
アップデート・ポイントの数々を備えたStudio One 4ですが、それらをどのように使えば優れた楽曲を生み出せるのでしょうか? トラック・メイカーでありStudio OneユーザーのDORIAN氏(上の写真)に“新バージョンでダンス・ミュージックを作ってください”と依頼し、その制作工程に沿ってアップデート・ポイントの扱い方を解説していただきました。楽曲を聴きながら、さらには同曲のソング・ファイルをチェックしながら読み進めてみてください。
解説:DORIAN
[Profile]トラック・メイカー/DJ。テンション・コードとファンキーなベースを特徴とした、アーバンかつエキゾチックなダンス・ミュージックを制作。3枚のオリジナル・アルバムを発表するほか、七尾旅人、やけのはら、テイ・トウワ、一十三十一などの作品に参加。さまざまなアーティストのリミックスも行う。
SPECIAL TOPIC
デモ曲が聴ける&ソング・ファイルがDLできる!
下記のリンク(SoundCloud)にて、DORIAN氏がこの企画のために制作してくれたデモ曲をご試聴いただけます。また今回、DORIAN氏から同曲のソング・ファイルを提供してもらいました。本Webサイトの記事よりダウンロード・ページにアクセスできるので、プロの楽曲制作のディテールをのぞいてみてはいかがでしょう? なおソング・ファイルのダウンロードには、本誌2018年9月号の誌面内(Studio One 4特集)に記載しているパスワードが必要です。
Step① Impact XTでドラム素材を仕込む
8バンク/32アウトのドラム用サンプラー
こんにちは、DORIANです。僕がStudio Oneを使い始めたのは1年と少し前で、バージョン3のころでした。それまでは別のDAWを使っていましたが、長い間バージョン・アップしないでいたら最新版の画面の仕様が大きく変わっており、“何かしっくりこないな”と感じたんです。そんな折Studio Oneと出会い、画面がそれまでのDAWと似ていたり、同じキーボード・ショートカットがプリセットされているなどの理由からデモ版を試してみることに。すると、ほかのDAWより出音が澄(す)んでいるように聴こえ、なかなかに好感触だったのです。トーンが明るいとか派手とかそういうことではなく、よどみが無いように思え、価格も手ごろだったので購入に至りました。機能面はシンプルですが、今のところ不便は感じておりません。
さてさて、今回はStudio One 4のアップデート・ポイントを中心に使い、デモ曲を作ってみました。ダンサブルな曲調というのがお題だったのですが、“速いのは疲れる。でもあまりユル過ぎてもな……”と思いテンポは105BPMに設定。と言いつつ、これくらいのテンポが自分の好みというだけなのですが(笑)。
最初に作ったのはドラム。標準搭載のドラム用サンプラーImpactの新世代版であるImpact XTを活用しました。先代と同じくパッドを備え、そこにサンプルをドラッグ&ドロップでインポートできるのが特徴です。サンプラーによっては、サンプルの取り込みに数ステップを要するものもあるので、ワンステップでインポート&プレイバックできる操作感は軽快ですね。
Impact XTには、新しくA〜Eの8つのバンクが実装されています。各バンクには16個のパッドが備わっているため、1台につき最大128個(16個×8バンク)のサンプルをインポート可能。デモ曲ではバンクA〜Cを使って、サンプルを属性別に取り込んでいます。内訳としてはバンクAに基本的な要素(キック、スネア、ハイハット、クラッシュなど)、Bに随所で使用する細かい音(クラップやFX系)、Cにフィルインなどで使う特殊な音色をインポート。Studio One 4に付属するサンプルをはじめ、自前の素材も取り入れています。

以上のサンプルはImpact XT上のフィルターやエンベロープ・ジェネレーター(ピッチ/フィルター/アンプ)のほか、プラグイン・エフェクトでも加工できます。またステレオ・アウトとモノラル・アウトが16系統ずつ備わっており、各パッドを任意のアウトにルーティングすることが可能。例えばキックが入ったパッドをモノラル・アウト1、スネアのパッドをモノラル・アウト2へルーティングすれば、それぞれを個別のミキサー・チャンネルに立ち上げられるので、キックならキック、スネアならスネアに向いたプラグインで処理できます。ドラム・サンプルはモノラルで扱いたいことも多いため、ステレオ・アウトだけでなくモノラル・アウトが用意されているのはありがたいですね。また、先代のImpactのアウトはステレオ/モノラル共に8系統でしたが、2倍に増えたのもうれしいです。この曲ではドラム3点のほか、FXなども個別のアウトにルーティングしています。

ループを自動スライスしワンショット化
バンク、パッドのアウトと来て、次のトピックはループのスライスです。Shiftキー(Windows)/shiftキー(Mac)を押しながらループをインポートするとアタックが検出され、その位置で分割できる機能ですね。デモ曲ではフィルインのループをスライスして、個々の打楽器をワンショット化して使っています。こうしたアタック検出のスライス機能は、昨今さまざまなサンプラーに実装されていますが、僕はこれにちょっと懐疑的で……というのも、うまく行った試しが無かったからです。でもImpact XTのスライス機能は良いですね。Studio One 3にもあった“トランジェントを検出”の機能を応用したのか精度が高いと思います。画面上部のディスプレイでスライス位置を微調整することもありましたが、全10カ所あるとしたら3カ所くらいしかいじらなくてよいイメージです。

