TM NETWORKのファンが支えた小室哲哉のショルダーキーボード“Mind Control”の復活

小室哲哉 撮影:高田真希子

撮影:高田真希子

 最新作『DEVOTION』に続き『劇場版シティーハンター 天使の涙(エンジェルダスト)』のオープニングテーマ「Whatever Comes」のリリース、そして9月7日(木)東京・府中からツアーがスタートしたTM NETWORK。2021年の“再起動”以降、デビュー40周年に向けてその勢いは増すばかりだ。ここでは昨年のライブ・ツアー“FANKS intelligence Days”の裏側で活躍した、4人のFANKS(TM NETWORKファンの総称)たちのエピソードについて紹介する。

小室哲哉が“FANKS Intelligence Days”の追加公演でショルダーキーボード“Mind Control”を演奏!

 昨年のツアー“FANKS intelligence Days”のぴあアリーナMMでの追加公演(Day8、Day9)において、久しぶりにショルダーキーボードを演奏する小室哲哉の姿を見ることができた。しかもそれは、かつて小室が使用していたカスタムモデル“Mind Control”だった。近年のステージ上では見ることがなかったMind Controlの登場に、歓喜したFANKSも多いことだろう。

 

“Mind Control”とは何か?

 Mind Controlは、小室のソロ・コンサートツアー“Digitalian is eating breakfast(1989〜1990年)"の際に作られたオリジナルのショルダーキーボード。音源は非搭載で外部音源をコントロールするために作られている。

 ネック側にプログラムチェンジとトランスポーズ用のスイッチ、ピッチ/モジュレーション/ボリューム用のホイールをそれぞれ装備。ギタリストに負けないパフォーマンスができるように、小室のさまざまなアイディアが反映されている。

 では、なぜこのタイミングでMind Controlがステージに再び登場することができたのだろうか? これには4人のFANKSたちの存在が大きく関わっている。

FANKSへの修理相談

 Mind Controlは近年の展示会やイベントで見かけることがあったが、製造から30年以上経過していて、電源も入らず、状態はかなり悪かったようだ。

 そんなMind Controlをもう一度、小室に使ってもらう計画が動き出す。まず最初に修理の相談を受けたのがsho.氏だった。以前から久保こーじをはじめ、小室のプログラミングを担当する溝口和彦、赤堀眞之の各氏とも交流があり、Mind Controlに魅せられて、自らレプリカを制作するFANKSの一人である。

「Discord(ボイスやビデオがメインのコミュニケーションサービス)でチャットルームを開いていたら、赤堀さんがいらっしゃったんです。そこで“小室さんがツアーでMind Controlを使いたいと言っているのですが、修理できますか?”という相談を受けました」─ sho.氏

 以前から”Mind Controlを使ってほしい”と切望していたsho.氏は、もちろん二つ返事で承諾。既にツアーの初日公演(Day1の埼玉・三郷市文化会館)が迫っており、ツアー中に使用するのは難しい状況ではあったが、“チャンスがあれば使いたいので直してほしい”という要望を受け、sho.氏は実機を預かった。

レプリカの制作経験者によるMind Controlの修理が開始

 sho.氏は、かねてから交流のある708(なおや)氏、K's氏、BEN氏に修理の協力を要請。彼らは全員レプリカの制作経験を持つ。さっそく4人はDiscordで集まり、カメラの映像で状態を確認しながら修理を進めていった。

「会議をすると言われただけでしたが、まさかsho.さんが本物のMind Contolを触っているとは思いもよりませんでした」─ 708氏

「修理をすることを大前提で預かったんですが、みんながMind Controlの内側を知りたがっていたので、分解して謎を解明したいという欲もありました」─ sho.氏

 4人はそれぞれ別の地域に住んでいる。普段はリモート会議をせざるを得ない状況だったが、ちょうどツアーの関東公演が始まったタイミングだった。リアルで集まるには都合が良かったという。

 Day 1の埼玉・三郷の公演後に708氏がsho.氏宅を訪れ、一人では難しい分解を手伝ったり、Day2&Day3の東京・有楽町の公演後にはK's氏が足りないパーツを秋葉原で購入して届けたりと、全員が実機に触れて修理を手伝うことができたようだ。

「内部のメカニカル的な部分はBENさんがほぼ担当していますが、分解の方法については“このネジはあそことつながっているはずだから外れるだろう“とか、“ここはいじらないほうがいい”とか、みんなで話し合いながら進めていきました」─ sho.氏

Mind Controlの修理に役に立ったレプリカ制作の経験

 ここで、彼らのMind Controlのレプリカについて触れておこう。そもそも4人はなぜレプリカの制作を始めたのだろうか?

 動機はそれぞれのようだが「Mind Controlが欲しかったが市販されていなかったから自作で作ろうと思った」という点は共通しているようだ。しかしながら実機を取り寄せて制作することはできない。そこで当時の雑誌や映像などをくまなくチェックして、イメージを描きながら仕様や形などを決めていったそうだ。

 なかでも2014年のツアー「TM NETWORK 30th 1984~ QUIT30」のグッズとして発売された、原寸サイズのMind Controlペーパークラフトの存在には多大な影響を受けたという。

「1/1スケールのペーパークラフトはレプリカを制作する大きな引き金になりました。これを参考にして作ればいいんだって」─ 708氏

「中学生の時に小室さんのライブビデオを見て、こんなかっこいい楽器があるんだ!と思い、楽器メーカーになんとか作れないかとお願いしたり、電子関係の会社に電子基板が作れないかと模索しましたが断念。それから長い年月が過ちましたが、ペーパークラフトの発売をきっかけに、消えかかっていたMind Control魂が再燃しました」─ K's氏

