音楽には正解も不正解もないので、自分らしい音楽を表現することが一番だと考えています
“NEO -ニュー・エキサイト・オンナバンド”とうたいグローバルに活躍する4人組のCHAIが、日本限定EP『ジャジャーン』を1月18日に発売した。5曲入りの同作は2022年にリリースしたシングル4曲に、新曲「ラブじゃん」を加えた内容で、AOR/ディスコ/ファンク/シティポップといった音楽を現代の視点で昇華したようなサウンドとなっている。ここではボーカル&作曲を担うマナ(写真中央左)とカナ(同右)にインタビュー。後半では、収録曲5曲のうち3曲のアレンジとミックスを担当したシンガー・ソングライター/マルチインストゥルメンタリストのスクーバート・ドゥーバートに、音作りの話を伺った。
滞在先のホテルでデモを録ったんです
ー普段、どのように音楽制作をしていますか?
カナ ガレバン(APPLE GarageBand)っていう音楽制作アプリをAPPLE iPhoneにインストールして使っています。マナと一緒にテンポを決めたり、コードやメロディ、ドラム・パターンなどを考えたりして、曲のデモを作っていくんです。ある程度完成したら、それをアレンジの要望や参考となるリファレンスと併せてアレンジャーに送るという流れですね。
マナ ギターを弾きながら鼻歌を歌ったり、宇宙語(適当な言葉)で歌ったりして、良いメロディが生まれたらGarageBandにどんどん録音していくんです。
ーマイクは、iPhoneの内蔵ものですか?
カナ いいえ、SHURE Beta 58Aです。バンドを始めたばかりの頃、ライブ・ハウスでBeta 58Aを使ったら声の通りが良くなった経験があって……。それ以来、Beta 58Aは自分らの声に合うマイクだという認識があるので、デモを録るときにも活用しているんです。
マナ Beta 58Aを、オーディオ・インターフェースのIK MULTIMEDIA IRig Pro Duoに接続して使っています。IRig Pro Duoは、コンパクト・サイズなので持ち運びにめっちゃ便利。ツアーの際に持っていって、旅先のホテルで使うことが多いですね。今回のEPに収録された「ラブじゃん」も、去年の中南米ツアー中に滞在したホテルで録ったんですよ。iPhoneとIRig Pro Duo、Beta 58A、ギター、そしてケーブルさえあれば、どこでもデモを作れます。
ーモニターは、何を使っていますか?
カナ イアフォンです。SHURE SE425、これ最強。
マナ たまにライブのイアモニでも使います。
カナ&マナ 音がめっちゃいいんです! あ、カブった(笑)
ーヘッドフォンではなく、イアフォン派なんですね。
カナ そうですね。ヘッドフォンは普段音楽を聴くときに使いますが、音楽制作のときはイアフォンです。
マナ 爆音で聴いても周囲に音漏れしないのと、音が鼓膜へダイレクトに届く感じが好きなんです。曲が完成したときは、ヘッドフォンで確認するんですけど。
ーヘッドフォンは何を?
カナ ワイアレス・ヘッドフォンのSONY WH-H910N。ノイズ・キャンセリング機能が付いていて、これも音質がいいです。ミックスの最終チェックも、これで聴いています。
日本人としての個性を大切にしたい
ー今作『ジャジャーン』は、2021年のアルバム『WINK』よりも全体的にキャッチーなメロディ・ラインや親しみやすいコード・ワークが増えたように思います。
カナ そうですね。みんなが歌えるようなメロディを強く意識したのと、コードもキャッチーな感じにしました。特に「ラブじゃん」は、そういった“日本らしさ”を意識していますし、初めてCHAIが日本向けに作った曲なんです。歌詞も全部日本語にしたのは、この曲が初ですね。
マナ 作曲という点においては、Kポップの要素を入れることも若干意識しています。また普段から参考にするのは、スパイス・ガールズ「ワナビー」です。最初はラップから入って、次は歌になって〜という曲構成が分かりやすくて。
カナ 「ワナビー」は世界が認めるポップスなので、私たちの中では一つのお手本だと考えているんです。
ー日本らしさを意識した理由は?
