濁った音でも、格好良ければ残したい。そこをブラさずにアレンジしていくんです
jizue(ジズー)は、2006年頃に結成された京都のバンドで、ジャズやポストロック、ハードコアなどに根差したインストゥルメンタルを高度な演奏で表現する。7月にリリースしたアルバム『biotop』(ビオトープ)では、抒情的なメロディや躍動感あふれるグルーブをブラッシュアップ。メンバーでレコーディング・エンジニアの井上典政(g/写真右)が主宰するdeco recording studioでの綿密なプロダクションが奏功した。井上のほか、⼭⽥剛(b/同左)と⽚⽊希依(p/同中央)もキャッチできたので、アルバムの制作をメインに伺おう。
LAUTEN AUDIOのマイクがドラムの要
——京都では、どのようなライブ・ハウスで活動を?
山田 WHOOPEE'Sが初めてだったと思います。音楽性は当時から今みたいな感じでしたが、ハードコアのバンドと共演する機会も多く、ごった煮感がありました。ハードコアもポストロックも同じブッキングでやる感じというか。
⽚⽊ その後、ライブスポットラグの『ジャズ新時代』に出演しはじめて。従来のジャズに収まり切らないような若手バンドを集めたイベントで、そこでの武者修行時代みたいなのがあったんです。以降はCLUB METROやKYOTO MUSEに呼んでいただくことが多かったと思います。
山田 それに、二条のLive House nanoも。
——では、立命館大学のROCK COMMUNEや同志社大学のS.M.M.A.といった軽音サークルとも関わりが?
井上 その辺りのバンドとは、僕がレコーディング・エンジニアとして関わっていました。
——井上さんはミュージシャンでありながら、自らスタジオを造るほどエンジニアリングに関心を持っていますよね。
井上 音響の専門学校を卒業してから20年間くらいレコーディング・スタジオで働いて、独立した2021年に自分のスタジオを造ったんです。ベースの剛とは幼なじみで、同じ専門学校に通っていたこともあってバンドを始めました。
——メンバーにエンジニアが居るというのは頼もしい?
⽚⽊ 頼もしいです。わがまま言い放題で(笑)。3人とも作曲をするんですが、井上君は曲を作る段階でミックスやマスタリングを済ませた最終的なサウンドを思い描いているので、彼の曲に関しては固まるのが速い。あと、山田君や私が自分でまとめ切れない曲でも、井上君の手によってjizueらしい仕上がりになることがすごく多いんです。
——井上さんは、ミックスやマスタリングがうまくいくように逆算しながら曲作りするのでしょうか?
井上 逆算というよりは、サウンドを意識しながら作ることが多いです。“たとえ濁った音でも、格好良ければ残したい”といった思いがあるので、それをブラさずにほかの音を乗せていく。ドラムをコンプくさくしたいと思っていれば、そのサウンドありきで作っていくことが多いんです。
——曲は、どのようにしてバンド内で共有していますか?
山田 DAWでフルオケのデモを作ってから、データで共有します。それを各自で自分流にアレンジしていくんです。
⽚⽊ 山田君と私はAPPLE Logic Proを使っているので、プロジェクトを送り合って聴いています。井上君は違うDAWだから、オーディオに書き出して渡していますね。
井上 僕は、曲作りにSTEINBERG Cubaseを使っていて、録音やミックスはAVID Pro Toolsでやっています。
——デモの段階では、ドラムは打ち込みなのでしょうか?
井上 はい。サポート・ドラマーの方々は、その打ち込みドラムを再現するように演奏してくれます。
——ということは、デモ制作の際に、アルバムで聴けるような複雑なドラムを打ち込みで構築している?
山田 そうです。
——手間暇がかかっているのですね……。本チャンの録音を始める前には、ドラマーと共にスタジオへ入って、せーので合わせるのですか?
山田 合わせることもあれば、合わせないままレコーディングを始める場合もあります。ドラムを録ってから僕らの楽器をダビングしていくやり方が、最近では増えてきました。
井上 今回のアルバムでは、ドラマーにドラムレスのデモとクリックを聴きながら演奏してもらって、その録り音に自分たちの楽器をダビングする方法がメインでした。奇麗めに、じゃないですけど、細部まで詰めたサウンドでいきたいねと話していたので、そういう形になったのだと思います。
——ドラムの音は分離が良く、端正に聴こえます。
井上 LAUTEN AUDIO FC-387 Atlantisが要です。ドラマーの頭上辺りに1本立てて、キットの全体像を録音する。あのマイクの音が好きで。もともとは歌録りのメイン・マイクとして購入したんですが、現在は歌だけでなく、楽器にも使っています。まずは高域に癖がなくて良い。削らずに、そのまま使える感じです。また、中域に力強い存在感が出るので、ドラムのふくよかさもしっかり録れる。併用するプリアンプはRUPERT NEVE DESIGNSのPortico 5024です。
——FC-387 Atlantisに各ドラム・パーツのオンマイクを足して音作りしたのでしょうか?
