開発者が語るSP-404の歩み
LAビート・シーンや、近年人気が高まっているローファイ・ヒップホップのカルチャーを築きあげてきたSP-404。そんな稀代のサンプラーが、今年20周年を迎える。時代を越え、ビート・メイカーの良き相棒としてありつづけるSP-404。初代モデルから最新のSP-404MKIIまで、その魅力を余すことなく語りつくそう。ここでは、Rolandの開発者たちのインタビューをお届けする。SP-404とSP-404SXを担当した山田謙治(写真左)とSP-404MKIIを担当した白土健生(同右)に、稀代のサンプラーが生まれた経緯から開発裏話まで、SPファン垂涎の内容を語ってもらった。
“絶対に音を止めない”という設計
──山田さんはSP-404とSP-404SXの開発を担当していたそうですね。
山田 SPシリーズではSP-606、SP-404、SP-555、SP-404SXを開発してきました。SP-606の前はFantom-Sを担当していたんです。Fantom-Sはパネル右側にサンプラーを備えているんですが、そもそもワークステーション・シンセの一要素なので、サンプラーだけの面白さを追求して見せることが難しい。そのときに叶わなかった思いをSPシリーズに取り入れていったんです。
──当時のRolandでは、サンプラーという機材をどう捉えて開発していたのでしょうか?
山田 どちらかというと、サンプル・ライブラリーを供給してリアリティのあるサウンドを鳴らすキーボード型の楽器のようなイメージが強かったと思います。音を録ってトリガーするというシンプルなサンプラーは、例えばMS-1のようにいわゆる楽器のルックスではありませんでした。その後にBOSSからSP-202やSP-303が出てきますが、そのときもDJらが使うマシンという想定で作られていたように感じます。
──まだビート・メイカーたちが使うマシンというイメージは生まれていなかった?
白土 あまりなかった気がします。SP-404の当時のプロモーション素材を見ていると、漫画家の井上三太さんがイラストを手掛けていたりして、ヒップホップ・シーンやラッパーに対してアプローチしていたことが伺えますが、SP-303にはそういったものがなくて。
山田 ちょうどR&Bやヒップホップの転換期くらいで、Rolandとしてもまだそちらにフォーカスしていなかったと思います。
──SP-404の開発時期には、ヒップホップ・シーンへの意識を強くしていったのですね。
山田 とはいえ、海外ではビート・メイカー中心にSPシリーズが好まれつつありましたが、日本ではポン出し機としての需要が強かった印象があります。そのため、SP-404は海外市場向けと日本市場向けでパンフレットが異なりました。
白土 SP-404SXに至っては、デフォルトで内蔵されているサンプルも違っていたんです。海外仕様は太いキックが何種類も入っていたり、リサンプリングで強烈な音を作るための波形サンプルがあったりと、ビート・メイクを意識した内容でした。一方、国内仕様にはクイズ番組で使われるような正解/不正解音といった効果音も豊富に用意されていたんです。
──SP-404の開発では、どのような点を意識していたのでしょうか?
山田 サンプラーは録音した音を再生する機材であり、オリジナルの音を持たない装置です。しかし、SPシリーズではエフェクトをかけることで、例えばSP-303特有のサウンドに仕上がる。そういった部分がとても面白いし、そういうことをシンプルな操作性と構造で実現しているのも特徴です。お客様からは“SP-303で十分だから、大きく変えてほしくない”という声も挙がっており、サンプリングからエフェクトでの音作り、サンプルの再生まで、その優れたワークフローを崩さないように意識していました。
白土 同じパッド型サンプラーとしてAKAI PROFESSIONAL MPCがありますが、ワークフローの違いですみ分けができていたように感じます。SP-404は多彩なエフェクトを内蔵し、長時間のサンプリングにも対応しているという個性を持つことができました。また、スムーズに録音を行える点も大きな特徴となっています。
山田 ライン入力したサンプリング元の音声は、エフェクトを使って音作りする間も、サンプリング・モードへ移行する際も、一度も音が途切れないようになっているんです。“音を絶対に止めない”という設計が、スムーズなサンプリングを可能にしています。
──SP-404はSP-303よりもパッド数を増やして、よりビート・メイクがしやすいデザインになりました。SP-404とSP-404SXはクリック感のあるパッドを採用していますが、それはなぜでしょうか?
