“作曲家”永井によるバンド楽曲のフル尺デモをPro Toolsで制作|解説:永井聖一

“作曲家”永井によるバンド楽曲のフル尺デモ制作|解説:永井聖一

 サウンド&レコーディング・マガジンをご覧の皆さま、こんにちは。永井聖一です。早くも2回目の連載の時期がやってきてしまいました。こういうときに限っていろいろな予定が束になって押し寄せてくるもので、前回予告していたデモ制作日記なんて手掛ける時間は全くなかった……という言い訳を先にしておきます。

EQ Ⅲの楽器別プリセットで帯域を簡単に整理 付属シンセAIR Xpand!2は常に音色候補

 というわけで、もう手順もへったくれもありません。今年の春先に某バンド用に作り込んだフル尺のデモを、逆走しながら説明する感じで一つ許してください。ほんと、説明しながら作業できる人を尊敬します……。

 まずは久しぶりに開いたデモのAvid Pro Toolsセッション・ファイル、最終型のディスプレイから。

今回解説するAvid Pro Toolsのセッション・ファイル。バンド用に作ったフル尺のデモ・データだ。フル尺で作るとデータが膨大な量になるため、連載第1回でも紹介したトラックの並び順やカラーリングは分かりやすいように管理しておこう

今回解説するAvid Pro Toolsのセッション・ファイル。バンド用に作ったフル尺のデモ・データだ。フル尺で作るとデータが膨大な量になるため、連載第1回でも紹介したトラックの並び順やカラーリングは分かりやすいように管理しておこう

 あとはステムのバランスを調整するくらいで問題ない段階にまでデモを作り込むと、恐らくPro Toolsユーザー全員、こんな感じでモニターからはみ出してしまいます。時間がたつとどこに何のトラックがあったかすら分からなくなるので、前回お伝えしたように、自分の中での並び順やカラーリングのルールを設定しておくのは必須ですね。

 さて、今回はこの楽曲の基盤になるシンセ・ベースの音色を作るのに数日かかりました。NATIVE INSTRUMENTSのFM8とMassiveにはとてもよくお世話になっています。Kompleteのプリセットはいずれも優秀なものばかりですが、頭の中にあるイメージに音色をより近付ける作業は、個人的にはギターと違って非常に時間がかかります。サンプル音源を使うときは、ベロシティのムラがあまり好きではないので、大体手弾きで和声を確認してから、MIDIノートをカーソルで直接並べています。シンベがメロディアスなループなので、補強のためにMassiveでサブベースも作りました。

 続いてドラムですが、今回はワンショットのオーディオ・サンプルをKomplete Kontrolの内蔵サンプラーに取り込み、MIDIで打ち込んで作りました。必要に応じてSLATE DIGITAL Fresh Airでより生っぽさを出します。

ドラムは、オーディオ・サンプルをNATIVE INSTRUMENTS Komplete Kontrolの内蔵サンプラーに取り込み、MIDIで打ち込んだ

ドラムは、オーディオ・サンプルをNATIVE INSTRUMENTS Komplete Kontrolの内蔵サンプラーに取り込み、MIDIで打ち込んだ

 着々と作業が進んでいきます(実際は何度も挫折しました)。ストリングス、シンセのレイヤーも、プリセットから自分のイメージする音色に近付けるのにとても時間がかかります。帯域(特にエフェクティブなサンプル)を簡単に整理するためにとても重宝しているのがAvid EQ Ⅲです。

筆者が帯域の整理に重宝しているAvid EQ Ⅲ。楽器ごとのプリセットが用意されてるため、渋滞しがちなアンサンブルの中域も整理しやすい

筆者が帯域の整理に重宝しているAvid EQ Ⅲ。楽器ごとのプリセットが用意されてるため、渋滞しがちなアンサンブルの中域も整理しやすい

 プラグインで調整したギターや、シンセやストリングスなどの上モノのサンプル音源をそのまま並べていくと、どうしてもアンサンブルの中域が渋滞してしまいます。まだアレンジが固まっておらず、手作業での音域の分離にあまり時間をかけていられないときなどは、プリセットが楽器のカテゴリーで分かれていて呼び出しやすく、選択肢もシンプルなEQ Ⅲにとても助けられているのです。

 あと今回は出てきませんが、奥の手でPro Tools付属シンセのAIR Xpand!2も常に音色の候補にあります。こちらも同じく、膨大なサンプルの中からさえ答えが見つからなかったとき、ハッとXpand!2に耳をやると、一番シンプルでストレートに伝わる音源として活用できたりします。灯台下暗し。

 ベース、ドラム、シンセの大まかなトラックがそろったところで、ミックス画面でパンの位置を決めて、生楽器の録音に備えてグルーピングします。

ベース、ドラム、シンセの大まかなトラックがそろったら、ミックス画面でパンの位置を決めて、生楽器の録音に備えてグルーピングする。このデモ・データでは、SYNB、BAS(黄枠)と、BD、SD、CH、CY、CUP、RVRS(赤枠)をそれぞれグループ化した

ベース、ドラム、シンセの大まかなトラックがそろったら、ミックス画面でパンの位置を決めて、生楽器の録音に備えてグルーピングする。このデモ・データでは、SYNB、BAS(黄枠)と、BD、SD、CH、CY、CUP、RVRS(赤枠)をそれぞれグループ化した

