“近過ぎない絶妙な位置”で鳴らす
50mm大口径ドライバー
さて、今回紹介するK553 MKII-Y3は、プロ・エンジニア向けに開発された密閉タイプのスタジオ・ヘッドホン。“Y3”と付くのは、従来の2年保証に加え、輸入元のヒビノ独自の1年保証を加えた3年保証モデルであることを示している。一見かなりごつい感じだが、ケーブルを除いた質量は316gで、手に持った感じも見た目ほど重くはない。ハウジングの独特な削り出し感、シックな色合い、堅牢な作りの中にもしっかりと機能性を持たせているところなどに、一流メーカーならではのプライドを感じさせる。
大型のイア・カップ部分の可動域は広く、装着してみた感じでは側圧も程良く、きゅうくつさは全く無い。また吸い付くようなクッション性の高いイア・パッドの感触は抜群で、耳をすっぽりと覆って余りがあるぐらい内側に余裕がある作りだ。これはK812に通じる着け心地で、耳をつぶすことのない装着感がヘッドホンをしている感覚を取り払ってくれるため、自然なリスニング感覚でのミックスが可能となる。また耳が痛くならず長時間の作業ができるのも大きな利点だ。
ヘッド・バンドには13段階に細かく調整できるアジャスターがあるので、頭の大小にかかわらずベストなポジションを簡単に作れるだろう。パーツすべてにわたり無駄な感じがどこにも無く、多少手荒く扱っても壊れることはなさそうだ。
約5mのカール・コードは脱着式(ミニXLR↔ステレオ・ミニ)の片出しタイプで、ステレオ・フォーンへのアダプターが付属。交換も楽にできる。
一般的に密閉タイプのヘッドホンは音が近いのが特徴で、その分、奥行きなどの表現が苦手だが、ダビング時のプレイヤーにとっては演奏しやすいモニタリング環境が得られる。一方で音を外に解放する方式のオープン・タイプはマイクでの収録には使えないが、臨場感の表現に優れているためミックス時にはとても重宝する。このK553 MKII-Y3は独自のハウジング構造と、50mmの大口径ドライバーにより、オープン・タイプのような自然なサウンドを目指した開発がされており、密閉タイプでありながら音が近くで鳴っている感じがない。またオープン・タイプのように遠くもなく、言うなれば“近過ぎない絶妙な位置”で鳴っているような印象で、質実剛健なデザインからは想像できない繊細な音にまとまっている。遮音性にも優れ、これならばダビングとミックスの両方に対応できるだろう。
中域にポイントがあり高域は自然な伸び
リバーブ・テールや音源の輪郭がよく見える
K553 MKII-Y3の周波数特性は12Hz〜28kHz(カタログ値)とかなり広く、実際の再生音からも余裕が感じ取れる。全体的な音の印象として中域(800Hzから1kHzくらい)に多少の色付け感はあるが、高域の自然な伸び具合やレスポンスの速さもあり、決して悪い印象ではない。そういった中高域に特徴がある分、低域好きには少し物足りない印象を与えるかもしれないが、全体のバランス感としては問題無い程度だ。
私はミックス時に各音源のディテールや奥行きを含めた空間など、ほとんどの音決め作業をヘッドホンで作るスタイルを採っているが、“少し後ろ”に定位させたい場合や前後感を出したいときの微妙なアンビエンス作りなどは、解像度の高いヘッドホンでなければできない。K553 MKII-Y3はきめ細かいリバーブ・テールや音源の輪郭がよく見えるため、それらの空間演出にはとても向いている印象である。またミックス作業時には特にレベル・オートメーションの再現能力が重要になってくるのだが、少しのレベル変化にもしっかりついてくる感じも好印象だった。
K553 MKII-Y3の出力インピーダンスは32Ωとかなり低めの設定で、スマートフォンなどのポータブル機に直接つなぐような場合も想定して設計されている。実際にAPPLE MacBook Proへ直につないでテストしてみたが、CRANE SONG AvocetやDIGIGRID IOSなどのヘッドホン・アウトを通したときと大差の無いパフォーマンスを示してくれた。こういったテストでは再生機の差が如実に出てしまう場合がよくあるのだが、本機のようにドライバー感度が高く再生機を選ばないヘッドホンはとても使い勝手が良く、リスニング/音楽制作のどちらにも向いていると言えるだろう。
“密閉タイプ”の本来あるイメージから抜け出し、その使い方に多様性を持たせたK553 MKII-Y3は、堅牢なルックスの中にもどこか上品な香りがする音楽的なヘッドホンであると感じた。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2019年7月号より)