“どんなに劇伴制作が忙しくても絶対に自分の音楽を作らないと駄目だよ”
——坂本龍一から授かった創作においてのアティチュード
坂本龍一がオリジナル・テーマを担当した映画『アフター・ヤン』をはじめ、現在上映中の関根光才監督作『かくしごと』や、有村架純/坂口健太郎W主演のNetflixシリーズ『さよならのつづき』(2024年配信予定)など、話題作の劇伴を数多く手掛けるLA在住の作曲家Aska Matsumiya。この度、彼女が監修したクリスタル・ボウル音源“ASKA MATSUMIYA – CRYSTAL BOWLS”が、SPITFIRE AUDIOから新たにリリースされた。音源の開発秘話とともに、制作中だという次回作について詳しく話を伺った。
キャラクターや世界観と一体化して湧き出たメロディを捉えていく
——Askaさんのルーツを教えて下さい。
Aska 日本からアメリカに移住したのは小学6年生のときで、3歳のときからピアノに触れていてクラシカルな環境で育ってきたのですが、16歳の頃にカリフォルニア州のオレンジカウンティのパンク・シーンに影響されて、クラシックも学校もやめて突然パンク・バンドに加入しました。それからはシンガー・ソングライターとしての活動や電子音楽など、いろいろなジャンルを自由に行き来した末、現在のテレビ、映画用の作曲に至りました。
——劇伴制作に携わるきっかけは?
Aska シンガー・ソングライターとして活動していた頃、映画監督のスパイク・ジョーンズから私の曲をテーマ曲に使いたいと言われて、それが映画との初めての関わりです。その曲は、ロスでの音楽活動で知り合ったフリー(レッド・ホット・チリ・ペッパーズ)やニック(ヤー・ヤー・ヤーズ)とレコーディングしました。その後、親友の映画監督クリスタル・モーゼルが撮ったドキュメンタリー『ウルフパック』で初めて劇伴を担当しました。
——自由な創作と、制約や機能を求められる劇伴は異なる部分が多いように感じます。
Aska それが、いざやってみたら、映像の中の感情を表現することが今まで作ってきた音楽の中で一番自然だったんです。それで、私はこの道を行くんだなと悟りました。
——劇伴制作はどのような工程で?
Aska 脚本を読んで、出てくるキャラクターや作品の世界観と一体化するのが一番最初のステップで、そこから自然と湧き出てくるメロディを捉える作業が重要だと思うんです。そこからシーンごとに誰の視点から音楽を作るのかを決めていきます。『アフター・ヤン』の場合だったら、ミカなのか、ヤンなのか、その2人の調和から流れてくるものなのか、もしくはキャラクターではなくシーンの雰囲気の中にあるものなのか……そういった部分を考えながら音楽を作っていきます。
——実際に曲を書いていく際はどのように?
Aska 私の中で曲作りというのは、もうすでに存在するメロディをどれだけピュアな形で捉え、表現できるかというプロセスです。浮かんできたメロディをAPPLE iPhoneのボイス・メモなどに録っておいて、そのシーンに合うのはどういう音色なのか、事前に決めたパレットに合わせて考えていきます。音の方向性が決まった後は演奏を録音してAPPLE Logic Pro上で編集、といった流れです。
——パレットというのは?
Aska 大抵の場合、どの音源や楽器、エフェクトを使用するのか、その作品用の音のパレットみたいなものを曲を書く前に決めているんです。『アフター・ヤン』の場合は、生楽器だとチェロや、シンセサイザーのMOOG Moog Oneだったり、AIを使った音源プログラムなどを使用しました。
——最初にパレットを決めることで、全体的な音の統一感が担保されるわけですね。オリジナル・テーマを担当した坂本龍一さんとは意見を交わす機会などはあったのでしょうか。
Aska 一緒にコーヒーを飲みながらミーティングさせていただく機会があって、いろいろなお話をしてくださいました。そのときに“劇伴制作も大事だけど、いくら仕事の制作が忙しくても絶対に自分の音楽を作らないと駄目だよ”とアドバイスしていただいて、それがすごく私の心の中に残りました。このことをきっかけに、自分の音楽もちゃんと作らないとと思い、ちょうど今制作に取りかかっているところです。
——どのような作品なのでしょうか?
