こんにちは! アニメやゲームの楽曲などを中心にクリエイター活動をしている中沢伴行といいます。この連載では、僕が制作で愛用するDigital Performer(以下DP)を、普段どのように活用しているのかご紹介していけたらと思います。初回はMIDI編集の一部を紹介いたしましたが、第2回はDPでのオーディオ波形編集周りの機能から、ボーカル・エディットをテーマにお届けいたします。
ボーカルの長さを調節するときは接点の波形を合わせることで自然に
本題に入る前にまず、ボーカルはレコーディングでベストを尽くすことが前提であることをお伝えしておきます。DAWが主流の現代は手軽に編集可能ではありますが、心に響くテイクを作るには、レコーディングで魂の入った歌声を録音することこそ最も大切だと思っています(年々レコーディングの重要性を実感しています!)。
またボーカルの音像も、各クリエイターの個性が表れる部分。自分の場合は師匠であるI’ve高瀬一矢さんのアプローチを継承していまして、メインのほか、ダブル、トリプル、上ハモ、下ハモ、コーラスなど、たくさんのパートを入れることが多いです。時にはボーカルだけで10tr以上を同時に鳴らすことも。しっかりと細部まで磨き上げることにより、幾重にも重なったボーカルをより美しく聴かせられるのです。
では本題。ボーカルに関しては、ボーカル・エディット専用のプロジェクト・ファイルを作成して作業を進めます。作業中に差し替えなどが発生する可能性もあるため、ストックしたデータも含め、すべてのテイクをボーカル・エディット用のプロジェクト・ファイルに持っていき作業を開始します。エディット終了後にメインのプロジェクト・ファイルに移してトラックダウンに進むケースが多いですね。
最初に、使用するトラックの空白部分をカットしてノイズを取り除いていきます。虫眼鏡マークをドラッグして波形を見やすい大きさに拡大表示し、歌の合間、空白のサウンドバイトをカットしていきます。
自分はこの工程に各ボイスの確認作業も含めているので、一言ずつ手作業でカットする場合が多いですが、DPには“ストリップサイレンス”という機能も備わっています。これは、基準となる音量レベルを指定して、それ以下を自動でカットしてくれるというものです。
同様の処理をダブリング、トリプル、ハーモニー、コーラスなど、すべてのボーカル・トラックで行います。ここまでが下処理という感じです。
次にタイミング調整について。ボーカルが走っている、または遅れている場合は、サウンドバイトを前後に動かして調整します。マウスを左右に動かして調整することもできますが、とても細かな作業のため、左右のカーソル・キーを使って少しずつ前後にずらしてタイミングを合わせています。さらに、ダブリングやハーモニーなどは、メインと長さを合わせていきます。レコーディング時に極力合わせてもらうようにしていますが、それでも音符の長さが若干ずれている場合があったりします。
ストックしているテイクなども確認して、テイク自体のチョイスを再考するケースもありますが、波形をエディットして長さを調整していくこともあります。DPにはタイムストレッチ機能もありますが、ボーカルのニュアンスもストレッチされてしまうため、波形を分割してサイズを合わせていく方法を取る場合が多いです。
ダブリング・ボーカルの長さをメイン・ボーカルと合わせるときは、初めにボリュームやピッチの変化が少ない部分を探します。つまり、編集してもなるべく影響のない部分を、視覚的にも確認していきましょう。見つかったら、ショートカットのcommand(WindowsはCtrl)+Yで、波形を二つに分割。
ただ、これだけだと接点にノイズが発生するので、虫眼鏡でさらに波形を拡大して、波形のプラス方向とマイナス方向の動きがちょうど合わさる箇所を探してつないでいきます。
さらに予防としてクロスフェードも書きます。極力ノイズが出ないように対策していますが、波形の変化で不自然になることもあるため、つないだらマージして(自分はcommand+Mとしてショートカットをカスタムしています)、再度サウンドを確認。不自然な場合は別の接点を探します。こうして各パートを処理した後、分割したサウンドバイトにフェードをかけ、すべてのトラックのタイミング修正が終わったら、“サウンドバイトをマージ”を選択して、各トラックを一本化します。
ボーカルのピッチ編集のアルゴリズムは“PureDSPソロボーカル”が手軽で作業しやすい
次はそれぞれのパートのピッチを調整していきます。DPの現在のバージョンではARA 2のサポートによりCELEMONY Melodyne 5 Essentialも標準で搭載され、ピッチやタイミング編集のアプローチがさらに増しました(太っ腹!)。MelodyneとDP独自の補正アルゴリズム、それぞれに使い勝手の良さがあるのですが、今回はDP初期から搭載されている補正アルゴリズムを使った編集方法を紹介します。その利点は、何と言っても手軽に作業できること。編集作業において、使いやすさは重視すべき点の一つですね。例として、先ほどから見てきたダブリング・トラックを、部分的に少しだけピッチを上げてそろえていきます。
トラックをピッチ表示にするとファイル名の後ろ部分でアルゴリズムの選択ができるので、ボーカル単体の場合、自分は“PureDSPソロボーカル”を使用しています。
今回は現在のピッチ検出から、もう少し細かく検出部分を分けたいので、ハサミツールを選択して分割しました。
また、切れ目にカーソルを持っていくと左右に動かせるポインタになるのでポイントの細かな調整も可能です。ポイントが決まりましたら、矢印ツールに戻して、ピッチを直接エディットしていきます。
このとき、そのまま動かすとグリッドにスナップされるのですが、commandキーを押しながら動かすと、スナップされずに微妙な調整を行うことも可能です。同じように各トラックを処理すれば、ボーカル・トラックの調整は終了です。オケのトラックと合わせて、ミックスに進んでいきます。
さて、今回は歌曲の顔でもあるボーカル・エディットについて紹介しました。エディットに関してはケースバイケースであり、クリエイターの方それぞれのやり方があるため、今回はあくまでも一例として皆様の制作の参考になればと思いつづってみました。それでは、また次回~!
中沢伴行
【Profile】アニメ、ゲームの楽曲を中心に活動するクリエイター。過去に高瀬一矢氏率いるI’veに在籍し、川田まみのプロデュースも担当した。現在はフリーランスとして活動中。『とある魔術の禁書目録』『灼眼のシャナ』『Re:ゼロから始める異世界生活』『ひぐらしのなく頃に』『ヨルムンガンド』『凪のあすから』『あの夏で待ってる』など、多くのアニメ作品のテーマ曲を担当。アニソン・アーティスト、声優、VTuberなどの楽曲制作も行っている。
【Recent work】
『Everything is Changing』
前島麻由
(KADOKAWA)
TVアニメ『陰の実力者になりたくて!2nd season』挿入歌
作詞:川田まみ 作/編曲:中沢伴行
MOTU Digital Performer
オープン・プライス
LINE UP
Digital Performer 11(通常版):オープン・プライス(市場予想価格:79,200円前後)
REQUIREMENTS
▪Mac:macOS 10.13以降
▪Windows:Windows 10 & 11(64ビット)
▪共通:INTEL Core i3または同等のマルチプロセッサー(AMD、Apple Siliconを含むマルチコア・プロセッサーを推奨)、1,024×768のディスプレイ解像度(1,280×1,024以上を推奨)、4GB以上のRAM(8GB以上を推奨)