蓮沼執太 インタビュー 〜幅広い音楽ジャンルを内包するソロ・アルバム『unpeople』の制作を語る

蓮沼執太 インタビュー 〜幅広い音楽ジャンルを内包するソロ・アルバム『unpeople』の制作を語る

〝音楽家としての可能性〟を制限せず常に新しいことにチャレンジしていきたいです

現代版フィルハーモニック・ポップ・オーケストラ、蓮沼執太フィルの中心人物であり、劇伴や音楽プロデュースなどを数多く手掛ける蓮沼執太が、10月6日にソロ・アルバム『unpeople』をリリースした。ゲストにはジャズ・ギタリストのジェフ・パーカーをはじめ、コーネリアス(小山田圭吾)、灰野敬二、グレッグ・フォックスなどが名を連ねている。同作はテクノ、アンビエント、ジャズ、ポストクラシカル、現代音楽などを幅広く内包し、自由なサウンドワークが耳を引く。この作品の制作回りについて、蓮沼に話を聞いた。

波が打ち寄せては引いていくような曲展開

——ソロ名義のアルバムは2016年『メロディーズ』以来ですが、どのような経緯で再びソロ・アルバムをリリースすることに?

蓮沼 ここ数年間は蓮沼執太フィルをはじめ、ほかのプロジェクトで忙しかったんですが、その合間に少しずつ作りためていた素材がたくさんありました。いつかアルバムとしてまとめたいなという気持ちはあったんですが、そのためにはものすごいエネルギーが要る訳で……。それで、とりあえずシングル単位でリリースしていくうちに3〜4曲たまってきたので、だんだん“これだったらアルバムもいけるかも?”という気持ちになってきたんです。

——全14曲のうち7曲はご自身のみで制作されており、ニューヨークと東京のスタジオで作業を進められたとのことですが、両スタジオの使い分けはどのように?

蓮沼 2018年から2019年末くらいまでブルックリンにスタジオがあったので、そこで素材を作っていました。コロナをきっかけに東京に拠点を移したという流れです。大体の素材をブルックリンで作りためておいて、その後東京のスタジオで組み上げたという感じですね。

——ジェフ・パーカーさんが参加した「Irie」は、メロディックなギターと電子的なテクスチャーが印象的です。

蓮沼 まず僕がオケを作成し、譜面やコンセプト・シートなどは一切付けずに“自由にやってください”と伝えてお渡ししたんです。現在ジェフは西海岸に住んでいるので、ロサンゼルスのレコーディング・スタジオでギターを収録し、そのデータを僕に送ってもらいました。

——ジェフさんからは、何トラックくらい送られてきたのですか?

蓮沼 メインのギター・トラックと、アンビエント系のギター・トラックの2つです。“好きに使ってくれ”みたいなコメントをもらいましたが、僕はAVID Pro Toolsのセッション画面にそのまま貼り付け、それに合わせて自分のオケを調整していったんですよ。

——オケのどういった部分を調整したのでしょうか。

蓮沼 具体的には、パッド系の音をどんどん削除していった気がします。リズムっぽい音は残しました。これはジェフが作ってくれたギターのメロディや、アンビエント系のリフを最も大切にしたいと考えたからです。

——主旋律のギターに耳を傾けていると、いつのまにか曲のセクションが変わっていることに驚きます。

蓮沼 “入り江に波が打ち寄せては引いていく”ように、曲も緩やかに展開していくイメージで作っているんです。いわゆるAメロ/Bメロ/Cメロみたいな構造じゃなくて、AメロからBメロへゆっくり変化し、気付いたらBメロになってるみたいな展開を表現しました。

東京にある蓮沼執太のプライベート・スタジオ。APPLE MacBook Proをメイン・マシンとし、オーディオ・インターフェースはRME Babyface Pro FS、モニター・スピーカーはMUSIKELECTRONIC GEITHAIN RL906を備える。メイン・デスクの上にはアナログ・ミキサーのSOLID STATE LOGIC Sixの姿も見える

