短期集中連載:「MQA」の魅力〜その(2) MQA-CDが再び開いたフィジカル・メディアの可能性

MQAは従来のPCMの弱点とされていた時間軸の正確性を大幅に改善した上で、16ビット/44.1kHzのファイルにまでハイレゾ・データを折りたためる画期的なオーディオ・テクノロジーである。発表当時はその仕組みが分かりづらく、エンジニアやミュージシャン、レーベルにそのメリットがなかなか伝わらなかった。しかし、今年に入ってユニバーサル ミュージックが“ハイレゾCD”と銘打ちMQAエンコードされたCDを130タイトル発売。各社からも対応機器が相次いで発売されたため、次世代ディストリビューション・メディアの本命として脚光を浴びている。また今回のInter BEE 2018ではMQAライブ・ストリーミングも披露され、昨今拡大しているライブやフェスの中継を高音質で楽しめる時代がすぐそこまで来ていることを実感させてくれる。

この短期集中連載はMQA の仕組みや音質上のメリットを解説するとともに、実際に使い始めているエンジニア/アーティストへのインタビューを通じて、制作サイドがMQAを採用するメリットを明らかにしていくものである。2回目は各所で話題の“MQAーCD”について見ていくことにしよう。

デブラーによる立ち上がりの改善は驚異的

MQAはハイレゾ音源を時間軸の解像度を高めつつコンパクトなサイズに収めることができるフォーマットである。開発者であるボブ・スチュアート氏は、ダウンロード配信やストリーミング・サービスでの利用を想定しており、実際、いち早く採用したのは、2Lやe-onkyoなどのハイレゾ・ダウンロード・サイト、そしてTIDALやDeezerといったストリーミング・サービスであった。

ところが2017年、スチュアート氏にとっては想定外だったフォーマット“MQA-CD”が誕生する。仕掛け人は前回でも紹介した沢口真生氏。NHKやPIONEERで要職を務め、その後フリーランスのエンジニアとして独立。現在は主宰するUNAMASレーベルからサラウンド作品やハイレゾ作品を多くリリースしている人物だ。「僕は新しい技術は何でも好きだよ」と笑いながら、沢口氏はMQAとの出会いを振り返ってくれた。

エンジニアでありUNAMASレーベル主宰の沢口真生氏 エンジニアでありUNAMASレーベル主宰の沢口真生氏

「2014年の秋、旧知の仲だったボブが“新しく開発したフォーマットのデモを日本で行うから、ハイレゾ音源を持って来てくれ”と連絡してきた。それでUNAMASレーベルの24ビット/192kHzマスターを幾つか持って行ったら、ボブがその場でエンコードして元のマスターとAB比較ができるようにしてくれたんです」

自身が作成したマスターをレファレンスに比較試聴できただけに、その違いははっきり分かったという沢口氏。驚くべきことに“MQAエンコードしたファイルの方がオリジナル・マスターより音の立ち上がりが良くなっていた”というのだ。

「僕はジャズや小編成のクラシックを録音することが多くて、持って行ったマスターはどれも楽器の質感が分かりやすい音源だったんです。それらをMQAにエンコードしたら、とにかく立ち上がりが良くなっている。ピアノのアタックとかベースのピチカートは、オリジナルのマスターよりも良かったんです」

まさに前章で解説したデブラーの効果を、身をもって感じたというわけだ。

「デブラーによって音のにじみが無くなると、アタックが出る以外にも音場感が出る……それも左右だけでなく前後の奥行きまで。オーディオ評論家風にいうと“風景がよく見える”というやつだね。録音においてビット数やサンプリング・レートを上げていくと音のにじみが減っていくのは以前から感じていたけど、僕は24ビット/192kHzでもう十分だと思っていたんです。でも、MQAでのにじみの無さはそれ以上でした」

ファイル・サイズのコンパクト化よりもデブラーの効果に魅了された沢口氏は、UNAMASからリリースするハイレゾ音源をMQAで提供することを即座に決断。24ビット/48kHzに折り畳んだ上に、FLACで可逆圧縮したものをe-onkyoでダウンロード販売することにした。

