エンジニアリングがアレンジの一部……BREIMENと佐々木優による『FICTION』の音像

エンジニアリングがアレンジの一部……BREIMENと佐々木優による『FICTION』の音像

高木祥太(b、vo/写真中央)、サトウカツシロ(g/同左から2番目)、いけだゆうた(k/同左)、ジョージ林(sax/同右から2番目)、So Kanno(ds/同右)の5人組=BREIMEN(ブレイメン)。ファンクやマージナルなフュージョン、プログレなどを感じさせるユニークな音楽性を有し、各メンバーがプレイヤーとして独立した活動をしていることからも、高い演奏力で聴く者を魅了する。実験的な2ndアルバム『Play time isn’t over』に続き昨年リリースした3rd『FICTION』では、エンジニア佐々木優氏との結束を強め、バンド・サウンドとエンジニアリングの高度な融合を実現。アナログ盤を準備中の本作について、プロダクションの視点から高木と佐々木氏に話を聞く。

プリプロからエンジニアが参加する意味

BREIMENは普段、どのような環境で曲作りを?

高木 俺の両親がミュージシャンで、横浜に防音室を持っているんです。1stと2ndは、そこにバンドで集まって制作しました。ドラムも、小口径なら鳴らせるので。でも、今回の『FICTION』はプリプロから優さんと一緒だったから、防音室はあまり使わなかったです。

その防音室は、もしかしてYouTubeのBREIMENチャンネルに登場する部屋ですか?

高木 はい。「ROOM SESSIOONe」という動画に出てくる部屋で、APPLE Logicがあります。でも俺、本当にサンレコに出ていいのかってくらい、機材や楽器に疎くて。こだわりだって全然ないし。例えばオーディオI/Oも、インプットの数が多いという理由だけで、ROLANDのOcta-Captureを友達から借りて使っています。バスドラとトップのL/R、ギター、ベース、サックス、鍵盤L/Rの計8chを同時に録れるから、せーのがスケッチ的にできるんです。

ということは、1stと2ndの制作では、プリプロのみを自分たちで行ったのでしょうか?

高木 2ndの中に「noise」という曲があって、それは俺が分からないなりにマイキングして本チャンを録りました。だから素材は全部、家で録ったみたいなものなんですが、優さんがミックスしてくれたんです。

佐々木 あの曲のミックスから、一緒にやりはじめたよね。

『FICTION』では、プリプロから佐々木さんが参加しています。収録曲を聴いていると、エンジニアリングがアレンジの一部であるかのように感じられたのですが。

高木 おっしゃる通りです。例えばバスドラ一つにしても、デモだからと言って小口径のをSHURE SM58で録っていたら“何か物足りない”となってシンセ・ベースを足したくなるけど、最初から大口径でサブ帯域も含め録っていたら“全然これで足りるじゃん”と思える。これまでは本チャンで初めてそういう音が録れていたから、録り音に伴ってアレンジがデモの段階から変わっていくという感じでした。その経験があったので、今回は最初から優さんに入ってもらって、プリプロでもある程度きちんとマイキングして……という方法を採ってみたんです。そしたら結果的に、アレンジの仕方が今までとは大きく変わりました。

佐々木 そうだね。音数とかにも結構、影響を与えたし。

高木 良い音で録ると、事足りることが多いんです。アレンジ過多になるのって、もちろん趣味にもよるし、いろんな要因が考えられるけど、そもそも最近のBREIMENは音数を減らす傾向にあって。その流れにおいて、プリプロからエンジニアと組むのはすごく意味があったと思います。

佐々木 バンドが曲を作っている段階から、音数や楽器のレンジ感などに対して意見を言えました。つまり、録音やミックスの際にEQで解決するような方法ではなく、アレンジのときに音のすみ分けを考えることができたんです。

高木 俺もメンバーも、曲作りに没頭している最中は客観性を保てなくなる場合があるんです。そういうときに、優さんはサラッと“オクターブ上げてみたらどう?”みたいな提案をしてくれる。そのままだとEQで下の方を削る必要があるけれど、オクターブ上げることで音の印象を変えずにミックスの中で抜け良くできる。こういうのって、シンプルでありながら意外と見落としがちな部分だと思うんです。

佐々木 僕が制作において意識しているのは、独自のマイキングやミックスの手法を採ることよりも、ミュージシャンとコミュニケーションしつつ、楽器の音作りや演奏の仕方によって仕上がりを良くすることなんです。BREIMENは合宿で曲作りするほどメンバーの仲が良いし、スタッフの方々を含むチームもすごくアットホームで何でも言い合えるような感じだから、腹を割ってコミュニケーションできます。

インタビューの様子。BREIMENのベース/ボーカルでソング・ライターの高木祥太(写真左)とエンジニア佐々木優氏(同右)

インタビューの様子。BREIMENのベース/ボーカルでソング・ライターの高木祥太(写真左)とエンジニア佐々木優氏(同右)

生音でいかに打ち込みに負けない音を作るか

曲作りの実作業は、どのようなところから始まったのでしょうか?

