るトラックにめちゃめちゃ合うんだろう、すごいなって思うときがあります。
TSUGUMI ダンサーの友人が “この曲は踊れないよ”“この曲は踊っていて楽しい曲だよ”って教えてくれるので、“これは踊れる”“これは踊りにくい”というのは感覚としてあります。どんなリズムにするかはトラックとの兼ね合いですね。拍頭で入った方がかっこいいときもあるし、一拍置いて入ったら、弱くなっちゃったねというときもあります。
——お二人は曲を作りながら、踊れるかどうかを結構意識されているのですね。
TOMOKO 私はトラックを作りながら踊っています(笑)。
TSUGUMI 私は逆に、踊らない人に、踊らないと成立しないような譜割の曲を作らないように気を付けています。踊れる人の曲の方が、トップラインを付けやすいかもしれない。
——踊れるトップラインはどうすれば作れるのでしょうか?
TSUGUMI ダンサーって“音ハメ”をするじゃないですか。だからこそ、耳に残るメロディを細かく入れようとしているかも。あとは、上ネタを聴いてほしいときは、わざとそれと同じメロディにするということもあります。
TOMOKO 悲しいかな、ダンサーの方が踊っている映像を見ていると、トラックではなくてトップラインに振りをハメていることが多いんですよ。踊る人にとっては、意外とトップラインの方が重要なのかもしれないですね。
“ダンストラック”に近い作り方をした
——TOMOKOさんの作るトラックには、“キックだからこういうリズム”みたいなルールがあまりないように感じます。トラックメイクに決まった手順はあるのですか?
TOMOKO 決まったルールや手順はないですね! 「能動」は、ド頭にボーカルを持ってきたいというイメージがあったのですが、その後から入るキックの刻みはトップラインが決まってから乗せました。最初のキックは普通に“ドンタッ、ドンタッ”という感じでしたね。“ドンドンッドドドンドンッ”という複雑な刻みは、“メロディがこれならキックもこれくらい刻めるな”と考えて入れたんです。最初からトラックを作り込んじゃうと、自由なトップラインを乗せる余白がなくなってしまう気がするんですよね。
——最初のトラックがそんなにシンプルだったとは……!
TOMOKO そうなんです。最初は恥ずかしいくらい下書きの状態でトップラインを付けてもらいました。入り口をすごくドライで無機質なものにしたいと伝えて、そのイメージに近いリファレンス曲を聴いてもらった記憶があります。
TSUGUMI 最初にコード感を伝えてくれるトラックメイカーもいるのですが、本当は雰囲気のほうを伝えてほしいと思っていて。TOMOKOちゃんはどういう方向に持っていきたいのかを提示してくれるからやりやすいです。そのイメージを受けて私が歌ったものを、TOMOKOちゃんが「今のかっこいい!」って言ってピックアップして組み立ててくれました。
——トラックについても、曲を頭から順に作るというより、良いものをパズル的につなぎ合わせていったのでしょうか?
TOMOKO すべてのパートを全部違う曲を作るイメージで作りました。私がよく手掛けるダンストラック(編注:ダンスパフォーマンスのためのトラック)に近い作り方かもしれません。トラックを階段状に配置していて、複数の曲が一つのプロジェクトにまとまっているような作りになっているんです。それでも一つの曲として聴こえるのは、トップラインがあるからかもしれないですね。
——TOMOKOさんの作るトラックは、日本の要素がどこかに入っているのも大きな特徴ですよね。
TOMOKO 数年前にLAに来たときに、ジャマイカ出身の女の子2人組がクラブでジャマイカらしいムーブをしたときに、すごく盛り上がって。それを見たときに、やっぱり日本人として生まれ育った自分の一番の武器は、日本っぽい旋律、音色だということに気付きました。自分の国をレップして作るサウンドって、それだけ価値があるんですよね。「能動」のトップのメロディは琴っぽい音色で入れています。
——パーカッシブな感じも祭り囃子っぽく聴こえますよね。
TOMOKO そうですよね。あれはアフロのパーカッションの刻みなんですけど、メロの日本らしい音色がイメージを引っ張っているんだと思います。難しいのはあんばいですね。日本っぽさをスパイス程度に入れつつ、ちゃんとダンスミュージックを作るというのが難しいかもしれません。
——TOMOKOさんのトラックは、特に野太いローが世界的にトレンドの音ですよね。
TOMOKO ローがしっかりしていないと音楽として聴きづらいと思っています。ローの音作りにおいて重要なのは、テクニックというより、結局普段どんな曲を聴いているかですね。自分はFOCALのヘッドホンLISTENをいつも基準にしていて、外部スタジオでもそのヘッドホンで最終確認をします。エンジニアの方に“結構ローを出していますよ”と言われても、私の中では足りないということが多いんです。
——サンプル音源やシンセは何を使っているのですか?
