ZenTo Studio|音響設備ファイル【Vol.87】

ZenTo Studio|音響設備ファイル【Vol.87】

音楽ビジネスの総合コンサルティング・カンパニー、fearlessが新設したレコーディング・スタジオZenTo Studioは、音楽プロデューサーJeff Miyaharaの新たな拠点として設立された。2023年末に計画を立案し、Jeffと共に機材選定などを行い、設計/施工をアコースティックエンジニアリングの入交研一郎へ、配線、ケーブルの選定などをスタジオイクイプメントの志賀浩則に、電源、電気関連をEMC設計の鈴木洋に依頼し、完成に至ったという。多くのスペシャリストたちによって造られたスタジオをレポートしていこう。

吸音材を多用せずにデッドすぎずブライトなモニター環境を目指した

 東京タワー近くのfearlessオフィスに併設されたZenTo Studioは、fearlessとJeff Miyaharaが共同プロデュースしたレコーディング・スタジオ。設立の経緯をfearlessのCEO島賢治に聞いた。

 「去年の12月からスタジオ造りの企画がスタートしたんですけど、レコーディング・スタジオは音楽制作をする上でとても大事だというのは常に感じていたんですね。弊社の事業拡大のタイミングも重なり、Jeffさんに相談して物件探しから始めました。そして、弊社、宮井(英俊)を介してアコースティックエンジニアリングの入交(研一郎)さんに設計と施工をお願いしたんです。物件が決まり、内装を進めていく過程で、電源周りはEMC設計の鈴木(洋)さんにお願いし、配線周りはスタジオイクイプメントの志賀(浩則)さんが担当して、プロフェッショナルの集まりで完成させることができました」

前列左がJeff Miyahara、隣がfearlessの島賢治。後列左から、アコースティックエンジニアリングの馬場信繁、スタジオイクイプメントの志賀浩則、EMC設計の鈴木洋、fearlessの宮井英俊、アコースティックエンジニアリングの入交研一郎と山本真由

前列左がJeff Miyahara、隣がfearlessの島賢治。後列左から、アコースティックエンジニアリングの馬場信繁、スタジオイクイプメントの志賀浩則、EMC設計の鈴木洋、fearlessの宮井英俊、アコースティックエンジニアリングの入交研一郎と山本真由

 これまで、数々のスタジオ造りに携わってきたJeffに、今回のスタジオについての思いを聞いた。

 「以前の自宅兼スタジオでは、多くのアーティストと共作していくスタイルでやっていました。アットホームな環境を提供したくて。次に造った渋谷のSTUDIO SIXは、コロナ禍というタイミングもあり、閉鎖的な世の中の逆流を行き、アーティストと共に夢を見ていこうというサテライト・スタジオ的なコンセプトでした。今回は、ホップ・ステップ・ジャンプでいうとジャンプに当たる、飛躍していくためのスタジオで、僕だけでなくfearlessもそうですし、新人からベテランまで多くのアーティストが世の中に飛躍していってほしいという思いで、僕にとっても“極み”のスタジオになるかなと。音もダントツに良いんですよ。機材に関しては、僕の自宅スタジオのときのものをほとんど移植していて、使い慣れたものばかりなんです。アナログとデジタルの融合が上手にできたスタジオだと思います。特に僕はアナログを大切にしていて、電源やケーブル、アコースティックスをすごく重視しています」

コントロール・ルームのデスク。センターにはMIDIキーボード、NATIVE INSTRUMENTS Komplete Kontrol S61 MK2がセットされ、左右にそれぞれ機材が格納されている(後述)。コンピューターはAPPLE Mac Proで、16コア3.2GHz、192GB RAMのスペックを装備。AVID Pro Tools|HDX用インターフェースには、PRISM SOUND ADA-8XRを採用している

コントロール・ルームのデスク。センターにはMIDIキーボード、NATIVE INSTRUMENTS Komplete Kontrol S61 MK2がセットされ、左右にそれぞれ機材が格納されている(後述)。コンピューターはAPPLE Mac Proで、16コア3.2GHz、192GB RAMのスペックを装備。AVID Pro Tools|HDX用インターフェースには、PRISM SOUND ADA-8XRを採用している