 ギターに進みましょう。このデモはアコギのシャリシャリ感が欲しかったので、まずはそこから。ただのパーカッシブなサウンドスケープだけならSHURE SM58で録ったままの音で十分なときもありますが、ここでは、AUXにUNIVERSAL AUDIOのPure Plate Reverbを挿して広さを調整しました。エレキギターは、前回同様NEURAL DSPのQuad Cortexで音決め→レコーディング。曲全体の大体のレイヤーはサンプルでうまいこと埋まっていたので、Pro Tools内ではボリューム調整と、隙間を有効活用するためのパンニング調整以外はほとんど触りませんでした。

ピッチの微調整はエラスティック プロパティ エフェクティブな作り込みはAudioSuiteで

 最後に仮歌に移ります。納戸を大量の防音カーテンで仕切った急ごしらえのボーカル・ブースですが、UNIVERSAL AUDIOのコンデンサー・マイクSC-1とポップ・フィルターのISOVOX Isopopが優秀なおかげか、ノイズがほとんど乗りません。

仮歌は、納戸を防音カーテンで仕切ったボーカル・ブースで録音。UNIVERSAL AUDIOのコンデンサー・マイクSC-1とポップ・フィルターのISOVOX Isopopを使ってレコーディングしている

仮歌は、納戸を防音カーテンで仕切ったボーカル・ブースで録音。UNIVERSAL AUDIOのコンデンサー・マイクSC-1とポップ・フィルターのISOVOX Isopopを使ってレコーディングしている

 テイクの差し替えなどはギター・トラックと同様ですが、あくまで仮歌なので、微妙なピッチの調整はエラスティック プロパティを使うのが個人的にはとても便利です。

ピッチの微調整はエラスティック プロパティ画面での設定が便利。ピッチシフトはセミトーンのほか、セント単位での調整ができるため、筆者はギターのチューニングの微調整にも活用している

ピッチの微調整はエラスティック プロパティ画面での設定が便利。ピッチシフトはセミトーンのほか、セント単位での調整ができるため、筆者はギターのチューニングの微調整にも活用している

 僕がPro Toolsを使いはじめた後からもタイムストレッチ系の優秀なプラグインは多数発表されていると思いますが、すぐに呼び出せてシンプルな操作性のエラスティック プロパティのみの使用であまり困った経験はありません。三つ子の魂百まで。ギターのチューニングが一部怪しいときも、セント単位でピッチ調整ができるので、重宝しています。

 録り音がイメージより少し暗かったり重かったりする場合は、EQ Ⅲと併用してSOUNDTOYSのボーカル補正プラグインLittle AlterBoy、IZOTOPEのオーディオ・エンハンサーVEAなどを活用しています。今回、メインのボーカル・トラックとダブル・トラックは上記を使って、それぞれを同じ設定にして録りました。

 エフェクトを詰めていく中で、AudioSuiteも多用しています。特にReverseは少し凝ったサウンド・メイキングのときに重宝しています。今回は中盤のボーカル・ハーモニーをリバースさせてみました。

エフェクト処理はAudioSuiteを活用。ここではReverseを選択して中盤のボーカル・ハーモニーを逆再生させた(赤枠)

エフェクト処理はAudioSuiteを活用。ここではReverseを選択して中盤のボーカル・ハーモニーを逆再生させた(赤枠)

 今回のハーモニーの場合は想定できるので、各トラックにストレートにReverseをレンダーしましたが、ある程度規則性のあるリバース・ギターを作りたいときは、まずイメージにあるフレーズをストレートに録音し、仮でReverseをレンダー、別トラックにそれをトレースして録音、それにもう一度Reverseをかけます。AudioSuiteは、この手間のかかったサウンドスケープの頼もしいお供です。

 というわけで、トラックが一通り出そろいました。

今回の解説を通して完成したセッション・データ。各トラックをオーディオで書き出して同一セッションに並べておくことで、ステム化やプレイバックがスムーズになる

今回の解説を通して完成したセッション・データ。各トラックをオーディオで書き出して同一セッションに並べておくことで、ステム化やプレイバックがスムーズになる

 ここから各トラックをバウンスしたオーディオを同じセッション上に並べて保存しておくと、ステムもプレイバックもスムーズです。恐らくこの後、聴き直して気になりはじめた歌とギターを録り直します……。Pro Toolsは一度開くと一日中触り続ける不思議な装置。完成版をどこかで聴いていただける日が来ますように。ではまた次回(次は何しよう……)。

 

永井聖一

【Profile】作曲家/ギタリスト。相対性理論のギタリストとしての活動のほか、さまざまなミュージシャンへの楽曲提供やプロデュース、ライブ・サポートも務める。2023年からTESTSET、QUBITのメンバーとしても活動中。ライブ情報:<TESTSET>8/16(金)SONIC MANIA@幕張メッセ

【Recent work】

『コンタクト』
QUBIT
(BETTER DAYS / NIPPON COLUMBIA)

 

 

 

Avid Pro Tools

AVID Pro Tools

LINE UP
Pro Tools Intro:無料|Pro Tools Artist:15,290円(年間サブスク版)、30,580円(永続ライセンス版)|Pro Tools Studio:46,090円(年間サブスク版)、92,290円(永続ライセンス版)|Pro Tools Ultimate:92,290円(年間サブスク版)、231,000円(永続ライセンス版)

REQUIREMENTS
Mac
▪macOS Sonoma 14.4.5、最新版のmacOS Monterey 12.7.x または Ventura 13.6.x
▪M3、M2、M1あるいはINTEL Dual Core i5より速いCPU
Windows
▪Windows 10(22H2)、Windows 11(23H2)
▪64ビットのINTEL Coreプロセッサー(i3 2GHzより速いCPUを推奨)
※上記は2024年7月時点

製品情報

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