また、このディスプレイの中ではスライス用のカーソルが波形のゼロ・クロス・ポイントにスナップされる(ゼロ・クロス・ポイントでピタッと止まる)ので、プチッというノイズの発生を未然に防げます。そしてスライスされてできた断片は、ワンショットとして自動的に各パッドへ割り振られます。ディスプレイ自体も進化を遂げており、波形のズーム・イン&アウトが可能に。リバース(逆再生)やノーマライズの機能まで用意され、かなり細かいところまで作り込めるようになりました。

Step② パターン機能でドラムを打ち込む
ステップ・シーケンサーでの入力
Impact XTにサンプルを仕込んだら、次はドラム・パターンの構築です。新たに実装されたパターン機能を用いて打ち込みました。このパターン機能とは、ピアノロールの代わりにステップ・シーケンサーを使ってプログラミングするというもの。手順としては、まずインストゥルメント・トラック上でCtrl+Shift+Pキー(Windows)/⌘+shift+Pキー(Mac)を押します。するとパターン機能用のMIDIイベントが出てくるので、それをダブル・クリックすれば、ステップ・シーケンサーの体裁をしたエディット画面に入れます。ここで打ち込みを行うわけですね。


面白いのは、ノート・ナンバーごとにステップ数を設定できるところ。つまりImpact XTを立ち上げたトラックでパターン機能を使用する場合は、打楽器のワンショットそれぞれを違うステップ数で打ち込めるわけです。例えば基本32ステップで打ち込んでいるパターンのハイハットだけを5ステップにしてみたりすると、ポリリズムが簡単に作れると思います。デモ曲では曲調を考えて試しませんでしたが、今後作るものには取り入れていきたいですね。
リピートというパラメーターも面白いです。ノートの一つ一つにあるパラメーターで、そのノートを何回リピートして鳴らすか(=繰り返して鳴らすか)を設定できます。これはもう、完全にトラップのビート制作を意識したものでしょう。ハイハットのノートに使えばすぐに刻み(連打)のパターンを作成できるので、トラップにうってつけです。
そのほか、エディット画面におけるノート・ナンバーの配置を自由に変えられるのも便利。デフォルトでは、各ノート・ナンバーが上から順に並んでいますが、画面上部のレンチ・アイコンを押して任意のものを動かせば配置を変更できます。打ち込みをしやすいよう視認性/操作性を高められるのが良いですね。
ダンス・トラックに便利な機能を装備
トラック画面に戻ってみましょう。イベントの終端を右に引っ張っていくと、パターンが複製されながらイベントが伸びていきます。ピアノロールのイベントで同じことをすると単にイベントの範囲が伸びていくだけですが、パターン機能のイベントでは打ち込んだ内容を簡単にループできるようになっているわけです。これまではコピー&ペーストなどでループさせていましたが、よりお手軽ですね。

さらに便利なのがバリエーションというメニュー。その名の通り、あるパターンのバリエーションを作って保存しておき、必要に応じて呼び出して使うというものです。ダンス・ミュージックでは、基本となるドラム・ループをほんの少しエディットする(小節アタマのキックを抜いたり、小節の最後に簡単なフィルを加えたりする)ことで変化を付けるものですが、それがスピーディに行えます。
バリエーションはエディット画面に入って作成。各バリエーションはVariation 1、2、3……とネーミングされます。次にトラック画面へ戻り、イベント左下部に注目。横線アイコン>プルダウン・メニューから保存したバリエーションを選択できるので、楽曲を聴きながら切り替えてみるなどして場面にマッチするものを選びます。とにかくパターンの切り替えがサクサク行えるので、どこにどんなパターンが合うのか瞬時に検証できて良いですね。


Step③ コード・トラック&ハーモニー編集で上モノ作り
楽曲のコード進行を指定する機能
ビートができたら、次はメロディックなパートを作っていきました。その中でポイントになったのは、コード・トラックとハーモニー編集の機能です。まずコード・トラックとは、Studio One 4で制作している楽曲のキーやコード進行を定義付けるためのトラックで、画面上部の音符アイコンを押すと現れます。デフォルトでは空っぽですが、インストゥルメント・トラックに適当なコード進行を打ち込み、そのイベントをドラッグ&ドロップするとコード・ネームの書かれたイベントが出現。MIDIノートを解析して、コード・ネームを検出しているわけです。そして、こうやってできたイベントをほかのところにコピー&ペーストすれば、そこも同じコード進行だと認識されます。このように、自ら打ち込んだノートでイベントを作成してもよいのですが、“コードセレクター”というツールを使ってプリセットのコード・データをロードするのも便利です。


