製品開発ストーリー116:PIONEER DJ RM-07/RM-05

PIONEER DJよりリリースされたモニター・スピーカーRM-07/RM-05。同軸2ウェイのユニットを採用し、高域は50kHzまでをカバーするなど最新の音楽も余裕をもって再生する。クリエイター/エンジニアに向けられたRMシリーズの開発理念について、設計を担当した三橋孝氏に、横浜・みなとみらいにあるPIONEER DJの新オフィスにて話をうかがった。
RMシリーズの設計を担当したPIONEER DJ第4設計部長の三橋孝氏(右)と、同じく第4設計部・設計1課主事の笠原裕司氏(左) RMシリーズの設計を担当したPIONEER DJ第4設計部長の三橋孝氏(右)と、同じく第4設計部・設計1課主事の笠原裕司氏(左)

エレクトロニック・ミュージックのクリエイターが
自宅で正確に音を判断できるモニター

昨年3月にPIONEERのDJ事業部門が分離独立したPIONEER DJについては、DJ機器メーカーというイメージを持つ読者も多いかもしれないが、三橋氏は「分離独立前の母体となったPIONEERは、実は長い歴史を持つスピーカー・メーカーなのです」と語り始めた。

「PIONEERの創業者、松本望はダイナミック・スピーカーA-8を開発し、1938年に福音商会電機製作所として弊社を設立しました。1975年には当時アメリカのプロオーディオ界の第一人者であったバート・ロカンシ氏を技術顧問として招請し、高級スピーカーを開発するプロジェクトがスタートしました。このプロジェクトはTAD(Technical Audio Devices)と名付けられ、以降、世界中の著名なスタジオのモニターとして採用されるなど、高級スピーカー・ブランドとして確固たる地位を築いてきました」

ロカンシ氏がPIONEERにもたらした最大の功績は「理論に基づく設計でした」と三橋氏は解説する。

「音響的な構造を抵抗やコンデンサー、コイルに置き換え、電気回路のように考える手法で、彼が当時発表した論文は現在でも参考にできるほどです。それまでは手探りで作って試聴することの繰り返しだったわけですが、テクノロジー・ベースでしっかりとしたスピーカーを設計することがTADの基本理念ですし、そのDNAはPIONEER DJにも綿々と受け継がれています」

同社はこれまでもS-DJ80Xなどのスピーカーをリリースしてきたが、三橋氏は「S-DJ80Xは“DJのためのモニター”をテーマに開発したモデル。RMシリーズはプロデューサー/エンジニアに向けた製品で、音作りの方向性が根本的に異なります」と語る。

「今の時代、サウンド・クリエイターはプライベート・スタジオでDAWを用いてトラックを作成しています。“自宅でもきっちり音が判断できる”本格的なモニター・スピーカーのニーズに応える製品を目指しました」

それらのクリエイターは「S/Nの良いソフト・シンセや音源ライブラリーを使っており、DAW上で複雑なエフェクト処理を施すことが多く、ヘッドフォンで鮮度の高い音にも慣れています」と三橋氏は分析する。

「そうした方々に満足してもらうため、RMシリーズは、ワイド・レンジでフラットな周波数特性といったモニター・スピーカーの基本性能に加え、“現代性”をかなり意識しました。具体的には、ピンポイント定位で音のスピードが速く、ニアフィールドで聴いても空間が分かるモニター。その上で、PIONEER DJが大事にしている“力強くクリアな低音”を実現しようと考えました。そして、それらを実現するために、まず①同軸ドライバーの開発②定在波をカットする構造技術=AFAST③S/N性能を上げるためのアルミ製エンクロージャーの採用、という3つの技術的ポイントを決めて、開発に取りかかりました」

HSDOMツィーターは50kHzまで再生
定在波を除去する構造技術AFASTを採用

同軸ユニットを新開発した理由について、三橋氏は「ニアフィールドの場合、各スピーカー・ユニットの位置が離れていると、リスニング・ポジションによってクロスオーバーの周波数帯域がスムーズにつながって聴こえないことがあります。自宅では部屋の形状やモニターの設置環境が大きく異なることからも、すべての音がスピーカーの同じ位置から聴こえてくるのが重要だと考えました」と語る。

