三浦大知さんや安室奈美恵さんなどに楽曲を提供し、今年でプロ・キャリア25周年を迎える音楽家のNao'ymtです。今月より全4回で、Avid Pro Toolsの魅力を紹介していきます。私自身もアーティストとして楽曲をリリースしているので、プロデューサー/アーティスト双方の視点で、Pro Toolsをどう制作に取り入れているのかお伝えできればと思います。初回はボーカルの録音とエディットに関して、普段行っている具体的な手順を紹介します。
録りのレベルは−12dBFSが目安 コンピングの処理も詳細に
プロデューサーとしてアーティストに楽曲を提供する際、録音はボーカリスト、エンジニア、私の3者で進めますが、自身のプロジェクトでは、制作からミックスまで1人で行います(本誌2025年1月号でプライベート・スタジオの海底スタジオを紹介していただきましたので、ご興味のある方はぜひ)。セルフ・レコーディング時、ボーカル・ブースではアウトボードを操作できないため、ある程度余裕を持たせて録音します。まず、Pro Toolsのレベル・メーターをサンプルピークに設定し、歌ったときの入力レベルの目安として−12dBFS程度になるようマイクプリのゲインを調整します。このとき、一番大きな声でも−6dBFSを超えないようにします。コンプはアタック遅め、リリース速めで、ゲイン・リダクションが2〜4dB程度と控えめにすることが多いです。
録音時はPro Toolsの新規プレイリストにどんどんテイクを重ねていきます。歌に集中するためにループ・レコーディングを活用することもあります。機材としては、マイクはSONY C-800G/9X、マイクプリはA-DESIGNS AUDIO PacificaまたはNEVE 1073、コンプはPURPLE AUDIO MC77などを愛用しています。なお、歌に関しては、正確なモニタリングができないため、録音の段階ではEQを使いません。どれだけ注意して設定しても、録りが進むうちに熱が入り、過度にコンプがかかったり、ヘッドルームが少なくなったりすることがありますが、その結果も含めてセルフ・レコーディングを楽しむようにしています。
録音が終わったら、Pro Tools付属プラグインのEQ IIIで不要な帯域をカットし、Dynamics IIIなどで軽めにコンプをかけます。
それから録ったテイクを整理し、コンピング作業を行います。コンピング時には、聴き取りにくい歌詞の一部を別のテイクから移植することもあります。外部スタジオでボーカリストに歌ってもらうときなどは、録り直しはできません。気付かないうちにノイズが入ってしまった場合も同様です。こういった際は強引にテイクをつなぐこともあり、同じパートの別テイクの波形をつなぎクロスフェード処理をすることで、違和感のない仕上がりにすることができます。
ペンシルツールを用い、波形を書き換えてノイズを除去することもあります。
抽出したノイズを目視しながら元データのノイズを取り除く
コンピングが終わった後は、CELEMONY Melodyneでピッチの揺れを補正します。Pro ToolsはARA2を介してMelodyneと連携できるため、気になる箇所を迅速に修正することができます。ピッチ補正は視覚的に行えますが、最終的には耳を頼りに最適なバランスを探していきます。補正が完了したらトラックを右クリックして、レンダリングを行います。
次に、IZOTOPE RXやOEKSOUND Spiffでリップ・ノイズやクリック・ノイズを除去します。まず、ボーカル・トラックを複製し、RXのMouth De-ClickまたはSpiffを起動します。RXの場合は“output clicks only”を有効にして、ノイズだけをレンダリングします。Spiffではプリセットから“Remove Mouth Clicks”を選び、処理する周波数帯域成分のみを聴けるdeltaモードで処理内容を確認しながら、同様にノイズだけをレンダリングします。その後output clicks onlyとdeltaモードを解除し、ノイズだけの波形を参照しながら、元のトラックのノイズを含む部分のみRXやSpiffを適用させてノイズを取り除いていきます。クリップ全体にノイズ除去の処理を適用すると、必要なニュアンスまで削られてしまうことがあるため、確認しながら細かく作業を進めます。
仕上げとして、録音時にコンプを控えめに設定したことで生じるダイナミクスのバラつきを、クリップゲインで整えます。Macの場合は“Command+Shift+−”、Windowsは“Ctrl+Shift+−”でクリップゲインラインを表示し、波形を見ながら音量をならします。小さい部分は持ち上げ、大きい部分は抑え、歯擦音やブレス音もこの段階で調整します。
初期設定でクリップゲインのナッジ値を1.0dBにして、“Control+Shift+↑↓”で調整するとやりやすいです。歯擦音はMelodyneで調整することもありますが、波形を直接編集することでより細かなコントロールが可能です。
最後に、“Command+Option+3”(Mac)または“Ctrl+Alt+3”(Win)でトラックをマージします。エンジニアにデータを渡す際は、クリップの抜け落ちなどを防ぐため、できる限りすべてのトラックを1本ずつに統合します。
いかがでしたでしょうか。次回はトラックの整理方法や私がよく使うショートカットなど、Pro Tools の Tips 集を紹介します。
Nao'ymt
【Profile】1998年にR&Bコーラス・グループJINEを結成。2004年よりプロデュース業を本格的に始め、三浦大知や安室奈美恵、lecca、AIなどの楽曲を手掛ける。自身の名義でエレクトロニクス/アンビエントの楽曲を制作、発表している。
【Recent work】
『三月の花』
Nao'ymt
(YMT Productions Inc.)
Avid Pro Tools
LINE UP
Pro Tools Intro:無料|Pro Tools Artist:15,290円(年間サブスク版)、30,580円(永続ライセンス版)|Pro Tools Studio:46,090円(年間サブスク版)、92,290円(永続ライセンス版)|Pro Tools Ultimate:92,290円(年間サブスク版)、231,000円(永続ライセンス版)
REQUIREMENTS
Mac:macOS 15.1、最新版のmacOS 14.7.x/13.6.x/12.7.x、M3/M2/M1あるいはINTEL Dual Core i5より速いCPU
Windows:Windows 10(22H2)/11(23H2)、64ビットのINTEL Coreプロセッサー(i3 2GHzより速いCPUを推奨)
共通:15GB以上の空きディスク容量
*上記はPro Tools 2024.10時点