こんにちは。Emeraldのギタリスト、磯野好孝です。Emeraldの7年ぶり、通算3枚目のアルバム『Neo Oriented』の制作過程を振り返りながら、Studio One Proに触れてきた当連載。今回は『Neo Oriented』収録曲の「in the mood」を参考に、録音した音源データをミックス・エンジニアに渡す前の“仕上げ作業”にフォーカスします。ギタリスト目線が中心となっていますが、ほかの楽器やトラック制作にも応用できる内容かと思います。
ライブ時と同じ人数分にトラックを制限
まず、レコーディングしたトラックをざっくり“3人前”に整理していきます。Emeraldではライブ再現を大切にしているため、各パートに許されているトラック数は演奏上限、つまり“ライブで鳴らせる音”に合わせています。ギターの場合、録音は私一人で行いますが、ライブでは、私(磯野)、ボーカルの中野、サポート・メンバーのユースケ(TAMTAM)の3名で演奏するので、同時に鳴らすギターは3本までに制限。こうすることで、録音でもライブのリアリティを保つ工夫をしています。
音作りのプロセスに入る前に、もう一度「in the mood」のイメージを脳内で鮮明に描き直します。どんな楽器が鳴っているのか、各パートがどう絡み合っているのか、ライブのステージ上での動きまで思い浮かべることもあります。この“イメージの明確化”は、音作りにおいて私が一番大切にしているステップです。この楽曲で具体的にイメージしたのは、ディアンジェロ&ザ・ヴァンガードのライブ映像『Live at North Sea Jazz Festival 2015』です。
センターにディアンジェロ、左右にアイザイア・シャーキー、ジェシー・ジョンソンがいて、それぞれのキャラクターが違うギター・サウンドで、時にユニゾンしたり掛け合ったりするイメージです。こうして各パートにキャラクターを割り当て、ギターの位置(パン)やサウンドを決めていきます。なお、本工程は3人前のギター・パートの意図をミックス・エンジニアに伝えるための参考ラフ・ミックスを作るためであり、エンジニアにデータを渡す際には基本的にすべてセンターに戻しています。
Ampireのセッティングを変えて異なるサウンド・キャラクターに
アルバム制作時にはIK MULTIMEDIAのAmpliTube 5とToneXを使いましたが、今回はStudio One Pro 7に標準搭載のアンプ・シミュレーターAmpireで音作りします。まず、音作りのスタート地点として取り組んだのは、楽曲全体を支えるバッキング・トラックのサウンド・メイクです。FENDER '65 Twin Reverbのモデリング・アンプ、Blackface Twinを選択し、ネオソウルらしいきらびやかさと重厚さを感じるイメージでEQ調整していきます。
さらに、このトラックを演奏するプレイヤーを想定した際、ギター・ソロを弾く役割も担うことを考慮し、バッキングだけでなくソロ・プレイにも適したサウンドになるよう調整を加えました。レコーディングの際には、パートごとに細かくアンプのセッティングを変えることももちろん可能ですが、今回は“同一のプレイヤーが通して弾いている”という設定を守るため、あえて同じアンプ設定を維持しました。
そもそもこの制約は、ライブ演奏を意識した実用的な理由から始まりました。実際のライブでは、プレイ中にアンプの設定を変更するのは現実的ではなく、一貫したセッティングで通す必要があります。しかしながら、制作を重ねるうちに、この制約がむしろ楽曲中のギター・パートに明確なキャラクターを与えるのに役立っていると気づきました。
同様に、ほかのパートのサウンドをイメージに沿って作りこんでいきます。単音リフを弾いているパートはMARSHALL JCM800のモデリング・アンプ、MCM 800を使ってサウンドのざらつきを表現します。
もう一人のプレイヤーのアンプには先述のBlackface Twinを使いますが、こちらはキャビネットを変更し、BRIGHTスイッチを切ることでキャラクターの違いを表現します。
こうして私一人からキャラクターの異なる3人のギタリストを楽曲中に登場させることができました。実際にレコーディングしたデータを元に参考音源を用意したので、聴き比べてみてください。
今回の事例で、あえて“制約”を設けることでクリエイティブが刺激される瞬間がある、という点を感じていただけたら幸いです。Emeraldでは、ライブの再現性を重視したトラック数の制限や、特定のサウンド作りのルールなど、意図的な“縛り”を設けることで新しい発想が生まれることがよくあります。制限は一見すると自由を奪うように思えますが、実際にはそれが予想外のアイディアや音楽的な面白さを引き出してくれることも多いのです。
これまでの連載を通じて、Emeraldのアルバム制作の舞台裏をご紹介しながら、Studio One Proがどのようにそのプロセスを支えているのか、具体例を交えてお伝えしてきました。Emeraldの音楽は、メンバー全員のクリエイティブな試行錯誤とテクノロジーの進化が融合して生まれます。少しでも、私たちのアプローチが皆さんの制作に役立つヒントになっていたらうれしいです。
磯野好孝(Emerald)
【Profile】新時代のシティポップを提示するバンド=Emeraldのギタリスト。Emeraldは2011年の結成で、2024年には7年ぶりのフル・アルバム『Neo Oriented』を発表。リード曲「ストレンジバード」がラジオ各局でパワー・プレイ。収録曲「in the mood」のテレビ東京『モヤモヤさまぁ~ず2』7〜9月度EDテーマ採用に加え、TOWER RECORDSの「NO MUSIC, NO LIFE」への掲出、東京キネマ倶楽部でのアルバム・リリース・ワンマン・ライブを成功に収めるなど、14年目となる現在も着実に活動の幅を広げている。
【Recent work】
『Neo Oriented』
Emerald
(Maypril Records)
PreSonus Studio One Pro
LINE UP
Studio One Pro 7:28,000円|Studio One Pro 7 クロスグレード/アカデミックバージョンアップ/アップグレード:21,000円|Studio One Pro+ 6 MONTH:14,000円|Studio One Pro+ 12 MONTH:26,000円
※いずれもダウンロード版
※オープン・プライス(記載は市場予想価格)
REQUIREMENTS
Mac:macOS 12.4以降(64ビット版)、INTEL Core i3プロセッサーもしくはAPPLE Silicon(M1/M2/M3チップ)
Windows 10(64ビット版)、INTEL Core i3プロセッサーもしくはAMD A10プロセッサー以上
共通:8GB RAM(16GB以上推奨)、40GBのストレージ、インターネット接続(インストールとアクティベーションに必要)、1,280×768pix以上の解像度のディスプレイ(高DPIを推奨)、タッチ操作にはマルチタッチ対応ディスプレイが必要