高木 まずは幾つかの制約を設けたんです。デモを作らないとか、クリックを使わないとか、5人以外の音を入れないとか、ソフト音源を使わないとか。例えば「綺麗事」っていう曲では、実機のWURLITZER 200Aを2台、使っていて。“サビはこっちの200Aの方が抜け良く聴こえるよね”となって、平歌とサビで使い分けることにしたんですが、そもそもビンテージ・キーボードだから音に雑味があるじゃないですか? それを、今の音楽では大抵、カットしていくと思うんです。でも、その雑味を生かしたい場合は、逆にほかの楽器を少し引いてみようってなる。こういう発想は、実機を取り入れた制作ならではだなと思って。

だからこそ「綺麗事」は、音数を絞って、200Aの“面積”を広く取ったようなアレンジになっているのですね。

高木 どの曲も、基本的には本チャンで録った素材を使っているんです。プリプロで8割方の音像を作り、本チャンでもう1段、ブラッシュアップするようなやり方でした。

佐々木 ミュージックイン山中湖というスタジオを借りて、合宿体制でプリプロ~本チャンの録音を行いました。何回かのタームに分けて合宿し、個々の楽器の音作り……つまり“曲に合う音”を作るのにすごく時間をかけたんです。妥協は一切ナシで。例えばドラムなら、セクションごとにキットを変えることが多く、結果的に同一のキットで通した曲って、ほとんど無かったと思います。

高木 さっき話した「綺麗事」では、最後のサビからドラムの口径を大きくしてチューニングも変えているんです。ベースも、基本的にはバイオリン・ベースですが、最後のサビからはFENDER Precision Bassにしている。アレンジそのものは変えずに、音色変化だけでクライマックス感を出すようなアプローチですね。

佐々木 祥太君の発案だったよね。祥太君は“自分は機材に詳しくない”って言うけれど、耳がすごく良い。だからコメントが的確なんです。僕が自分で気づかないことも、祥太君がメンバーの意見を聞いて気づいて、曲作りに反映させる場合がある。2ndの制作後、祥太君は“音像”というものに対して、こだわるようになったと思います。“この曲は、こういう音像にしたい”というアイディアが、録る前から頭の中にあって。今回は、それを聞かせてくれたから、イメージに合わせた録り方ができたんです。

高木 中でも「D・T・F」という曲は、音が良いと思う。

ドラムの音色がアーリー90's的でありながら、とてもモダンに聴こえるのが印象的です。録音やミックスの方法に何か秘けつがあるのでしょうか?

高木 アルバムの制作では、和田元気君と功吉の2人のドラム・テックに入ってもらって。2人とも素晴らしいんですけど、功吉は20代前半で、やっぱりセンスが若いというか新しいんです。「D・T・F」は功吉の担当ですね。

どういった部分で“センスが新しい”と?

高木 狙っている音にドラマーのSoちゃんにも無い発想があって。若い世代には、ヒップホップやダンス・ミュージックのドラムの音色が根付いている気がするんです。もちろんSoちゃんも、エレクトロニックなドラムの音をよく知っているわけですが、功吉はトラックものをより多く聴いてきているから、“生音でいかにトラックに負けない硬い音を作るか”が、すごく得意で。

佐々木 ドラム・テックのお二方も、コミュニケーションが取りやすいです。僕はマイクやプリアンプを変えるより、ドラムのチューニングとかキットを変更する方向で音作りするので、テックの方の存在が重要で。チューニングを変えるのが良いのか、楽器を変えるのが良いのかはテックのほうでジャッジして、僕の考えに近づけてくれます。

高木 俺らが“ドラム・キットを変える”ってなると、4キットくらいフルで試すんですよ。しかも、各キットのチューニング違いまで試すから、本当にあり得ないくらい時間をかける。ただ、どの楽器も、最終的にはそれぞれのプレイヤーのやりたい音に任せます。Soちゃんにしても、その考えを汲んで妥協することなく取り組んでくれました。

