ボーカル・レコーディングや声の加工にLiveが便利な理由|解説:G.RINA

ボーカル・レコーディングや声の加工にLiveが便利な理由|解説:G.RINA

 サンレコ読者の皆さま、初めまして。私はシンガー・ソングライター、DJ、プロデューサーとして活動しているG.RINAと申します。ヒップホップ・クルーFNCYの一員としても活動しています。振り返ると私とAbleton Liveの歴史は2010年のLive 8から始まっていました。まあまあ月日を重ねていることに驚きつつ、それでも機能を使い切れているとは言えません。ぜいたくなほどの機能の中で、恐らくシンプルな使い方をしているほうかと思います。そんな私ですが、ここでは普段の制作において実際によく使う機能を中心に触れていければと思います。よろしくどうぞ。

コンピングでテイクを重ねるのも1音ずつ調整するのも楽

 今回は歌やラップのレコーディング、そして声の加工にフォーカスしてお話しします。まずLive 11から実装されたコンピング機能がデモの仮メロディ作りに大活躍しています。

テイクレーンのサンプル。7本のテイクから、前半後半で異なるテイクを使用しています。あまり小刻みにならないよう、まずは良いテイクを録ることを心がけています

テイクレーンのサンプル。7本のテイクから、前半後半で異なるテイクを使用しています。あまり小刻みにならないよう、まずは良いテイクを録ることを心がけています

 FNCY「KADODE」では、テイクレーンで何パターンも歌った中から2つのフロウに絞ってメンバーに聴いてもらったところ、両方を残して前後半で全く異なるフロウを採用することに。自由度の高い曲が作れたのは、ストレスなくいろいろ実験できたからだと思います。

 録音についてはどうでしょうか。実際のレコーディングでは大抵3回目くらいまでのテイクが魅力的なのですが、一言、一息のニュアンスに課題が出たとき、例えばそこだけ10回目のテイクをテイクレーンから選んで使うことが簡単にできます。我がグループではパンチインよりも1バース歌い切る方が好まれているので、つるっと歌うことを淡々と重ね、最終的に直したいポイントを最小限で選びます。

 これは録音スタジオではごく一般的なことですが、トラック・メイカーがホーム・スタジオで録音も担う場合、テイクをたくさん録らず、1音の音程やタイミングの乱れはピッチの数値調整やグリッド上での編集で事後処理することもあるのではないでしょうか。特にLiveではそれを簡単に行うことができます。一方で、コンピング機能によってストレスなくテイク数を重ねることができれば“実際に歌ったものの中から選ぼう”と思えますし、良い意味でいびつなテイクを選ぶチャンスもあります。

 そういった作業上の小さな心理的変化、積み重ねが結果的に音楽の中に大事なものを宿すことは少なからずありますよね。あまりに当たり前のことを書いていて大丈夫か?と思いましたが、“録音のあるべき姿”のようなものを忘れ、時にねじ曲げる中で発見が起こるのもLiveエディットの魅力。どちらもストレスなくできることに意味があるのだと思います。

声の加工がしやすいLive付属のEQ&コンプ

 録音は気兼ねなくテイクを録り、ゆっくり吟味することができます。その一方で、声の加工にはLive特有のEQが良い仕事をしてくれるので、時短になっています。愛用しているのはEQ Three。ロー、ミッド、ハイとフリケンシーだけのシンプルな操作系での調整は、DJミキサーのようで親しみがあります。

EQ ThreeのBoost Hihatsを3種類のコーラス・トラックにそれぞれ挿し、少しずつEQのニュアンスを変えている例。トラックを流しながらリアルタイムに変化を加えていくようなレコーディングもします

EQ ThreeのBoost Hihatsを3種類のコーラス・トラックにそれぞれ挿し、少しずつEQのニュアンスを変えている例。トラックを流しながらリアルタイムに変化を加えていくようなレコーディングもします

 EQ Threeの中でよく使うプリセットはBoost Hihats。ハイハットだけに使うのは惜しいプリセットで、声の返しを聴きやすくするEQとして、またコンプのような機能もわずかながら果たしてくれるので、録音中から常に挿しています。ほかにもLess Low More Midはビンテージ感、Midnightは定番の電話声がすぐ試せます。こういったプリセットを活用しながら、声や音の成分の豊かなところ、足りないところ、どこを触るとどんな響きになるのかをEQの波形を見ずに予測しながら触るのは楽しく、学びがあります。

