22.2chシステムの椅子で体験する『Lenna』/ゲーム『HUMANITY』に声で参加【第37回】realize〜細井美裕の思考と創発の記録

仕切りのない部屋でのグループ展に向けて椅子形の22.2chスピーカーTamaToonを導入

 今月でなんと連載4年目に突入です。大学ならそろそろ論文をまとめる時期ですね。私はまだこうして下書きのような日記のようなものを続けていく所存です!

 先月、帝国ホテルプラザのAkris Salonにて、2018年に22.2chで制作した音響作品Lennaの展示の機会をいただきました。キュレーターは山下有佳子さん(昨年私が初めてオブジェクトの作品を発表した『Art Collaboration Kyoto』のディレクター)、展示会タイトルは『Rebirth Reverse Construction』。私にとっては初めてのホワイト・キューブでのグループ展でした。ほかにはパリを拠点に活動するブラジル人アーティスト・デュオ、デタニコ・レイン(日本では2005年にICC『オープン・ネイチャー|情報としての自然が開くもの』でも展示しています。展示作家の一覧を見ていますが、面白そうだなあ……色褪せないICC)、河原温、関根ひかり(敬称略)の計4名。詳細はARTnews JAPANの有佳子さんとの対談記事をご覧ください。

 仕切りのない一部屋でグループ展となると、真っ先に頭に浮かぶのは(私の作品による)近所迷惑、騒音問題です。下見でスピーカーを仕込むのには限界があることが分かったので、Lenna制作チームに相談。毎度まずはどういう展示にしたいかという話からヒアリングされます(主に久保二朗さんから。ほぼ面談?)。ギャラリーは2面がガラスでひらけていて、道からガラスドア一枚でギャラリーに入れるので、日常の延長線にあるイメージでした。かつ、ほかの作品への影響をなるべく少なくしたい、これまでのLennaの展示のうち一番小さい音量かなという話をしたところで、久保さんから、“AUDIO HEART TamaToonはどうか?”と。え!確かに。もちろん知っていたけれども、使うという考えがなかったもので、その手があったか!と。TamaToon(後に説明)を販売しているASTRODESIGNさんは一度伺ったことがあり、22.2chの視聴ルーム用にLennaを使っていただいているご縁もありました。久保さんに間に入っていただいてASTRODESIGNさんにもご快諾いただき、無事実現することができました。チームの皆様、本当にありがとうございました。

 TamaToonは、22.2chシステムが組み込まれた椅子(椅子形のスピーカー)です。蔦屋家電にあったようで“見たことある!”という方もいらっしゃいました。体がまるっと包み込まれるような形で、フォーマット通りの22.2chのスピーカー・レイアウトと大きく異なるのは前面の開口部です。22.2chは通常、映像を中心としたフォーマットで前面にスピーカーが集中していますが、椅子では前面にはスピーカーを物理的に配置できないため、“トランスオーラル再生”で仮想的に前方定位を実現しているというのです。

帝国ホテルプラザAkris Salonにて展示されたLenna。人が来た時に再生されるように、座席左下にYCAM展示のときに制作してもらった人感センサーを設置

帝国ホテルプラザAkris Salonにて展示されたLenna。人が来た時に再生されるように、座席左下にYCAM展示のときに制作してもらった人感センサーを設置
Photo:So Mitsuya

22.2chシステムが組み込まれているTamaToonのスピーカー・レイアウト。椅子型のため、スピーカーが配置できない前方部分はファンタム・センターでカバーしている

22.2chシステムが組み込まれているTamaToonのスピーカー・レイアウト。椅子型のため、スピーカーが配置できない前方部分はファンタム・センターでカバーしている

 今回ASTRODESIGNさんからは、TamaToonのほか、32個のパッシブ・スピーカーを駆動できるマルチチャンネル・パワー・アンプPA-1853と、そのコントローラーRB-1853を提供いただきました。システムは、私のAPPLE MacBook Pro(13-inch, 2018)→RME MADIface USB→PA1853→TamaToon、以上です。設営時、あまりにも設営と機材がシンプルだったので、手軽なことすら気づかないところでした、危ない。あらためて、簡単でした! 音を鳴らすまで1時間くらいでできてしまったのではないかな……もちろんエンジニアの皆さんによる1時間ですが。その後は葛西敏彦さんに来ていただいて調整。今回は小さい音で鳴らしたいが、会場のすぐ外を電車が通っているという状況だったので、いつもよりダイナミクスを小さくしました(小さいところを大きいところに合わせた)。こんなにシンプルにできるならいろいろな場所で展示の可能性が広げられるなと思っていたのですが、重さがなんと約139kgですから、まずは国内ですね。『Lenna』もこんなに長くお耳にかかることになるとは思っていなかったのでとてもうれしいですし、確実に制作当時の自分からは変化した自分が展示をしているなと思う瞬間もあったりして、再展示の面白さを知りました。

