音楽制作時に不可欠なモニタリング・ツールであるスピーカーとヘッドホン。しかし、空間で音を鳴らすスピーカーと耳へ直接音を届けるヘッドホンでは、その表現に大きな隔たりがあったことも事実だ。Genelec UNIO PRM(Personal Reference Monitoring)は、こうした両者の間で生じる課題を解決し、スピーカーとヘッドホンの垣根を取り払ったリファレンス・モニタリング環境が得られるという画期的なシステムである。これまでにない発想から生まれたUNIO PRMは音楽制作の現場において、どのようなメリットとなるのだろうか。本稿ではエンジニア峯岸良行の製品インプレッションを中心として、その可能性を検証していく。
UNIO PRMとは?
構成製品紹介
9320A(モニター・コントローラー/アンプ)
GLMソフトウェア、そしてUNIO PRMの核となる製品。GLMソフトウェアをフィジカルに操作できるモニター・コントローラー、出力インターフェース、ヘッドホン・アンプなど多彩な機能を備える。GLMによるキャリブレーションの際に必要となるネットワーク・アダプターとしても機能し、一台一台校正された測定用のマイクロホンも付属する。
●入出力:ステレオ・アナログ・バランス・ライン出力(TRSフォーン)、ステレオ・アナログ・バランス・ライン入力(TRSフォーン)、XLRデジタル・オーディオ出力(AES/EBU)、XLRデジタル・オーディオ入力(AES/EBU)、ヘッドホン出力、GLM専用測定器用マイクロホン入力
●サイズ:190mm(W)×60mm(H)×139mm(D)
●USB-C入力時のサンプル・レート:44.1/48/88.2/96/176.4/192kHz
●ヘッドホン出力インピーダンス:16~600Ω
●動作環境:Windows 10~11、macOS 10.13以降
8550A(リファレンス・ヘッドホン)
9320Aとセットで使用することを前提としたGenelec初となるヘッドホン。40mm径のネオジム・ドライバーを搭載した密閉型で、出荷時に一台ごとに特性が管理され、8550Aの個体情報をGLMソフトウェア上の9320A設定画面に入力することでフラットな特性を得られる。イヤー・パッドやヘッド・バンドの仕様によって生じる誤差まで補正した最適化が行われる。なおケーブルは、ユーザーの使い方に合わせてL/Rどちら側でも接続することができる。
●ドライバーサイズ:40mm
●最大音圧:119dB SPL
●周波数特性:15Hz~20kHz
Genelec初のヘッドホン・システム
モニター・スピーカーの老舗Genelecは“環境に左右されないリファレンス・サウンド”を実現すべく、設置環境の音響的な影響に対してスピーカーを最適化するGLMソフトウェアを手掛けている。設置空間の音響特性を測定/分析し、その結果を元にSAM(Smart Active Monitor)スピーカー内部に搭載されたDSPでプロセッシングを施すことで、リファレンスに相応しい周波数レスポンスを提供する。UNIO PRMは、このリファレンス・サウンドを“ヘッドホンの領域へと広げる”システムである。
UNIO PRMは、コントローラー/ヘッドホン・アンプとして機能する9320Aと、リファレンス・ヘッドホン8550Aの2つのハードウェアを有する。この両者がセットとなっている理由は、出荷時に一台ずつ個体特性が管理される8550Aのシリアル情報をGLMソフトウェア上の9320A設定に入力することで、個体差まで加味したフラットな特性を実現することにある。
もちろんこの状態でも優れたモニタリング・デバイスとなるが、Genelecが究極的に目指すのは、スピーカーとヘッドホンで同じようにモニタリングできるリファレンス環境の構築である。そこで大きな役割を担うのがAural IDだ。Aural IDとは、プロファイルという各個人のHRTF(頭部伝達関数)を用いてバーチャル・スピーカー・レイアウトからの再生をヘッドホンで再現できる個人最適化バイノーラル・レンダリング・テクノロジーのこと。各個人のプロファイルは、iOS/Android OSの専用アプリ=Aural ID Creator Appを使って作成する。Aural IDそのものはどのようなヘッドホン、オーディオI/Oでも各個人に最適化された音を再生することが可能だが、UNIO PRMと共にすることでスピーカーとヘッドホンの両者の音色に至るまで、完ぺきにマッチングさせたシームレスなモニタリング環境を実現するのだ。
