Ableton Liveミックス術|EQ&M/S処理でウッド・ベースと空間を整えるテクニック

完成形の音像をイメージして進めるミックスでの音の整理&空間作り|解説:G.RINA

 ヒップホップ・ユニットFNCYの一員、シンガー・ソングライター/ビート・メイカーのG.RINAです。連載第2回は、自分でミックスをするときの音の整理や空間作りについて書きたいと思います。

EQ処理で耳に痛い部分を削りウッド・ベース特有の響きを得る

 最終ミックスを自分でする場合もそうでない場合も、着地したい音像が見えているとトラック制作作業そのものに迷いが少なくなります。ということで、今回はAbleton Liveを使ってミックスや音の配置をしていくときに、私がよく使っている機能をご紹介します。

 まずは、初回に続き再び登場のLiveのEQ機能。実はまだまだ引き出しがあるのです。ミックスを自分で行ったソロ・アルバム『Tolerance』の収録曲から、シングルとしてもリリースした「魅力」という曲を例に説明します。

 この楽曲はビートが打ち込みなのに対して、ウッド・ベースと鍵盤類はサンプリングではなく、一本の生演奏を録音しています。ベースについては、低音をブーストするというよりもウッド・ベース特有の中域やビリっとした弦の弾きを感じさせるためのEQ処理をしました。EQ EightのE Bass Vintageというプリセットから波形を触っています。

まずは一番適切そうなE Bass Vintageというプリセットをロード。そこから波形を触ったものがこちらの画面。高音域はあまり鳴っていないように見えますが、ベース特有の弾きなどが失われないように残しています

まずは一番適切そうなE Bass Vintageというプリセットをロード。そこから波形を触ったものがこちらの画面。高音域はあまり鳴っていないように見えますが、ベース特有の弾きなどが失われないように残しています

 ここで触れたいのは、EQカーブ上のポイント②88Hzと④190Hz辺りを大きく削っている点。Qを目一杯狭めてとがらせた形でGainを10dB以上ブーストしてFrequencyを左右に移動させ、耳に痛い成分やボワボワした帯域などを発見したらGainをグッと下げます。

Qを狭めた形のままFrequencyを左右に移動させ、耳に痛い帯域を発見します。この画面では、88Hz辺りにブーミーなポイントを見つけた状態です。その後にぐいっと下げると、耳障りな部分をカットすることができます

Qを狭めた形のままFrequencyを左右に移動させ、耳に痛い帯域を発見します。この画面では、88Hz辺りにブーミーなポイントを見つけた状態です。その後にぐいっと下げると、耳障りな部分をカットすることができます

 音の整理をするときには、特定の楽器において響かせたい帯域を上げる方法もありますが、耳に痛い、あるいは濁った帯域を削ることでもすっきりさせることができます。

 これをメインとなる楽器に少しずつ施します。煮物に入れる野菜の面取りとか、アク抜きのようなプロセスですよね。この素材はこんな形に切りそろえたほうが歯触りがいいとか、味が染みやすいとか、さながら料理をしている気分です。

M/S処理で音の広がりを出しDelayで奥行きを感じさせる

 もうひとつ、「魅力」の幾つかの楽器にはEQ Eight内でM/S処理をしています。一つの楽器の音をミッドとサイドに分けて処理することで、音の広がりとメリハリを作ります。ミッドではボーカルを響かせたいため、ピアノは100〜800Hz辺りを少し抑えつつ、サイドでは中高域を上げてピアノの硬く明るいトーンが失われないようにしています。

オレンジはサイドの曲線です。ボーカルと当たりそうなところでも上げめになっています。一方、薄緑のミッドの曲線ではボーカルと当たる付近は凹ませています。やりすぎないように試行錯誤していきます

オレンジはサイドの曲線です。ボーカルと当たりそうなところでも上げめになっています。一方、薄緑のミッドの曲線ではボーカルと当たる付近は凹ませています。やりすぎないように試行錯誤していきます

 ほかにも、ハイハットはサイドで高域がよく鳴るようにしたり、キックはミッドでしっかり低域を鳴らすようにしつつ、サイドでは低域を引き締めるなどしています。目的はミッドでしっかり聴かせたいものを立たせ、奥行きや広がりを作ることでほかの楽器とのかぶり感を抑えることです。これは例えばバンドの各楽器がそれぞれの立ち位置の方向から聴こえてくるようなパンニングとは全く違い、成分を分解してちょっとだけこじ開けたり削ったりするような感覚です。

