高谷史郎 「CHROMA」ついに東京公演が実現!

京都を拠点とするパフォーマンス集団ダムタイプの創設メンバーであり、個人名義でも映像やインスタレーション作品を作り続けているアーティスト、高谷史郎。2007年に坂本龍一とコラボしたインスタレーション作品「LIFE – fluid, invisible, inaudible…」、2010年に“霧の彫刻家”中谷芙二子と「CLOUD FOREST」をそれぞれ山口情報芸術センター(YCAM)で制作。また、2013年末には活動の原点となる写真と映像を集めた個展「高谷史郎 明るい部屋」を東京都写真美術館にて開催したほか、間もなく京都で始まる「KYOTOGRAPHIE」でも坂本龍一、クリスチャン・サルデと作り上げたインスタレーション「PLANKTON 漂流する生命の起源」を発表する。そんな彼がディレクションをしたパフォーマンス作品「CHROMA」が、5月21日(土)、22日(日)の2日間、東京・新国立劇場 中劇場で上演されることが決定し、4月9日(土)からチケット販売が開始される。この作品は2012年9月に滋賀県立芸術劇場 びわ湖ホール中ホールでの初演後、2014年の札幌国際芸術祭で再演されており、今回、待望の東京公演が実現するというわけだ。高谷にとってはダムタイプ「Voyage」以来となった舞台作品で、また音楽をサイモン・フィッシャー・ターナーが担当したことでも大きな話題を集めた。東京公演の成功を祈り、初演当時サウンド&レコーディング・マガジンで行った高谷をはじめとするスタッフへのインタビューを再構成して転載することにしよう。

その場でできた音を使うターナー流の音楽制作

高谷は「CHROMA」に先立つ作品「明るい部屋」では、通常の劇場とは異なるスペースでの上演を行っており、当初は“劇場で普通に上演できるような作品”には乗り気ではなかったという。

「ずっと自由に使えるスペースで作っていただけに、劇場用となるとどうしても額縁的というか、一方向からしか見ることのできない作品になってしまうので……。でも、実際に制作を始めてみると、やっぱり劇場って作品を作りやすいんですね。紗幕をつるしたいと言えばすぐにやってもらえるし、最終的にまとめていく段階になるとすごく作業が速いんですよ」

冒頭にも記したように、本作はサイモン・フィッシャー・ターナーが音楽を担当することでも注目された。高谷はその起用についてこう語る。

「もともと映画監督のデレク・ジャーマンをすごく尊敬していたので、その映像に付けられたサイモンの音楽も大好きだった。サイモンと初めて会ったのはダムタイプが1998年にロンドンで「OR」を上演したとき……見に来てくれていて、“いつか一緒にやろう”と言っていたんです」

コラボレーションが実現したのは初めてだったものの、実はサイモンはダムタイプのパフォーマンス作品に少なからぬかかわりがあった。1994年初演の「S/N」に彼の音楽が使われていたし、1999年初演の「memorandum」ではパフォーマンス中に使うためのボイスを提供していたのだ。

高谷史郎(写真右)と音楽を担当したサイモン・ターナー

サイモンは「CHROMA」制作のために2012年の1月に来日、びわ湖ホールでの滞在制作を高谷らのチームと行った。

「10日ほど滞在してくれて、中ホールで一緒に制作をしたんです。ROLANDのハンディ・レコーダーを持ってきていて、とにかくいろんな音を録りまくるんですよね……トイレの音とかピアノを移動するときの音とか。パフォーマンスのシーンを見ながら、ここで何か必要だなって思ったら録音してばーっと入れてくれる。サイモンが言うには“その場でできた音っていうのが、その場のものだから”。もちろん、彼がもともと持っていた素材もいっぱい使っています。カルテットを録った音とかいろんな素材を探して合うものを並べていく。とても楽しい感じで作業は進んでいきました」

中ホールにはサイモンのためにブースが組まれ、制作用のコンピューターが設置された。ソフトはABLETON Liveを使用し、素材を編集してシーンに合わせていったという。その作業をアシストしたのが原摩利彦。京都を拠点に活躍するアーティストで、「明るい部屋」上演の際もオペレートを務めていた人物だ。

「“カインド・オブ・デュオ”とサイモンが言ってくれています」と原が語るように、サイモンの滞在時のみならず、離日してからもやり取りを続け、二人三脚のように最終的な構成を作り上げたという。

「2012年1月に行った公開リハーサルのときに、サイモンはLiveを使ってリアルタイムでさまざまなクリップを再生していたんですけど、それを全部Live上に記録しておいてもらい、その後、上演に向けてシーンを仕上げていく際にフェーダーを書き変えたりしていきました。もちろん、音の重なり具合そのものはサイモンのセンスです」

サイモンのアシストだけでなく、原はシーンによっては自身で曲も書き起こしたという。

「パフォーマーが大きな図面の映像をバックに踊るシーンでは、映像にきっちりと音がはまるような曲をMOTU DPで作りました」

南琢也(写真左)は高谷史郎の作品の多くに参加している。またsoftpadのメンバーとしてもインスタレーションや音楽・映像作品を発表。原摩利彦(同右)はソロ・アルバムを海外からリリースしているほか、渋谷慶一郎がプロデュースした映画『セイジ-陸の魚-』のサウンドトラックにも曲を提供している