カナ 日本人として生まれてきたからには、その個性を大切にしたいと思ったからです。世界を見た上で、私たちらしさというのはやはりそこにあると感じるので。日本らしい、歌いやすいメロディを作ることを心掛けました。
ー「ラブじゃん」の冒頭のAメロでは、トラップ・ミュージックでよく聴くラップの歌い回しが登場しますよね。
カナ そこはKポップからインスピレーションを得て作りました。もともとラップがめっちゃ好きで、ビースティ・ボーイズやCSSとかからも強く影響を受けているんです。CHAI自体のルーツはニューウェーブ・パンクにあるんですけど。
キラキラしすぎた部分を調整した
ー今作では、スクーバート・ドゥーバートが裏方として活躍されていますが、どのような経緯があったのでしょう。
マナ 最初は、Spotifyの“New Music Friday”というプレイリストでスクーバートの曲を見つけたんです。彼が作る曲調や音質がめっちゃタイプだったので、InstagramからDMしました。
カナ そしたら“一緒に曲を作ろう”っていう話になって、それで初めてアレンジをお願いしたのが「まるごと」だったんです。彼のアレンジを聴いたとき、めちゃくちゃ“音の趣味”が合っているなと感じました。
ー“音の趣味”とは、具体的にどのような?
カナ 言葉で説明するのが難しいんですけど、どちらかというと狭い空間の中で、少しチープかつ少しキラッとしている。それでもって、低域の効いたサウンドです。
マナ ドラムが大きい空間で鳴ってない……例えるなら、フェスでDJが流しているような派手なダンス・ミュージックの逆を行くようなイメージです。
カナ スクーバートって日本のアニメや音楽が好きで、日本語も少ししゃべれるんですよ。だからすぐに仲良くなれて。
マナ 1990年代の日本の曲に詳しかったりしますね。例を挙げるとすると、TVアニメ『幽☆遊☆白書』のオープニング曲「微笑みの爆弾」とか(笑)。
カナ 彼は、日本の曲の“こういう感じ”っていうニュアンスをすごく分かってくれます。特徴をよく知っているから、アレンジだけでじゃなく、ミックスまで任せられたんです。今、LAはシティポップ・ブームなので、竹内まりやとか山下達郎、大滝詠一とかあの辺りの音楽もよく聴いていると思います。
ーCHAIからスクーバートには、どのようなオーダーをしたのですか?
カナ 最初にアレンジが返ってきたときはサウンドがキラキラしすぎていたので、そこを調整していきました。具体的には上モノとビートですね。上モノに関しては、例えばシンセの音色を別のものに変えてもらうという感じです。
ービートに関しては?
カナ イケイケすぎたので、ドラム・パターンを変えてもらいました。もともと4つ打ちが気持ちいい曲だったんですが、あえて一部分だけにしてもらって。あとグルーブが前ノリ気味だったので、それを裏拍寄りにしてもらったり、こちらから送ったギターのリズムにビートのグルーブを合わせてもらったりなどです。
マナ 伝えたとおりの内容が返ってくるので、スクーバートはビート・メイキングがすごく上手だと思います。
TELEFUNKEN AR-51でボーカルを録音
ー今作では、スーパーオーガニズムとのコラボ曲「HERO JOURNEY」も、トピックの一つですね。
カナ 何年か前、彼らのUKツアーに参加したときに仲良くなりました。そのときから“一緒に曲を作りたいね”って言っていて、今回実現したんです。
マナ スーパー(スーパーオーガニズム)の音が大大大好きなので、ぜひアレンジまでお任せでやってほしいって、ボーカルのオロノに相談したんです。
カナ 期待通りのアレンジが返ってきましたね。ディズニーランドのエレクトリカル・パレードみたいな(笑)。
マナ 全体的に音数が多めで、シンセ・ベースやギター、ドラムはうるさいけど、うまくまとまっている。スーパーにしか出せない独特なサウンドなんです。
ーボーカルの本番レコーディングについては、Endhitsで行ったと伺いました。
カナ はい。日本だとEndhitsさんで録ることが多いです。マイクは、曲に合わせてエンジニアさんがチョイスしてくれて、今回はTELEFUNKEN AR-51を多用しました。
マナ 曲にもよりますが、CHAIは大人数で歌っている感を演出することが多いんです。なので、あえてマイクから離れて歌ったり、近くで歌ったり、ブレスを多めに入れたり、カナと一緒に歌ったりすることがあります。最終的にそれらを重ねてボーカルを分厚くするんです。
カナ トム・トム・クラブとか、大人数で歌っているアーティストに影響を受けているからだと思いますね。
マナ ボーカルは、パッと聴いてCHAIだと分かるようにすることが大事だと思っているので、大勢な感じや声質といったところに個性が出るようにしているんです。
ー今後も世界的な活躍が楽しみですね。
カナ 現在新しいアルバムを作っていて、こっちはより世界標準の作品になりそう。アメリカの音楽プロデューサーを起用していて、今っぽいサウンドになると思います。
マナ 音楽には正解も不正解もないんです。なので、自分らしい音楽を作ることが一番だと考えています。これまでに影響を受けてきた音楽を振り返り、組み合わせることで個性を作り上げてきました。これをやれば、誰でも唯一無二の個性を見つけることができると思います。
スクーバート・ドゥーバート 〜ハイパス/ローパス・フィルターで曲展開にコントラストを付けている
生ドラムと打ち込みのドラムをミックス
ー彼女たちからオファーがあったとき、どのような印象を受けましたか?
