自宅での作業環境の見直し/『辿り着いたうねりと、遠回りの巡礼』〜公演コンセプト【第40回】realize〜細井美裕の思考と創発の記録

作業部屋を整理して気持ちを上げる

 自宅の作業部屋の吸音パネルやらなんやらをすべて剥ぎました。音環境はワースト1ですが、気分は最高です! 数カ月過酷な制作が続いた結果、部屋が機材や造作物で埋まり、だいぶストレスを抱えていました。インスタレーションと舞台とオブジェクトの制作が重なると使う機材が違うので、それぞれすぐ取り出すには部屋の余白が犠牲に。案件ごとに折りたたみコンテナ1〜2個で必要なものを入れるのですが、本番が近づくと整理して輸送しないといけない、やっと終わっても帰ってきて仕分け作業がある。しんどい! でも次が控えているからすぐに音作りは始めたい! 次はラグジュアリーな雰囲気なので、部屋が倉庫状態じゃラグジュアリーな気持ちに持っていけない!と、作業机に座ったときの視界をシンプルにするために、すべての吸音パネルを一旦外しました。圧倒的に音のバランスが悪くなりましたが、めちゃくちゃ気持ちはいい。

 海外アーティスト(特にヨーロッパ)のホームスタジオの写真をInstagramで見ながら“ほら、このアーティストだって簡素な環境で作ってる!視界に入る情報量が少ないよ!”と自分に都合の良い理由をつける日々です。高い機材や手間のかかった環境を見てきて思うのは、制作時に自分が気持ち良くならないと続かないということ。安くて不便でもテンションが上がるならそれもよし。機材や環境で出来栄えはかなり変わるだろうけど、いちばん違いがあるのって人間だと思うから……。ちゃんと音をチェックしたいときはSHIZUKAパネルを置いて、より細かい調整はスタジオで。作るときと確認するときの環境を変えてみるという秋の提案でした。

台湾のスナック菓子“乖乖”(グァイグァイ)と機材の深い関係

 そういえば機材と気分の話で思い出しました。これはサンレコ読者に届けなきゃ、と思っていた台湾の機材とお菓子の話です。台湾で設営中、ほかの展示場所を回っていたら何カ所かに同じスナック菓子が置かれていました。台湾での設営経験があるエンジニアのイトウユウヤさんによると、台湾のエンジニアは、この“乖乖(グァイグァイ)”と呼ばれるスナック菓子を機材と一緒に入れて輸送したり、現場で機材の近くに置いたりするらしいです。通訳の方によると“乖乖”は“いい子いい子”の意味で、袋が何色かあるのですが、現場に現れる乖乖は緑に限られるとのこと。機材が問題なく動いていると緑のランプが付くかららしい。納得! わざと赤を渡して楽しく意地悪したりもするみたい。Wikipediaに“台湾における乖乖文化”という項目があるので興味がある人は読んでみてください。私たちの展示も、積み上げられたRME FIREFACE UFX Ⅲの上に乖乖を置いたので、問題なく展示は終了しました。乖乖の話で盛り上がっていたら、展示のオーガナイザーがお土産でくれたので、今から食べます。ココナッツ味で、見た目はめちゃくちゃ梱包材です……。

台湾のエンジニアが機材と一緒に輸送したり、現場で置いたりするスナック菓子、乖乖(グァイグァイ)。我々もRME FIREFACE UFX Ⅲの上に乖乖

台湾のエンジニアが機材と一緒に輸送したり、現場で置いたりするスナック菓子、乖乖(グァイグァイ)。我々もRME FIREFACE UFX Ⅲの上に乖乖

前回の連載で紹介した『台灣文化科技大會 TAIWAN TECHNOLOGY×CULTURE EXPO2023』での『Lenna』展示や台湾での様子

ヌトミック額田大志と2度目のタッグ “マルチチャンネルと身体”がテーマの演劇作品

 愛知県芸術劇場でヌトミック+細井美裕『辿り着いたうねりと、遠回りの巡礼』の公演が終了しました。ヌトミック主宰の額田大志君とは2021年の舞台『波のような人』から2回目の共作です。当時あまりにも悔しいクリエーションだったので、サンレコで4回に分けて連載を書いて、少し長かったと編集部からコメントもらったくらい。途中で止めず4カ月も待ってくれた編集部。今回はそんなことしないです! 結論からお伝えすると、私も額田君も悔いなく終えられました!

