センターへのフォーカスをはじめ音全体のピントの合い方が大きく改善されます
米津玄師やOfficial髭男dism、藤井風など一線のアーティストを手掛けるエンジニア、小森雅仁氏。2021年に購入した中で最も衝撃的だったというのがTRINNOV AUDIOのステレオ音場補正プロセッサー、ST2 Proだ。オーディオI/Oなどとモニター・スピーカーの間に接続して使う本機。その魅力を語ってもらおう。
Photo:Chika Suzuki
海外では既に広く普及している模様
2021年は録音用にマイクやマイクプリ、コンプなどを購入したものの、インパクトが最も大きかったのは、ST2 Proです。買ったのは4月で、レコーディング・スタジオのABS RECORDINGでミックスするときに使用しています。
ST2 Proを知ったのは、グレッグ・ウェルズ氏がSNSで紹介しているのを見たからです。その後も情報収集する中で、海外では結構普及していることを知りました。それで、デモ機を試してみたらとても良かったので導入しました。
あらかじめ音響調整、施工されたミックス・ルームをさらに自分でアコースティック・トリートメントして、そこでATC SCM25A Pro+ATC C1 Subという信頼性の高いモニター・スピーカーを使っているので、もう十分なんじゃないかと思っていたんです。でも、ST2 Proがあると無いでは全然違いますね。センターへのフォーカスをはじめ、音全体のピントの合い方が大きく改善されます。“ちゃんと施工されたスタジオで使っても、こんなに変わるんだな”と、本当にびっくりしました。もちろん、周波数バランスやステレオ幅なども正確に判断しやすくなります。
モニターの精度が上がると細かい部分が気になり過ぎるのでは?と思う方も居らっしゃるかもしれませんが、むしろその逆で、聴こえる音をそのまま信じられるので、安心して音楽的な部分に集中してミックスできます。スピーカーとヘッドフォンの行き来も、よりストレスフリーになりました。
補正の強度まで細かく設定可能
特徴は、設定が非常に細かくできるところ。例えば補正の強度なども設定可能です。パラメーターとしては、各帯域のEQ、位相、スピーカー間のタイム・アラインメント・ディレイなどがあります。僕は全パラメーターに補正を入れているのですが、EQの効きは100%にならないようにしていて。例えば、ある帯域が3dBカットされるところを2dBに抑えるとか、そういう上限値の設定にしています。完全なフラットを目指すEQじゃなくて、7割くらいの補正ですね。最初マックスで補正してみたところ、慣れないのもあって、ちょっとびっくりしたんですよ。それが“正しい音”なのかもしれませんが、少し緩めにした方が自分はやりやすかったし、その状態でミックスしたものをほかの環境で聴いたときにも良い感じでした。とは言え、その後も微調整を重ねて、今はいったん自分なりのセッティングが固まりました。
測定の時間がめちゃくちゃ速いのも魅力です。測定用マイクを置く場所は基本的に1カ所のみで、置いたら1~2分で終わるような感じ。僕は自身のリスニング・ポイントで測定していますが、クライアントが座るソファ付近で測ることもできますし、エンジニアのリスニング・ポイントとクライアント席の2カ所で測定し、両者の間を取るような補正も行えます。
最近は音場補正機能付きのスピーカーが高性能化していて、僕も自宅ではNEUMANN KH 80 DSPとKH 750 DSPを使っているのですが、ST2 Proは機種を問わず、どんなスピーカーにも使えます。また、TRINNOV AUDIOからはマルチチャンネル用の機種も発売されていて、そちらの方がより大きな恩恵があると思います。5.1ch以上のシステムなどは、マネージメントがすごく難しいでしょうから。
ST2 ProはDSPを備えているため、AD/DAコンバーターを介すことになります。僕も当初はそれに少し抵抗を感じたり、一般リスナーの環境とかけ離れた補正済みの音場でミックスすることに懸念を抱いていたのですが、杞憂でした。使ってみたら全く問題無いばかりか、ただただ音作りが快適にできるようになったという感じです。
SPECIFICATIONS
■解像度:24ビット/96kHz ■SN比(A/D):119dB(A-Weighted) ■THD(ADコンバーター):-103dB ■SN比(D/A):118 dB(A-Weighted) ■THD(DAコンバーター):-98dB ■アナログ入出力:ライン・イン×4、ライン・アウト×4(いずれもXLR) ■デジタル入出力:AES/EBUイン×2、AES/EBUアウト×2(いずれもXLR) ■外形寸法:444(W)×88.5(H)×405(D)mm