これまで3回にわたり、2022年発売のソロ・アルバム『Betsu No Jikan』の楽曲を例に、Avid Pro Toolsを用いた波形編集について書いてきた。最終回は、ドラム・トラックの編集や音作り、ミックスに焦点を当てていく。
808風クラップのサンプルを重ねスネアの音量感を補強
昨年プロデュースで携わった柴田聡子さんのアルバム『Your Favorite Things』や優河さんのアルバム『Love Deluxe』において、曲によっては“生でたたいているけれど、サウンド的には打ち込みにも聴こえる”ようなイメージを目指してドラムに取り組んだ。その際の音作りや編集も、波形編集が中心だった。
私がよく行うドラムの編集の1つに、“音色の差し替え”がある。『Your Favorite Things』では、レコーディング後に“やっぱりサンプリングっぽくしたい”と思い至り、生で録ったドラムからスネアやキックだけをサンプルに差し替えた曲があった。ミックスを進めていく中で、“ドラムの音色を変えたいな”などと思うことはよくある。ただし、録り直す時間や予算はない。打ち込めば早いが、ドラマーがたたいたグルーヴを生かしつつ、サンプリング感のある音にしたい。そんな意図があった。
このときは、キック、スネア、ハットを一緒に録ったドラム・トラックのスネア波形だけをすべて切り出し、元と同じ場所に置いた。
トリミングするポイントを探す際、Pro Toolsは自動で波形からトランジェントを検出するタブ・トゥ・トランジェント機能などが便利だが、結局割り出したアタック位置を微調整する必要があるため、1つずつ目と耳で音を探してカットした。サンプルを貼るときは、人間がたたいたものに対して、1打1打ちょうど良いタイミングを見つけていく。当然、曲を通してすべて同じサンプルを使うわけではない。アタック感が少し違うワンショットなど、幾つかを使い分ける。フィルの連打などの際は、1〜3打目でだんだんと音量が上がるように、クリップ・ゲインで調整する。
ドラムの一部を差し替える際のほかの工夫としては、キックやスネアはオンマイクで収音している部分のみ差し替えて、ほかのマイクにかぶっているキックやスネアは生かす。ルーム感や雰囲気を活用するためだ。また、スネアにROLAND TR-808風のクラップのサンプルや、フィンガー・スナップの音を重ねることも多い。これはハウスの雰囲気を得るためではなく、ミックスの中でスネアが前に出てこず、“これ以上音量を上げると無理な音になる”となったときの措置で、音量感を補強する。クラップだと分からないくらいEQしてうっすら混ぜるだけでも、印象が変わる。
別のケースで、生で録ったドラムのテンポをもう少し“クリッキー”にしたいときもある。その場合は、やはり波形を1音ごとにバラバラに分け、それぞれグリッドに合わせる。こだわりは、ハイハットはそこまで詳細にグリッドに合わせないことだ。一番細かくリズムを刻むハイハットをグリッドに合わせてしまうと、本当にただの打ち込みのようになってしまう。
ミックスはキックとベースから着手 アウトボード用のバスも活用
ミックスの際は、まずはキックとベースのバランスを整えた上で、そのほかに着手していく。キックやベースはWAVES Renaissance Bassでうっすらサブベースを加え重心を落とすこともある。ドラムのパンニングは曲によるが、ドラムの外側から上モノが聴こえるイメージを意識することが多いので、極端に広げるようなことはあまりない。それらドラムのパートは、幾つかの階層に分けてバスにまとめて処理をしていく。中でも、“オンとオフの間”くらいで全体のルーム感を収めた“Kit”というマイクをモノラルとステレオで立てるのが好きで、その“Kit”とキック、スネアをまとめたバスを最初に作ることが多い。
余談だが、自宅のアウトボードでドラムの音作りをするのが自分の中の流行だ。SLATE PRO AUDIOのコンプDragonは、BOOMスイッチによりヒップホップのような太さのキックが得られる。過激にひずませたいときは、FOSTEXのアナログ・ミキサーModel 350に入力してゲインを最大にする。その後、最終的にプラグインで調整する。以前は最初からサチュレーション系のプラグインを挿していたが、アナログの質感はやはり得難い。今ではアウトボード用のバスを作っているほどだ。
駆け足でドラムについて触れてきた。私が10〜20代の頃に聴いてきた2010年代のアメリカのインディー・ロックは、生ドラム・サウンドでもヒップホップやエレクトロに負けない太さが感じられた。個人的には、それが2000年代までの音楽との大きな違いであるように思う。さまざまなジャンルがプレイリスト上で並列的に聴かれる時代になったことが理由かもしれない。そんな“時代の音”の変遷は、当然私のドラムに対するアプローチに少なからず影響を与えている。そしてそのアプローチは、Pro Toolsがあるからこそ可能になっている。
というわけで、連載は今回が最終回。だいぶニッチな視点での編集法ばかりだったかもしれないが、いつかどこかで誰かの音楽制作の種になってくれたら幸いだ。目を通してくださった皆さん本当にありがとうございました。
岡田拓郎
【Profile】シンガー・ソングライター/ギタリスト/プロデューサー。2012年にバンド“森は生きている”を結成し、2017年にソロ・デビュー。2022年発売のソロ・アルバム『Betsu No Jikan』では、アンビエントやニューエイジなどに通じる新たな表現を試みている
【Recent work】
『熱のあとに Original Sound Track』
岡田拓郎
(NEWHERE MUSIC)
Avid Pro Tools
LINE UP
Pro Tools Intro:無料|Pro Tools Artist:15,290円(年間サブスク版)、30,580円(永続ライセンス版)|Pro Tools Studio:46,090円(年間サブスク版)、92,290円(永続ライセンス版)|Pro Tools Ultimate:92,290円(年間サブスク版)、231,000円(永続ライセンス版)
REQUIREMENTS
Mac:macOS 15.1、最新版のmacOS 14.7.x/13.6.x/12.7.x、M3/M2/M1あるいはINTEL Dual Core i5より速いCPU
Windows:Windows 10(22H2)/11(23H2)、64ビットのINTEL Coreプロセッサー(i3 2GHzより速いCPUを推奨)
共通:15GB以上の空きディスク容量
*上記はPro Tools 2024.10時点