魔法びんの“真空技術”を生かしたポータブル・スピーカー=VECLOS

“VECLOS”(ヴェクロス)をご存じだろうか? 魔法びんのメーカーとして有名なTHERMOS(サーモス)によるスピーカーのブランドだ。現在ステレオ・タイプのアクティブ・スピーカーSSA-40Sとモノラル・タイプのSSA-40Mの2機種をラインナップしており、Bluetoothでのワイアレス接続やコンパクトな設計などポータビリティ抜群なのだが、サンレコ的に最も興味深いのは、魔法びんの技術を応用したステンレス製のエンクロージャー。“真空二重構造”を採っており、極めてクリアなサウンドを生み出すというのだ。本稿では、メーカーへのインタビューを通して技術の面をひも解いた後、レコーディング・エンジニア飛澤正人氏によるレビューでその真価に迫ってみよう。

about VECLOS

LINEUP

THERMOSとしては初となるアクティブ・スピーカー。コンピューターなどとBluetooth接続して用いる仕様で、モノラル・タイプのSSA-40Mとステレオ・タイプのSSA-40Sをラインナップ。両タイプ共にカラー・バリエーションはレッド/ホワイト/ブルー/ブラックの4種類となっている。技術的な特徴としては、魔法びんの真空技術を生かしたエンクロージャーが出色。箱鳴りを減じることで、クリアなサウンドを実現している。

SPECIFICATIONS

●共通
▪スピーカー構成:40mm径フルレンジ×1(1台あたり)
▪スピーカー・インピーダンス:4Ω
▪通信方式:Bluetooth 3.0+EDR
▪伝送距離:最大約10m(使用環境による)
▪記憶可能なペアリング台数:最大4台
▪外形寸法:52(W)×94(H)×61(D)mm(1台あたり)

●SSA-40M
▪最大出力:3W
▪電源:Micro-USB端子(DC5V/500mA以上)
▪重量:約160g
▪価格:オープン・プライス(市場予想価格:10,000円前後)

●SSA-40S
▪最大出力:2.7W+2.7W
▪電源:Micro-USB端子(DC5V/1A以上)
▪重量:約300g(2台のエンクロージャーを接続するためのケーブルは除く)
▪価格:オープン・プライス(市場予想価格:18,000円前後)

テクノロジー解説

真空の“遮音性”を利用

それにしてもTHERMOSがスピーカーを開発することになったのは、なぜなのだろう? まずはその経緯について、同社VECLOS課の平松仁昌氏に尋ねてみる。

「弊社のポリシーの1つに“絶えず新しい分野に挑戦していこう”というものがあり、かねてから魔法びんの真空技術を生かした新しい事業を構想していたんです。それでさまざまな候補が挙がったわけですが、なかなか“これ”といったものに恵まれず、試行錯誤を繰り返していたんですね。そんなある日、魔法びんの筒にスピーカー・ユニットを付けると良い音で鳴ることが分かりまして……理由を探ってみたところ、魔法びんの真空層には断熱だけでなく遮音の効果もあり、それが功を奏していたんです。そういうわけで、スピーカーだったら我々の製品として特徴のあるものにできそうだと思い、開発を進めました」

魔法びんは2つの筒が重なった二重構造を持ち、内側の筒(内筒)と外側の筒(外筒)の間に1mm以下のわずかなスペースを有している(写真①)。ここに空気があると、それを介して熱が逃げたり外の熱が入ったりするのだが、真空の層となっているため熱の伝導が起こらない(図①)。

写真① 内筒と外筒の間のスペース

▲VECLOSのスピーカーのエンクロージャー断面。基本的には魔法びんと同じ仕組みで、内筒と外筒の重なった二重構造だ。両者の間にあるスペースが真空の層となる ▲VECLOSのスピーカーのエンクロージャー断面。基本的には魔法びんと同じ仕組みで、内筒と外筒の重なった二重構造だ。両者の間にあるスペースが真空の層となる

図① 魔法びんが熱を伝えない仕組み

▲魔法びんの仕組みをイメージ化したもの。もし内筒と外筒の間に空気があると、それを伝って熱が外へ逃げるが、真空中では熱が伝わらないため、中の熱が逃げることや外の熱が入り込むことがほとんど無い ▲魔法びんの仕組みをイメージ化したもの。もし内筒と外筒の間に空気があると、それを伝って熱が外へ逃げるが、真空中では熱が伝わらないため、中の熱が逃げることや外の熱が入り込むことがほとんど無い

こうした断熱の効果により、内容物の保冷や保温が行えるのだ。平松氏が言う通り真空は遮音の効果も持ち、熱と同様に音も伝えないわけだが、それがスピーカーにどのようなメリットをもたらすのか?