Aska この秋にリリースする一曲はシンセサイザーの作品で、来年リリースする3曲入りのEPはピアノのインスト作品です。ピアノの作風はモダンな雰囲気で、クラシックやアンビエントではなく、結構メロディもはっきりしたものになっています。
——なぜそのシンプルなスタイルに?
Aska 音楽の表現が劇伴制作に行き着いた理由と似ていて、幼い頃から演奏していたピアノが一番自然なスタイルだったからですね。また、スタート地点に戻って作ってみたいという気持ちもありました。最近ようやく譜面が出来上がって、今練習している最中なんです。今回コンピューターを一切使わずに、楽譜を五線紙に書いて作曲したんですよ。Logic Proだったら調整もパパッとできるけど、紙だとすごい複雑でなかなか大変でした。
——やはり劇伴制作とは感触が違いますか?
Aska 劇伴制作では、自分ではないキャラクターの心境を書いていたじゃないですか。それと違って個人の制作だと、私は一体何を伝えたいんだろう……と分からなくなってしまって。でも、坂本さんから“何もないときもただ没頭してその時間を捧げろ”という言葉を授かっていたので、とにかく制作に向き合いました。
クリスタル・ボウルは自然が作り出す有機的な雰囲気を奏でられる
クリスタル・ボウルの形状に似た円形の教会でサンプルを収録
——ここからは、先日SPITFIRE AUDIOから新たにリリースされたクリスタル・ボウル音源“ASKA MATSUMIYA – CRYSTAL BOWLS”についてお話を伺えればと思います。まず、このソフト音源を監修することになった経緯は?
Aska ソフト音源製作のお話をいただいた際、あらためてクリスタル・ボウルの音が好きだなと、ふと思ったんです。昔、友達と一緒にUFO 2012という名前でクリスタル・ボウルを演奏するバンドをやっていたこともあるくらいで。劇伴の制作でもクリスタル・ボウルの音をよく使っているんですよ。
——具体的にクリスタル・ボウルのどのような部分が好きですか?
Aska 天然の鉱物である水晶でできているので、自然が作り出す有機的な雰囲気を楽器として奏でられる点が好きですね。
——サンプルの収録はどのように?
Aska 原音をピュアに収録するにはどういう環境がいいのか、制作チームで話し合いました。その結果、クリスタル・ボウルの形状と似た丸い建物が適しているという結論になり、ロンドンにある円形の教会で収録することになったんです。木やラバーなどさまざまな素材のマレットでたたいたり、ふちの周りをこすったりして鳴らした音を近距離/ルーム・マイク/さらに遠いルーム・マイクの3パタ―ンにセットしたマイクで録音しました。
——実際の制作ではどのように使用しているのでしょうか?
Aska 海や砂漠のシーンの劇伴で使っています。クリスタル・ボウルは周波数レンジが広くてフィジカルな音なので、自然と相性がいいんですよ。
——あらためて、どのようなユーザーにお薦めの音源だと思いますか?
Aska 使う人によっていろいろなユニークな使い方ができるので、アンビエント系や劇伴制作だけでなく、あらゆるクリエイターにお薦めできます。友達のステラ(ウォーペイント)は、この音源を使ってダンサブルな曲を作ってくれて、私には思いつかない使い方だったので、すごい面白かったです。
🚗 Column - クルマでサウンド・プロダクション
——今号でお届けする特集「自動車(クルマ)でサウンド・プロダクション」にちなんで、音楽制作においての車の活用術をAskaに伺った。
Aska 車を運転する際にミックス・チェックをよくやっています。私の場合、自分の音楽が環境音とどういうふうに調和するかがすごく重要で、それをチェックするために車の中で聴くことが多いですね。車内ではエンジン音だったり、そういったさまざまな音が鳴っているので、ミックスのウィーク・ポイントが自然と明確になってくるんですよ。
製品情報
SPITFIRE AUDIO『ASKA MATSUYAMA - CRYSTAL BOWLS』