そして音のキーパーソンとしてもう一人、“高谷組”の常連であるsoftpadの南琢也も参加。オープニングでのノイズによるアンビエントなサウンドなど、要所要所でシーンを印象づけるようなトーンを作り上げている。

「CHROMA」には音楽だけでなくさまざまなサウンドが使われているが、その再生機器として上演中も注目を集めたのが超指向性スピーカー。前述の「CLOUD FOREST」でも使われたもので、非常に鋭い指向性を持ちつつ本体が360度回転することで、さまざまな方向に音の照射が可能になる。本番ではささやき声や水の音、さらには原がMaxで作成したサイン波によるクロマティック・スケールが鳴らされた。

PAスピーカーとして使われたL-ACOUSTICS Karaとサブウーファー。右手前と脇に置かれた細長い柱状のものが超指向性スピーカーだ PAスピーカーとして使われたL-ACOUSTICS Karaとサブウーファー。右手前と脇に置かれた細長い柱状のものが超指向性スピーカーだ

「今回は舞台上に幕がないので、後ろに発せられた音がホリゾントに反射して不思議な方向から聴こえてくるのが面白かったですね」と、「CLOUD FOREST」の際も超指向性スピーカーのサウンド・デザインを担当した南が語る。不思議な方向からという意味では、床にも振動スピーカーを仕込んで音を鳴らしていたと続ける。

「音がひとつのPAからでなくて、なるべくいろいろなところから出て混ざっていくようにデザインしました。僕らが用意した音だけでなく、パフォーマーがステージ上で発する音についても同じ扱いで、コンタクト・マイクをパフォーマーに仕込んで鳴らしたり、また生音でも結構大きく聴こえるものもあるのでそれらはマイクで拾わず、音同士が交錯していくようにしました」

そのサウンド・デザインはエンディングのシーンでピークを迎える。パフォーマーの手足に仕込まれたワイアレス・マイクと超指向性スピーカーとの間でフィードバックが起き、たかれたスモークに当てられた強いライトとともに、視覚も聴覚もホワイト・アウトしていくのだ。

スクリーンを組み合わせた擬似3D的な映像

話を映像に移そう。今回、高谷が作り上げた映像は、舞台の上からつるされたスクリーン、床、さらには舞台前面の紗幕という3つに投影された。シーンによってそれら3つが重層的に使われ、観客は自分が見ているのが二次元なのか三次元なのか混乱していく面白さがあった。

「二次元であるスクリーンを水平方向と垂直方向に組み合わせて使うことで疑似3D的な表現を狙いました。いわゆる3Dの映像にして眼鏡を掛けて見るものにすると、人間が持っている想像力を使わなくなるのがもったいない。そこは人間が補っていけばいいという考え方です」と高谷。

床に投影された巨大な映像は、実は天井に設置された2台のプロジェクターからの映像を合わせて作ったもの。だから舞台中央にスクリーンがつり下げられても影が生じることはないのだ。それらスクリーンに何の映像をどう投影するかをオペレートしていたのが、こちらも高谷組の常連であるコンピューター・プログラマー、古舘健。彼に今回のシステムを説明してもらおう。

映像を自在にコントロールするソフトのプログラミングから加速度センサーの実装まで、ソフト/ハードの垣根無くさまざまな開発を行った古舘健 映像を自在にコントロールするソフトのプログラミングから加速度センサーの実装まで、ソフト/ハードの垣根無くさまざまな開発を行った古舘健

「メインの映像を作り出しているのは舞台袖に設置した1台のAPPLE MacProです。そこに3台のプロジェクターをつなげているんですが、それぞれの画面を分割したりつなげたりっていうのを、僕がOpenFrameworksというプログラミング環境で書いたソフトでやっています」

そのソフトの自由度たるや恐るべきもので、実際、公演二日目の本番直前、波打ち際が映し出されるシーンにおいて、それまで上からつられたスクリーンのみに映されていたものを床へと延長させ、舞台上に波が寄せては引いていくようにできないか、という高谷の急な提案も瞬時に実現していた。

「高谷さんが言いそうなことは大体予想してプログラミングの中に入れておくんです」と古舘は笑う。「現場で空間とパフォーマーと合わせるときにどんなものが必要になるのかは、「明るい部屋」やインスタレーションを一緒に作ってきたので分かっていますからね」

サウンド・チームがパフォーマーの発する音を取り込んで音に反映させていたのと同様、映像に関してもパフォーマーとのインタラクションが行われていた。それは映像に舞台上での時間を支配されたくないからだと高谷が言う。

「星空が映し出されるシーンの後半で、光がパフォーマーの動きに合わせて動いていくのは、パフォーマーに加速度センサーを装着させているからです。パフォーマーに合わせて映像が動くことが重要なのではなくて、パフォーマーがシーンの長さを自分で決める自由を持てることこそが大事なんです」

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「CHROMA」はギリシャ語で色彩の意であるとともに、デレク・ジャーマンが著した本のタイトルでもある。「自分は言葉の人ではない」と語る高谷だが、このタイトルが出てきて以降、難航していた制作に確かな道筋が見え、ひとつの舞台作品としてまとまっていったという。