同軸ユニットの音の届き方を図に表したもの。ウーファー(赤)とツィーター(緑)を同軸上にそろえることでニアフィールド環境でも位相のずれが発生しないため、音像の定位を確認しやすくなる。同時にリスニング・ポジションによって聴こえ方が変わってしまう事態も回避できる 同軸ユニットの音の届き方を図に表したもの。ウーファー(赤)とツィーター(緑)を同軸上にそろえることでニアフィールド環境でも位相のずれが発生しないため、音像の定位を確認しやすくなる。同時にリスニング・ポジションによって聴こえ方が変わってしまう事態も回避できる

「同軸の難しいところは、高域/低域の各ユニットから出た音が干渉してしまうこと。RMシリーズではそれを避けるためにツィーターの回りにウェーブ・ガイドを設置して指向性をコントロールしています。その形状はコンピューターでシミュレートしていますが、3Dプリンターの登場により、試作による確認が簡単にできるようになりました」

ツィーターの周囲には、TADのテクノロジーを基に、ニアフィールド環境に最適化したウェーブガイドを装備。これによりユニット間の干渉が抑制され、定位がよりくっきりするという ツィーターの周囲には、TADのテクノロジーを基に、ニアフィールド環境に最適化したウェーブガイドを装備。これによりユニット間の干渉が抑制され、定位がよりくっきりするという

HSDOM(Harmonized Synthetic Diaphragm Optimum Method)ツィーターは50kHzまでの再生が可能だが、その設計については次のように説明する。

「ユニットの剛性を高めるためにアルミをドーム状に成形する必要があるのですが、周波数が高くなると波長が短くなるため、ドームの頭頂部と根元の高さの違いが問題となります。この高さの違いで波長の半分となる周波数が再生限界になってしまうのです。HSDOMツィーターではドームの外周にコーン部を設けることでその高さの違いを軽減し、超高域までの再生が可能になっています」

左が一般的なドーム型ツィーターで右がHSDOMツィーター。ドーム部の外周にコーン部を設けることで超高域再生を実現。形状はコンピューターのシミュレーションにより最適化される 左が一般的なドーム型ツィーターで右がHSDOMツィーター。ドーム部の外周にコーン部を設けることで超高域再生を実現。形状はコンピューターのシミュレーションにより最適化される

RMシリーズはバスレフ・ポートがフロント側に設けられている。その理由について三橋氏は「バスレフ・ポートがリア側に付いていると、設置状況によって低域が回り込んでボヤけてしまうことが多いですし、自宅環境ではセッティングもしづらいですよね」と語る。

「フロント・バスレフは遅れのない低音を出すのに有効ですが、同時に声の周波数帯域にかぶる800Hz辺りの内部構造に起因するノイズも外に出してしまいます。通常は内側に吸音材を張って定在波を取るのですが、これでは必要な帯域まで吸ってしまいます。この定在波を音響管を使ってピンポイントで除去する構造技術が“AFAST”。定在波だけを狙って逆の共振を起こし、打ち消すような働きをさせます。これは数値以上に実際のサウンドに対する効果が大きく、ボーカルなどの“にじみ”が取れ、よりくっきりしたサウンドが得られます」

AFASTテクノロジーの根幹を成す音響管(ブルーのパーツ)の配置。吸音材と組み合わせることで、音の濁りの原因となる定在波のみを効果的に抑制できるという。なお、形状こそ異なるものの、バスレフ・ポートにも同様の音響管が設置されている AFASTテクノロジーの根幹を成す音響管(ブルーのパーツ)の配置。吸音材と組み合わせることで、音の濁りの原因となる定在波のみを効果的に抑制できるという。なお、形状こそ異なるものの、バスレフ・ポートにも同様の音響管が設置されている
音響管の配置を上から見たところ。中央の点線が定在波を表しており、音響管の内部で逆方向の共振を起こすことで打ち消している。この機構は定在波の周波数帯域にのみ働くという 音響管の配置を上から見たところ。中央の点線が定在波を表しており、音響管の内部で逆方向の共振を起こすことで打ち消している。この機構は定在波の周波数帯域にのみ働くという

同様の働きをする音響管はバスレフ・ポートにも設置してあり、2段構えで定在波を抑制しているという。

「設計は大変でしたが、ここも3Dプリンターのおかげでさまざまな形状を試すことができ、折り曲げ式のポートが最良の結果が得られることが分かりました」

これらの構造は、堅牢なアルミダイキャストのエンクロージャー内で実現されている。三橋氏は「私自身は、ハイレゾ音源の高精度な再生に必要なスピーカーの性能は、周波数特性よりもS/Nだと考えています」と語る。