今回のLennaのシステム。APPLE MacBook Pro→RME MADIface USB→PA-1853→TamaToonの順で接続されている

今回のLennaのシステム。APPLE MacBook Pro→RME MADIface USB→PA-1853→TamaToonの順で接続されている

 そういえば展示前にTamaToonを体験したとき、例えば、ホーム・シアターとして使う場合に画面を見る推奨位置はここ、と言われた距離に驚きました(写真参照)。でも、見たら確かに画面以外が見えないので没入感がプラスだった。なんとなく“ディスプレイはこの辺で見る”“スピーカーはこの辺で聴く”という先入観を疑ってみるのも大事だなあ。

これが、NHKが推奨する“8K映像を見るときの最適距離”(0.75H:観視距離が画面の高さの0.75倍)とのこと。近‼︎

これが、NHKが推奨する“8K映像を見るときの最適距離”(0.75H:観視距離が画面の高さの0.75倍)とのこと。近‼︎ 詳細は下記リンク“(1)臨場感”を参照
https://www.nhk.or.jp/strl/publica/rd/137/3.html

5年ほど前からレコーディングを行っていたパズル・ゲーム『HUMANITY』が完成!

 話は変わりますが、オリジナル・サウンドトラックのVoiceを担当したSONY PlayStation用ゲーム『HUMANITY』が発売されました。サウンドはすべてJEMAPUR(ジェマパー)さんによるもので、実は5年前くらいから動いていました……。ジェマさんのスタジオでレコーディングしていたのが遠い昔のようですが、実際遠い昔でした。ベースになるトラックや雰囲気は当時からあって、それを流しながら、私が上にモチーフを重ねたりロング・トーンを足したり、ジェマさんが鍵盤を弾いてそれに反応してみたりなどしていました。各種ストリーミング・サービスでも聴けますし、Bandcampでも手に入ります。ジェマさんの執念ったらすごいですよ。冗談抜きでこの数年、10回以上は最終版が送られてきたんじゃないかなあ。しかも、すべて192kHzで制作していたのでデータが爆重。ゲームが公開されなかったら多分一生アップデートを続けていたんだろうなあ。公開と同時に“終わりが来てよかった”と思うほどの魂の入れようでしたから、ぜひ聴いてみてください。いや、ぜひプレイしてみてください!『デザインあ』やコーネリアスの映像などで知られるthaの中村勇吾さんと、『Rez』や『テトリス』をリリースしているEnhanceによるパズル・ゲームです。開発チームには大学同期の大河遼太君もいて(偶然)、鼻高々でございます。『HUMANITY』のHUMANとして声を使っていただけたことはとても光栄ですし、なんと言っても新たな声のアーカイブ先として、プレーヤーの記憶が追加されたと思うと、自分がこれからどうアーカイブについて考えていくかとても楽しみになりました。

筆者の声がサンプリングされているSONY Playstation用ゲーム『HUMANITY』

筆者の声がサンプリングされているSONY Playstation用ゲーム『HUMANITY』

JEMAPURによる『HUMANITY(Original Soundtrack)』は、各種ストリーミング・サービスにて配信中

JEMAPURによる『HUMANITY(Original Soundtrack)』は、各種ストリーミング・サービスにて配信中

 そうだ、『VGMdb』というアーカイブ・サイトはご存知ですか? 『HUMANITY』リリース直後に私の名前が登録されたみたいで、Googleから通知が来たんです。“the music of visual arts and games”に関わるクレジットのデータベースで、楽しくてしばらく見てしまいました。

 もうひとつ、アーカイブと言えば、exonemoの個展が日本で! 7月6日〜8月6日にWAITINGROOMで開催されますね。永続性を持つと信じられはじめたデジタル・データと、人間の記憶がそろうことが作品の成立条件になっている“On Memory”のシリーズが公開されるそうです。必ず見に行く!

 

今月のひとこと:7月15日から長野県立美術館で新作を発表します。美術館の隣の善光寺の耳と手の感覚だけで進む“お戒壇巡り”は必ず!

細井美裕

細井美裕

【Profile】1993年生まれ、慶應義塾大学卒業。マルチチャンネル音響を用いた空間そのものを意識させるサウンド・インスタレーションや、舞台公演、自身の声の多重録音を特徴とした作品制作を行う。これまでにNTT ICC無響室、YCAM、札幌SCARTS、東京芸術劇場コンサートホール、愛知県芸術劇場、国際音響学会AES、羽田空港などで作品を発表してきた。

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