東京にある蓮沼執太のプライベート・スタジオ。APPLE MacBook Proをメイン・マシンとし、オーディオ・インターフェースはRME Babyface Pro FS、モニター・スピーカーはMUSIKELECTRONIC GEITHAIN RL906を備える。メイン・デスクの上にはアナログ・ミキサーのSOLID STATE LOGIC Sixの姿も見える

どうなるか分からないドキドキ感がコラボの醍醐味

——「Selves」では、コーネリアスこと小山田圭吾さんが参加されているのもトピックの一つです。

蓮沼 2020年の初め……ちょうどコロナがはやり出す直前に『グランドオープン記念事業 交流プログラム ひらく、つながる 蓮沼執太ライブ 「Shibuya Gathering / Shibuya Difference 渋谷つどい・渋谷ちがい」』というタイトルのイベントに出演したんです。そのときにゲストとして小山田さんも出演されていて、一緒に即興ライブを行ったんですよ。これが意外に良い感じの手応えだったんです。それで、そのときの演奏の録音データがあったので“これを素材に一曲作りたいな”と思い、小山田さんに相談しました。

——完成までは、どのように進んでいったのですか?

蓮沼 まず、僕の方で小山田さんの演奏データに若干アレンジを加えた「Selves」のプロトタイプを作り、それを本人に渡しました。“こんな感じで、あとは自由にお願いします”って……そしたら予想と全然違うギターが乗っかって返ってきたんですよ(笑)。

——「Selves」は、数本のギターが連続的に重なり合いながら展開するような楽曲ですね。

蓮沼 そうなんです。ギター・リレーがあって、たまにパンニングしたり、短い単音がすき間に入ったりなど、小山田さんらしいアプローチになっていたので感動しました。そこから、さらに僕の方でブラッシュアップしていったんです。とは言え、既に空間系エフェクトなどがしっかり施された状態で書き出されており、音も十分にカッコよかったのでそれ以上にこちらで大きくいじったことはなかったです。

——この「Selves」や「Irie」しかり、『unpeople』は全体的にさまざまな音が絡み合うようなプロダクションになっているのが特徴だと感じます。当初は、スタジオでセッションしながら作られたのだと思っていました。

蓮沼 基本的にセッションはしていないです。ステム・データに書き出してやり取りする中で、今回のような作品が生まれています。やり取りは何往復もしているので、ステム・データを元にした“やり取りセッション”とも言えますね。「Selves」に関しては、おそらく小山田さんはセッション上のオーディオ波形を見て、“ここに音を入れられそうだから一発録ってみるか”みたいな感じでアレンジしてくれたんだろうなと想像します。

——ちなみに蓮沼フィルの作品の場合は、基本的に蓮沼さんが曲を書いて演奏してもらうという流れですよね?

蓮沼 そのパターンですね。今作ではジェフや小山田さんのケースみたいに“どういうアレンジになるのか、返ってくるまで分からないドキドキ感”というのが新鮮でした。そのドキドキ感がやっぱりコラボレーションの醍醐味かなって僕は思っていて。なので相手からアレンジが返ってきたときに、“いや俺だったらこうする”って言って無闇にエフェクトをかけたり、フレーズを変えたりなどはあまりしていないです。「Vanish, Memoria」だけは割とスコアを書きました。

——「Vanish, Memoria」には、ドラマーのグレッグ・フォックスさんとギタリストの⽯塚周太さんが参加しています。

蓮沼 しっかりとスコアを書いた中でも、“ここはグレッグの好きなようにたたいて”みたいなセクションを設けてあります。4パターンくらい送られてきた中で、一番良かったテイクをエディットして使っていますね。

——この曲ではグレッグさんのたたく生ドラムと、リズム・マシンが交互に登場しますよね?

蓮沼 そうですね。もともとデモの段階では生っぽい音色のドラムと、デジタルな音色のドラムの2種類を入れていて、グレッグには前者をたたいてもらうように伝えていました。構成としては、その時点から“生ドラムとリズム・マシンが移り変わる”というイメージがあったんです。

——シンセの音色はビンテージ感があり、非常に魅力的です。この曲では、どのような音源を使用されたのでしょうか?