「木製のエンクロージャーでは背圧などで筐体自体が振動し、微細な音を発してしまうんです。すると音量の小さな音がマスキングされてしまい、空間が分かりにくかったり、定位がボヤッとするという事態が起こります。逆に剛性が高く振動しにくい筐体を作ると、細かな音=空間的な情報も送り出せるので、奥行きを感じられるピンポイント定位の音像となるわけです。これはニアフィールドだからこそ効果が大きいんですよ。また、6角形のボディ形状は、本体に反射する音を散らして周波数的なピークができないようにするためのものです」

 “ユーザー目線”のチューニングを徹底し
クリアで正確な低域を実現

このように明快な設計思想のもとに作られたRMシリーズだが、三橋氏は「試作機ができて以降のチューニングには苦労しました」と語る。

「当初は通常の製品と同様にスピーカー・スタンドに乗せた状態で、離れた場所から音を確認していました。ですが、“それでは想定する使用状況とは違う”ということで、社内にプライベート・スタジオを想定したデスクを設置し、そこに置いた状態でチューニングを施しました。ただしPIONEER DJにはスピーカーの音決めに際して“自分たちの耳を過信しない”というポリシーがあるため、後はDJやプロデューサーの皆さんに渡して、実際に使っていただいた結果をフィードバックしていきました」

テスターは日本やヨーロッパ、北米の10数名に及んだというが、「当初は手厳しい意見をいただきました」と三橋氏は打ち明ける。

「開発コンセプトである“正確性”という部分では初めから評価をいただいたのですが、特にヨーロッパの人は低域をよく聴いていて、その部分での評価はシビアでしたね。そこで、先述したようにバスレフ回りなど低域を中心にチューニングを詰めていきました。実は金型を2回捨てているのですが(苦笑)、ようやく納得いくサウンドが得られ、テスターに量産モデルを聴いてもらいました。最終的に“位相特性がいい”“低域がよく見える”という当方の狙い通りの評価をいただけたときは、感動しましたね」

実際にRMシリーズを購入したユーザーからも“音が見える”という反応が多く寄せられているという。

「特に“クリアで正確な低音”という点においては、他社と一線を画していると思います。環境の影響を受けにくいキャラクターのスピーカーですので、“中心の音”をモニターできます。例えば低域がたまりやすい部屋にRMシリーズを置いてミックスしたとしても、ローエンドが迫力無く仕上がってしまうことにはならないでしょう」

リア・パネルのコントロール部のノブは、左からLEVEL(−40dB〜0dB)、LOW EQ(−4/−2/0/+2dB@50Hz)、MID EQ(−4/−2/−1/0dB@140Hz)、HIGH EQ(−2/−1/0/+1dB@10kHz)。下部の入力端子はRCAピンとXLRを装備。その右のスイッチはオート・スタンバイで、約25分以上音声入力が無い場合は自動的に電源を切る リア・パネルのコントロール部のノブは、左からLEVEL(−40dB〜0dB)、LOW EQ(−4/−2/0/+2dB@50Hz)、MID EQ(−4/−2/−1/0dB@140Hz)、HIGH EQ(−2/−1/0/+1dB@10kHz)。下部の入力端子はRCAピンとXLRを装備。その右のスイッチはオート・スタンバイで、約25分以上音声入力が無い場合は自動的に電源を切る

SPECIFICATIONS

□形式:バイアンプ2ウェイ・アクティブ同軸モニター・スピーカー
□ウーファー:6.5インチ・アラミド繊維コーン(RM-07)、5インチ・アラミド繊維コーン(RM-05)
□ツィーター:1.5インチ・アルミニウムHSDOM
□周波数特性(−10dB):40Hz〜50kHz(RM-07)、45Hz〜50kHz(RM-05)
□最大音圧レベル(1m/ピーク):109dB SPL(RM-07)、104dB SPL(RM-05)
□クロスオーバー周波数:1.6kHz(RM-07)、1.7kHz(RM-05)
□アンプ出力(クラスAB):100W(LF)+50W(HF)(RM-07)、50W(LF)+50W(HF)(RM-05)
□入力インピーダンス:10kΩ
□入力感度:−40dB〜+6dB
□EQポイント:50Hz/140Hz/10kHz
□外形寸法:244(W)×337(H)×260(D)mm(RM-07)、203(W)×281(H)×225(D)mm(RM-05)
□重量(1本):12.3kg(RM-07)、9.3kg(RM-05)

問合せ:Pioneer DJサポートセンター
電話:0120-545-676(携帯電話/PHSからは0570-057-134)
http://pioneerproaudio.com