で、すごいのはここから。先述のハーモニー編集機能によって、コード・トラックで指定したコード進行にあらゆる素材を追従させることができるのです。言い換えると、設定したコード進行に合うよう響きが自動的に編集される機能で、MIDIの素材はもちろん“オーディオの状態の和音”などにも対応しています! 例えば先ほど作ったコード・トラックの下で、そのコード進行とは関係の無いMIDIパターンを打ち込むとします。それからMIDIのトラックを選択した状態でインスペクターを開き、“コードに従う”のプルダウンからプリセットをチョイス。デフォルトでは“オフ”(追従しない)になっていますが、ほかの5つはどれを選んでもコード・トラックに合った響きへと編集されます。プリセットによってボイシングなどが異なるため、最も楽曲に合うものを選ぶとよいでしょう。
コードに従わせてからピアノロールを開くと、追従後のMIDIノートを表示させることが可能。“プリセットのボイシングからもう少し詰めたいな”と思った場合は、さらなるエディットも行えます。また“コードに従う”から“オフ”を選択すると、元に戻すこともできますね。

音響的に面白い使い方も可能
以上MIDIでの扱い方を説明しましたが、目玉はやはりオーディオへの対応でしょう。非常に興味深いので、デモ曲にもガンガン使ってみました。要領はMIDIの場合と同じで、コードに従わせたいオーディオ・データの入ったトラックを選択し、インスペクターの“コードに従う”からプリセットを選ぶだけ。これで、オーディオ・データの和声をコード・トラックのコード進行に合わせることができます。“鍵盤が弾けるんだったら、録音の時点でコードに合ったフレーズを演奏すればいいのでは?” と思う方も居るでしょう。確かに、演奏を録音するときにはそうするとよいのですが、サンプル集などのフレーズ・サンプルを用いる場合はどうでしょうか? ピッチの上げ下げくらいはできても、あらかじめ指定したコード進行に響きを合わせ込むのは至難の業でしょう。Studio One 4では、それが瞬時にできるわけです。
例えばデモ曲では、00:42辺りからLchの方で聴こえるカッティング・ギターに使っています。オリジナルのサンプルはほぼワンコードのファンキーなフレーズですが、ハーモニー編集したことにより楽曲のコード進行にバッチリ合った和声に変化。メジャー・コードをマイナー・コードに変換することや、その逆もまた可能なので、これだけバッチリ合わせられるのです。ほかにもいろいろなサンプルに使っていて、00:07辺りのオルガン・スタブ(少しディレイがかかっている音)や00:49周辺に入る古い映画音楽のようなストリングス、00:57から聴こえてくる“チャチャッ、チャッチャッチャッ”というキメの音などが好例。ストリングスはちょっとの間しか鳴りませんが、ハーモニー編集をしないと不協和に聴こえ、“何か違和感のある音が入ってきたぞ”という印象を受けることでしょう。

面白い使い方としては、ピッチ感の薄いサンプルにピッチ感を付けるというものがあります。例えばパーカッション・サンプルなどに使うと、ちょっとボコーダーを通したような音が得られたりするんです。ヒス・ノイズに使用しても和音のようなピッチ感が付くので、単に“マイナーをメジャーに変える”といった和声編集にとどまらない音響的な使い方もできるのではないでしょうか。
Step④ Sample One XTであらゆるネタを編集
編集機能の増強に加え録音も可能に
上モノ/パーカッションを問わずよく使ったツールは、サンプラーSample Oneの進化版=Sample One XTです。とても気に入っていて、“とにかく何でもいいからこのサンプルを鳴らしたい!”というときにサクッとドラッグ&ドロップして音階演奏できるのが良いです。ほかのサンプラーだと、大抵は音を鳴らすまでにワンクッションある印象ですが、Sample One XTは速い気がします。

まずは、Shiftキー(Windows)/shiftキー(Mac)を押しながらサンプルをドラッグ&ドロップすることにより、アタックのポイントでスライスできるのが新機能。スライスされてできた断片は、デフォルトでは頭から順にC3以上のノート・ナンバーへ割り当てられます。画面上部のMappingタブを押すと、どの断片がどのノートにマッピングされているのか視認できますし、ノートを示す四角いオブジェクトを動かせばマッピングを変えることも可能です。

もう一つ大きな新機能として、録音できるようになったことが挙げられます。Mappingタブの並びにあるRecordタブを押し、その左下にあるInput欄のプルダウンから入力ソースを選択。オーディオI/Oの音声入力やソング内のインストゥルメント、チャンネルなどを選べます。例えばマスター・チャンネルの音を録るようなことも可能ですね。ソースを決めたらRecordボタンを押して録音状態にし、音を入力するのみ。今回はオーディオI/Oから外部の音を取り込み、不要なところをトリミングして使いました。Sample One XTはこのほか、サンプルのノーマライズやリバースなどImpact XTと同様の新機能を備え、さらにはMai TaiやPresence XTといった純正音源と同じエフェクトを搭載するなど音作りの幅が格段に広がりました。
以上、デモ曲を通してStudio One 4のアップデートを見てきました。Studio One 4ならダンス・ミュージックのトラック・メイクも非常にやりやすいと思いますし、ロジカルに曲を作っていくような人にも向くと感じます。未体験の方は、本稿をきっかけにフリー版のStudio One 4 Primeから入るとよいかもしれません。