Recording Session@ミュージックイン山中湖

So Kannoのドラム録りの様子。AUSTRIAN AUDIO OC818×2(トップ)、AKG C451B(ライド)、NEUMANN KM 84(ハイハット)、SHURE SM57(スネア、キット手前)、JOSEPHSON E22S(スネア)、D112 MKII(タム、フロア・タム)、NEUMANN U87(キック外)、SENNHEISER E902(キック中)、AUDIO-TECHNICA ATM25(キック中)、ROYER LABS R-122 MK2×2(ルーム)、AEA R88A(ルーム)などのマイクが見える。写真右下にあるのは、高木祥太がベースを録る際に使ったトークバック・マイク

So Kannoのドラム録りの様子。AUSTRIAN AUDIO OC818×2(トップ)、AKG C451B(ライド)、NEUMANN KM 84(ハイハット)、SHURE SM57(スネア、キット手前)、JOSEPHSON E22S(スネア)、D112 MKII(タム、フロア・タム)、NEUMANN U87(キック外)、SENNHEISER E902(キック中)、AUDIO-TECHNICA ATM25(キック中)、ROYER LABS R-122 MK2×2(ルーム)、AEA R88A(ルーム)などのマイクが見える。写真右下にあるのは、高木祥太がベースを録る際に使ったトークバック・マイク

いけだゆうたのピアノ録りのシーン。写真奥から手前にかけてJZ MICROPHONES BH-1、AUSTRIAN AUDIO OC818、NEUMANN KM 184という3種類のマイクが、それぞれペアで設置されている

いけだゆうたのピアノ録りのシーン。写真奥から手前にかけてJZ MICROPHONES BH-1、AUSTRIAN AUDIO OC818、NEUMANN KM 184という3種類のマイクが、それぞれペアで設置されている

ワークステーション・シンセKORG Nautilus(73鍵)では、プラックやパッド、ベースなどの音色が演奏された

ワークステーション・シンセKORG Nautilus(73鍵)では、プラックやパッド、ベースなどの音色が演奏された

“素材作り”から実体験することの大きさ

ドラムに関しては、「チャプター」のキックも印象深く、生音へサンプルをレイヤーしたように聴こえます。

高木 生のバスドラをワンショットとして録音し、キットの録り音に合わせて貼り付けていきました。Spliceとかでサンプル・キックを入手すれば一瞬で済んだと思いますが、今回は“5人の音だけで”という制約があったので、ワンショットから自分たちで作ってみようと。“過程を経るか経らないか”って、結構大きいと思うんです。今、すごく便利な時代で、ネットで調べたら何でも出てきますよね。でも昔の人たちは、いろんなものを自力で作っていました。便利さを活用するのは全然いいと思うんですけど、今回のアルバムで各工程を実体験したことにより、今後Spliceを使うときにも接し方が変わってくる気がしていて。

佐々木 ワンショットは、いろんな録り方をしたよね。キックを大太鼓みたいに演奏して録音したり。

高木 うん。みんなでバスドラを持ち上げて、ドン!ってたたいたりね。

録音の段階から実験的な試みが満載だったのですね。

佐々木 レコーディングの後、ミックスという名目で集まってポスプロをしたんです。僕は、事前に多少バランスを取った状態のミックスを持っていきましたが、祥太君以外の4人にもアイディアがあったので、1曲につき丸2日くらいかけて試して、曲に最も合う形へ落とし込みました。プリプロとレコーディングでかなり詰めていたのに、ポスプロでさらにもう1段、ブラッシュアップする作り方だったんです。

奏者1人でホーン隊を再現するような録り方

ミックスでの音作りについては、先述の「チャプター」のボーカル・サウンドが興味深いです。不思議なステレオ・イメージですが、どのようにして処理したのでしょう?