コントロール・ルームの面積は23.7㎡。後方にはディレクター・デスクが置かれている。スタジオの内装は、ビンテージな雰囲気を意識してグレイッシュな木目を取り入れ、東京タワーをイメージしたオレンジのラインが映える色合いになっている。後方に低域が溜まらないようにするため、音を拡散させるためのディフューザーが壁に設置された。十分な天井の高さを保てる環境も物件選びの決め手の一つになったという

コントロール・ルームの面積は23.7㎡。後方にはディレクター・デスクが置かれている。スタジオの内装は、ビンテージな雰囲気を意識してグレイッシュな木目を取り入れ、東京タワーをイメージしたオレンジのラインが映える色合いになっている。後方に低域が溜まらないようにするため、音を拡散させるためのディフューザーが壁に設置された。十分な天井の高さを保てる環境も物件選びの決め手の一つになったという

 音響面に関して宮井は「商業スタジオのようにデッドすぎず、音がブライトなスタジオにしたいなと思って、入交さんにはそれだけリクエストして、デザインなどを一緒に詰めていったんです」と語る。今回の設計と施工を担当した入交は、どのような方針で手掛けていったのだろうか?

 「プライベート・スタジオというより、誰が使っても録りからミックスまで高いクオリティが担保できるバランスを考え、まずは宮井さんのリクエストに応える形でデッドすぎず、ライブすぎないモニター環境を目指しました。基本的には、吸音材を多用せず低域~高域までバランスの良い周波数特性となるよう設計しています。特にコントロール・ルーム後方で低域の成分が大きくなるのは、相対的に高域が吸われすぎているとも言えるので、コントロール・ルーム後方のディフューザーで音を拡散させ、うまく高域を残しながらフラットな音作りにしているんです。あとは東京タワーの近くということで、電磁波ノイズに関してはスタジオイクイプメントさんに来てもらって事前調査をし、施工時には、遮音層の石膏ボードにシールド塗装をすることでノイズを減衰させました」

デスク右側に格納された機材。一番上がパッチ・ベイで、その下にSUMMIT AUDIO TPA-200B、NPNG DMP-2NW、BRENT AVERILL 1073、PURPLE AUDIO MC77、UNIVERSAL AUDIO 1176LNが収められている

デスク右側に格納された機材。一番上がパッチ・ベイで、その下にSUMMIT AUDIO TPA-200B、NPNG DMP-2NW、BRENT AVERILL 1073、PURPLE AUDIO MC77、UNIVERSAL AUDIO 1176LNが収められている

デスク左側のラックには、上からDANGEROUS MUSIC DAC ST、Monitor ST、UNIVERSAL AUDIO Apollo、LYNX STUDIO TECHNOLO GY Aurora 16、PRISM SOUND ADA-8XR、DRAMASTIC AUDIO Obsidian

デスク左側のラックには、上からDANGEROUS MUSIC DAC ST、Monitor ST、UNIVERSAL AUDIO Apollo、LYNX STUDIO TECHNOLO GY Aurora 16、PRISM SOUND ADA-8XR、DRAMASTIC AUDIO Obsidian

デスク上に置かれたAPI 500シリーズのモジュールを格納できるRUPERT NEVE DESIGNS R6。中身は左からTHE DON CLASSICS NV73、API 512C、SYM PROCEED SP-MP500、RUPERT NEVE DESIGNS Portico 511、EARTHWORKS 521 ZDT、GRACE DESIGN M502

デスク上に置かれたAPI 500シリーズのモジュールを格納できるRUPERT NEVE DESIGNS R6。中身は左からTHE DON CLASSICS NV73、API 512C、SYM PROCEED SP-MP500、RUPERT NEVE DESIGNS Portico 511、EARTHWORKS 521 ZDT、GRACE DESIGN M502

モニター・スピーカーは、内側にYAMAHA NS-10M Proを、外側にBAREFOOT SOUND MicroMain 27、サブウーファーにはEVE AUDIO TS108を用意している

モニター・スピーカーは、内側にYAMAHA NS-10M Proを、外側にBAREFOOT SOUND MicroMain 27、サブウーファーにはEVE AUDIO TS108を用意している