TOMOKO ドラムはspliceが多いです。シンセはRoland Cloud内のZENOLOGYや、Rolandの名機のエミュレーションを集めたLegendaryをよく使います。ほかには、ベースにAIR Music Technology Vacuum Proは絶対に使うし、reFX Nexus4なども使っていますね。あまりほかの人が使っていないシンセを見つけたときにテンションが上がります(笑)。サビのRoland TR-808系キックベースはfabfilter Pro-Q 3で20~30Hzくらいから下をがっつりカットして、一番強い部分がボーンと出るようにしていますが、それ以外は素材をそのまま使うことも多いです。自分の理想の100%に近い音色を探すことの方が重要かもしれないですね。
——「能動」は、TOMOKOさん、TSUGUMIさん、三浦さん、お三方の魅力が存分に発揮された曲になりましたね。
TOMOKO Jポップのシーンでリード曲になるものは、大衆性がないと難しいと思っていたんです。そんなときに自分を起爆要素として指名してくれたのはすごくありがたいことでした。そして何より、三浦大知のファンの皆さんが驚いてくれたのがうれしかったですね。
——今後はどんな音楽を作っていきたいですか?
TOMOKO キャリアを積めば積むほど受動的になってしまうことも増えるけど、自分から何かを切り開いていく“能動的”な姿勢ってすごく大事だし、より良いモノができたりする。今後もこういう感じで、やったことのない、聴いたことのないサウンドに挑戦したいと思います。
TSUGUMI 誰かに気に入られることを気にしすぎないで、自分たちのやりたい音楽でヒットを飛ばしたいですね。
TOMOKO IDA
【Profile】現在、日米韓のトップアーティストに楽曲を提供しているトラックメイカー/プロデューサー。Billboard Japanやオリコンチャートで1位を獲得した作品が多数あり、2023年にはTainyのアルバム『DATA』の「obstáculo」を共同プロデュース。同アルバムは第66回グラミー賞ラテン部門の“最優秀 アーバン・ミュージック・アルバム賞”にノミネートされ、日本人女性プロデューサーとして、初のグラミー賞ノミネート作品への参加を果たすこととなった。
TSUGUMI
【Profile】2001年に姉とのユニットSOULHEADとしてメジャーデビュー。2013年にRAPユニットMaryjaneを結成。現在は、日本のみならず海外のアーティストにも楽曲提供している。Billboard Japanやオリコンチャート1位を獲得した作品、日本レコード協会“ダブル・プラチナ”認定された作品の制作にも携わっている。
Release
『OVER』
三浦大知
SONIC GROOVE:AVCD-98157 発売中
Musician:三浦大知(vo)、KREVA(rap)、Furui Riho(vo)、Nao'ymt(prog)、TOMOKO IDA(prog)、TSUGUMI(prog)、XANSEI(prog)、Seann Bowe(prog)、Adio Marchant(prog)、Grant Boutin(prog)、Will Jay(prog)、okaerio(prog、all)、Coleton Rubin(prog)、Nate Cyphert(prog)、Seiho(prog)、UTA(prog)
Producer:Nao'ymt、TOMOKO IDA、XANSEI、Grant Boutin、okaerio、U-Key zone、Seiho、UTA
Engineer:D.O.I.、Neeraj Khajanchi、松井敦史、Masato Kamata
Studio:Daimonion Recordings、NK SOUND TOKYO、他