「スピーカー・ユニットの背面からは逆相成分が出ていて、それがエンクロージャーを揺らすことにより箱鳴りが起こります。しかし魔法びんにユニットを入れたとすれば、その逆相成分が真空の層で遮音されるため、ほとんど外へ出ていきません。結果、箱鳴りを抑えることができ、クリアな音が得られるのです(図②)。

▲内筒と外筒の間に空気があると、それを介してスピーカー・ユニット背面の逆相成分が外筒へ伝わり、箱鳴りの原因となる。しかし両者の間に真空の層を作ることで、逆相がほとんど外へ伝わらなくなり、箱鳴りによる雑音を抑えられるわけだ ▲内筒と外筒の間に空気があると、それを介してスピーカー・ユニット背面の逆相成分が外筒へ伝わり、箱鳴りの原因となる。しかし両者の間に真空の層を作ることで、逆相がほとんど外へ伝わらなくなり、箱鳴りによる雑音を抑えられるわけだ

また真空の層は大気中よりも低気圧なので、気圧差による圧力が生じ、内筒と外筒にテンションがかかります。それにより片側の面が大気圧で押さえられているので、逆相成分が内筒を揺らしても、その振動はすぐに止まります。もちろん外筒にはほとんど伝わらず、伝わってもすぐに止まるため、キレの良い音が得られるわけです」

パイオニアとともにユニットを開発

VECLOSのエンクロージャーもその“真空二重構造”を採用し、箱鳴りを大幅に抑えている。つまり振動音がスピーカーの出音に干渉せず、音が直線的で指向性が高いのも特徴だ。「だからエンクロージャーの良さが生きるスピーカー・ユニットを作ろうと思ったんです」と平松氏。

「クリアな音が出せるエンクロージャーだと分かったので、中高域をくっきりとさせつつ、低域は無理に膨らませないという方向になりました。スピーカー・ユニットは、パイオニアさんに技術協力を仰ぎながら作ったカスタム・メイド品です。幸いだったのは、パイオニアさんが“音楽制作者の意図をそのまま再現する”というポリシーをお持ちだったこと。それは我々の考えるところでもあったので、意志のすり合わせなども非常にスムーズでした」

スピーカー・ユニットは40mm径のフルレンジ・タイプ。理想のサウンドを実現するために、さまざまな技術的工夫を凝らしたという。

「まずはコーン紙を硬くすること。紙のみの柔らかい状態では中高域のキレが得られず、樹脂だと硬くてもやや軽い音になってしまいます。かと言って金属製にすれば重くなるため、パワーを上げなければなりません。そこで我々は“マイカ”という鉱物を紙に固着させて、軽量ながら硬質なマイカ混抄コーンというものを作ったんです(写真②)。中高域がクリアで、特性の良い音が得られますね。

写真② マイカ混抄コーン

コーン紙にはマイカ(雲母)が固着されており、光沢を放つ コーン紙にはマイカ(雲母)が固着されており、光沢を放つ

ダンパーにもこだわりました。一般的にはコルゲーション・ダンパーという面の波打ったものを使うことが多いようですが、我々は面に切れ目の入った“バタフライ・ダンパー”を使用しています(写真③)。これによりコーン紙のストロークを大きくし、小口径でもある程度低域が見えるようにしたんです。

写真③ バタフライ・ダンパー

▲ボイス・コイルが巻かれたボビン(写真中央の白い筒)の回りにはバタフライ・ダンパーが備わっている ▲ボイス・コイルが巻かれたボビン(写真中央の白い筒)の回りにはバタフライ・ダンパーが備わっている