「音が良くなったハイレゾ音源が軽いコンテナの中に収まる……インターネット時代にマッチしてますよね」

e-onkyoではUNAMASレーベルのMQA 作品を多数販売。デコード後のフォーマットを表記することを基本としているので“MQA Studio 192kHz/24bit”と表記されているが、実際にダウンロードされるファイルは24ビット/48kHzのFLACになっている e-onkyoではUNAMASレーベルのMQA 作品を多数販売。デコード後のフォーマットを表記することを基本としているので“MQA Studio 192kHz/24bit”と表記されているが、実際にダウンロードされるファイルは24ビット/48kHzのFLACになっている

デコーダーがなくてもMQA-CD は音がいい

そんな沢口氏がMQA-CDというフォーマットを構想したのは2016年。再び来日していたスチュアート氏の講演を聴いたときのことだったという。

「MQAについてボブが語っている中で、“Music Origamiは16ビット/44.1kHzに折り畳むこともできる”って話があったんです。僕はそれまで24ビット/48kHzというコンテナに折り畳むしかないと勝手に思い込んでた。その講演が終わった後にエムアイセブンジャパンの村井(清二)さんとコーヒーを飲んでいて、彼が“16ビット/44.1kHzに畳めるなら、CDにハイレゾが記録できるってことじゃない?”と言い出して、なるほど……と思って実験してみることにしたんです」

沢口氏は、以前にスチュアート氏にエンコードしてもらった24ビット/48kHzのMQAファイルを手元のツールで16ビット/44.1kHzへコンバート。それをCD-Rに焼いたものをCDプレーヤーで再生し、デジタル・アウトをMQA対応デコーダーへと送ってみたが、MQAとしては認識されなかったそうだ。

「ダメだったんですよ……。何でダメなんだろうってボブに聞いたら“16ビット/44.1kHzのMQAにするなら、元のファイルが44.1kHzの倍数……88.2kHzや176.4kHzのサンプリング・レートでないとできない”と。それならと176.4kHzのファイルを送ってボブに16ビット/44.1kHzのMQAにエンコードしてもらい、それをCD-Rに焼いたら、今度はデコーダーのMQAランプが点灯し、サンプリング・レートも176.4kHzと表示された……見事にハイレゾ・ファイルとして再生されたんです」

沢口氏はすぐに村井氏に“できた!”というメールを、“176.4kHz”と表示されているデコーダーの写真を添付して送信。村井氏も感激し、当時、氏が社外役員を務めていたクラシック専門ネット放送局OTTAVAから2017年春に世界初のMQA-CDとしてUNAMAS Piazzolla Septet『A.Piazzolla by Strings and Oboe』をリリースした。

沢口氏の熱意によって生まれたMQA-CDは、フィジカル・パッケージが強い日本においてはインパクトが大きく、今年に入ってユニバーサル ミュージックがロックやジャズ、クラシックの名盤計130枚をMQAーCD化し“ハイレゾCD”と名付けてリリースした。MQAによってどれくらい音が良くなっているのかを比較できるよう、各ジャンルごとにサンプラー盤も用意、2枚組仕様で、同一音源を通常のCDとMQA-CDとで聴き比べられるようになっているのも面白い。沢口氏もまずはその聴き比べを勧めている。

「デコーダー無しにMQAーCDと通常のCDを聴き比べてみるといいです。MQA-CDにはデブラーの効果がちゃんとあるから、通常のCDよりも断然いい。ユニバーサル ミュージックのハイレゾCDは読み取り精度を上げたUHQCD仕様だからさらに違いが出ています」

マスターを限りなくそのままの形で、しかもコンパクトなサイズにしてくれるMQA。沢口氏は「何も悪い話はない」とまとめる。

「僕は制作の人間だから、どんな理屈で動いているかを知るより、自分が表現したいと思っている音場がきちっと出るということが重要。MQAの音はレコーディング現場で聴いていた音に近いと思ったから採用しているだけ。みなさんも自分で実際使ってみて、いいと思えば使えばいいんじゃないですか」

そんな沢口氏は、MQAーCDに続いてのチャレンジとして、MQAを使用したライブ・ストリーミングを行うことが決まっている。11月16日の午後2回、13:30~14:30、15:15~16:15に東京・銀座の音響ハウスで沢口氏が執り行うセッションが、千葉・幕張メッセのInterBEEにリアルタイムに届けられる。ぜひ会場でその目撃者となっていただきたい。

*MQAに関する各種お問い合わせ・ご相談等は、bike@mqa.co.uk(鈴木弘明 ※日本語で結構です)へメールにてお願いします。