山田 SP-303を継承したという面もありますが、音を出すタイミングが図りやすかったからということも挙げられます。ビートを作る上ではクリックなしでベロシティ対応のパッドが有利だと思いますが、そこはSP-404の幅広い用途に応えるための設計です。
白土 ちなみに、SP-555はベロシティ対応でクリックもあるタイプのパッドでした。
山田 あれは設計が難しかった。パッドの設計は、その製品がどこをターゲットにしているかによって悩む部分なんです。
腕時計から着想を得たデザイン
──SP-404では豊富なエフェクトを搭載できたのは、やはりプロセッサーの進化のためでしょうか?
山田 そうですね。内部プロセッサーの進化によってパッド数と発音数も増やせましたし、エフェクトも面白いものを増やそうと。
白土 それがBPM LooperとDJFX Looperですね。
山田 それらはエフェクト・リストの一番後ろに追加しました。DJFX LooperはDJのスクラッチ音的なエフェクトなんですが、当時のDSPエンジニアはそもそも全く違うエフェクト開発を目指していました。それがうまくいかず、偶然生まれたものがDJFX Looperなんです。でも、それも面白いだろうということで実験的に追加することになり、とはいえまだ自信がなかったのでリストの最後に加えました(笑)。それが今では代表的なエフェクトになってしまったわけです。
──SP-404は丸いディスプレイとその周囲のボタンも象徴的なデザインになっています。
山田 ここは私が一番こだわった点ですね(笑)。アイディア元は高級腕時計。良い腕時計というのは純粋にかっこ良いと感じられるビジュアルをしていますし、その要素を取り入れたかったんです。雑誌に載っている腕時計のページを切り抜いて、“どれが好き?”と社員に聞いて回って意見を求めたりしました。若い社員には“携帯電話があるので、時計は持っていません”という人もいてジェネレーション・ギャップを感じましたが……(笑)。
白土 実はSP-404のパーツの中でも、結構コストがかかっているのがこのディスプレイ部分なんです。
山田 肉厚でアールが付いており、裏側は少し半透明になっている透明樹脂成形パーツです。気泡も入らないようにしっかり作られており、そのクオリティの高さもあってコストがかさんでしまいました。でも、そのおかげで本当に時計のようなデザインに仕上がり、主役級であるエフェクトも際立つ配置になったと思います。
──ディスプレイ上下にライトが付いているのも印象的です。
山田 これはラバ・ライトから発想を得ました。液体が入った透明な管の中でカラフルな浮遊物がゆったり動くランプです。ヒップホップ・シーンのアーティストらがよく使っていて、控室などにもわざわざ置いているのを見たことがありました。その光り方がかっこ良く感じられましたし、このシーンではマスト・アイテムなんだろうと。
──SP-404SXにはSP-404の機能やデザインが引き続き採用されていますが、性能面でのアップデートは幾つもありますね。
山田 音質……特にノイズ低減にはこだわりました。音楽のステージ上ではあまり気にならなくとも、観客がしんと静まる舞台上では機器自体が発するノイズは結構目立ってしまうんです。どちらのフィールドでも使われるSP-404だからこそ、ノイズ対策のアップデートは欠かせませんでした。また、パーツ性能の向上と共にできることも増えた一方、SP-303やSP-404とは少し違ったサウンドになってしまうことは頭を悩ませた点です。ワークフローや先ほど言った“音を止めないこと”をキープするのも難しく、再生時/録音時/エフェクト・オン時など、内部で音声レベルがかなり動くため、音を途切れさせることなく各機能を組み込み、かつこれまでのSPサウンドを維持することは大変でした。
──SP-404SXではSDカードに対応し、最大2時間も録音できるようになりました。一般的なサンプラーと比べてかなり長い録音時間ですね。
山田 ある意味、テープ・レコーダーがたくさん入っているような感覚ですね。パッドごとに制限を設けないという仕組みが、新しい付加価値となったのではないかと思います。
──国内未発売のSP-404Aもありますが、こちらはどのようなモデルなのですか?