井上 はい。例えばキックにはAUDIO-TECHNICA ATM25とSOLOMON DESIGNのサブキック・マイクSolomon Lofreqを使いました。昨今は、再生機器の周波数レンジが広くなったからか、どんな音楽も低音をしっかりと出している印象です。コンプでつぶしてかさ上げするのではなく、低音の量感を増やして音像を大きく聴かせている。マイクだけでなく楽器そのものも工夫していて、中でもドラマーの橋本現輝君は大口径のキットを持ってきたり、低音がよく出るようにチューニングしたりと、いろいろこだわってくれました。彼はジャズも演奏するので、生音のロー感を好んでいるようなんです。そうやってドラムを録った後は、メンバーが家で担当楽器を録音して、僕に渡してくれました。
⽚⽊ コロナのタイミングで、各自が家で録音できる環境を以前にも増して整えたんです。今回は、それが加速した感がありましたね。
Keyscapeをピアノ音源に選ぶ理由
——山田さんは、ベースの自宅録音にどのような機材を?
山田 SOLID STATE LOGICのオーディオ・インターフェース、SSL 2+の楽器入力にベースを直接つないで録っています。それを井上君が聴いて、リアンプが必要かどうかを判断してくれるんです。
——SSL 2+には、アナログ卓SL 4000シリーズのような色付けを施せるスイッチ“4K”が付いていますよね。
山田 はい、常にオンにしています。4Kを入れると、クリアな感じになるのかな。音の聴こえ方が良くなるという第一印象から、ずっとオンにしっぱなしですね。
——タイミングの編集なども自らDAWで行うのですか?
山田 直せるときは直しますし、井上君に託した方がよいと思うときは何もせずに渡すんです。
井上 あまりにも気になるところは直しますが、基本的にはそのまま使いたくて。ドラムも同様ですね。
——だからアルバムのサウンドには、せーので録ったようなライブ感があるのかもしれません。
井上 あとリアンプによっても、剛がウチのスタジオで演奏しているような感じを出せるんです。マイクは、そのときも ATM25とFC-387 Atlantisをブレンドして使います。でもロックな感じで攻めたい曲では、剛のライン録音をプラグインのアンプ・シミュレーターに通すだけ、という場合もあって。UNIVERSAL AUDIO UADのAmpeg SVT-VR Bass Amplifierに好きなプリセットが入っているから、まずはそれを挿してみるんです。
——片木さんは、どのような環境で自宅録音を?
⽚⽊ ライブのときはROLANDのエレピRD-2000を使っているんですが、自宅ではRD-700GXを弾いてMIDIを録って、そのMIDIデータでSPECTRASONICS Keyscapeを鳴らしています。プリセットから曲に合いそうなものを2~3選んで、書き出してから井上君に渡すんです。ただ、MIDIを録るときはRD-700GXの音をモニターしながら弾いているので、プリセットによっては“自分が演奏していたものと違う……”ってなることがある。だから書き出す前に、MIDIを少しエディットする場合もありますね。
——ピアノ音源としてKeyscapeを選んだ理由は?
⽚⽊ 1つ前のアルバムまではRD-2000やRD-700GXの音源を使っていましたが、もう少しいろいろ試してみようと思い、ググりまくってKeyscapeに行き着きました。音色の種類が多く、鍵盤全般に最も強いと感じたし、ほかの楽器と中音域のすみ分けがしやすいのも購入の理由です。ただ、井上君がTOONTRACK EZ Keysを使っているから、私の用意した音色が曲にハマらなければ差し替えてもらいます。
井上 MIDIのデータも送ってもらうので。とはいえ、希依ちゃんの好きな音色を使うがベストだから、ミックス前の音源に合わせてみて、どの音の聴こえ方が良いのかっていうのを2人ですり合わせるんです。
⽚⽊ MIDIとピアノ音源の併用って、響き単体の美しさよりも、ギターと中音域がぶつかるような場合に音色を選び直せるのが大きいよね?