スクーバート CHAIは自分の大好きなバンドの一つだったのでとても興奮したよ。彼女たちはパッションやエナジーを音楽に詰め込んでいる。自分が彼女たちの曲にかかわれると聞いてとても素晴らしいことだと思ったね。幸いなことに、CHAIの音楽の好みと自分の好みが同じだったんだ。だから一緒に音楽を作る上では、とてもやりやすかったよ。
ー日本の音楽にも詳しいようですね。
スクーバート 10代のころからJポップやJロックを聴いている。きっかけは日本のアニメだった。それからSpotifyでいろいろ検索して詳しくなった。日本の曲はシンセのメロディやハーモニー、コード展開がユニークだね。
ー『ジャジャーン』において工夫したところは?
スクーバート ドラムの音色とグルーブだと思う。僕はCHAIのメンバーであるユナのドラミングが大好きなんだ。だから、彼女のドラムと僕の打ち込みのドラムをミックスして新しいドラムを作り上げた。まずは打ち込みドラムだけでアレンジを決めて、そのあとに生ドラムの音を組み合わせたんだ。これは楽しいチャレンジだったよ。ハイパス・フィルターで生ドラムのローエンド成分をカットし、そこに打ち込みドラムのローエンドを重ねたんだ。エレクトリックに聴こえないよう、バンド・サウンドとして成り立つようにドラムの音色を調整して、グルーブも生っぽくした。
ー確かに「ラブじゃん」に登場するドラムは、生ドラムと打ち込みの中間のような音色で、リズム・パターンもユニークですね。
スクーバート あのドラムは、もともとデモにあった彼女たちのメロディを発展させて作った。強力なシンコペーションがフックとなるドラムになったよ。
8kHz以上の空気感は必要ないんだ
ースクーバートさんの作る音像からは、広すぎないレンジ感と温かみを感じました。
スクーバート 僕は各セクションでハイパス/ローパス・フィルターを使い分けている。これらでセクションごとにコントラストを付けているんだ。ハイファイ・サウンドを演出するには、ローファイ・サウンドの部分を作る必要があるということさ。白と黒のコントラストがあるからお互いが引き立つようなものだよ。ちなみにローパス・フィルターは8kHzに設定している。それ以上の空気感は必要ないんだ。
ーサチュレーション系のプラグインは使っていますか?
スクーバート よくぞ聴いてくれたね(笑)。僕はテープ・レコーダー・サウンドの大ファンで、高域をEQで調整する代わりにサチュレーション・プラグインを使うんだ。これがポイントさ。EQでやるとオールドスクールな音になりすぎる。今っぽいローファイさが欲しければ、サチュレーションだ。僕が好きなのはGOODHERTZ TupeやUNIVERSAL AUDIO Studer A800 Tape Recorderだね。マスターには、MP3ファイルにしたときのような音質劣化を手軽に再現できるGOODHERTZ Lossyを挿している。これですべてのサウンドを一時的に悪化させることができるんだよ(笑)。そこから良い音にすることで、大きなインパクトをリスナーに与えられるんだ。
ーこのほか、スクーバートさんなりの音作りの秘けつは?
スクーバート 順番だ。まずは自分の衝動や直感に従って音作りをして、最後に冷静になって細かい部分にこだわるという流れがベストなんだ。この順番が逆だとインスピレーションを逃してしまうかもしれないし、自分が本当にやりたかったことを逃してしまうかもしれないからね。
Release
『ジャジャーン』
CHAI
ソニー:SICX-184
Musician:マナ(vo、k)、カナ(vo、g)、ユウキ(b、cho)、ユナ(ds、cho)、Wakana Ohno(tb)、Saki Watanabe(tp)、Orono Noguchi(vo)、マーク・ターナー(syn)、ティモシー・シャノン(syn)、クリストファー・ヤング(g)
Producer:CHAI、スクーバート・ドゥーバート、Toru Matsumoto
Engineer:今本修、Daisuke Takizawa、スクーバート・ドゥーバート、神戸円、古屋俊介、スーパーオーガニズム
Studio:Micasa、Endhits、FOFTOO Sound lab.、スーパーオーガニズム