山田 TR-8SなどのAIRAシリーズに合わせたカラーリングで、機能的にはSP-404SXと同じです。当時はAIRAシリーズがRolandの一つの柱となっていたこともあり、そのルックス&フィールを取り入れました。シリーズとしてほかのAIRA機材と共に使ってほしいという意味も込めていましたね。内蔵サンプルもSP-404SXとは異なっているんです。
コストを抑えつつ進化を見せるMKII
──SP-404MKIIはSP-404SXから12年ぶりに発売された新モデルです。それだけの年月が空いたのはなぜでしょう?
白土 開発側の人員的な問題もありましたが、原材料の高騰も障壁となりました。これまでと全く同じ構成で設計したとしても、販売価格を上げざるを得ない状態にどんどんとなっていって。新モデルを作らずとも継続してSP-404SXは使われ続けていましたし、Rolandとして他分野の楽器や機材に注力していた時期だったという面もあります。
──そんな中で2021年にSP-404MKIIを発売したのはどういう経緯だったのでしょうか?
白土 私は2017年にRolandに入り、山田と同じく最初はFantomを担当していました。その経験を経てもっとサンプラーの技術を深めたいと思い、イタリア在住のソフトウェア・エンジニアと要素技術開発的にサンプラーの実験を重ねていったんです。いかにコストを抑えつつ、進化を見せられるのかというテーマを掲げていましたね。そんな中、会社の組織変更によって山田と私が同じ部署になり、SP-404についての意見を求めやすくなったんです。また、マーケティング担当はアーティストとしても活躍する海外メンバーで、海を越えてさまざまなシナジーが生まれたことでSP-404MKIIを実現できました。
──開発において重視した点は?
白土 やはりSPのフォーマットをキープすることですね。加えて、SP-404SXから12年がたっているので、豊富に蓄積されたユーザー・フィードバックを分析し、本当に重要なものを見定める必要がありました。すべてのアイディアを盛り込むと膨大になりすぎるため、山田に何度も相談しながら開発を進めたんです。また、SP-404SXによってビート・メイカーのSPユーザーがかなり増えたため、そこへのアンサーや恩返しとしてMKIIを出したいという思いも強く持っていました。
白土 2021年当時は45,000円前後(税抜/オープン・プライス)で販売されました。これはSP-404SXと同じ価格帯です。なぜこの価格なのかというと、学校の先生や官公庁の方など、備品として購入される方にとってお求めやすくなるからなんです。
山田 まずは試しに1台購入してみて、良かったら正式に複数台購入する、という判断もしやすくなるので、この価格設定というのは昔から重視していました。だからSP-404MKIIの機能性をこの価格で詰め込んでいるのはかなり驚異的ですよ。私がやりたくてもできなかったことが全部入っている。
白土 パーツの採用に関してはさまざまなツテを頼りましたし、半導体メーカーの方とも相談を重ねました。SP-404MKIIでは有機ELディスプレイを採用しており、これも高価なパーツです。そこで、社内を駆け回って“この有機EL使いませんか?”と、私が業者のように別の製品担当へ売り込んだりもしました(笑)。あの手この手でコスト面を考慮していった結果、この価格帯を実現できたんです。ただ、山田がこだわったディスプレイ部分の構造は相談した上で断念して、SP-404MKIIではフラットなものへと変わっています。
山田 でも“丸にはしておいて”と言いました(笑)。
──パッドは4×4となり、現代のビート・メイカーが親しみやすい配列になりましたね。
白土 このパッド数になったのは、開発当時からステップ・シーケンサー(TR-REC)の搭載を考えていたからでもあるんです。また、パッドのクリック感がなくなりましたが、ここは議論を重ねましたね。現代では、パフォーマンス時にベロシティで音の変化を付けるアーティストも多いため、当初からベロシティ対応は必須だと考えていました。その上でクリック感が必要かどうかを検討し、試作も繰り返して。しかし、12年前とはSP-404の使われ方は変わっており、今では日本でもビート・メイカーのユーザーが圧倒的に多い。それを踏まえ、SP-404MKIIはクリック感のないパッドで行こうと決心しました。
──USBオーディオ・インターフェース機能を搭載し、パソコンやスマートフォンからもサンプリングできるようになりました。