708氏制作によるレプリカ

 レプリカの制作は、ボディやパーツを実機に近づけることはできても、実際に動作させるには電気的な知識が必要になる。そこで電気回路に詳しいBEN氏が貢献した。

「ボディは納得できる状態まで作れる自信がなかったので電気系統だけ作ってもなあ…と思ってたところ、電気系統ができていない方々がいらっしゃることをSNSで知りました。それなら私がお役に立てるかもしれないと思い、お声がけをさせていただきました」─ BEN氏

 BEN氏は708氏とsho.氏のレプリカの電気回路を担当している。ボディと内部を一人で完成させたK’s氏も、BEN氏のアドバイスに助けられたという。

sho.氏(左)とK's氏(右)のMind Controlレプリカ。いずれも年代ごとに使い分けられていた3機種がそろっている

 レプリカの鍵盤やスイッチ類は、市販されている電子楽器のパーツが流用されている。すでに生産完了になっているので、パーツのみの取り寄せはできない。そのため中古のジャンク品を購入して、使えるパーツをストックしているという。

「スイッチやホイールだけ欲しいのに、製品を丸ごと買わなくてはならないんです。パーツ1つ買うのに5,000円、9,000円もかかることがあるんですよ(笑)」─ sho.氏

 今回の修理にあたり、レプリカの制作は大いに役立ったとBEN氏。実機を開けたときの感想を聴いた。

「sho.さんの家で電源周りの修理を手伝ったところ、ほかにも不具合が見られたので、いったん大阪の自宅で預かることになりました。”もし修理ができない状態だったとしても、レプリカの回路に入れ替えれば動くだろう”と思って実際に開けてみると、自分たちが作った内部構成によく似ていました。考え方としてはやはり間違ってなかったなと。レプリカを作った経験が役に立って良かったです」─ BEN氏

 そのほかレプリカと実機を比べて気づいた点も多かったという。

「実機とレプリカとでは存在感の違いは歴然なんですよ。やっぱり重厚感とか段違いで。造形は似せられても素材が違うので迫力が全然違うんです。それに比べて自分のレプリカはいろんな意味で軽いなぁって思いました(笑)」─ sho.氏

「少しマニアックな話ですが、使えるプログラムチェンジ番号は1〜8だと思っていたのですが、実際は0〜7でした」─ K's氏

「どうやって作ったの?っていう部品が何個かあるので、同じようなものはなかなかできないと思いますね」─ BEN氏

 BEN氏の手によって内部の修理が完了したMind Control。運搬にも慎重に慎重を重ねたようだ。

「貴重な機材を宅配便で送った場合、破損や紛失が怖すぎるので新幹線を使って運搬しました(笑)」─ BEN氏

修理や修復における葛藤

 このタイミングで修理が無事完了したことを赤堀氏に報告。これなら追加公演(Day 8、Day 9)のリハーサルに間に合う。sho.氏は外装の最終仕上げに取りかかった。

 ボディの傷はすべて塗り替えれば解決するが「Mind Controlという歴史的遺産をどこまで変更して良いのだろうか? 」「小室さんにステージで気持ち良く使ってもらうためには最終的にどこまで修理や修復をすればよいだろうか?」など、いろんな葛藤があったとsho.氏は語る。

「傷は歴史の一部として残すという選択肢もあったのですが、やはりステージで使うとなるとカメラも入るわけなので、スタッフさんと相談しながらレタッチした方が良いだろうということになりました」─ sho.氏

 今回は全体の塗装はせず、下地が見えて目立つところを筆をつかってレタッチで対応。背面の汚れなどは2、3日かけて修正した。ネジに統一感を出すために損傷のあるネジを交換、鍵盤の隙間にフェルトを追加するなど細かな配慮も行い、Mind Controlのレストアが完成した。

「背面の粘着テープの汚れ落としにはハンドクリームを使ったのでちょっといい匂いがします(笑)」─ sho.氏

憧れの小室さんが、僕らが修理したMind Controlを目の前で弾いている!

 4人でレストアしたMind Controlは無事納品された。そして各々はツアー最終の追加公演で、Mind Controlを演奏する小室を目撃する。

「憧れの小室さんが、僕らが修理したMind Controlを目の前で弾いている! そんな光景を目の当たりにしてめっちゃ泣きました」─ K's氏

「いつ小室さんがMind Controlと一緒に出てくるんだろうとずっとステージ袖の方を見てドキドキしていたんですが、出てきたときは本当に感動しましたね。そしてちゃんと音が鳴っている! しかもオクターブシフトも使ってる!って」─ sho.氏

 また、708氏は今回の修理を振り返り、ツアー中に小室がTwitter(現X)に投稿したこの内容に励まされたとこう語る。

「”画像からは見えない機材”というのが、Mind Controlのことを意味しているかどうかはわかりませんが、僕らに対して“修理よろしくね!”ってメッセージを送ってくれているように見えました。このツイートのおかげで、どうしてもMind Controlでこのツアーを成功させたい、絶対にMind Controlを直すんだという使命感を持ちました」─ 708氏

 ツアー後、ネックボタンの機能変更やLEDの高輝度化、動作の安定化といったさらなるアップデートが行われたそうだ。4月のビルボードクラシックスをはじめ、小室のソロコンサートやイベントでMind Controlが使われていることはご存じのことだろう。

 この秋デビュー40周年に向けた全国ツアーTM NETWORK 40th FANKS intelligence Days 〜DEVOTION〜がスタートしている。FANKSたちのDEVOTION(献身)によって復活したMind Controlが今後も活躍する姿に期待したい。

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