私がAvid Pro Toolsを最初に制作で使ったのは2014年の初夏のことだ。当時在籍していたバンド“森は生きている”の2ndアルバム『グッド・ナイト』の編集とミックスを自分で行うために使いはじめた。それから10年、ソングライターでありプレイヤー、そしてプロデューサー、ミキシング・エンジニアとして活動してきた自分にとってのPro Toolsでのレコード制作におけるベストな道筋や考え方、ちょっとしたアイディアなどを、4回の連載でシェアできればと思う。若い世代のミュージシャンの手引きとまではいかなくとも、“こういう考え方があるんだ”と思ってもらえたら幸いだ。
スタジオから自宅まで同環境で作業できることの利便性
DAWが個人の手にも普及し、“エレクトロニカ”や“音響”といった言葉がもてはやされた2000年代に10代を過ごした私が特に強い関心を抱いていた音楽家は、ジム・オルーク、細野晴臣、ダニエル・ラノワ、ブライアン・イーノ、ブライアン・ウィルソン、ホルガー・シューカイなど。彼らのレコードの響きには、ほかとは異なる特別な魅力を感じた。旋律や和声、編曲といった楽曲的な要素と、ミキシングや編集などの要素が、“2つの粘度の塊を合わせてコネた”ように一体となって聴こえた。彼らの音楽における編集は、レコーディング作業における文字通りの編集でもあり、大袈裟な物言いになるかもしれないが、人類史と共に脈々と受け継がれた音楽の文脈、そして音楽の未来への眼差しにも感じられた。私が“編集やミックスを含めて作曲”という考え方を持つのは、自然の流れだった。
2013年の森は生きているの1stアルバム『森は生きている』で商業スタジオでの一般的なレコーディングの流れを一通り経験し、その翌年、2ndアルバムで10代の頃からため込んでいたアイディアを実践すべく、自らミックスを行うことにした。
1stの制作を通して多くのスタジオでPro Toolsが用いられているのを知り、また、あくまで生演奏の録音、編集をメインとする私の音楽スタイルだと、ほかのソフトではなくPro Toolsを導入することに迷いはなかった。そしてその結果、スタジオでの録音から自宅での細かな編集作業へシームレスに移行したり、時には別のエンジニアと同じセッション・ファイルを共有して二重体制でミックスしたりと、私の音楽制作におけるプロセスのひな形を作ることができた。
本稿はPro Toolsの連載ではあるが、もし今気に入っているソフトがあるのであれば、それを使い倒すのがベストだと思う(どんな最新鋭のソフトよりも、“今あるものを使い倒す!”という気合いこそが最も重要なプラグイン!)。しかし、マイク録音を中心としたアコースティックな音楽をメインに、スタジオでの録音と自宅での編集を行き来し、針の穴に糸を通すような細かな作業を繰り返しながら音楽制作したいということであれば、Pro Toolsの操作に慣れているとスムーズなことが多いかもしれない。かつての音楽業界のように潤沢な予算があり、数カ月もスタジオを押さえて作業を行うことが困難な時代であるからこそ、スタジオと自宅で同じ環境で制作が行えるのは大きなアドバンテージのように思う。
プレイリスト機能を活用し“思いもよらないフレーズ”を生成
そんなわけで具体的な使用法に触れていく。やはりPro Toolsの波形編集のスムーズさは特筆すべき点で、あらためて着目したい。
私がポップスの制作にプロデューサーとして関わるとき演奏者にお願いするのは、まずはあらかじめ用意されていたフレーズをプレイしてもらうこと。そうして演奏者がベストだと思うテイクが組み立った頃には、身体に曲の構成やムードが隅々まで入っている。そのタイミングで演奏者に幾つかヒントのようなキーワードを投げかけて、思いつくフレーズを1、2テイクほどジャム的にプレイしてもらう。ジャム的に演奏すると手癖のフレーズが出てしまいがちだが、時に、今まで弾いたことがなかったようなユニークなフレーズが生まれることも多い。そうして耳に残るフレーズをキャプチャーし、波形の順番を入れ替えたり、別の波形とつなぎ合わせたりしていくと、プレイヤーも作曲者も編曲者も思いもしなかったフレーズが生まれることがある。
今年の9月にリリースされた優河『Love Deluxe』収録の「泡になっても」での谷口雄によるピアノは、まさにその流れで録音された。元のフレーズはベースにシンコペーションするシンプルなバッキングであったが、それを一通り演奏してもらったあとに、歌の隙間を縫いながら印象的に響くピアノのアイディアが浮かんだので試してもらった。
こういった際に、Pro Toolsのプレイリスト機能を用いながら作業するとスムーズだ。
このような細かな波形のつなぎ合わせの編集のやりやすさは、Pro Toolsが頭ひとつ抜けているように感じる。「泡になっても」ではピアノ・アレンジのために波形編集を行ったが、この手法を応用……というよりは“さらに根気強く行い作曲のプロセスに組み込めないだろうか”と取り組んだのが、2022年リリースの私のアルバム『Betsu No Jikan』だ。次回はこちらの編集について触れてみたい。
岡田拓郎
【Profile】シンガー・ソングライター/ギタリスト/プロデューサー。2012年にバンド“森は生きている”を結成し、2017年にソロ・デビュー。2022年発売のソロ・アルバム『Betsu No Jikan』では、アンビエントやニューエイジなどに通じる新たな表現を試みている。
【Recent work】
『love deluxe』
優河
(ポニーキャニオン)
Avid Pro Tools
LINE UP
Pro Tools Intro:無料|Pro Tools Artist:15,290円(年間サブスク版)、30,580円(永続ライセンス版)|Pro Tools Studio:46,090円(年間サブスク版)、92,290円(永続ライセンス版)|Pro Tools Ultimate:92,290円(年間サブスク版)、231,000円(永続ライセンス版)
REQUIREMENTS
Mac:macOS Sonoma 14.4.5、最新版のmacOS Monterey 12.7.x または Ventura 13.6.x。M3、M2、M1あるいはINTEL Dual Core i5より速いCPU
Windows:Windows 10(22H2)、Windows 11(23H2)、64ビットのINTEL Coreプロセッサー(i3 2GHzより速いCPUを推奨)
共通:15GB以上の空きディスク容量
*上記はPro Tools 2024.6時点