クリーンな電源を確保するための独自の工事 スタジオ専用の分電盤を設計

 電源周りについての施工を鈴木が解説してくれた。

 「今回の工事は電源の大本から機材までそのままつなごうというコンセプトで、クリーンな電源を、シールドする必要がない場所に通しました。電源と配線には特殊なものを使っています。太い配線では電磁誘導を起こしてしまうので、あえてシールドしていないツイストの単線ケーブルを採用し、配線自体でノイズを出さない、拾わないようにしているんです。ですので、分電盤もこのスタジオ専用に設計しました。クリーンな電源を使うことで、素晴らしい部屋で素晴らしい機材が効率良く動けるようにもなるんです」

ZenTo Studio専用に設計された分電盤。安全性を確保し、法律にのっとった上で、一般の電気より上流から、クリーンな電気を引いているという

ZenTo Studio専用に設計された分電盤。安全性を確保し、法律にのっとった上で、一般の電気より上流から、クリーンな電気を引いているという

電源ケーブル、タップはEMC設計オリジナルのもので、100Vと200Vを別口で用意。電源口も雑電と分けている

電源ケーブル、タップはEMC設計オリジナルのもので、100Vと200Vを別口で用意。電源口も雑電と分けている

 ノイズを出さないために、オーディオ・ケーブルにもこだわったと志賀が続ける。

 「特に心掛けたのはケーブルの選定で、スタジオでの実績のあるMOGAMIのケーブルを使いました。ノイズを拾わないために、電源とオーディオのケーブルが通るルートを分けています。あとノイズとは異なるのですが、メインテナンス性を良くするため、機材の背面を見てきちんと接続されているか視認しやすいようにコネクター部分もこだわりましたね」

 本格的な稼働はこれからということだが、Jeffがこのスタジオで目指していることについてこう答えてくれた。

 「これまでいろいろなアーティストと仕事をしてきましたが、僕個人の音的な癖はないはずなんです。必ずアーティストに合わせて作っているので。僕が欲しいのはエモーションで、雰囲気からJeffっぽいよねと言われるのが一番大事かなと。いろいろな機材やプラグインはありますが、“エモーション”というプラグインはないので、感情をどれだけキャッチできて、さらに拡散できるかが僕の仕事だと思っています。それをこのスタジオでも最大限に発揮していきたいですね」

録音ブースは6.8㎡の広さで、主にボーカル録音を想定した造りとなっている

録音ブースは6.8㎡の広さで、主にボーカル録音を想定した造りとなっている

スタジオに常設されたマイク。左からAUDIO-TECHNICA AT5040(Jeffの刻印入り)、TELEFUNKEN Ela M 251 E、NEUMANN M 49、BRAUNER VM-1(Klaus Heyne Edition)、AKG C24、NEUMANN U 67(Klaus Heyne Custom)×2、 U 47 FET I、M 149 Tube

スタジオに常設されたマイク。左からAUDIO-TECHNICA AT5040(Jeffの刻印入り)、TELEFUNKEN Ela M 251 E、NEUMANN M 49、BRAUNER VM-1(Klaus Heyne Edition)、AKG C24、NEUMANN U 67(Klaus Heyne Custom)×2、 U 47 FET I、M 149 Tube

 入交は「音響面は“普通”で、どんなジャンルの音楽で使ってもらっても、ポテンシャルを引き出せるニュートラルなモニター環境だと思います。でも、インフラ的な部分では普通ではないことをしているので、そこがほかのスタジオとは一線を画す部分でしょうか」と続ける。宮井も「レンタル・スタジオとしても稼働させる予定ですし、Jeffさんの機材もそろったクリエイティブな空間なので、ぜひ多くの人に使っていただきたいですね。内装は、東京タワーをモチーフにしたオレンジを取り入れつつビンテージな雰囲気を意識して、長時間作業でも疲れないことを目指しています」と語ってくれた。

 ZenTo Studioは、Jeffの新たな拠点だけでなく、さまざまな人たちが使うことで、多くの曲が制作され、新たなヒット曲が生まれることを予感させる空間だった。

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