井上 そうそう。ライブのとき、PAの方から“jizueの音楽は、音がミッドに固まりがちだから難しい”と言われたことがあって。だから音域のバランスに注意しながらアレンジしてきたんですが、MIDIとピアノ音源を活用することで、サウンドのすみ分けがスムーズになりました。もちろん、ガッて団子になってドンって行く瞬間もあるから、奇麗な部分と塊になるところの作り分けがしやすくなったとも言えます。ただ、ピアノはレコーディングのたびに難しいなと思っているんです。僕らの本当に欲しい音って、もっともっと生々しいものだったりするので、やっぱりグランド・ピアノには勝てないな……とか。特に空気感は、ピアノ音源とは全く違いますし。でも音源だから、こんなに細かいフレーズが聴こえるっていうメリットもある。悩みどころですね。
マイクのブレンド具合を場面によって変える
——グランド・ピアノを録ることはあるのですか?
井上 あります。今回は1曲もなかったけど、過去の作品にはグランドを録ったものが結構、多いですね。グランド・ピアノって、設置されている場所でどう響いているかが重要だと思うんです。どこにマイクを立てても良い音で録れるときと、どこに立てても“エレピの方が良くない?”っていうときの両方があるので、場所が大事。個人的には、大阪市立芸術創造館の響きが好きです。マイキングによる音の調整がしやすくて、ワイドにもタイトにもできるし。
⽚⽊ 私も、芸創での録り音はすごく良かったと思います。ピアノ自体の個性からブースの天井高まで、すべてが自分にマッチしていて。
井上 そのときの録音では、NEUMANN U 87のペアをアンビエンスっぽく立てて、AUDIO-TECHNICA AT4050のペアをややオンで、SHURE SM57のペアを最もオンで使いました。何曲か録った後、曲に応じてマイクを選んで音作りしたのが楽しかったですね。あと、一曲の中でセクションごとにブレンド具合を変えるとか。例えば、メロディを立たせたい箇所はオンマイクを大きくするような音作りです。
——マイク録音ならではの音作りの楽しさだと思います。
井上 ドラムであれば、アンビエンス・マイクをよく使うんです。その生々しいサウンドとほかの楽器のギャップを埋めたくて、ドラムの音に近づけるような処理をしたり、同じ場所で演奏している感じにしたりというのは、ミックスでいつも気をつけている部分です。
——エレピ用のリバーブを作り込むような処理ですか?
井上 そうですね。エレピにはUADのルーム・シミュレーターOcean Way Studiosをセンド&リターンでかけて、スタジオの生っぽい空気感をまとわせるのがメインです。その上で、さらに広げたい曲ではもう少し過激なリバーブを追加する。場面によって、異なるリバーブを使うこともあります。
——レコーディングでもミックスでも、こだわりは響きの作り方にあるのですね。
井上 自分のスタジオも、響きにこだわって造っています。木製の拡散材をたくさん入れていて、ダイレクトな反射ではなく、散らばることで響くようにしているんです。あと、こだわったのはケーブル。BELDEN 8423に自らプラグを付けて作ったもので統一しています。ケーブルの“向き”もそろえているし、パッチ・ベイまでじかに引き回せるようにしたから、やっぱり音がめちゃくちゃ良くなったと思う。1つ1つがくっきり録れるようになって、EQの頻度が減りました。引き回しの距離は10mくらいだと思います。
——スタジオは、一般にも開放しているのですか?
井上 あまり宣伝していないんですけど、親しい方々に使ってもらっているので、今はそれで精一杯という感じです。あと、身内だけで回していけるならその方が良いと思っているし、jizueの制作が増えてきているのでバンドのために活用したい。レコーディング業で稼ぐというよりも、jizueの制作を最後まで自分たちで完結させる場所にできればと思っているんです。とはいえ、僕個人としてはレコーディングが大好きなので、これからも格好良いバンドをたくさん録れたらうれしいですね。
——jizueは、これまで海外公演も展開してきましたよね。
井上 コロナ禍があって止まってしまいましたが、再開したいと思っています。
山田 中国や台湾、香港、インドネシア、カナダなど、さまざまな国のステージに呼んでもらっていました。国内でも8月からアルバムのリリース・ツアーが始まっていて、11月23日(木・祝)の新代田LIVE HOUSE FEVERまで全国8カ所を回るので、ぜひ足を運んでいただきたいですね。
Release
『biotop』
jizue
ビクター:VICJ-61791
Musician:井上典政(g)、⼭⽥剛(b)、⽚⽊希依(p)、井上司(ds)、橋本現輝(ds)、komaki(ds)、菱沼大策(ds)、宇野嘉紘(tp)
Producer:jizue
Engineer:井上典政
Studio:deco recording studio、プライベート