白土 弊社はUSBオーディオ技術を強みとして持っており、今では多くの製品にオーディオ・インターフェース機能を備えているんです。また、パソコンやスマートフォンで再生した音を気軽にサンプリングできるようになれば、かなり面白いことになるだろうという予想もありました。ちなみにSP-404MKIIでは内蔵マイクがなくなったのですが、スマートフォンと接続してもらえばスマートフォン側に備わったマイクでサンプリングできるようになります。
──サンプリングやパターン・シーケンサーも、これまでのSP-404らしさはありつつ、よりユーザーが使いやすいように改善や機能追加がされています。
白土 スキップ・バック・サンプリングでさらにワークフローが向上したと感じます。何気なく演奏したものやエフェクトをかけたものを後から呼び出してサンプリングできる機能なのですが、もともとはFantom-Sにも入っていたんです。これをSP-404MKIIに採用したきっかけの一つがフライング・ロータスでした。彼に開発中のSP-404MKIIを試してもらったことがあり、そのときに彼が“そういえばFantom-Sにスキップ・バック・サンプリングというものがあったよね? サンプリングに失敗したとき、SP-404でも過去にさかのぼれたらいいのに”と話していて。これは面白いなと感じて、実際に入れてみたんです。
山田 Fantom-S開発時、“かっこ良いと感じるのは、いつも通りすぎてしまってから”という話が出て。“じゃあ、もう裏で録っておこう。後で戻ればいい”と、スキップ・バック・サンプリングを作ったんです。当時はあまり受けませんでしたけどね。SP-404MKIIで復活して、キラー・ファンクションになりました。
制約が生んだオリジナルなサウンド
──さまざまなSP-404ユーザーから、“SP-404を通すだけで音がまとまる”という話を聞きます。SP-404MKIIのオーディオ・ダイアグラムを見ると、最後にクリッパーを通っていて、これがそのまとまりある音を生み出しているのかと予想しているのですが……。
白土 たしかにクリッパーでひずみが加わるという特徴があるので、その影響はあるかもしれません。
──SP-404MKIIでビートを組めば、自然とクリッパーには引っかかるものなのでしょうか?
白土 一概には言えませんが、ノーマライズされたステレオ・サンプルを8つほど鳴らすと引っかかってくるレベルになると思います。SP-404やSP-404SXにはクリッパーが入っておらず、当初はSP-404MKIIにも入れない予定でした。しかし、パフォーマンスでSP-404を使われる方からの意見もあり、最終のレベル調整を細かく行えないような現場での使い勝手を考え、クリッパーを導入したんです。
──クリッパーがないSP-404は、どんな要素が音のまとまりを作っているのでしょう?
山田 SP-404は完全にDSPの影響でしょうね。当時のRoland独自の技術や、性能の制約などが絡んでいる。またDSPに加え、少しクセのあるアナログ回路であることが関係していると思います。アナログ部分でひずみが加わるようになっているんです。いずれにせよ、意図してそのサウンドが生まれたわけではなかったですね。
──個性ある名機の音というのは、往々にして意図せずそうなっていたということはよく聞きます。
山田 楽器や機材はそういうところが面白いんですよね。信号処理的に良い音が、楽器として良いかどうかは分からない。
──これまでのデザインとワークフローを守りながら作られたSP-404MKIIも、それらの制約によって独自のサウンドを手に入れているのかもしれませんね。SP-404シリーズとして20周年を迎えたわけですが、今後どのように展開していきたいと考えていますか?
白土 既に使っていただいているビート・メイカーの方々の意見を反映することももちろんですが、SP-404を知らない方々にもアプローチしていきたいです。最近ではアイドルのイベントで、アイドル自身がSP-404MKIIを使っている現場もあって。そういうふうに使い方のバリエーションを広げてもらいたいですし、そのためにアップデートができるというのもSP-404MKIIの強みです。また、コラボレーションも深めていきたいと考えています。これまでストーンズ・スロウやKDJレコーズとコラボした限定版を発売してきました。KDJはハウスやソウル、ファンクに強いレーベルで、“なぜSP-404と?”と言われることも多かったのですが、それによって逆に注目されたと感じています。そのような、異種コラボによる化学反応が生まれるのが楽しみなんです。