 もう一つ、ボーカルによく使うのがGlue Compressorです。

グループ化したコーラスにGlue Compressorでサイドチェインもかけられます。このようにバス・コンプとして幾つかのトラックをまとめる“糊”の役目で使うのが一般的ですが、ほんの少し温かみが出るコンプとして、個別トラックの表情作りにも愛用しています

グループ化したコーラスにGlue Compressorでサイドチェインもかけられます。このようにバス・コンプとして幾つかのトラックをまとめる“糊”の役目で使うのが一般的ですが、ほんの少し温かみが出るコンプとして、個別トラックの表情作りにも愛用しています

 ラップの楽曲の中でもハーモニーを重ねるのが好きなため、私の声のトラックだけでも幾重にもなります。そうしたコーラスは最後にグループ化して、先述のBoost HihatsとGlue Compressorをかけます。輪郭を失うことなくコーラス全体にうっすらとまとまりが生まれるのです。

 Live 12から追加されたサチュレーターのRoarは、優しくかければ一つで上記2つに似た輪郭づけができ、強くかければビンテージ感も加えられます。メイン・ボーカルでも活躍するでしょう。

Glue CompressorとBoost Hihatsを挿した状態に近づけるときのRoarのFilterはハイパスで。さらにつぶれ具合や太さなど細かな調節ができます

Glue CompressorとBoost Hihatsを挿した状態に近づけるときのRoarのFilterはハイパスで。さらにつぶれ具合や太さなど細かな調節ができます

 魅力的なのは、コーラスのハーモニーがオクターブ・ユニゾンの場合。上下のコーラスを同一グループにしてBoost Hihatsを挿すとキリっと明るくなる分、中低域は軽くなります。Roarだと上下の旋律の輪郭を立たせながらも太さと温かみが出せます。

 Glue CompressorとBoost Hihatsで得られるシャリ感に加え、さらに迫力を出したいときはMultiband DynamicsのプリセットOTTの出番。劇的な効果を楽しめるマルチエフェクターで、映える声質や楽曲を見極め、長く愛せる響きを探して使いたいところです。

前述のRoarのコーラス処理に仕上がりを近づけたOTTの設定です。近づけることはできますが、エフェクターそれぞれに得意技が異なります。プリセットの状態からたくさん触って表情の変化を楽しみましょう

前述のRoarのコーラス処理に仕上がりを近づけたOTTの設定です。近づけることはできますが、エフェクターそれぞれに得意技が異なります。プリセットの状態からたくさん触って表情の変化を楽しみましょう

 歌声にどんなEQやコンプをどれくらい施すか、というのは一様ではなく、ボーカルの声質の良い部分を見つめて、愛を込めて抽出しプレゼンテーションする作業だと思います。そのときLive付属デバイスはよく考えられたパレットとして表情作りを助けてくれます。プリセットを試しながら探検していきましょう。

 今回はここまで! G.RINAでした。

 

G.RINA

【Profile】東京出身のシンガー・ソングライター/プロデューサー/DJ。2003年に作詞曲、演奏、プログラミングを自ら手掛けた1stアルバム『サーカスの娘-A Girl From A Circus-』でデビュー。最新アルバムは『Tolerance』(2021年)。土岐麻子、坂本冬美、tofubeats、BIM、アニメ『キャロル&チューズデイ』など、さまざまなアーティストへの歌詞/楽曲提供、サウンド・プロデュース、リミックスなどを手掛ける。ZEN-LA-ROCK、鎮座DOPENESSとのユニット、FNCYのメンバーとしても活動中。

【Recent work】

『KADODE』
FNCY
(FNCY)

 

 

 

Ableton Live

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LINE UP
Live 12 Intro:11,800円|Live 12 Standard:52,800円|Live 12 Suite:84,800円

REQUIREMENTS
Mac:macOS 11以降、INTEL Core i5もしくはApple Silicon、Core Audio準拠のオーディオ・インターフェースを推奨
Windows:Windows 10(バージョン22H2)/11(バージョン22H2以降)、INTEL Core i5(第5世代)またはAMD Ryzen、ASIO互換オーディオ・ハードウェア(Link使用時に必要)
共通:3GB以上の空きディスク容量(8GB以上推奨、追加可能なサウンド・コンテンツのインストールを行う場合は最大76GB)

製品情報

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