UNIO PRMをエンジニア峯岸良行がチェック
“モニタリング環境に一貫性を持たせる”ことで、制作者が意図したサウンドをそのまま伝えやすくなる
音の方向性や両耳聴効果が再現される
さて、UNIO PRMが実際の音楽制作現場でどのように役立つのか、エンジニアの峯岸良行にチェックしてもらおう。峯岸にはAural ID Creator Appを使った自身のプロファイル作成から、実際の試聴テストまでを行っていただく。テスト環境は、GLMキャリブレーション済みのGenelec 8381A および8351Bで構成したイマーシブ・スタジオ=prime sound studio form - room S6だ。峯岸は9320AとAural IDのユーザビリティを高く評価している。
「9320Aは、GLMソフトウェアの測定の際に必要となるアダプター機能を有していることや、ボリューム・コントロール、ソロ/ミュートなど基本機能をフィジカルにコントロールできるなど、そもそも扱いやすい製品です。スピーカーとヘッドホンの切り替えが直感的にできるのは、制作作業においてもメリットになります。Aural ID Creator Appによる自身のプロファイルの作成には、スマートフォンのカメラを使います。画面に表示される分かりやすいガイドに従って、撮影してもらうだけです」
サウンドに関してはAural IDの優位性を高く評価した。「個人最適化のHRTFを作成する方法はいろいろありますが、耳にマイクを設置し、再生空間をそのままキャプチャーする方法だと測定環境の部屋の響きが混在し、スピーカーよりも解像度が落ちることがある」と言う峯岸。それとは異なり3Dモデリングを採用するGenelecのAural IDのメリットを次のように話す。
「HRTFデータを用いたバーチャル・モニターは、一般的なヘッドホン・モニタリング・システムでは表現できない、音の方向性や両耳聴効果(両耳で聴くことで得られる遠近感や広がりなど)が再現されるのが良い点です。UNIO PRMで使用できるAural IDを従来の実測HRTFと比較すると、ヘッドホンの鳴りを含めてリスニング環境の影響がなく、直接音を聴ける印象でした。それでいて音の方向性もあるので、ヘッドホンとスピーカーのいいとこどりのような音です。8550Aヘッドホンのほうが、スピーカーより判断しやすいこともあるでしょう。Aural IDにはユーザーが自由に設定できるパラメトリックEQが備わっていて、HRTFのシミュレーションと現実の音の印象が違う場合に調整も可能です」
音に対しての齟齬が減る
峯岸の言葉からも、UNIO PRMではGLM+SAMスピーカーさながらのリファレンス・サウンドが、ヘッドホンを介して提供されることが分かる。また、イマーシブ/ステレオのいずれにも対応し、特にイマーシブにおいてはマルチチャンネルの環境がない場所でもミックス・チェックなどができるのは大きなメリットと言える。
このように“モニタリング環境に一貫性を持たせる”ことで、制作者が意図したサウンドをそのまま伝えやすくなると峯岸は言う。
「ヘッドホンは入力ソースに対する追従性や音楽のディテールを聴くものなので、必ずしもスピーカーと等価である必要はありません。UNIO PRMは両者の用途を踏まえた上で音に一貫性を持たせていて、Genelecらしい合理性を感じました。例えば、今回テストに使った8351Bでミックスをすると、修正がほとんど発生しないんです。UNIO PRMのサウンドも同じ印象でした。さらに、従来のヘッドホンでは分からなかった各チャンネルの方向性やチャンネル間のバランスが分かり、かつスピーカーでも同じように鳴ってくれる。これによって作り手が意図する音に対しての齟齬が減ると思います。現状のモニター・システムに不満を持つ方にぜひ使ってほしいですね。スピーカーで聴いた音は良いのにミックスの修正が多いとか、ほかの環境で聴いたときの仕上がりに満足しないとか……そういう状況にGenelecのGLMソフトウェアとSAMスピーカー、そしてUNIO PRMを導入すれば、クリエイターがこだわって作ったバランスをそのままユーザーに届けられるという安心感が得られると思います」