 今月はコンセプトを、来月はシステムと俳優とのやりとりを紹介する回にします。“マルチチャンネルスピーカーと身体のための演劇作品”と題された今作は、

●俳優と音響、どちらが欠けても成立しないこと
●演劇とインスタレーションのはざまであること

上記2点を念頭に制作していました。さらに特徴的なのは、スピーカーから発せられる音を、一部俳優の声を除いてすべてホワイトノイズのみで構成したことです。もともとは俳優の声が聴こえないようにするにはどうしたら良いか?という実験のためにノイズを用意していました。実験の中で、俳優の身体によってノイズが何の音なのか、ここはどこなのかが変容していく様子に気づき、これはマルチチャンネルと身体というテーマで掘り下げてもよいかもしれない、という経緯で採用になりました。恐らく今作は、マルチチャンネルとわざわざ言っていることが良くも悪くも鑑賞者の事前のイメージを固めてしまうと思ったので、“今この時代にこうした冠をつけて作品にしてみること”を強く意識して制作しました。

 パンフレットの中で、愛知県芸術劇場プロデューサーの山本麦子さんの“今回の創作は、身体とスピーカーという質も情報量も全く異なる複数のチャンネルから情報を受け取り、一つの世界を想像できる「人間」という受容器の寛容さの再発見でもありました”というコメントに詰まった私たちの思いが届いていたらいいなあと思います。

『辿り着いたうねりと、遠回りの巡礼』の場面写真

『辿り着いたうねりと、遠回りの巡礼』の場面写真

『辿り着いたうねりと、遠回りの巡礼』の場面写真。長沼航(写真手前)、深澤しほ(同奥)
写真:今井隆之

デザインは田中せり。“なるべくビジュアルのイメージを持たせないフライヤーにしてほしい”というオーダーと初期の台本を渡し、制作してもらった

デザインは田中せり。“なるべくビジュアルのイメージを持たせないフライヤーにしてほしい”というオーダーと初期の台本を渡し、制作してもらった

 我々の作品はまだ実験途中といったところですが、こういった作品に興味がある方は、チェルフィッチュや地点、アピチャッポン・ウィーラセタクンなど、日本でも素晴らしい方々の作品を見られる機会があるので、ぜひ調べてみてください。地点の『ノー・ライト』はIAMASの三輪眞弘さんが音楽監督をされていて、昨年KAATまで見に行きました。アピチャッポン作品は森美術館や国際芸術祭『あいち2022』、チェルフィッチュはKYOTO EXPERIMENTでも発表されていたのでご存じの方も多いかもしれません。舞台作品を作るのも見るのも、劇場が収縮を繰り返して、どこにでも行けてしまうような気がして、私は好きです。同時に何でもできてしまうから難しい沼ですね。たくさん作品見たいな。ではまた〜!

 

今月のひとこと:台湾、美麗島駅に、不自然なエコーチャンバーが実装されています。現地の人が調べても何も情報が出てこない。誰か教えて!(台湾動画の1:50〜

 

 CREDIT 

マルチチャンネルスピーカーと身体のための演劇作品
『辿り着いたうねりと、遠回りの巡礼』

ヌトミック+細井美裕
テキスト・演出:額田大志(ヌトミック)
サウンド・演出:細井美裕
テクニカルディレクター、サウンド/ライティングシステム:伊藤隆之
出演:長沼航(ヌトミック)、深澤しほ(ヌトミック)、原田つむぎ(ヌトミック)

舞台監督:世古口善徳(愛知県芸術劇場)、さかいまお
照明:鷹見茜里(愛知県芸術劇場)
テクニカルスーパーバイザー:山口剛(合同会社ネクストステージ)
配信テクニカルアドバイザー:イトウユウヤ
宣伝美術:田中せり
制作:村松里実
プロデューサー:山本麦子(愛知県芸術劇場) 

 

細井美裕

細井美裕
【Profile】1993年生まれ、慶應義塾大学卒業。マルチチャンネル音響を用いた空間そのものを意識させるサウンド・インスタレーションや、舞台公演、自身の声の多重録音を特徴とした作品制作を行う。これまでにNTT ICC無響室、YCAM、札幌SCARTS、東京芸術劇場コンサートホール、愛知県芸術劇場、国際音響学会AES、羽田空港などで作品を発表してきた。

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