高木 声を広げる場合、ダブラーをかけると左右のいずれかが先に発音してしまうことがあって。すると、それぞれの聴感上の音量が同じでも、先に発音する方が大きく聴こえて“少し右に偏っている”みたいに感じられるんです。そこで、先に発音するチャンネルを1小節ごとに切り替える、という方法を採ってみました。これにより、一時的に右へ偏って聴こえていても、通しで聴くと偏りが気にならなくなるなと。

佐々木 結局はダブラーを使わず、ボーカル・トラックを複製し、それぞれを左右に振ってから“こっちのトラックが早い”というのを1小節ごとに手動で設定しました。あと、定位と言えばBREIMENではパンをよく使っていて、楽器のすみ分けを図る目的で動かすこともあるんです。一曲の中でスネアを動かしたり、上モノやボーカルを動かしたり。オートメーションを書くこともあれば、トラックを分けて新たに定位を設定することもありましたが、オケが混雑していたら定位で解決してみようという発想がありました。

高木 さらに、今回は音の距離感にも着目しました。例えば「D・T・F」のサックス録音では、オンマイクとともにルーム・マイクを設置し、そのルーム・マイクに対して演奏者がどこに立つかで録り音のバリエーションを作ったんです。

佐々木 立ち位置によって、ルーム・マイクへの音の乗り方が変わりますからね。

高木 ホーン隊がいたわけではなく、林さんが1人で吹いていたから、立ち位置を変えつつバリトンやテナーなど何種類かのサックスを録音しました。そしたら、ラフ・ミックスの段階で結果が良くて。例えばサビは、アコギがめちゃくちゃ近くてサックスには奥行きがあり、シンセがサックスとは違う空間の上の方で鳴っている感じです。全部がリバービーなのではなく、むしろタイトなんだけど、すごく空間を感じさせる音像になったと思います。

バンドとエンジニアが一体となって作り上げたのが、『FICTION』というアルバムですね。

佐々木 今回で、理想的な作り方が見つかったと思っています。プリプロからミュージシャンと一緒にいて、思ったことは何でも言い合いながらやっていける関係性。その関係性とともに、時間も予算も潤沢に必要だったわけですが、ありがたいことに『FICTION』で実現させてもらえました。

高木 海外ではエンジニアがプロデューサーを兼ねることがありますよね。俺らはバンドだし、優さんをプロデューサーと呼ぶところまでは行っていないにせよ、確実に“エンジニア以上”のことをやってくれていると思います。メンバーの1人という感覚ですね。もう次作を一緒に作りはじめているので、どんな仕上がりになるのか自分たちも楽しみです。

高木祥太(写真左)とエンジニア佐々木優氏(同右)

Plug-ins for the mixing

「チャプター」の冒頭から登場する美しいアンビエンス音は、ギターで作られたもの。ミックスにおいて広い面積を占めるように聴こえるが、DEVIOUS MACHINES Duckでダッキングすることで、ほかの音とのすみ分けを図っている

「チャプター」の冒頭から登場する美しいアンビエンス音は、ギターで作られたもの。ミックスにおいて広い面積を占めるように聴こえるが、DEVIOUS MACHINES Duckでダッキングすることで、ほかの音とのすみ分けを図っている

「チャプター」のサビのボーカル・トラック。LchとRchに振り分けて処理し、ステレオ・ワイドな音像を作っている。画面に立ち上がっているのは、Lch側に挿したSOUNDTOYS EchoBoy(エコー)とAVID Trim(ボリューム・コントロール)

「チャプター」のサビのボーカル・トラック。LchとRchに振り分けて処理し、ステレオ・ワイドな音像を作っている。画面に立ち上がっているのは、Lch側に挿したSOUNDTOYS EchoBoy(エコー)とAVID Trim(ボリューム・コントロール)

「D・T・F」のシンセ・コードに距離感を持たせるために使ったLEAPWING AUDIO Stageone。ステレオ音像の調整用プラグインで、広がりや奥行きをコントロールできる

「D・T・F」のシンセ・コードに距離感を持たせるために使ったLEAPWING AUDIO Stageone。ステレオ音像の調整用プラグインで、広がりや奥行きをコントロールできる

PLUGIN ALLIANCE Schoeps Mono Upmixは、「D・T・F」のコーラスに距離感を与える用途で活用。モノラル信号からステレオ信号を生成できるプラグインだ

PLUGIN ALLIANCE Schoeps Mono Upmixは、「D・T・F」のコーラスに距離感を与える用途で活用。モノラル信号からステレオ信号を生成できるプラグインだ

Release

『FICTION』
BREIMEN
Bu-Label/SPACE SHOWER MUSIC:PECF-3272

Musician:高木祥太(b、vo、compose、lyric)、サトウカツシロ(g)、いけだゆうた(k)、ジョージ林(sax)、So Kanno(ds)
Producer:BREIMEN

Engineer:佐々木優、Tomomi Ogata
Studio:ミュージックイン山中湖、STUDIO Dede、ソニー・ミュージックスタジオ、STUDIO DYSS、FORSTA、CASINO Studio

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