 特に「魅力」は音数が多めでしたので、上記2つのような処理を積み重ねながら、すっきりと各楽器の良さがでるように意識しました。ひとつひとつ意味があるはずの処理ですが、やりすぎにもまた注意が必要で、私もまだまだ勉強中です。そしてあらためて大事なのは、迷子にならないように、目的地として着地したい音像のイメージを持つことです。

 空間作りで言うと、EQやコンプと同じくらい使用しているLive付属デバイスがもう一つあります。それはDelayです。Delayの説明を今さらするのかい?という話ですが、Delayが好きすぎる私からいま一度。とにかくReverbを使わず、Delayをそれと分からないくらい薄く、トラックごとに設定値を変えてかけて、立体感を作るのが好きです。Reverbでは原音が少し引っ込んだ印象になることがありますが、Delayは原音から遅れてくる音の重なりが奥行きを感じさせてくれます。特にボーカルのように原音が弱まったり、ぼやけさせたくないトラックには効果的です。

 Delayの中でも、私は特に左右で音が戻ってくるタイミングが違うピンポン・ディレイを愛用しています。LiveにはDelayフォルダの中にPingとPongというプリセットがありますので、効果を確認しつつ、そこからノブを触っておいしいポイントを探してみてください。ReverbともEchoとも異なるDelayの魅力が分かりやすく感じられるのではないでしょうか。音が戻ってくるタイミングや回数などを細かく設定することができますし、深くかけるケースに限らず浅くかけても魅力的なので、“Delayはあんまり使わないな〜”という方にも試してみてほしいです。

 最後に、「魅力」の中で登場する5つのFXに使っているDelayの設定を紹介します。

ディレイ音のピッチが上下しないFadeモードで、Ping Pongモードもオンにします。Dry/Wet、Feedbackも抑えめの値です。また、遅延タイミングは左が3、右が2と左右で変えています。これはディレイでイメージしがちなやまびこ、エコー的な役割ではなく、立体的な反響を作るための設定です

ディレイ音のピッチが上下しないFadeモードで、Ping Pongモードもオンにします。Dry/Wet、Feedbackも抑えめの値です。また、遅延タイミングは左が3、右が2と左右で変えています。これはディレイでイメージしがちなやまびこ、エコー的な役割ではなく、立体的な反響を作るための設定です

 一つのトラックの中に、小節頭のシンバルのクラッシュ、水滴の音、逆回転のシンバルなどのFXを集めて、こちらのDelayをかけています。衝撃音などのFXも、薄い反響を付けることで唐突にならず、トラックになじませることができます。

 今回はここまで! G.RINAでした。

 

G.RINA

【Profile】東京出身のシンガー・ソングライター/プロデューサー/DJ。2003年に作詞曲、演奏、プログラミングを自ら手掛けた1stアルバム『サーカスの娘-A Girl From A Circus-』でデビュー。最新アルバムは『Tolerance』(2021年)。土岐麻子、坂本冬美、tofubeats、BIM、アニメ『キャロル&チューズデイ』など、さまざまなアーティストへの歌詞/楽曲提供、サウンド・プロデュース、リミックスなどを手掛ける。ZEN-LA-ROCK、鎮座DOPENESSとのユニット、FNCYのメンバーとしても活動中。

【Recent work】

『Tolerance』
※「魅力」収録
G.RINA
(ビクター)

 

 

 

Ableton Live

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LINE UP
Live 12 Intro:11,800円|Live 12 Standard:52,800円|Live 12 Suite:84,800円

REQUIREMENTS
Mac:macOS 11以降、INTEL Core i5もしくはApple Silicon、Core Audio準拠のオーディオ・インターフェースを推奨
Windows:Windows 10(バージョン22H2)/11(バージョン22H2以降)、INTEL Core i5(第5世代)またはAMD Ryzen、ASIO互換オーディオ・ハードウェア(Link使用時に必要)
共通:3GB以上の空きディスク容量(8GB以上推奨、追加可能なサウンド・コンテンツのインストールを行う場合は最大76GB)

製品情報

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