蓮沼 シンセはEMS Synthi AやSEQUENTIAL Prophet-6、RHODES Chroma、LABORATORIO ELETTRONICO POPOLARE LepLoop、BUCHLA Music Easelなどです。リズム・マシンにはELEKTRON Analog Rytm MKIIやROLAND TR-808などを使っています。Analog Rytm MKIIは、サンプリング機能を搭載しているので重宝しますね。これらは、今作のメインとなる音源です。

ラックの最上段にはSEQUENTIAL Prophet-6がスタンバイ。その下段にはデジタル・モジュラー・シンセのNORD Nord Modular G2、モジュラー・シンセのMAKE NOISEやMUTABLE INSTRUMENTSなどを格納したユーロラック、そしてアナログ・シンセのARP Odysseyを配置する

ラックの最上段にはSEQUENTIAL Prophet-6がスタンバイ。その下段にはデジタル・モジュラー・シンセのNORD Nord Modular G2、モジュラー・シンセのMAKE NOISEやMUTABLE INSTRUMENTSなどを格納したユーロラック、そしてアナログ・シンセのARP Odysseyを配置する

シンセサイザー/シーケンサーのLABORATORIO ELETTRONICOPOPOLARE LepLoop

シンセサイザー/シーケンサーのLABORATORIO ELETTRONICO POPOLARE LepLoop

リズム・マシンのROLAND TR-808

リズム・マシンのROLAND TR-808

デジタル然とした質感が一周二周して面白い

——今作のために導入した機材や音源はありますか?

蓮沼 東京に帰ってきてからChromaとLepLoop、あとデジタル・モジュラー・シンセのNORD Nord Modular G2を購入しました。特にChromaはほとんどの曲で使っています。Nord Modular G2は、専用のエディター・ソフト上で好きなようにシンセサイズできるんです。オシレーターを何個も追加できるし、エフェクト・モジュールも内蔵しているので自在な音作りを楽しめます。約20年前のAPPLEコンピューターをそのまま取ってあるので、それで専用のエディター・ソフトを起動して使っているんです。

『unpeople』制作の際に導入したというアナログ・シンセ、RHODES Chroma(写真下段)

『unpeople』制作の際に導入したというアナログ・シンセ、RHODES Chroma(写真下段)

——アナログ・シンセを多く所有されている蓮沼さんにとって、デジタル・シンセは珍しいのでは?

蓮沼 そうなんです。30代の頃からアナログ・シンセを購入しはじめましたが、デジタル・シンセに関してはこれまで取り入れてこなかったんです。そこでいろいろ調べたところ、Nord Modular G2に出会いました。ソフト上でパッチングできるのがユニークで、“ほかと違うな”と感じたんです。音に関しては、そのデジタル然とした質感が一周二周して面白いと思い、今作で取り入れてみました。主に「Emergence」のシーケンスに使っています。

「Fairlight Bright」で活用したデジタル・シンセ、FAIRLIGHT CMI Series III。九州大学に保管されているものを使用し、同作に収録したという

「Fairlight Bright」で活用したデジタル・シンセ、FAIRLIGHT CMI Series III。九州大学に保管されているものを使用し、同作に収録したという

——蓮沼さんの音に対するこだわりやセンスが、『unpeople』に凝縮されていますね。

蓮沼 “音楽家としての可能性”というものを制限せずに活動してるつもりです。なので、もっともっと新しいことに毎回チャレンジしていきたいですね。

Release

『unpeople』
蓮沼執太
Virgin Music Label & Artist Services:POCS-23037

Musician:蓮沼執太(syn、perc、prog)、ジェフ・パーカー(g)、コーネリアス(g)、灰野敬⼆(g、fl、prog)、 グレッグ・フォックス(ds)、コムアイ(voice)、新垣睦美(vo、breath、sanshin)、⽯塚周太(g)、⾳無史哉(sho)
Producer:蓮沼執太
Engineer:蓮沼執太、葛西敏彦
Studio:プライベート、Place Kaki、GOK SOUND、Sholo、3-D、ATLIO、Te、RDS、JUJUMO SOUND WORKS、ほか

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