とにかく多くの回数を録る 成功率10分の1でも上出来です
1978年生まれ、神奈川出身のアンビエント作家・畠山地平に、モジュラー・シンセと出会ったきっかけや制作に欠かせない理由をじっくり聞いてみました。
── いつごろからモジュラー・シンセを?
10年ほど前からです。ラップトップをメインで音楽を作っていると実体感がないというか。フィジカル的にいろいろ遊べそうだし、いろいろなモジュールも増えてきた時期で面白そうだと思ったんです。気分転換をしないと、制作に飽きてしまいますから。それでFive Gで店員さんと話しながら、ちょっとずつ買い足していきました。MUTABLE INSTRUMENTSなどのデジタル・モジュールが豊富だったのも魅力的でしたね。
──導入以降、ライブや制作において変化はありましたか?
平均律に当てはまらないこともあり、一度録音したらアレンジできない、一発勝負のような感じです。だから、もうこれ以上アレンジはできないというものを2分くらいの曲にして、アルバムの中に入れたりしていたんです。そしたら、Spotifyではなぜかそっちのほうが再生されています(笑)。5分くらいで作ったんですけど!みたいな(笑)。気合いを入れて作った曲より全然再生されて、何だろうなってなっちゃいますね。
── 逆に言うと、それだけ短くてもモジュラー・シンセだと良曲になり得る?
多分そうだと思います。手をかけて良くしようとすればするほど、均質化されるのかなと。例えばサッカーだと、普通のプロはみんなうまいけど、そこからさらに突き抜けるのは本当の天才だけで、メッシやネイマールのレベルに行く人はなかなかいない。そういう意味では、モジュラー・シンセを使うことで、あっさりとその平均的な波からポンと飛び出せるのが良いところだと思います。僕は曲作りで自分の固定観念をなかなか取り除けないのですが、モジュラー・シンセが話しかけてきて壊してくれる(笑)。モジュラー・シンセにはそういうイメージがあります。
── モジュラー・シンセと対話をすると。
それが一番面白いです。ただ、マニュアルを読んでかなり機能を把握してからやるほうがいいです。あと最近モジュラー・シンセで思っているのは、とにかく録音の回数が必要だなと。良いものができる確率はそんなに多くないし、ダメなものはダメ。100回録音して、1つくらい良いのがあればいいんです。そこまでダメだとかなりなえてしまいますが(笑)。ローリング・ストーンズも、アルバムの10曲のためにキースとミックがホテルに缶詰めして50曲作るらしいんです。すごいなと思ったけど、確率にすると5分の1。ストーンズで5分の1なんだから、10分の1でも上出来じゃないかって(笑)。
── 確かに、ちょっと触って面白いからと録音しても、同じようにはできない気がします。
探っているときの、その少し前の段階から徐々に出来上がっていく流れが恐らく一番良いですから。でも1時間録りっぱなしだと後から聴くのが大変なので、10分ずつくらいで区切るほうがいいです。ちょっと疲れたらお茶でも飲んで休む。自分だけにしか当てはまらないもしれないけど、時間があるときに“今日は1日モジュラー触るぞ!”と決めて、12時間かけてやるのが絶対いい。真夏にクーラーを効かせて、アイスコーヒーを飲みながら1日遊んだりしてね。
──一気に長時間やるほうがいい?
そうなんです。あと、生活のややこしいことなどの心理的な壁があると、ちゃんと向き合えないんです。そうやって1日対話をしてやっていくと、大体最初の3~4時間は準備期間、夕方にはまとまってきて、夜にはドバドバとアイディアが出てきますよ。
── ペダル・エフェクターもたくさんお持ちですが、役割として違いはありますか?
モジュラー・シンセのほうが、モジュレーション系、LFOが充実していますよね。特に速い動きは、手でツマミを動かしては再現できないです。
── 今後モジュラー・シンセで新たに取り組みたいことはありますか?
新しいシーケンサーを導入して、フレーズ作りを研究したいと思っています。あとは、サンプラー・モジュールも面白いものが出てきているので、新しい製品をいろいろと使ってみたいですね。
私のイチオシ
MAKE NOISE Phonogene
「これで5分くらいで作った「Les Paul Sanitarium」(『Void XXI』収録)が、かなり再生されています。最大23秒しかサンプリングできない、クリック・ノイズが入るという弱点はありますが、現行のMorphageneとは異なるエグい変化を付けられます。ピッチが揺らいだりするのもすごく良いんです」
写真で見るモジュール構成&パッチング解説はこちら
1978年生まれ、神奈川県出身。東京在住のアンビエント作家。米国の名門krankyのほか、各国からリリース。2017年にはSpotifyの“海外で最も再生された日本人アーティスト”に選出された。制作やライブにモジュラー・シンセを活用している。
Release
『Lucid Dreams』
Chihei Hatakeyama
(First Terrace Records)
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