あとはネオジム磁石を使うことで、軽さを維持しつつパワーを確保しました。とにかく色付けを避けて開発したので、ミックスなどでの音作りがそのまま再現されるスピーカーになっていると思います。音楽制作をしている人に、ぜひ使っていただきたいですね」

VECLOSのスピーカーはBluetooth対応機器とワイアレス接続して使えるため、セッティングが煩雑にならないのも魅力。ミックスのバランスを小口径のスピーカーで確かめたいとき、出先で作品をプレゼンテーションしたいときなど、使い道は幾らでもありそうだ。

Engineer's Review *
by 飛澤正人

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音がにじまないしセンターもブレにくい
ミックスの最終チェックにピッタリですね

Dragon Ashや鬼束ちひろ、BAROQUEなどさまざまなアーティストを手掛けてきたレコーディング・エンジニア、飛澤正人氏。今回は、本誌でも音響機器への確かな審美眼を見せている氏にVECLOSのステレオ・モデル=SSA-40Sを試していただき、その印象について語ってもらった。

指向性が良く定位感も抜群です

僕は、ミックスした音源をAPPLE MacBook Proの内蔵スピーカーでチェックすることがあってね。大抵は作業の最終段階なんですが、そこで中域以上の“聴こえやすい帯域”が出過ぎていないかどうか、うるさくなっていないかどうかを確かめるんです。でもMacのスピーカーではディテールがつぶれがちなので、このSSA-40Sがあればチェックの精度を高められると思いますね。

僕は最初、SSA-40Sを窓辺のテーブルに置いて使っていたんですよ。そのときは良さが分からなかったんですが、試しに窓から離して、周りに何も無い環境で鳴らしてみたところビックリした……ものすごく指向性が良いんです。これは出音そのものが良いことの何よりの証拠ですね。例えばモニター・スピーカーの多くは、壁や天井からの反射を含めて良い音になるよう設計されています。だから出音自体が優れているというよりは、ルーム・チューニング込みで良い音に聴こえるわけです。SSA-40Sはその逆で、反射の量が少ないほど良い音に聴こえる。きっと出音そのもののクリアさを追求しているのでしょうね。

指向性の良さは、定位感の良さにも通じています。両手に1台ずつのエンクロージャーを持って間隔を離していくと、ほんのちょっと動かしただけで定位の変化が分かるんですよ。それこそ目をつむっていてもはっきりと分かるので、1つ1つの音がにじまずクリアに出ているというわけですね。そしてセンターがブレない。キックやスネア、ボーカルなどが、左右のエンクロージャーをがっつりと離してもずっと真ん中に居るんですよ。

周波数特性に関しては、200Hz辺りから下はおとなしいけれど、どこかが強調されている様子は無く全体的にナチュラルです。パワーも概ね問題なく、ちゃんとミックスされた音源ならそこそこ大きく出しても大丈夫。もしひずんで聴こえたら、ミックスのどこかに無理があると考えた方が良いでしょう。箱鳴りを起こさないこともあり、ミックス自体の問題点をより正確にチェックできるため、僕らエンジニアがその用途で使うのは全然アリだと思いますね。

▲飛澤氏は、APPLE MacBook ProとBluetooth接続して使用。「デヴィッド・ゲッタなどのダンス・ミュージックでも、低域の倍音が豊かなものであればリスニング用途でも楽しめそうです」と言う ▲飛澤氏は、APPLE MacBook ProとBluetooth接続して使用。「デヴィッド・ゲッタなどのダンス・ミュージックでも、低域の倍音が豊かなものであればリスニング用途でも楽しめそうです」と言う
▲左右のエンクロージャーの間隔を調整し、定位感をチェックしているところ。「ステレオ・イメージャーを調整しているような感覚です。出音の指向性が良くないと、そうは感じないでしょう」と語る。氏は両者を50cmほど離したポジションがお気に入りだ ▲左右のエンクロージャーの間隔を調整し、定位感をチェックしているところ。「ステレオ・イメージャーを調整しているような感覚です。出音の指向性が良くないと、そうは感じないでしょう」と語る。氏は両者を50cmほど離したポジションがお気に入りだ